♢磯野
スノーホワイトと呼ばれていた魔法少女に背負われながら、磯野はRB・フィッシュに関する情報を伝えていた。磯野は直接戦ったわけではないが、切斬舞との戦闘の様子は観察している。それに、今RB・フィッシュが持っているハサミの性能に、磯野は本人の次くらいには詳しい自信があった。助けてもらったからといって泣き寝入りは出来ない。自分のやるべきことを全力でしなければ。
「⋯⋯あのハサミは何でも切ることが出来る魔法のアイテムだと本人から聞いています。そして、そのハサミの元の持ち主の攻撃によって奴の首は一度切り落とされています。今はくっ付いているとはいえ、他よりも脆いはずなので、狙うならばそこかと」
「貴重な情報、助かります。ファル、皆にこのことを伝えて」
「わかったぽん!」
ファルと呼ばれた、白黒の謎の生き物が、スノーホワイトの声に応える。方法は分からないが、今磯野が話した情報をRB・フィッシュと戦っている3人の魔法少女に伝えてくれたようだ。ほっと息を吐く動作の反動で、全身に痛みが襲う。そういえば自分は重傷だった。つい呻き声が漏れてしまった磯野を、優しく地面に下ろし、スノーホワイトは懐から丸い容器を取り出した、蓋を開けたその中には、煙草の灰がらのようなモノが入っている。
「ここまで離れれば、戦いの余波もおそらくは大丈夫です。今、治療しますね」
「助かり、ます。痛みには慣れているのですが、流石にしんどかったので」
「昔、監査に協力していたとある魔法少女が残した灰を元にした、魔法少女の怪我も治せる薬です。見た目は身体に悪そうですが、これを振りかけて安静にしておけば問題なく傷は治ると思います」
その言葉通り、薬をまぶされた箇所の傷はみるみる塞がっていく。ここまで効き目のある薬を持っているのならば、もう少し早くこの魔法少女たちが到着していたら、切斬舞や雪美ふくふくも助かったのではないだろうか。もしものことを言っても仕方がないが、そんなことを考えてしまう。何故か、薬を塗るスノーホワイトの手が一瞬止まり、ぐっと唇を嚙みしめたのが見えたが、特に磯野には何も言ってこなかった。
「⋯⋯では、私は行きます。なるべくここから離れてくださいね」
そう言い残し、スノーホワイトは背を向けて立ち去ってしまう。その背中をぼんやりと見つめながら、磯野は自問する。このまま、見ず知らずの魔法少女に任せて逃げ帰って、本当によいのだろうか?
確かに、磯野は助けを求めた。それは、自分では最早どうすることもできなかったからだ。魔法少女ではない一般人の磯野にとって、RB・フィッシュは対応不可能なバケモノだった。だが、こうして救ってもらった今も、助けを求めていた時も、磯野の心を占める感情は、恐怖よりも怒りの方が大きい。
磯野が助けを求めたのは、自分が助かりたいからではなかった。自分の命など、元よりどうでもいい。重要なのは、切斬舞の仇を討つこと。それが果たせずに朽ち果てる悔しさから、磯野は助けを求めた。その助けが来た今、何もせずこのまま任せるのか? 答えは否だ。
痛みは既に引いた。磯野は立ち上がり、自分に何ができるかを考え、一つの答えに辿り着き、駆け出していた。雪美ふくふくを乗せた車の中、あのトランクには、切斬舞から渡された魔法の武器を入れていた。もしまだ壊れていなければ、あの武器は磯野でも使うことが出来る。
♢ロールドンナ
「さあ、楽しい解体ショーを始めましょう!!」
RB・フィッシュが、笑いながらハサミを振り回す。あのハサミは、先ほどファルから通信で何でも切り刻む魔法のハサミだという情報を得ている。その情報通り、切り刻まれた空気がこちらへ飛んでくるのを視認し、ロールドンナはレイニーとラミーを庇うようにして前に出た。
そして、縦ロールを前に突き出し、飛んできた空気の刃を巻き取る。巻き取った空気の刃は、縦ロールの周囲をぐるぐると回るだけで、ロールドンナを傷つけることは無い。さらに、前方に視界を塞ぐように出現した桜の木を、ロールドンナは縦ロールをぶつけて粉砕する。風の刃を巻き取ったことでまるでドリルのように桜の木に穴を空けたところに、レイニーが頭の上から黒雲を出し、穴の中に投げ入れた。
「各自で対処、お願いします!!」
レイニーがそう言った直後、投げ入れられた黒雲が膨らみ、そこから無数の雷が放出された。ロールドンナは咄嗟に縦ロールで雷を巻き取って直撃を防ぎ、ラミーも自らの前に鏡を出して雷の向きを反転させることで防いでいる。
「電気椅子は最高の快感ですが、流石にこの量はいただけませんね!!」
RB・フィッシュも、ハサミを乱舞させて雷を斬り、直撃を回避していた。しかし、そこに、雷と同時に暴風を起こし上空へと急上昇していたレイニーが、追撃の雹をお見舞いする。拳大の雹と、雷の雨のコンビネーション。たった一人で天候を操り、無数の手数を産み出す手腕は味方ながらに舌を巻く。
RB・フィッシュの腕に、捌ききれなかった雹が直撃。骨が砕ける音が響き、ハサミを落とす。しかし、痛みで興奮したことで身体能力が大幅に上がったRB・フィッシュは、落ちたハサミをレイニー目掛け蹴り上げた。
「ラミーさんガード!!」
そこへ、ラミーが鏡を投げ入れる。レイニーを守るように投げ入れられた鏡はハサミの向きを反転させ、逆方向、つまりRB・フィッシュの元へと戻っていき、その直線上にあったRB・フィッシュの腕を斬り飛ばした。
「くっ⋯⋯♡ しかし、腕なんてすぐに回収してくっ付ければ⋯⋯」
「そんなもん黙って見とるわけないやろが!!」
ファルからの情報で、切り落とされた身体の部位をRB・フィッシュがくっ付けられることは知っている。だから、回収される前に縦ロールを伸ばし、飛ばされたRB・フィッシュの腕を巻き取った。ついでに、先ほど巻き取った雷もRB・フィッシュに浴びせ、半身に火傷を負わせることに成功する。
危険なハサミを手元から落とし、腕も一本切り落として回収した。ここまでは非常に順調だ。しかし、油断はしない。RB・フィッシュはまだまだやる気だし、切り落とされた腕も既に桜の木を生やして代用している。
「この魔法、予想以上に便利ですね。ホント、ジェーンにこの魔法を頂いて、正解でしたよ!!」
RB・フィッシュが、地面を両手でドンと力強く叩きつける。すると、無数の桜の木がロールドンナ達を取り囲むようにして生え、視界が桜の花びらで埋め尽くされた。ロールドンナは思わず舌打ちをする。視界を確保できないのもそうだが、こうも桜の花びらが舞っていると、重要なものを巻き込むより先に桜の花びらを巻き込んでしまう。ロールドンナが同時に巻き込めるものは、右と左の縦ロール2つで2種類だけ。それ以上巻き込むためには一度縦ロールを解かなければならない。ロールドンナは、先ほど巻き取ったRB・フィッシュの腕を縦ロールを回転させて全力で投げ捨てた。これで、拾いに行くのは困難なはずだ。
「ちょっと~!? 桜舞い散る中に忘れた記憶と、君の声が戻ってくるんですけれど~!?」
ラミーが脳死で何かを叫ぶ声に混じり、地面を蹴った音が聞こえた。視界が使えないなら聴覚を研ぎ澄ます。シキシヨミチから教わったことだ。そのおかげで、こちらに高速で接近するRB・フィッシュの動きを捉えることが出来た。
高速で蹴りを入れてきたRB・フィッシュを縦ロールで巻き込む。巻き込み切れなかった衝撃が腹に伝わってくるが、ぐっとこらえて気合の雄たけびをあげた。
「どりゃっしゃーい!!」
縦ロールに巻き込んだRB・フィッシュの身体を、地面へと叩きつける。地面と激突した衝撃で桜が舞い、視界が開けた。真正面に、血を吐き出すRB・フィッシュを確認する。そこへ、間髪入れずにレイニーが上空から雷を撃ち落とした。
バリバリという爆音と共に、視界が白く染まる。たまらず目を閉じ、再び目を開いたその先にはRB・フィッシュの身体はなく、黒焦げになった桜の木だけがあった。あれを避雷針代わりにして回避したのか。
「危ない!!」
そこへ、飛び込んできたのは合流したスノーホワイト。雷鳴の音に紛れてロールドンナのすぐ傍まで迫っていたRB・フィッシュを、ルーラを使って防ぐ。心の声が聞こえるスノーホワイトにとっては、これくらいの視界の悪さは問題にはならなかった。RB・フィッシュの攻撃の重さに顔を顰めたスノーホワイトであったが、即座に受け止めるのではなく攻撃を逸らす判断に変え、直撃をしのいだ。
「スノーホワイトまで合流しましたか!! 私、ますます大ピンチですねぇ。でも、この状況がより一層私を興奮させ⋯⋯」
「スノーホワイト様に何さらしとんじゃボケェ!!」
合流したスノーホワイトに対しても表情を変えず興奮気味のRB・フィッシュだったが、その言葉を遮り、怒れるラミーが鏡を出し、RB・フィッシュの位置を反転させた。出した位置は、ラミーの目の前。
ラミーは、普段から考えたことを即行動に移す魔法少女だ。それは、戦闘の場においても同様であり、そこにタイムラグはほとんど存在しない。それ故にRB・フィッシュは対応が遅れ、ラミーが両手で触れてくることを防ぐことが出来なかった。
「ずっとへらへらしやがって、いい加減鬱陶しいんですよぉ!! くらえ、性質反転!!」
ラミーが深く考えず、感情に任せ繰り出したその技。それにより、RB・フィッシュの愉悦は終焉を迎えた。