♢ハイミー
小屋の壁を蹴り、空中からモニカの片方の頭目掛け蹴りを放つ。呑気にドアを蹴破った姿勢のまま動いていなかったモニカはその蹴りをもろに喰らい、横っ飛びに吹っ飛んだ。ガシャーンと音を立ててキッチンに突っ込み、食器が崩れる。あれでさらにダメージを負ってくれたらいいが、ハイミーはそこまで期待していなかった。蹴った感触が、普通の魔法少女よりも固い。耐久力はおそらくハイミーをはるかに上回っている。
「も~、いきなり何するのネ!! 客人に乱暴働くのが日本人の常識なのネ!?」
「あったま来たネ! 私たちで成敗してやるネ!!」
モニカが立ち上がり、憤慨しながら向かってくる。直後、ハイミーの脳内に2つの選択肢が提示された。立ち止まるか、後ろに下がるかの2択。これがモニカの魔法なのか。選択肢を選ばなかった場合どうなるか分からないので、咄嗟に後ろに下がることを選択する。すると、先ほどまで何も無かったはずの場所に、透明なゼリーのようなものが浮かんでいて、ハイミーの身体を包み込んだ。
「弾けろ!!」
モニカの片方の頭が叫ぶと同時に、ゼリー同士がぶつかり合い、その衝撃がハイミーを襲う。しかし、予想していたよりは大きい衝撃ではない。自慢のモフモフ尻尾で十分防御できる程度だった。逆に、ハイミーはその衝撃を利用して急接近、すれ違いざまに先ほど叫んでいた方の頭に両手で触れた。忘れる対象は身体の動かし方に設定したが、果たしてハイミーの魔法がモニカに対し効果があるか。自信はあまりない。
「はえ? 私どうしたら腕とか動かせるんだったネ!?」
「うわ、何されたのさモニカ!? 安心して、私が代わりに動かしてあげるネ!!」
やはりというべきか、モニカは普通に身体を動かして攻撃してきた。その攻撃を宙返りで回避しながら、ハイミーは舌打ちする。ハイミーの魔法を使って忘れさせることが出来るのは、1人に対しては特定の行動1つまでだ。より魔法を強く働かせるためには口づけかそれ以上の肉体的接触を行う必要があるが、戦闘中にそんなことは通常不可能。したがって、手で触れるという最も単純な手法しか取れないのだが、頭が2つあるモニカは、片方の頭に魔法を使ってももう片方の頭で記憶できる。触れる際はしっかり両手で頭に触る必要があるため、2つの頭に対し同時に魔法を使うこともできない。相性は最悪と言わざるを得なかった。
モニカが振り下ろしてきた斧を避け、尻尾で逆立ちして回し蹴りを放つも、モニカは両手を交差させて蹴りを防いでくる。さらに、カウンター気味にババーンと両手を広げ、魔法を発動させた。
「イニミニマニモ!! さあ、どっちを選ぶ!!」
またあの選択肢の魔法かと身構えたハイミーだったが、脳内に提示された選択肢のうち、一つは空白のままだった。そういえば、先ほどの魔法発動の際の掛け声も一人分の声しか聞こえなかった。すかさず空白の方の選択肢を選び、ハイミーは再度先ほど触れた頭と同じ頭に両手で触れる。どうやら、相手の動きは制限できないが、魔法の発動には影響を及ぼしているようだ。
「あれ? また私、なんか色々忘れちゃったネ」
「お前、またそれやるネ!? 魔法もうまく使えなかったし、いったいどういう魔法なのネ!! ジェーンが言ってたなんちゃらクダラの魔法の情報と全然違うネ!!」
クダラの名前だ。やはりクダラを狙ってこいつらはここまで来たのか。先に逃がしておいて正解だった。そして、こいつはここで必ず仕留めてみせる。殺意のゲージを上げ、迫るゼリーを尻尾で叩き落としながら、ハイミーは戦闘の場所を移動する。目指すは、武器を置いてある寝室だ。
廊下を走りながら、秒数を脳内で管理。魔法が切れそうになったタイミングでモニカに突進し、片方の頭に触れる。その繰り返しだ。モニカは、力と耐久力は並の魔法少女以上にあるが、知性はあまり高くないのか攻め方がどうも単調だ。脳内に選択肢を提示する魔法とゼリーを空中に浮かせる魔法、2つの魔法を扱うのは厄介だが、ゼリーは威力がそこまでではないし、選択肢の魔法の方は対処の仕方が分かれば簡単だ。時間稼ぎなら割と問題なく行える。
「もー、鬱陶しいネ!! ちょこまかと逃げ回って!!」
「あ~、頭がぼ~っとするネ⋯⋯。なんで私ばっかり狙うねコイツ!!」
「そう思うなら、もう少しダメージを受けてほしいものだがな!!」
片方を集中して狙っているのは、短期集中で記憶消去を連続で行うことによる脳へのダメージを期待してのことだ。忘れっぽくさせるこの魔法、実際にそういった目的で使った経験はないので確証はないが、連続で使うのはあまり良くないと何となく自分でも分かっている。分かっているからこそ封印していたわけだが、クダラに危害を加えようとする相手にそんな遠慮はいらないだろう。
そうこうしている間に、何とか寝室までたどり着いた。既に息は切れ始めているが、まだそこまで大きな怪我はない。襖を壊して突っ込んできたモニカの突進を避け、一枚だけ色が違う畳を力強く踏みつける。ガタンと音がして開いた中には、ハイミーの愛用の武器である長槍が格納されている。その長槍を尻尾で絡み取って手元に運ぼうとしたハイミーだったが、それを邪魔するかのように、ゼリーが飛来して目の前で破裂する。武器を取ることを優先したため防御が間に合わず、鳩尾付近で衝撃派をもろに喰らった。一瞬視界が眩むも、歯を噛みしめて耐え、尻尾から手元に長槍を移し、後方に跳びながら一撃を繰り出す。狙うは、先ほどから何度も両手で触れて記憶を消去させている方の頭だ。
「させないネ!!」
しかし、長槍の先端が当たる寸前で、モニカがもう片方の頭を伸ばし、歯で長槍を止めた。あり得ないほどの咬合力で、長槍の刃先はバキリと音を立てて砕ける。反応速度も力も半端ではない。だが、ハイミーもこれしきのことで挫けることはない。手元で長槍をくるりと回して砕けた刃先を飛ばし、刃先を捨てただの棒と化した長槍でモニカの顎を強く打つ。昔取った杵柄ではあるが、魔法少女式杖道の免許皆伝の称号は伊達ではない。
そして、顎を打ったことでモニカの身体はぐらりとよろめいている。いくら耐久力が高くても、顎を叩いて直接脳を揺らせば、誰だってこうなる。その隙に、首、肝臓、鳩尾の急所に連続で棒の打撃を叩き込めば、モニカは白目を剥いて口から血を吐き、明確にダメージを受けた様子を見せた。やはり、武器を拾いにここまで来たのは正解だった。ここが好機とばかりに、ハイミーは雄たけびを上げて更なる猛攻をしかけていく。
「うおおおおおおお!!!!」
肩、肘、そして膝。関節への鋭い一撃で体勢を崩したところに、追撃の顎への強打。モニカの口から血と同時に歯が飛び出す。意識はまだ失っていないのか、ゼリーの攻撃は飛んでくるが、それは棒を回転させて起こした風で吹き飛ばし、ついでとばかりに回転させた勢いそのままに足元を払って転ばせる。モニカが転倒し、口元から血を流した頭がちょうど足元に来る。ハイミーは、その頭に致命的な一打を与えるために、棒をしならせ全力で振りぬいた。
「⋯⋯お前、調子に、乗りすぎネ」
ハイミーが振りぬいた棒が、モニカの顔面に当たる手前で止まる。そうだ、魔法の効果時間はもう過ぎていた。先ほどまで記憶を連続で消去され、戦い方を忘れていた方のモニカの頭が、敵意を剥き出しにハイミーを睨みつけ、
ハイミーはそのまま壁にぶつかり、壁をぶち破って廊下へと放り出された。全身が痛むが、武器は手放さない。壁の破片で傷つけてしまったのか、額から流れる血のせいで視界がやや赤いが、その視界でもモニカがにょろにょろと不気味に髪を動かしているのは見えた。
選択肢の魔法に、空飛ぶゼリーの魔法、そして髪を自在に操る魔法。これでモニカが使ってみせた魔法は3つ目だ。いったいどういうことだ。魔法使いじゃあるまいし、魔法少女が異なる魔法をこんなに同時に扱えるなどおかしいではないか。
「うーん、この魔法、まだ扱い難しいネ! 最近やっとまともに動かせるようになったけれど、これやっぱ弱いヨ!!」
「モニカはまだいいネ! 私が貰った魔法、ゼリーがぷかぷか浮かんで綺麗なのはいいけれど、それだけヨ! あれで攻撃するより私が殴った方が何倍もいいネ!!」
ハイミーがダメージを与え続けた方の頭も、血は吐いているがまだまだ元気そうだ。なら、こちらも弱った姿は見せてやるもんか。痛みを我慢して立ち上がり、再び武器を構える。クダラの元にこいつを行かせないためにも、負けるわけにはいかないのだ。