魔法少女育成計画LastPage   作:赤葉忍

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忘れられないキスをあなたに

♢フダラ=クダラ

 

 ハイミーに逃がされたクダラは、島の外側の方へと向かい全力で走っていた。何故逃げなければならないかはよく分かっていなかったが、師匠であるハイミーがそうしろと言ったのだ。ならば、クダラはそれに従うまでだ。

 

 勿論、ハイミーのことを心配する気持ちもある。望まぬ客人と言っていたし、こちらに敵意を持った何者かと、おそらく今ハイミーは戦っているのだろう。しかし、ハイミーと何度も手合わせしたことがあるクダラだからこそ知っていることだが、ハイミーの魔法は対人戦闘において最強だ。触れることさえできれば一瞬で無力化できるし、その条件を満たすための動きも洗練されている。それに、クダラは弱い。もし今から引き返してハイミーの助太刀をしようとした場合、逆に足を引っ張るような事態になりかねない。クダラは、世間知らずだが、師匠のことと自分の弱さは人一倍理解していた。

 

 尻尾と耳はクダラの弱気を表すように下を向いているが、顔だけは前を向いて走り続ける。虚栄も大事だ。どれだけ不安でも、顔だけは下を向くなと師匠にも何度も言われた。前を向き続ければ、必ず道は開けるのだと。

 

 そのかいあってと言うべきか、クダラはすぐ異変に気付くことが出来た。時刻はまだ夕暮れ前。天気も快晴。それなのに、視界の奥の方が、妙に暗い。しかも、その闇はどんどんクダラの方へと近づいてきているように見える。

 

 野生の勘のようなものでなにか嫌なものがそこにあるように感じ、クダラは咄嗟に進行方向を変更した。そのクダラの鼻先を、一筋の閃光が掠めていく。思わずひゅっと息を呑んだクダラへ、闇の奥から怒りを帯びた声が投げかけられた。

 

「⋯⋯ちっ。よけられたか。さっさとターゲットを捕まえてギャシュリーお姉さまに自慢しようと思っていたのに、これじゃあギャシュリーお姉さまもすぐ来ちゃうじゃない!!」

 

 闇の中からぬらりと姿を現したのは、全身を黒いコスチュームで覆った魔法少女だ。地団太を踏んでいる姿は怒り心頭といった感じだが、フードの隙間から僅かに覗く瞳は、何の感情も映してはいないように見えた。

 

 この魔法少女はいったい誰なのか。どうして自分に攻撃してきたのか。ギャシュリーお姉さまとは誰なのか。疑問はいっぱい頭に浮かぶが、それをいちいち考えていたら頭がパンクしてしまう。だから、クダラは相手をヤバい奴だと決めつけて、即逃走の手段を選ぶことにした。

 

「あ、こら!! 逃げるな!!」

 

 クダラの背後から怒声が聞こえ、同時にクダラの視線の先で自らの影がぐんぐんと伸びていく。振り向かなくても分かる。背後で、巨大な光源が出現しているせいだ。さっき放った光線を再び放とうとしているのだろう。逃げられるだろうか。いや、なんとしても逃げて生き延びなければいけない。ハイミーに逃がされた自分が、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

「あっ」

 

 逃げるのに必死になりすぎたのと、影に気を取られていたせいで、足元が疎かになっていた。地面を這うように張られた木の根っこにつまずき、顔面から地面にダイブしてしまう。ちょうどその頭上を、特大の光線が通過していった。クダラは慌てて立ち上がり、再度逃走を開始する。顔をぶつけた衝撃で鼻血が垂れてはいるが、ダメージはそれくらいだ。運が良かった。

 

 しかし、走りだそうとした直後、クダラは何か柔らかいものに衝突してぐへっ!?と情けない悲鳴をあげながら再度地面に倒れてしまった。いったい自分は何に衝突したのか、それを確認するために顔を上げたクダラは、もう一つの闇をそこに見た。

 

「転ばせちゃってごめんね~。でも、そうしないとあなた、死んでたから。私にありがとうって、お礼言ってね? なんか、日本人はそういう挨拶よくするでしょ?」

 

 光線を放つ魔法少女と同様に、全身を黒で覆った魔法少女。傘のようにふんわりと広がったスカートに、腕に抱えた古ぼけた絵本。にこにことこちらに笑いかける様子は一見フレンドリーだが、対面した時に本能が訴える恐怖は先ほどの魔法少女の比ではなかった。

 

 その魔法少女⋯⋯ギャシュリーは、先ほどクダラを転ばすために伸ばした義手をするすると元の長さに戻しながら、すうっと目を細めてクダラの背後の魔法少女、クラッシュライトを見つめる。その視線を受けたクラッシュライトは、ガタガタと全身を震わせていた。何故なら、先ほどクラッシュライトが放った光線が、ギャシュリーのコスチュームに当たり、そこに焦げ跡を付けていたからだ。

 

「ご、ごめんなさい!! まさか、ギャシュリーお姉さまが居るとは思ってなくて!! ば、罰はいくらでも受けます!! ですが、どうか命だけは!!」

 

「いいよ別に。あなた、もう壊れているから興味ないし。でも、もしまた私の邪魔したら、私の世界から消しちゃうだけ。それよりも⋯⋯」

 

「ひぃ!?」

 

 ギャシュリーが突然ぎょろりと目玉を動かしてクダラの方を見てきたので、ついまた情けない悲鳴をあげてしまう。たぶん、魔法少女の姿じゃなければ漏らしてた。それくらい、目の前の魔法少女は恐ろしい。特に、あの絵本。あれは、絶対にヤバい。クダラの尻尾が、ビンビンに危険を訴えかけている。

 

「ねえ、あなたの名前を教えて? 私の名前は、ギャシュリー。もし教えなかったら、イチゴジャムに⋯⋯」

 

「ふ、フダラ=クダラですぅ!!!!」

 

 やばい奴に名前を教えるのはダメなのは理解しているが、名前を教えない方が不味いと判断し、即座に名前を答えた。その結果ギャシュリーの問いかけを途中で遮ることになってしまったことには冷や汗をかいたが、ギャシュリーは特に怒りを見せる様子はなく、興味深そうに手元の絵本を開いて眺めるだけだった。

 

「さららに名前を聞いた時も駄目だったけれど、直接聞いても描かれないかぁ。クダラ、あなた運がいいよ。少なくとも今は、あなたはまだ死なないみたい!!」

 

 一人で勝手に満足そうにうなずくと、ギャシュリーはおもむろにクダラの首根っこへと手を伸ばす。首を絞められるのかと全身を縮こまらせるクダラであったが、ギャシュリーはただ首を掴んでクダラの全身を持ち上げ、そのままひょいっとクダラを背負っただけであった。

 

「さららに頼まれたのは、『フダラ=クダラの安全を確保』だっけ? うん、これで約束守れたことになるかな? 早く連れて行って、褒めてもらわないと!! 殺しちゃってたら怒られたから、そうならなくてよかった!!」

 

「ま、待ってくださいギャシュリーお姉さま!! 私も行きます!!」

 

 ギャシュリーがクダラを背負って向かうのは、島の中心部。つまり、クダラが逃げてきたハイミーのいる小屋のある場所だ。本当はそこへ戻るつもりはなかったが、この状況で抵抗しようものならどうなるか分からない。クダラはギャシュリーに背負われるがままにじっと身を固めることしかできなかった。

 

 

♢ハイミー

 

 モニカの攻撃は、髪の毛の魔法も加わることでさらに凶悪になった。両手に合わせ、髪の毛でも武器を持つことで実質腕が1本増えたような動きをしている。ハイミーはボロボロの身体に鞭を打って必死で捌いているものの、先ほどまでとは異なり頭に触れる隙が無い。

 

「「さぁさぁ、どっちを選ぶネ?」」

 

「くっ、やはりそれが一番厄介だな!!」

 

 その結果、モニカの与える選択肢が2択に戻ってしまった。選択肢に応じた場合、必ず選んだ攻撃を喰らうか動きを強制させられ、そこにゼリーの衝撃派なども合わさることでダメージが蓄積されていく。それでもまだハイミーが動けているのは、先ほどから魔法の対象を自分に設定し、『痛み』を忘れることで無理やり身体を動かしているからだった。しかし、これは後で必ず猛烈な痛みに襲われることが確約している諸刃の剣だ。あまり長くは続かない。

 

 ハイミーは、冷静に状況を頭の中で整理する。モニカの魔法で最も脅威なのがあの選択肢を提示する魔法だ。次に厄介なのが宙に浮くゼリー。髪の毛を操る魔法は、手数が増えるのは厄介だが所詮それだけでしかない。しかも、先ほどから観察するに、あまり上手に操ることもできていなさそうだ。武器の重みで髪の毛が弛んで、スピードが出し切れていない。

 

 そして、ゼリーに関しても性能は把握した。衝撃派が発生するのは、ゼリー同士がぶつかった時のみ。それ以外はふわふわと宙に浮いているだけで、棒で撃つと移動させることもできる。⋯⋯よし、攻め方は、決まった。後は、体力が持つかどうか。

 

「はぁっ!!」

 

 気合一閃。周囲に浮かんでいたゼリーを、棒で弾いてモニカの方へと集める。弾いたゼリーはモニカの眼前でぶつかり、衝撃派を発生させる。

 

「なっ! 私のゼリーちゃん、勝手に使わないでほしいネ!!」

 

 モニカにダメージが入っている様子はないが、問題はない。狙いはそれではない。衝撃派によって、モニカが伸ばしていた髪が巻き上がる。その髪を絡めとるように、回転を加えて棒を投擲。狙い通り、棒は髪を巻き取りながら壁に突き刺さり、髪に引っ張られてモニカが体勢を崩す。これが、正真正銘最後のチャンスだ。

 

 両足で床を蹴り、一気にモニカの懐まで潜る。屈みこんだ姿勢から起き上がりつつ、掌底を顎目掛け放った。モニカの片方の頭がぐらりと揺れ、白目を剥く。そこへ、尻尾で身体を起こして顔を近づけ、噛み付くような激しさで口づけをする。より深く、記憶の底から忘れさせるために、舌を捻じ込むのも忘れない。

 

「モニカに何するネ!!」

 

 口づけをしなかった方のモニカの頭が、激怒しながらハイミーの脇腹を殴る。ぐしゃりと内臓が潰れる嫌な音が聞こえ、ハイミーはそのまま吹き飛ばされた。その際に歯も何本か抜けてしまったが、やることはやり切った。

 

「モニカ!? しっかりするねモニカ!! なんで何も答えてくれないネ!?」

 

「⋯⋯うー、あー」

 

 ハイミーが先ほどディープキスで忘れさせたのは、モニカの自我だ。時間的には僅かだが、かなり深い肉体的接触だったので、当分の間は思い出すことは出来ないだろう。何なら、個人差はあるが二度と自我を取り戻すことはない場合もある。その代償で受けたダメージは大きいが、あちらの精神もかなり不安定になっている。捨て身の覚悟でやったかいがあった。

 

「⋯⋯殺ス!!」

 

 応答しなくなった片方の頭を心配していたモニカであったが、元通りになる気配がないと悟ると、殺意を剥き出しにしてハイミーの方に向かってきた。ハイミーの頭に提示される選択肢は、『踏み潰されて死ぬ』の1択。頭の片方の自我が消えて、選択肢が1つだけになったらしい。だが、ハイミーの身体はもう限界を迎えて動くことが出来なかった。防ぐ手段は、ない。

 

 無防備に床に倒れるハイミーの顔面を、モニカは怒りの形相で何度も何度も踏み潰す。ハイミーの顔面が床に埋まり、踏み潰されるたびに身体が大きく跳ね上がる。

 

「モニカを、元に、戻セ!! 今すぐ!! 戻セ戻セ戻セ!!!」

 

 モニカは激昂して唾を飛ばしながら、ハイミーの顔面を踏みつけ続ける。そんなモニカの足を、ハイミーは震える腕でちょんっと小突く。そして、モニカの視線がそちらに向いたであろうタイミングで、中指を立ててやった。

 

「あああああああああああ!!?」

 

 怒りが限界に達したモニカが、絶叫して中指をへし折る。そして、とどめの一撃を繰り出すべく、大きく足を上げた。

 

 しかし、その足はハイミーの顔面を完璧に踏み潰すことは出来ず、間に入った透明な結界のようなもので止められてしまった。さらに、モニカの目の前に、小型のスピーカーがどこからか投げ込まれ、軽快なミュージックを奏でだす。

 

『音楽に合わせて流れる指示!! レッツ、マジック、QTE!!』

 

 直後、モニカの脳内を、複数の矢印のようなものが満たした。突然の出来事に混乱している間に、ぶっぶーとペナルティ音が流れ、身体の自由が利かなくなる。そこへ、飛び込んできたのは、巨大な双腕を持つ魔法少女。

 

「ワン!!」

 

 犬のような鳴き声を上げた魔法少女が、モニカの顔面を思いっきり殴る。ろくに防御もできないまま殴られたモニカは、壁にぶつかり、それだけでは衝撃は収まらず、壁を突き破り、その勢いのままに小屋を突き破って外まで飛ばされていった。

 

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