♢ハイミー
「ワン、ワン!!」
「沙羅! ハイミーはまだ息があるぞ!! ただ、このままではおそらく⋯⋯」
「⋯⋯可能な限りは、呪文で治癒します。ボクの呪文がどこまで効果があるかは、分かりませんが。目の前で失われる命を、諦めたくはないです」
誰かの声が、すぐ近くで聞こえてくる。おそらくは、モニカを殴り飛ばした魔法少女の声だ。声色から察するに人数は3人。一人は、魔法使いといったところだろうか。自分の身体に治癒魔法がかけられているのが何となく分かるが、流石に無理だろう。この傷では助からない。
見るからにもう助からないハイミーに治癒魔法をかけるよりも先に、モニカにとどめを刺してほしいと思うのだが、そんな素振りを一切見せないのは、既にモニカが倒している仕事の速い有能なのか、それともただのお人好しの馬鹿なのか。この状況だと、どちらの方が望ましいだろうか。クダラはおそらく、この魔法少女たちに保護されることになる。ハイミーとしては前者を望みたいが、クダラにとっては後者の方がありがたいかもしれない。
ああ、クダラ。どちらにせよ、自分の愛弟子の未来には困難が訪れることは確定した。きっと、クダラは迷い、悩み、そして最後には誰かのために決断するだろう。あの子は優しい子だ。他人が傷つくよりも自分が傷つくことを選ぶことが出来る。あの時も、そうだった。
ハイミーがクダラを引き取って育てることを決めたのは、3年前のこと。クダラは、魔法の国からその魔法を危険視され、特殊監獄へと収監されることが決定されたのだ。
しかし、クダラは魔法少女に変身したばかりであり、しかも変身前の姿である
「お主には選択肢が2つある。一つは、儂の魔法を受け、魔法少女に変身できることを忘れてしまうこと。そうすれば、魔法の国にお主の危険性は消えたと訴え、このまま家族と暮らすことが出来る。もう一つの選択肢は、魔法の国に身柄を確保され、特殊監獄にぶち込まれることだ。こちらの場合、もう二度と家族には会えんと覚悟する必要があるが、お主の魔法を狙う悪者に襲われることはないと保障する」
ハイミーは、クダラが一つ目の選択肢を選ぶだろうと考えていた。しかし、クダラはむむむ⋯⋯と唸りながら長い時間をかけて悩み、ベッドの上で眠っている両親をちらりと見て、何かを覚悟した表情を浮かべると、こう答えたのだ。
「あの、むずかしいこと、よくわからないです。でも、あたし、まほーの国の人のところ、行こうと思います」
「なぜそう思う? 二度と家族と会えなくなるのだぞ?」
「だって、まほーの国の人たちのところ行ったら危険がないってことは、逆だとあるってこと、ですよね? あたし、パパとママが危ない目にあうの、嫌です。だから、まほーの国の人のところに行きます」
その返答に、思わずハイミーは目を見開いていた。クダラは、ハイミーがあえて言わずにいた第一の選択肢の危険性を感じ取り、家族に害が及ぶならと、自分の自由が奪われる道を選んだのだ。まっすぐにこちらを見上げる小さな身体は震えている。きっと、怖いのだろう。当然だ。まだ6歳なのだ。しかし、この子はその恐怖を押し隠し、家族を守る覚悟を決めたのだ。
その瞬間、ハイミーが感じたのは、自分自身に対する怒りと、クダラへの敬意であった。この少女の自由が、魔法の国に奪われていいはずがない。ハイミーの立場がどうなろうとも構わない。クダラのことは必ずハイミーが守り、育て、家族の元へと帰してみせる。そう決意した。
そして、ハイミーは自分でも考えていなかった第三の選択肢を選び、クダラを自らの元で育てることにしたのだ。その際、監査に所属した記録は可能な限りすべて消去している。魔法の国からは存在を消し、ただの魔法少女ハイミーとして、誰もいない無人島にクダラを連れて行った。勿論、本人の許可は取ったし、両親に関しては一時的に記憶を消去してクダラのことを忘れさせはしたが、定期的に金銭の支援は行っている。すべては、クダラの自由のために。ハイミーは、自分の半生を投げ捨て、クダラと共に歩む道を選んだのだ。
しかし、現状、ハイミーは重傷を負い、命の残り火も僅かとなってしまっている。記録の消去は完璧では無かったようだ。そういえば、自分は誰に襲われたのか? いつの間にか名前が思い出せない。脳にもダメージを負ってしまったようだ。
自分は、もうじき死ぬ。自分の選択は、間違っていたのだろうか。あの時、素直に魔法の国に従い、クダラを監獄へ収監するべきだったのだろうか。
「師匠ぉ!!!」
薄れゆく意識の中で、クダラの声を聞いた。一瞬死ぬ前の幻聴かと思ったが、こちらへ駆け寄る足音と、尻尾の揺れる音。間違いない、本物のクダラだ。どうやら無事だったらしい。それは良かったが、ああ、嫌だ。この可愛い弟子に自分が死ぬところを見せて、悲しませたくない。
残った力を振り絞り、手を伸ばす。クダラの頭、頭に触れて、自分のことを忘れさせるのだ。ハイミーが伸ばした手を、そっと優しく、クダラの両手が包み込んだ。
「師匠っ! あたし、師匠のこと絶対忘れないよ! 師匠があたしのためにしてくれたこと全部、忘れない! あたしを守ってくれて、ありがとう。育ててくれて⋯⋯ありがとう!! 大好きだよっ、師匠!!」
クダラの両手が、ハイミーの手を離れ、地面に埋まって潰れたハイミーの頭に触れる。労わるように、慈しむように。⋯⋯ああ、最期に感じることが出来たのが、クダラの声と手の感触で、本当によかった。死後の世界に行っても、これだけは忘れずに覚えていられるはずだ。
あの時の選択は、間違っていなかった。自分は、きっと、世界一幸せな魔法少女だ。
♢神谷沙羅
目の前で、ハイミーの変身が解ける。クダラがハイミーの傍に駆け付けた後も治癒魔法を施していたが、やはり無理だった。救えたかもしれない命を目の前で失ったことで情けなくて泣きたいような弱気な気持ちになるが、一番辛いはずのクダラが泣いていないのに、沙羅が泣けるわけがなかった。
「⋯⋯あなた達が、たぶん、師匠を助けてくれたんですよね。ありがとうございます。おかげで、師匠が死ぬ前にちゃんと自分の気持ち、伝えられました」
「⋯⋯いえ、ボク達がもっと早く来ていれば、救えた命でした。感謝されるようなことは、なにもできていません」
実際、もう少し早くジェーン・ホワイトたちの動きを読み、この場所を特定できていれば、ハイミーは救えたかもしれなかった。ただ、ハイミーたちの記録がほとんど残っておらず、場所を特定するのに難儀したのと、ジェーン・ホワイト達の動きが予想以上に早かったのが誤算だった。
しかも、沙羅がこれからクダラに頼もうとしていることは、決して感謝されるようなことではない。ジェーン・ホワイトがハイミー達のいるこの島に刺客を向かわせたのは、特異な魔法を持つクダラを排除、もしくは確保するためだろう。そして、その目的は沙羅たちもほぼ一緒だ。僅かに残った記録を調べ、沙羅はジェーン・ホワイトを倒すための切り札として、クダラの魔法を利用しようとしているのだから。
「大丈夫ですよ。あたし、覚悟はできてます。きっと、皆さんはあたしの魔法のこと、知ってるんですよね? あたし、やりますよ。師匠の仇、討たせてください」
どう話を切り出すべきか、迷っていた沙羅の表情を見て何かを悟ったのか、クダラは自分からそう言って協力を申し出てくれた。そのことを、ありがたいと思ってしまった自分に嫌気がさす。どうしてハイミーを亡くしたばかりのクダラに気を遣わせてしまっているのか。もっとシャキッとしなければ。最初から覚悟はしていたはずだ。仲間を、ナコを取り戻すために、地獄へと落ちる覚悟は。今さらぶれてどうする。
「⋯⋯はい、どうか、これからよろしくお願いします」
沙羅が差し出した右手を、クダラは力強く握り返してくれた。これで、この島に来た目的は果たせた。後は、小屋から吹き飛んでいった刺客の生死だが⋯⋯そちらは、最初から心配していない。あの方向は、ギャシュリー達を先に向かわせていた場所だ。先ほどから刺客の名前が何故か思い出せないのは、おそらくギャシュリーがここに居たはずの刺客を殺したことが原因なのではないか。
「さらら~!! 私がんばったよ!! 褒めて褒めて!!」
そして、予想通りに、無傷でピンピンした様子のギャシュリーが、顔いっぱいに返り血を浴びた状態で笑顔で駆け寄ってきた。その小脇には、いつも持っている古びた絵本とは別に、何かが抱えられている。それを見た瞬間、どくんと心臓が高鳴るのを感じた。まるで、生き別れた双子の姉妹を見つけた時のような感覚。間違いない、あれは⋯⋯!!
「ギャシュリー、えっと、刺客を倒してくれたんですね。ありがとうございます。ところで、その抱えている本は?」
「あ、これ? なんか、モニカを殺した時に地面に落ちたんだよね。シャボン玉の描かれた本と、さららみたいな本! なんとなくだけれどこれ、さららに渡した方がいいよね? はい、あげる!!」
記憶から消えていた刺客の名前はモニカというらしい。何故ギャシュリーは憶えているのか、疑問はあるが、それよりも、ギャシュリーが差し出した本から目が離せない。表紙に描かれているのは、青い長髪の魔法少女の姿。これは、間違いなく自分が変身した時の姿だ。
吸い込まれるように、自然と手が伸びる。表紙に手が触れた瞬間、まばゆい光に全身が包まれた。胸の中に、本が突き刺さって溶けていく。しばらくの間からっぽだった場所が、埋まっていく感覚。短かった髪が伸び、身長が縮み、足元でドレスがふわりと広がる。髪の根元から先端まで、伝わっていくエネルギー。懐かしい感覚に、自然と涙が零れた。
光が消え、その中心から姿を現したのは、本の表紙に描かれていた姿と同じ、青い長髪の魔法少女。唯一異なるのは、右手が義手になっていることだけだ。その姿を見たキューティー☆Eは、懐かしそうに目を細め、その名前を呼んだ。
「おかえり、さらら。やはり君は、その姿の方が似合っているな」
「ただいま戻りました。⋯⋯実は、ボクもそう思います」
ハイミーは救うことは出来なかったが、クダラの協力を得て、力を取り戻すこともできた。不安要素はまだまだあるが、幸先はいい。このままいけば、何とかなるかもしれない。珍しく、そんな楽観的な考えをするくらいには、さららは自分の魔法を取り戻せたことが嬉しかった。
早速、感覚を取り戻すために髪の毛を極限まで伸ばしてみる。伸ばす先の目印は、密かに魔力の残滓を込めた種を植え付けておいたTierドロップのポケットだ。四国から北海道までの距離は流石に不安だったが、集中すれば何とか数秒で届かせることが出来た。髪の先端に視覚をアレンジして持たせ、状況を視認する。この時初めて、さららはスノーホワイトとプフレが合流したことを知ったのであった。