♢レイニー・ブルー
スノーホワイトに翌日待ち合わせをすることだけ伝え、プフレは一人去っていった。しかし、車椅子を押していたTierドロップだけはプフレに同伴すること無く、この場に残っている。そのことにプフレも特に言及すること無く去ってしまったので、レイニーはドロップへの対応を困っていた。先ほどから一言も発さず、目の焦点が合わないままスノーホワイトやレイニーの方をぎょろぎょろと目玉を動かして見ているので、正直言って少し怖いのだ。スノーホワイトは魔法少女になってしまった磯野を気遣っていてドロップのことは無視しているので、ドロップの矛先が自分に向きそうで何となく嫌だった。
「ちょっと、そこの人ぉ!? さっきからスノーホワイト様をジロジロと見つめて、不敬ですよ!! それ以上スノーホワイト様を見つめるのなら、スノーホワイト様に税金を支払いなさ~い!!」
そこに、ぷんすかと頬を膨らませたラミーが割り込んでくる。ラミーもあまり他人のことを言えないとは思うのだが、この状況だと非常に助かる。話しかけられたドロップは、そこでようやく目の前のラミーに焦点を結び、へらへらとした笑みを浮かべながら話し始めた。
「え、なんすかね? ドロップちゃんが誰を見ていても別にあんたに関係ないじゃないっすか。あと、あんま話しかけないでほしいっすね~。ドロップちゃん、あんたのようなこの世の心理を理解してない馬鹿を見ていると、吐き気がしちゃうっすよ」
「むきーっ!? ラミーさん初対面でそんなボロクソ言われたの初めてなんですけれど~!? ムカつくぅ~!! 焼肉屋で自分が育ててた肉を他人に食べられた時くらいムカつくぅ~!!」
レイニーから見ればどちらも変人なのだが、別に変人同士気が合うということも無かったようで、初対面でドロップとラミーはいきなりギスギスし始めた。この状況をどうにかできないかと周りを見てみるも、ロールドンナは明後日の方向を向いて我関せずといった態度を決め込んでいるし、青い髪の毛の塊は蠢いているし、スノーホワイトは相変わらず磯野への状況説明で手一杯の様子だ。そこまでざっと見渡したところで、レイニーは猛烈な違和感を感じて二度見する。途中で見た青い髪の塊は、いったいなんだ。
レイニーの視線の先で、青い髪の塊がぱぁんと音を立てて弾ける。その音に全員の視線が一斉にそちらに集まるが、その時にはそこには青い髪の塊ではなく、青い髪の魔法少女が一人立っていた。青い髪の魔法少女は伏し目がちな瞳で全員の顔を確認すると、スノーホワイトで視線を止め、懐からおもむろに何かを取り出し、素早い動作でスノーホワイトへと差し出した。
「あ、あの、はじめまして⋯⋯。先ほどプフレさんから名前だけは聞いていると思いますが、ボクがNoNameの一応、リーダーということになっているさららです⋯⋯。これからどうぞ、よろしくお願いします⋯⋯」
「え、えーっと⋯⋯ご丁寧にどうも?」
さららがスノーホワイトに差し出したのは名刺だった。その名刺を、戸惑いつつも受け取るスノーホワイト。場の空気は、さららの登場により一瞬で書き換えられた。レイニーは、さららとは変身後の姿で会うのはこれが初めてだ。確か、変身できなくなっていたのではなかったか。その問題は解決したということなのだろうか? そもそも、いったいどこから現れたのか。疑問は尽きないが、それ故に何から聞けばいいか分からない。
「あ、さららさんじゃないっすか~!! いつの間にここに来たんすか? てか、ドロップちゃん最愛の茶田千代さんは?」
「⋯⋯久しぶりです、ドロップさん。ここには⋯⋯えっと、あなたに付けておいた魔力の残滓を辿って⋯⋯。スノーホワイトさんの姿を髪を通して見たので、直接話すべきかと思い⋯⋯四国から飛んできました。流石にここまでの長距離移動は初めてなので、うまくいくかは不安でしたが⋯⋯何とか出来てよかったです。茶田千代さんは、危険に巻き込みたくはないので連絡はしていないですね。お、おそらく、マリアさんたちが守ってくれているはずです」
「確か、髪の毛と自分の場所をいつでも入れ替えられるんすよね? 相変わらず便利な魔法っすね~。あと、あの変態は信用しない方がいいっすよ。ドロップちゃんのセンサーがそう訴えているっす」
ドロップとさららの会話の中でさらっと流されているが、移動距離がおかしすぎる。さららという魔法少女は戦闘巧者で通常では思いつかないような魔法の使い方をしてくる頭のおかしい魔法少女という噂を聞いたことがあったが、あながちその噂も間違いではないかもしれない。
「⋯⋯なあ、うちの聞き間違いやろか? あのさららとかいう魔法少女、今四国から来たとか言うた? ここ北海道やぞ?」
「ラミーさんもそれくらいできるし!! あいつ、そんなアピールでスノーホワイト様に取り入ろうとしたって、そうは問屋もラミーさんも許さないよ!!」
ロールドンナもラミーも、突然現れたさららに興味深々といった様子だ。しかし、そのさららの関心はやはりスノーホワイトにあるようで、ドロップとの会話を終えると再びスノーホワイトと、その隣に立つ磯野に視線を向けていた。
「⋯⋯ところで、スノーホワイトさんの横にいる魔法少女は誰ですか?」
「この人は、磯野さんです。元々普通の人だったんですけれど、本を触ったら何故か魔法少女になってしまったんです。プフレさん曰く、それがジェーン・ホワイトの魔法なんだとか」
「⋯⋯それは、ボクも同意見です。成程、だから⋯⋯。ああ、いえ、気にしないでください。磯野さん、でしたっけ? 貴女の容姿が、その、昔の仲間によく似ていたので⋯⋯」
今の磯野は、ピンク髪をツインテールに結んだ、非常に幼い容姿をしている。本人はその容姿を恥ずかしがっているのか、先ほどから短いスカートを顔を赤らめながら必死に抑えていたのだが、さららの言ったことが気になったのか、顔を上げて尋ねる。
「わ、私がこんな格好になったのは、その、お前の昔の仲間の容姿が、こんな格好だったからなのか!?」
「あ、いえ⋯⋯。その子は女子高生くらいの見た目でした。似ているのは、髪色だけで⋯⋯。幼い容姿なのは、その、貴女の趣味なのでは?」
「そそそ、そんなことはない!! 私はお嬢を敬愛しているだけで、別に幼女趣味などではない!! 断じて!!」
「あ⋯⋯。はい、そういうことにしておきます⋯⋯」
必死に否定する姿が逆に疑わしいが、さららはそれ以上磯野を追求することはしなかった。その代わりに、何か考えるように、髪の毛を指でくるくると弄っている。
「あの、提案なのですが、一度磯野さんの記憶を覗くために、脳内に髪の毛を⋯⋯」
「さららさん、やめてください。磯野さんは元々一般人ですよ? そんな無茶苦茶なこと、させません」
「だ、大丈夫ですよ、スノーホワイトさん。後遺症は残りませんので⋯⋯。見た目は、その、悪いかもしれませんが⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯」
「こいつもたいがいヤベーぽん」
黙ってしまったスノーホワイトの気持ちを代弁するかのように、ファルがボソッと呟いた声が聞こえてくる。レイニーも概ね同意見だ。見た目は気弱そうに見えるさららだが、先ほどからだいぶ行動がぶっ飛んでいる。
しかし、そんなさららの提案にも動じることなく、心配するスノーホワイトを押しのけ、磯野はさららの前に進み出た。顔を見上げ、まっすぐにさららを見つめる視線から感じる意志には、見た目に反してとても力強い。
「いや、やってくれ。あんたは私が忘れている敵の正体を探りたいんだろ? あんたが私の記憶を探って何か手がかりが掴めるのなら、遠慮しないでほしい。その代わり、一つだけ条件がある」
「ありがとうございます。⋯⋯ボクにできることなら、なんでも」
「お嬢の墓を作るのを手伝ってほしい。あとは⋯⋯そうだな。雪美ふくふくのやりたかった雪祭りを、開催させてやりたい」
雪祭りといえば、開催日は今日のはずだ。しかし、今は誰も名前を思い出せない敵との戦闘によって、会場に作られていた雪像はすべて破壊されてしまっている。このままでは祭りの開催はままならないだろう。磯野の頼みは、それをなんとか開催できるようにしたいということだろうが、いったいどうするというのだろうか?
「⋯⋯なるほど。確かに、ここに居る魔法少女全員で協力すれば、一日で雪像を全て復活させることも難しくはなさそうです。開催日はどうしても一日遅れてしまいますが、そこは我慢して貰いましょう。キューティーさんには帰るのが遅れると後で連絡するとして⋯⋯スノーホワイトさん、協力していただいてもいいですか?」
「人助けなら、喜んで」
「スノーホワイト様がやるならラミーさんもやりますぅ!!」
「あ、これうちもやる感じなん? まあ別にええけど」
「ドロップちゃんもお金くれるなら手伝ってあげてもいいっすよ?」
「あ、貴女はもう帰っていいです⋯⋯」
ドロップを除いたここにいる魔法少女は全員、雪像づくりに協力する流れになっている。レイニーも別に反対する気はないのだが、雪像を作るにあたってどうしても気がかりなことがあった。
「待ってください! 雪像づくりには反対ではないのですが、雪像をつくるための雪はどうやって確保するのですか? 雪は積もってますが、流石に元通り会場全体に雪像を建てるとなると、雪の量が⋯⋯」
そこまで言いかけて、全員の視線が自分に向けられていることに気づき、思わずあっと声を漏らした。雪像づくりの雪に関しては、どうやら自分が魔法で何とかしなければいけないようだ。長時間の魔法の使用は割としんどいのだが、仕方ない。レイニーはこっそりと必要な雪の量を計算し、若干ナーバスな気分になったのであった。
♢貴腐人メサメサ
「ふーっ! これで一仕事終わりなのじゃ~!! ちょっと時間も余ったことじゃし、のんびりとお祭りでも見て回るかのぉ」
さららがスノーホワイト達と合流した数日後、北海道を一人訪れていたメサメサは、先ほど地面から引きずりだしたばかりの死体を一旦日陰に隠し、自由時間を満喫しようとしていた。
この死体を引きずりだす作業を、メサメサは連日行っている。つい先日は、ブルジョワーヌⅢ世の生家に行ってそこで死んだ魔法少女を数体引きずりだしたし、今日も2人、最近死んだばかりの魔法少女を地面から引きずり起こした。一人は、魔法のアイテムが無くてあまり使い物にならなさそうな死体だったが、もう一人はまだ使い道がありそうだ。これなら、ジェーン・ホワイトに怒られることもないだろう。
「なんだかんだで儂が一番働いとると思うんじゃよなぁ~。そもそも、新入りの儂以外のメンバーが少なすぎるんじゃ、あいつ。⋯⋯うーん、でもなんか、もっといたような気もするんじゃが。ま、ええか。戻ったらもっとお菓子を増やすように頼まんとなぁ」
ぶつくさと不満を口にしつつも、監獄から助けて貰った恩もあるのでなかなか強く言えないのも事実。だからこそ、仕事の合間の息抜きが重要なのだ。
「お~! ここが雪祭りの会場じゃな? なんじゃ、予想以上にクオリティが高い雪像ばかりじゃの~。⋯⋯ただ、ここに来る前にいいねちゃんに見せてもらったサイトにあった雪像とはデザインがだいぶ違うようじゃが、何かあったのかのぉ?」
祭りの会場についたメサメサは、予想以上の光景に感嘆する。所詮一般人が作ったものとあまり期待していなかったが、なかなかどうして、まるで魔法少女の魔法で作られたようなクオリティではないか。雪像に使われている雪もきめ細かく、なかなかに質がいいことが一見して分かる。
「な~んか変な像もあるがのぉ。お好み焼きの像に、これは⋯⋯スノーホワイト!? ⋯⋯いや、違うか。ジェーンに以前見せて貰ったが、こんなに胸は無かったはずじゃし、顔もキラキラしててけばいし、他人の空似じゃな」
少々個性的な作品もいくつかあったが、それらを含めても完成度が高く、変装して紛れ込んでいるメサメサ以外の一般人も、雪像の出来栄えに興奮している様子がうかがえた。そんな中で、ぽつんと一人、とある雪像の前でじっと佇む少女の姿が、メサメサの目に留まった。その少女だけは、周りとは少し雰囲気が違うように見えたのだ。どことなく、悲し気な表情をしているのが気になった。
「⋯⋯おい、楽しい祭りじゃというのに、浮かない顔をして、いったいどうしたのじゃ?」
メサメサも魔法少女。悲しんでいる少女を見るとおせっかいを焼きたくなる。気づけば、少女に近づき、そう声をかけていた。少女は一瞬びっくりした様子で目を見開いていたが、変装していても隠しきれないメサメサの整った顔立ちを見て悪い人ではないと判断したのか、おずおずと目の前の雪像を指さして、メサメサの疑問に答えてくれた。
「私、大好きな友達がいたんです。でも、その友達がちょっと前に死んじゃって⋯⋯。この雪像、その友達になんとなく似ているから、それで悲しくなっちゃったんです」
少女が指さした雪像を見て、メサメサはうーむと首を傾げる。何となく見覚えがある気がしたのだ。そのままうーむと首を傾け続け、直角に首が曲がったところで、はっと思い出した。この少女は、メサメサがこの地で死体として引きずり出した魔法少女の1人にそっくりなのだ。
そのことを理解したメサメサは、罪悪感に襲われた。おそらく、この少女の友達が死んでしまったのは、自分たちのせいだ。誰が殺したかは分からないが、おそらく間違いないだろう。メサメサの魔法で地面から引っ張り出した死体は、喋ることもできないし、生前の記憶はほとんど存在しない。そんな状態の友人を見せられてもこの少女は喜ばないだろう。かといって、このまま少女を放っておくこともできない。
どうしようか⋯⋯と反対方向に首を傾げ、再び直角に曲げたところで、ぴこーんと頭にいいアイデアが浮かんだ。メサメサは、懐をまさぐり、ジェーン・ホワイトから貰った一冊の本を取り出した。
「お主、名はなんというのじゃ?」
「な、名前ですか⋯⋯? え、えーっと、
「では、呼び名はまちじゃな! お主に、悲しい気持ちも晴れるような、素晴らしい力を与えるのじゃ!!」
「え⋯⋯? えーっと、怪しい宗教のお誘いとかなら、遠慮しておきます⋯⋯」
メサメサはただ、魔法少女になれば悲しい気持ちも忘れてハッピーになれるだろうという安直な気持ちで、ジェーン・ホワイトから貰った本を渡そうとしたのだが、怪しい勧誘に若干引いた様子のまちは、徐々にこちらから距離を取ろうとしている。不味い、このままでは逃げられてしまう。そう思い焦ったメサメサは、咄嗟に思いついた嘘で、まちを引き止めることにした。
「こ、この力があれば、お主の友人を殺したやつへの復讐なんかもできるぞ! な~んて⋯⋯」
「⋯⋯今、なんて言いました? ゆっきーは、誰かに殺されたんですか!?」
「しっ、しー!! 声が大きいのじゃ!!」
予想以上にまちが食いついたことに驚きつつ、慌ててまちの口を手でふさぐ。『殺した』という物騒なワードに、周囲の人間が何事かと視線を向けてきていた。
「ひとまず、話はここを離れてからじゃ!! お主、儂に力いっぱい捕まるのじゃ!!」
「え、いきなり何を⋯⋯きゃー!?」
メサメサはまちの身体を抱え、地面を大きく蹴って空へと飛びあがった。まちの悲鳴に何事かと人が集まってくるが、その時にはもうメサメサはまちを抱え、会場の外へと移動していた。
「ふー、ここなら人の気配もないし、安心じゃろ」
「あ、貴女、その顔!! え、SNSで最近よく見る、魔法少女グループの1人!?」
「ん~? あぁ、そういえばいいねちゃんが色々拡散しておったのじゃったか。そう、儂はジェーン・ホワイト党の1人、セクシーでキュートなお姉さん、貴腐人メサメサじゃよ~」
会場を離れて変装を解いたメサメサの顔を見て、まちはメサメサが何者かに気づいたようであった。自分のことを知っていたまちに気をよくしたメサメサが笑顔でファンサすると、きゃーっとまちも喜んで反応してくれる。うん、有名人もなかなか悪くない。
「⋯⋯ということはつまり、あなた達が倒しているってSNSで言っていた、悪い魔法少女が、ゆっきーを殺したの?」
「あー、えー、まあ、そんな感じじゃな」
「そんな⋯⋯!! ゆ、許せない!! メサメサさん、さっき言っていた力、私にください!!」
本当は違うのだが、勝手に勘違いしてくれているようなので話を合わせたところ、自分から力を望んでくれた。それならば遠慮なく、メサメサもこの本を渡せる。魔法少女になればきっと、ささやかな悩みも忘れられるはずだ。生者が死人にいつまでも引きずられていてはいけない。生者は前を向いて生きなくては。メサメサは、その手伝いができることを誇らしく思った。ついでに、深刻な人員不足も補え、メサメサの仕事量も減らせる。まさに一石二鳥だ。
メサメサが本を手渡した瞬間、まちの身体を光が包む。その眩しさに思わず目を瞑ったメサメサが次に目を開いた時、そこには水色のドレスを身に纏った、スレンダーな美女の姿があった。
「お~! どうやら無事魔法少女になれたようじゃの!! どんな魔法が使えるかは儂も知らんが⋯⋯まあ、とにかくこれで、お主も儂たちの仲間じゃ! 一緒に、悪い魔法少女をやっつけようぞ!!」
「はい!! ゆっきーの仇、私の手で、必ず⋯⋯!!」
こうして、新たな魔法少女がまた一人、北海道の地に産まれた。スノーホワイトに救われた磯野と、メサメサによって悲しみを復讐心で塗り替えられたまち。切斬舞と雪美ふくふくの死を通じ、2人はいずれ交わり戦うことになるのであった。