♢ラツムカナホノメノカミ
今日は何やら随分と騒がしい。自室でぼんやりと天井を眺めながら、ラツムカナホノメノカミは喧騒に耳を傾けていた。魔法を使えば、この騒ぎの原因も分かるのだろうが、あまり気乗りがしない。たとえ、何者かが侵入してきていたとしても、それを咎める気力すら今のラツムカナホノメノカミには無かった。「始まりの魔法使い」が今どこで何をしているのか。そして、賢人システムが魔法の国のエネルギー不足を招いてしまったという事実。それらの答えを知ってしまった時から、ラツムカナホノメノカミは迷い、悩み続けている。いっそのこと、誰かに殺されてしまった方が楽かもしれない。そんなことを考えるくらいには、ラツムカナホノメノカミは参ってしまっていた。
しかし、自室のドアを蹴り飛ばし入ってきたその魔法少女を見た瞬間、ラツムカナホノメノカミは思わず立ち上がっていた。何故そうしたのかは自分でも分からない。ただ一つ分かることは、自らの魔法が訴えかける警鐘。考えるよりも先に、口が動いて問いを投げる。
「⋯⋯お前は、誰だ?」
相手は何も喋らない。それでも、ラツムカナホノメノカミの魔法、『質問をすれば答えがわかるよ』によって、回答が返ってくる。
黄昏の
なんだ、この回答は。ラツムカナホノメノカミは思わず眉を顰める。到底魔法少女の名前とは思えない。続く質問は声に出さずに、頭の中で質問を思い浮かべる。
──こいつの狙いは?
沈黙の
またもや、意味不明な回答だ。おそらく、相手の魔法によってこちらの魔法が阻害されている。ならば、本人に干渉しない範囲の質問で、こいつの目的を探る。
──被害状況は?
カスパ派の魔法少女数名が重傷。死亡者はなし。
──襲撃を受けたのはここだけか?
他の場所でも被害多数。特殊監獄なども被害にあっている。
──こいつと戦うべきか?
未知の
またもや意味不明な回答。目の前の魔法少女に関係する質問だとこうなってしまうらしい。ここで戦うべきか、否か。他の三賢人には戦闘能力で劣るが、普通の魔法少女に戦闘で負けるとは思っていない。しかし、果たして目の前の魔法少女は普通の魔法少女なのだろうか。
「──先制の
思考を巡らせている隙をついて、魔法少女が攻撃をしてきた。速い。しかし、避けられない速度ではない。反射的に身をかがめ、拳を避ける。そして、突っ込んできたところを下から押し上げるように肘を突き出す。全力とはいかずも、そこそこの力を込めた一撃だったが、手ごたえは薄い。というより、異常に固い。こちらの肉体も並の魔法少女よりははるかに固いはずなのに、攻撃を当てたこちらの肘が赤くなっている。これは明らかにおかしい。
肘を入れたことで若干よろつきはしたものの、特にダメージを負った様子はなく、魔法少女は再びこちらに突撃してくる。振り下ろした踵がデスクを破壊し、その上に乗っていた本が宙を舞う。ラツムカナホノメノカミは舞い散る木片を拳で弾きながら、再度頭の中で質問を重ねる。
──こいつの魔法を破る方法は?
極秘の
──こいつの魔法を破る方法は?
超秘の
同じ質問を二度重ねると、違う答えが返ってきた。同じ回答は出来ないのだろうか? それならば、回答が出尽くすまで、何度も質問を重ねれば、いずれ魔法を突破して回答を得られる可能性はある。攻撃を避けながら、ラツムカナホノメノカミは同じ質問を何度も頭の中で繰り返した。
──こいつの魔法を破る方法は?
超絶の
──こいつの魔法を破る方法は?
執拗の
──こいつの魔法を破る方法は?
⋯⋯⋯⋯
同じ質問を、頭の中で計100回ほど繰り返した時だった。唐突に、回答が返ってこなくなった。それと同時に、魔法少女が動きを止めた。頭を両手で抱え、何やら苦しそうに呻き声をあげている。隙だらけだ。攻撃を叩き込もうと拳を握ったところで、違和感に気が付く。魔法少女の両耳から、もくもくと煙が立ち昇っている。カチャリという金属音がして、首元から何かが落ちたのが見えた。それは、首輪の形をした拘束具だった。目を凝らして観察して、気づく。首輪に、文字が彫られている。その文字は、ラツムカナホノメノカミが記憶の中でのみ知っている文字だ。これは、この文字は、「始まりの魔法使い」の⋯⋯。
「──翻訳機能、起動。会話を、試みる。まずは、『着席』」
機械的な音声に、思考を中断され、意識を現実に戻される。今の声は、目の前の魔法少女のものだろうか? それを確認しようとする前に、勝手に身体が動いて、半壊したテーブルに座らされる。目の前には、瞳を不気味に赤く光らせた魔法少女が、ふにゃりとした柔らかい笑みを浮かべながらこちらを見つめていた。
「はじめまして。あー、久しぶりに話せたから緊張しちゃうな⋯⋯。えっと、おれは
「は⋯⋯?」
突然普通に喋り始めたことにも驚いたが、この状況がまず理解が追い付かない。何故、先ほどまで攻撃をしてきていたのに、急に会話を始めたのか。そもそも、自分の身体が勝手に動いたのも何故なのか。それらの疑問を解消するために、ラツムカナホノメノカミは頭の中でまた質問を投げる。
──この状況は、トラちゃんの魔法によるものか?
「うん、そうだよ。おれの魔法のせい。おれの言葉には、強い力が宿るから。だから普段は封じられている。でも、君のお陰で対応する言葉が追い付かなくなっちゃったから、こうして久しぶりに普通に会話できるようになった。ありがとう」
頭の中でしたはずの質問に、口頭で答えられた。あり得ない状況に、背筋が凍る。いや、しかし、トラちゃんの正体が、ラツムカナホノメノカミの予想通りだとしたら、あり得ない話ではない。頭の中でした質問にも答えられるなら、口に出しても一緒だ。そう思い、ラツムカナホノメノカミは口を開く。自然と、声は震えていた。
「あなたは⋯⋯『始まりの魔法使い』と、なにか関係があるのか?」
「うん。おれは、「始まりの魔法使い」が、魔導書を読み解くために作成した、『翻訳機』。とある魔法少女の力で、魔法少女に変身した。だから、おれの話す言葉は常に、魔法の言葉に『翻訳』される。今はバグが起こったせいで、普通に話せているだけ」
やはり、そうだった。トラちゃんは、「始まりの魔法使い」が産み出した存在なのだ。だから、三賢人の現身の肉体をもってしてもダメージを与えることが出来なかったし、首輪に書かれた文字にも見覚えがあった。ならば、ラツムカナホノメノカミはどうするべきか。分からない。回答は、おそらく得ることが出来る。トラちゃんの口から。しかし、それをどこまで信じていいものか。いや、疑う方がおかしいのではないか。
「大丈夫だよ、カナ。おれを、『信じて』。そして、おれたちに、『協力して』」
トラちゃんが言葉を紡ぐ。それだけで、ラツムカナホノメノカミの頭の中に渦巻いていた疑念や不安は、一瞬で吹き飛んでいった。そうだ、何を悩むことがあるのだろうか。偉大なる「始まりの魔法使い」が産み出した存在であるトラちゃんの言うことを聞くのは当然のことだ。むしろ、喜ばしい。これで、ラツムカナホノメノカミがいる意味も産まれてきた。もう、何も悩まなくてもいい。歓喜の感情が、湧き上がってくる。
「うん、『嬉しい』よね。おれも、嬉しい。君以外の三賢人とは協力できそうにないけれど、君は頭がいいし、おれたちも色々、知りたいことがあるんだ。だから、これから『よろしく』ね」
「ああ、分かった。こちらこそ、よろしく頼む」
ラツムカナホノメノカミは、久々に晴れやかな笑みを浮かべ、トラちゃんが差し出した手を握り返した。直後、バチバチという音がして、落ちていた首輪がトラちゃんの首に嵌まる。
「──有限の
(時間切れ、みたい)
「大丈夫だ。もう、何を言っているかは、理解できる」
トラちゃんの話す言葉は再びわけの分からないものになってしまったが、その意味は自然と理解できた。そのことに疑問を抱くことすらなく、ラツムカナホノメノカミは率いるカスパ派ごと、ジェーン・ホワイト達との協力関係を結ぶことを決めたのであった。