♢ジェーン・ホワイト
「あなた、ジェーンお姉ちゃんだよね? プクも知ってるよ。最近有名人だし。それで、今日は何しにプクのお家に来たの? プクとお友達になりに来たの?」
三賢人の現身の1人であるプク・プックにアポイントメントを取ろうにも、こちらは魔法の国から犯罪者と認識されている。素直に会わせてはくれないだろう。だから、あえて正面から会いに行った。本人が確実に中にいる時間帯を狙い、プク・プック邸に突撃。警備をしていた魔法少女複数人を倒したところで、プク・プック本人を引きずり出すことに成功した。ひとまず、作戦の第一段階は成功だ。
プク・プック本人の姿を直接見るのは初めてだが、やはりとてつもなく愛らしい。それでいて、じっと見ていると自然と頭を垂れたくなるような神々しさすら感じさせる。どうやら、最初から全力でこちらと“お友達”になりにきているようだ。事前に精神干渉を防ぐ防護魔法をかけていなかったら、既に屈服していただろう。その防護魔法があってもなお、プク・プックの魔法はこちらの精神を犯そうと手を伸ばしてくる。
「残念ながら、あなたとはお友達になるつもりはありません。貴女がやろうと準備を進めていることは、私の理想とは違う。手を取り合うことはできないでしょう」
無心になることを意識して、淡々とそう告げる。三賢人をどうするかを考えるにあたって、各派閥の動きは事前に調べていた。オスク派は現身であるグリムハートを失ったことで勢いを無くし、カスパ派はあまりやる気がない。最も厄介なプク派は、どうやら「始まりの魔法使い」が作った遺跡を利用しようと動いているらしいことが分かった。
なんて浅はかで、愚かな考えなのだろうか。「始まりの魔法使い」の意志を継ぐことが出来るのは、このジェーン・ホワイトだけだというのに。
「プクはジェーンお姉ちゃんともお友達になりたいな。考え方が違っても、お友達にはなれるんだよ? でも、その前に、皆を傷つけたこと、ちゃんと謝ろっか」
「謝るつもりはないし、お友達にもなりません。世界中の皆とお友達になろうなんて傲慢な考え、改めたらどうです? 小学生じゃあるまいし、現実見ましょうよ」
たっぷりと皮肉を添えて言い返してやると、プク・プックは目を丸くして、うるうると瞳に涙を浮かべた。その姿を見ると胸の奥から罪悪感が湧いてくるが、この感情もプク・プックの魔法によるものだ。湧き上がる感情を掻き消すべく、口の中で呪文を詠唱する。
紡ぐのは、始まりの魔法使いが記した魔導書に書かれた破壊の呪文。ジェーン・ホワイトの魂に刻まれた、現身の身体さえ破壊可能な呪文だ。見えることは無く、匂いもしない。破壊という結果のみをもたらす呪文。回避はほぼ困難に等しい。
しかし、それを、プク・プックは寸前でかわしてみせた。わずかに服を掠め、一部が破けたが、それだけだ。何故回避できたのか。それを、ジェーン・ホワイトはプク・プックの瞳の中を見て悟った。自分の視線が、呪文を放った方向を向いていた。無意識下で、プク・プックに当たることを恐れ、危険を知らせていたのだ。このままではまずい。
口の中で防護魔法を唱え、さらに精神干渉への影響を弱める。同時に、意識を保つために爪を肌に突き立てる。滲む血の赤が、自我を保たせる。大丈夫だ。自分はまだ、戦える。
プク・プックに近づくほど、魔法の影響は強くなる。接近戦は愚策だが、距離があると先ほどのように呪文を避けられる。次の一手として、ジェーン・ホワイトは一冊の本を顕現させた。ページを開き、魔法を発動させる。これは、先日F市にとある魔法を持った魔法少女から魔法を頂く際に、ついでで奪ってきたものだ。魔法の袋から取り出したのは、ブルジョワーヌⅢ世の出した金銭を使って魔法の国から大量に買い寄せた魔法の武器のうちの一つ。扱いに難しいアイテムでも、この『どんな道具でもすぐに使いこなせるよ』の魔法があれば、簡単に扱うことが出来る。
構えるのは、身長ほどの大きさの大きな弓。それを力いっぱい引き絞り、そして放つ。弓には矢をつがえてはいなかったが、魔法の武器にはそんな些細なことは関係ない。無から放たれた無数の矢が、雨のように降り注ぎ、プク・プックへと襲いかかる。
プク・プックは、ステップを踏むかのような軽快な動きで、その矢の間をすり抜けてこちらに近づいてくる。避けられない矢は横から叩いて落とし、一歩一歩着実に。そして、近づくごとに、その愛らしい顔面が、艶やかな四肢を称える言葉が、ジェーン・ホワイトの脳内に浮かび、その度に舌を噛んで抵抗する。
このままでは、ダメだ。今のジェーン・ホワイトの肉体は、六奈子の肉体を借りているだけ。プク・プックの至高の肉体には到底及ばない。可能性があるとすれば、呪文を直接ぶつけることだが、精神汚染が進んだ今、まともに呪文を唱えられるかが怪しくなってきた。
プク・プックは、もう手を伸ばせば届く距離にまで近づいている。ああ、早くその手を取りたい。柔らかい頬に触れてみたい。駄目だ、もう限界だ。このままでは、自分は負けてしまう。それだけは、ジェーン・ホワイトのプライドが許せない。
だから、ジェーン・ホワイトは決めた。いざという時のために準備しておいた、奥の手を使う。ジェーン・ホワイトはにっこりと目の前のプク・プックに微笑みかけ、そして自ら意識を手放した。
♢プク・プック
プク・プック邸に、最近魔法の国を騒がせている張本人であるジェーン・ホワイトがやって来たと聞いた時は、とても驚いた。だが、いずれ何とかしなければと思っていた相手だ。自分から来てくれたというのなら、探す手間が省ける。それに、プク・プックはジェーン・ホワイトともできればお友達になりたかった。悪いことをしたら謝らなければいけないが、謝ったら仲直りしなければいけないのも常識だ。プク・プックなら、どんな悪人でもお友達にできる。ちゃんと更生させてあげられる。
現に、さっきまでプク・プックに酷い悪口を言っていたジェーン・ホワイトは、目の前で優しい笑みを浮かべている。その笑みを見ると、何だか不思議と懐かしいような感覚に襲われたが、何故だろうか。まあ、難しいことは後で考えたらいい。プク・プックは仲直りの握手をしようとさらに一歩近づき、そこでピタリと足を止めた。
「え、ここ、どこ? 私、さっきまで真っ暗なところに居て⋯⋯あれ?」
ジェーン・ホワイトの様子がおかしい。急に辺りを見回したかと思えば、不安げな表情を浮かべている。その姿からは、先ほどまでこちらを挑発していた気概をまるで感じない。さらには、持っていた本も、いつの間にか大きな消しゴムへとすり替わっていた。
プク・プックは、小さな顎に手を当て、一瞬思考する。ジェーン・ホワイトのこの突然の変化は、いったい何だろうか。プク・プックのお友達になった魔法少女に、こんな反応をする子はいなかった。演技というわけでもなさそうだ。おそらく、目の前にいる魔法少女は、ジェーン・ホワイトとは別人。プク・プックは、本能でそう確信した。
「ねえ、あなたは誰?」
「え、私? 私は、奈子。
やはり、別人だ。話し方的にも、ジェーン・ホワイトより幼そうな印象を感じる。こちらの質問にも素直に答えてくれたし、何だかとてもいい子そうだ。是非、お友達になりたい。
「奈子お姉ちゃん、プクとお友達になってくれる?」
「え、いいの? やったー!!」
無邪気な笑みを浮かべて、奈子はプク・プックに抱き着いてきた。魔法の使用は最小限に留めているから、このフレンドリーさは奈子本来のものだ。こういうお友達も悪くない。プク・プックも、ぎゅっと奈子の身体を傷つけない程度に、抱きしめ返した。
その直後だった。ガツン、と何かが後頭部に当たったような感触がして、プク・プックはよろめく。咄嗟に頭に手を伸ばすと、手にはべっとりと赤い液体が付着していた。全身から力が抜け、がくんと地面に膝をつく。
「⋯⋯私のままだと、ここまでプク・プックに密着することは出来ませんでした。感謝していますよ、六奈子。また、私の意識の底で、深い眠りについてください」
ジェーン・ホワイトが、膝をつくプク・プックを、冷たい眼差しで見下ろしている。その手には、血で濡れた一冊の古びた分厚い本を持っていた。どうして、プク・プックの肉体が、あんな本でダメージを受けているのか。六奈子はどうしたのか。分からない。分からないことが多いけれど、分かっていることがあるとすれば、プク・プックがドジを踏んでしまったということだけだ。六奈子とは、少ししか会えなかったけれど、凄くいい子だった。お友達にしたい、なりたいと思ってしまって近づきすぎた。それがいけなかった。
そのこと自体には、あまり後悔はない。でも、大好きなお友達と色々計画をしていたのに、こんなところで全部台無しになってしまうのは悲しかった。ジェーン・ホワイトが本を再度プク・プック目掛け振り下ろすのを見上げながら、ごめんねと心の中で呟いた。それが、プク・プックの最後の思考になった。