♢CQ天使ハムエル
魔法の国は今、かつてないほどの混乱状態にある。ハムエルが所属するオスク派もまた、その混乱の波に呑み込まれまいと必死に動いているところだ。それ故、本来ならば予定になかった客人など通すことはない。しかし、今日やって来た客人は、簡単に無視できない相手であった。ハムエルは、部屋の隅、自身の上司であるレーテの背後に立ち、現れた客人を観察する。
「本来、こうしてお前らと話をするつもりはなかった。しかし、今は非常事態だからな。用件だけを簡潔に頼むな」
レーテに促され、席についた魔法少女は3人。皆、ハムエルも名を知っている有名人だ。1人目は、人事部の部門長、プフレ。2人目は、魔法少女狩りスノーホワイト。そして3人目は、NoNameという魔法少女チームを率いる魔法少女、さららだ。
「そうだね。ただ、折角来たのだから、お茶くらいは出してもいいんじゃないかな?」
「無理やり押し掛けてきた野蛮人を客人とはふつう呼ばぬな。こうして話し合いの場に座っているだけでも温情と思ってほしいものだな」
ちらりとレーテが視線を上げた先には、青い髪に縛り上げられたシャッフリンⅡたちがいる。そのうちの1人、ハートの9の頬をツンツンして笑みを浮かべている魔法少女は、外見的特徴とその手に持った絵本から察するに、ギャシュリーで間違いないだろう。こちらに死者は出ていないが、突然部屋のあちこちから伸びてきた髪の毛と、正面から突撃してきたギャシュリーにより多くのシャッフリンⅡ達が負傷、捕縛され、こうして直接レーテが出てくる羽目となってしまった。
「えっと⋯⋯すみません、少々荒っぽい手段を取らせていただきました。最悪、既にジェーン・ホワイトの手が及んでいる可能性もあったので⋯⋯」
「成程、用心深いのだな。それは結構なことだ。お前の噂は聞いているが、シャッフリンⅡ達をこうも簡単に無力化できるとは想像以上であるな。是非とも、一度手合わせしたいな」
「えっと⋯⋯え、遠慮しておきます⋯⋯」
遠慮がちに断る様子からは想像しにくいが、今もきょろきょろと視線を動かしながら、絶えず背後のハムエルにも注意を向けているあたり、さららは要警戒だ。それに、スノーホワイトも臆することなくレーテの視線を真正面で受け止めているし、プフレも自然体な様子ながら、その瞳は全く笑っていない。この魔法少女たちが3人で揃って行動しているという事実がまず異常なことであるし、そこにギャシュリーも加わっているとなればなおさらだ。それ故、レーテもこうして話し合いに応じることを選んだのだろうとハムエルは考えていた。
「私たちの目的は1つです。ジェーン・ホワイト一派を倒し、その目的を阻止すること。そのために、オスク派の皆さんにも協力して欲しいんです」
「魔法少女狩りよ、私としても、奴らの蛮行はどうにかしなければと考えてはいたな。ただ、何故我らなのだ? その理由を教えて貰いたいな」
「当然、私たちも他の派閥へ声をかけることも考えたさ。しかし、ジェーンたちの動きが予想よりも早かった。カスパ派は既に奴らの手に落ち、そしてもう一つの派閥は、どういうわけかその名前さえ誰も思い出せなくなっている。レーテ、あなたにも心当たりはあるだろう?」
「⋯⋯確かにな」
プフレが話すことには、ハムエルにも心当たりはあった。つい先日のことだ。突然、オスク派、カスパ派と並び存在していたはずのもう一つの派閥。その名前が、記憶の中から綺麗さっぱり消え去っていた。何かしらの異常事態が起こっていることは明らかであった。
「⋯⋯倒された魔法少女の記憶が消える、という事例は既に何件か確認していますが、おそらくボクらの記憶から消えたのは賢人の現身の記憶。ケースが違うと考えられます。⋯⋯そして、確証はありませんが、その名前の消えた派閥もおそらく、ジェーン・ホワイトの手に落ちているかと」
「なるほど、私たちの元を訪ねてきた理由は把握した。そして、このような強硬策に出たことも、迅速さを求めたというなら理解はできるな」
「では、我々に協力していただけるかな?」
「ああ、そうだな。いささか不服な点もあるが、つまらぬことで争っていても仕方ない事態ではある故な」
「ありがとうございます、レーテさん。これから、よろしくお願いします」
「ああ、握手か。よい、私も距離を詰めるとするかな。一時的とはいえ、これで我らは同盟関係というわけだしな」
スノーホワイトが差し出した右手を、レーテは仰々しい動作で握り返す。なかなかにレアな光景だ。それを間近で見られたことに地味にテンションが上がっていたハムエルの元に、脅威度の低さ故か拘束から免れていたダイヤの2が、慌てた様子で駆けつけてきた。その手には、何やら小型のモニターを持っている。これを見ろ、ということなのだろうか。
「すいません、お話し中に。ダイヤの2が何やら報告があるようで、モニターを持ってきました。電源を入れてもいいでしょうか?」
「ああ、構わぬ。私も気になるからな。テーブルの上に置いてくれな。ああ、魔法少女狩りたちにも見えるように頼むな」
レーテからの許可を貰い、ハムエルはモニターの電源スイッチを押し、テーブルの上に置く。流れてきたのは、ありふれた日本のニュース番組だ。しかし、あんなに慌てた様子で持ってきたこの映像が、普通のニュース番組ということはないだろう。そのハムエルの予想は、すぐに当たることになる。
『そ、速報です! 国会が開かれている最中、突如国会議事堂へと乱入してきた集団が、その場にいた総理大臣を含めた全員を殺害したようです! 犯行に及んだのは、その恰好から、最近SNSで話題となっている魔法少女集団かと思われます!!』
「⋯⋯成程、そうきたか。さらら、君はこの事態、予想していたかな?」
「さ、最悪の選択肢の一つには⋯⋯。でも、まさか、本当にやるなんて⋯⋯」
「おい、これはどういうことだ? そちらだけで納得せず、私にも説明してほしいものだな」
表情をゆがめたレーテが、さらら達に説明を求める。しかし、その問いかけへの答えは、さらら達ではなくモニターから返ってきた。
『ああ!? 今、国会議事堂から魔法少女が姿を現しました。⋯⋯あれ、姿が消えた?』
『──これは、全国放送ですか? もしそうならば、少しだけあなたのマイクを借りたいのですが、よろしいでしょうか?』
『い、いつの間にこんな近くに!? というか、本当にジェーン・ホワイト様!? あ、あの、私ファンです!! 後でサインください!!』
『ええ、勿論、構いませんよ。さて⋯⋯』
モニターの中で、女子アナウンサーからマイクを受け取ったジェーン・ホワイトがカメラに近づき、にっこりと笑みを浮かべる。その笑みを見た瞬間、心がざわつくような不思議な感覚に襲われたが、直後、ハムエルの目を青い糸のようなモノが覆い隠した。
「⋯⋯これ、たぶん、見ちゃダメです。なんらかの魔法が働いてます」
「ああ、私も今のは分かったな。記憶にはないが、何故か無性に怒りが湧いてきた。あれを見続けたらおそらく、私は私ではなくなっていたな」
ハムエルの視界を隠したのは、さららの髪の毛だったようだ。しかし、耳は塞がれていないので、声だけは依然として聞こえてくる。その声だけでも、何だか心が揺れ動かされるような不思議な力を感じた。
『皆さんの国のリーダーや、政治家たちは、今、私たちが倒しました。しかし、安心してください。その代わりに、我々があなた方を導きます。この国の言葉で表現するなら、我々は新しい政党である、ジェーン・ホワイト党と言うべきでしょうか。私たちが国のトップに立った以上、国民に不自由な生活はさせません』
「魔法は使っているのだろうが、普通、このような怪しい放送、誰も真に受けないであろうな。どういうつもりだ?」
「⋯⋯ジェーン・ホワイトの仲間に、#♡ちゃんという魔法少女がいます。彼女の魔法を使い、SNSでジェーン・ホワイト達は地道に好感度を稼ぎ続けていました。それはおそらく、この放送を受け入れてもらうための布石だったのではないかと」
「なるほどな。反吐が出るやり口だな」
『全国民には、月3000万の給与を進呈します。財源に関しては、私の仲間のブルジョワーヌⅢ世の魔法を使えば問題ありません。さらに、それだけではありません。明日から、国民の皆様の住所宛に、世帯分の本が送られます。それに触れれば、皆さんは私たちと同じ、特別な力を持った魔法少女になれるのです』
「なにを⋯⋯言ってるんです? これ⋯⋯」
ハムエルは思わず、そう声に出していた。ジェーン・ホワイトが何を考えてこのようなことを言っているのか、まったく想像ができない。そんなことをすれば、日本がどうなるのか、分からないはずはないだろう。それに、魔法の国が静観しているはずがない。
「各地で起こっていた魔法少女化テロは、まさか、このための布石⋯⋯?」
「だろうね。何を考えているかはさっぱりだが、どうやらあちらは日本人を全て魔法少女に変えてしまうつもりらしい」
「⋯⋯ただ、そうなると魔法の国からの反発は必須。だからこそ、先んじて巨大派閥の2つを自らの陣営に取り込んだ」
「しかし、それだけでは魔法の国すべてを抑えることはできないな。となると、次に奴が言い出しそうなことは、想像がつくな」
レーテがそう言った直後、まるでその声に反応したかのように、ジェーン・ホワイトがモニター越しにとんでもないことを告げた。
『しかし、問題はあります。私たちをよく思わない悪い魔法少女たちが、きっと私たちを止めに来るでしょう。そこで、国民の皆さんに最初のお願いです。⋯⋯あなた達の力を、私に貸してください。私は、国民の皆様に力が行き届いたタイミングで、”徴兵令”を施行することを、宣言しておきます!! 私たちと一緒に、悪い魔法少女たちのいる、魔法の国をぶっ壊しましょう!!』
ジェーン・ホワイトの演説を直接聞いていたのか、モニター越しにうおおおおという凄まじい歓声が聞こえてくる。その声を遮るかのように、どぉんという爆音が聞こえてきた。するすると髪の毛の目隠しが外れ、ハムエルが見たのは、テーブルごとかかと落としでモニターを叩き割るレーテの姿だった。
「⋯⋯それ以上、この声を聞いていると頭がおかしくなりそうだな。もう、聞く必要はないだろう。シャッフリンⅡ達は貸す。ハムエルが指揮を取ってくれるはずだ。うまくつかってくれな。ああ、それから、勿論、私も直接動くからな」
「それは助かるよ。何せこちらは人員不足だ。猫の手も借りたい状態だからね」
「私は、レイニーさんにも連絡を取って、監査にも呼び掛けてみます」
「そう、ですね⋯⋯。敵は、予想以上に多くなりそうですが。なんとかしましょう⋯⋯。なんとか、してみせます」
さららはそう言って、両手をぎゅっと固く握りしめる。その様子を、未だにハートの9をいじって遊んでいたギャシュリーが、きょとんとした表情で見つめていた。