♢ジュリエッタ
ジュリエッタは今、さらら達にも内緒でとある魔法少女と会う約束を取り付けていた。一応、さらら達にはこちらから頼み込んで協力して貰っている立場上、何も言わないのはどうかとも思ったが、それが相手の指定なので仕方ない。正直、このような状況でもなければあまり会いたくない相手ではあるのだが、これもまた仕方ない。世の中そんなことばっかりだ。
指定された部屋の前で一度深呼吸し、ドアをノックする。中から「どうぞ」と促され、内開きのドアを開くと、部屋の中央に鎮座する円形のテーブルを囲み、2人の魔法少女がそこに居た。ジュリエッタは一瞬固まってしまう。何故なら、会う約束をしていたのは1人だけだったからだ。しかも、これが見知らぬ魔法少女ではなく、直接会ったことは無いにしろかなりの有名人とくれば、なおさらであった。
「そんなところでぼーっと突っ立って、どうしました? 早くこちらに来て座ってください」
「⋯⋯はい、分かりましたぁ」
内心の動揺を押し隠し、ジュリエッタは指定された席へと向かう。着席したところで、改めて同じテーブルを囲む2人の魔法少女の顔を確認した。
1人は、今日ジュリエッタが会う約束をしていた魔法少女、ピティ・フレデリカだ。フレデリカとは、以前からビジネスライクな関係を結んでおり、ブルジョワーヌⅢ世の魔法で資金を提供する代わりに、色々と協力して貰っていたが、ブルジョワーヌⅢ世がジェーン・ホワイトの元に連れ去られてからは、金の切れ目が縁の切れ目とばかりに、連絡がしばらく途絶えていた。
「喉が渇いたでしょう。先ほど淹れたばかりの特製のブレンドです。どうぞ、お召し上がりください」
「安心していいですよ。先ほど確認しましたが、髪の毛は混ざっていないみたいですから」
そう言って、何故か持ち手の壊れたコーヒーカップを口に運ぶのは、全体的に青い魔法少女だ。この落ち着きようと言い知れぬ存在感。間違いない、彼女は、初代ラピス・ラズリーヌことオールド・ブルーだ。
「ああ、この方のことが気になっていますか? 気にしないでください。元々、会う約束はしていたんです。それを私が、どうせならと同じ日にセッティングしただけですから」
「それは私にもジュリエッタさんにも失礼ではないですか? 貴女のそういうところ、改めた方がいいと思いますよ」
「そうですね。もし今後があれば、気を付けることにします」
オールド・ブルーの忠告をさらりと受け流し、フレデリカはこちらに視線を向ける。用件を話せという無言の合図だろう。ジュリエッタは、緊張で乾いた喉にコーヒーを運んで潤し、口を開いた。
「貴女に連絡したのは、私たちに手を貸してほしいからです。私は、最愛の人をこの手に取り戻したい。そのためには、ジェーン・ホワイトが邪魔なんです」
「まあ、そんなことだろうと思いました。ええ、構いませんよ。協力します。ただし、条件付きですが」
思ったよりもあっさりと許諾を得ることが出来たので、頼み込んで頭を下げていた姿勢から思わず顔を上げた。ジュリエッタの驚いた表情を見て何を思ったのか、フレデリカは口元に小さく笑みを浮かべ、手元の水晶玉を撫でまわす。
「ああ、誤解しないでくださいね。今の貴女には、手を貸す価値は一切ありません。ただ⋯⋯そうですね。私にとっても、ジェーン・ホワイトは邪魔な存在なんです。彼女は、何の信念も無い普通の人間を魔法少女へと変えている。私はそれを、魔法少女とは認めません。彼女の作ろうとしている世界は、私の理想とは程遠い」
「私がここに居るのも、同じような理由ですね。私も、ジェーン・ホワイトのしていることは許容しがたい。だから、一時的な協力関係を結ぶべくここまで来ました」
ピティ・フレデリカとオールド・ブルー。一見共通点がなさそうに感じるこの2人が同じテーブルを囲んでいるのには、どうやらジェーン・ホワイトという共通の敵の存在が関係していたようだ。そして、今はそのテーブルにジュリエッタも座っている。ジュリエッタ本人に価値がないのは、その通りだ。そこに反発するつもりはない。今はただ、目的を果たすために、どんなことだってしてみせる。
「協力、助かります。それで、条件とは、いったい何でしょうかぁ?」
「条件は、2つです。1つ目は、今後一切、スノーホワイトに近づかないこと。スノーホワイト、あなた達と今一緒に行動してますよね? 私の関与が知られると少し、困りますので」
「よく知ってますね。はい、いいですよぉ」
「そして2つ目の条件です。私に、ブルジョワーヌⅢ世の髪の毛とさららの髪の毛をください。貴女のことですから、どうせ持っているんでしょう?」
1つ目の時とは異なり、2つ目の条件にはすぐに返事をすることが出来なかった。さららの髪の毛は問題ない。要求されると思って、事前にこっそりくすねていた。そして確かに、ジュリエッタはブルジョワーヌⅢ世の髪の毛を持っている。それだけではなく、爪やまつげ、コスチュームの切れ端など、ブルジョワーヌⅢ世を感じられるモノは常日頃持ち歩いている。が、それを渡すとなるとどうしても躊躇してしまう。
何故ブルジョワーヌⅢ世を感じられるモノを持ち歩いているのか。そこに理由など存在しない。魔法のみならず、ジュリエッタはブルジョワーヌⅢ世を常に感じていたいのだ。しかも、今はジェーン・ホワイトの妨害が入っているせいか、魔法で詳細な状況を掴むことが困難になっている。その分余計に、ジュリエッタは愛を欲している。
しかし、背に腹は代えられない。さらら達も強いが、ジェーン・ホワイトに対抗するためには、フレデリカの協力は必要になるはずだ。ここで協力を得られなければ、もう二度とブルジョワーヌⅢ世を取り戻すことは叶わないかもしれない。それだけは、死んでもごめんだった。
胸の谷間に挟んで持ち歩いていたジップロックの小袋。その1つを取り出し、さららの髪の毛と一緒に、震える手でフレデリカへと手渡す。その中には勿論、ブルジョワーヌⅢ世の美しい金髪が保管されている。それを見て明らかに表情を変えたフレデリカへと受け渡す際に、ジュリエッタは取り扱いの際の注意事項に関して口早に述べた。
「この髪の毛はあの人が目覚める前、朝日を浴びて輝くその一瞬を切り取った貴重なものです。お日様の匂いとあの人の優雅な香りが混ざった至高の一本となっていますので、どうか開封後は匂いの管理には十分気を付けてください。開封したら3分後には必ず袋の中に戻し、そして指に巻き付ける際は手洗いをお願いします。ただ、石鹸の香りで髪の毛の匂いが消えては元も子もないですので、手を洗う際には水洗いにしてくださいね」
「⋯⋯ええ、分かりました。善処しますね」
正直まだ注意事項はたくさんあるのだが、若干フレデリカが苛ついた表情を浮かばせていたので程々に止めておいた。これで心変わりをされたら大変だ。
「それでは、折角なので私も条件付きでジュリエッタさんに協力しましょう。貴女のお仲間に、さららという魔法少女がいますよね? 彼女に、私の一門に入るよう説得していただけませんか?」
「ああ、成程⋯⋯。それくらいなら、全然かまいませんよぉ」
「よかったです。では、見返りとして今代のラピス・ラズリーヌをあなた達と共に行動させます。きっと頼りになるはずですよ」
さららの髪の毛の色を思い出し、納得したジュリエッタが提案を受け入れると、見返りとして提案されたのは強力な助っ人の参戦だった。ジュリエッタは今代のラピス・ラズリーヌについては知らないが、ラズリーヌ一門はかなりの武闘派揃いという噂を聞く。きっと頼りになるはずだ。
「私も、貴女に倣ってお気に入りを貸しますよ。彼女も、ええ、きっと役に立ってくれるはずです。これも、素敵な髪の毛を頂いたお礼です」
「正直、助っ人は何人いても足りないくらいなので、助かりますぅ。ちなみに、そのお気に入りって誰なんですか?」
「そうですね⋯⋯。スノーホワイトのお友達、とだけ言っておきます。実力は折り紙付きですよ。助っ人を送る場所とタイミングはこちらで決めますので、貴女は気にしないでください」
そう言って、コーヒーカップの中身を飲み干すフレデリカ。ジュリエッタも僅かに残ったコーヒーに口を付けるが、だいぶぬるくなっていた。
果たして、この選択が吉と出るか凶と出るか。今のジュリエッタには判断しかねる。しかし、たとえ凶となったとしても、その時はその時だ。もし、ブルジョワーヌⅢ世が自らの元に戻ってこないならば⋯⋯自分の手で、ブルジョワーヌⅢ世を殺す。その覚悟は、あの日、ブルジョワーヌⅢ世の屋敷で起きた事件の時から既にできていた。