はなまる処刑日和
♢ペラルーナ
朝目覚めて、顔を洗って、焼いたトーストを食べる。そんな何気ない日常は、少し前から一変した。自宅の宅配ボックスに投函されていた本は、国からの支給品。その本に触れた時から、30代独身男性だったはずの自分は魔法少女ペラルーナとなっていた。
ペラルーナは、どこにでもいる平凡な社会人だった。しかし、魔法少女へ変身できるようになり、国から大量の現金が口座に振り込まれた今、真面目に働くのが馬鹿らしくなり、会社は辞めた。おそらく、自分と同じような人間はたくさんいるのだろう。ニュースでも、辞職者が後を絶たないという話を聞いた。一部の第一次産業やサービス業に関しては、国からの援助を貰って仕事を続けている人もいるらしいが、ペラルーナには関係のないことだった。
美少女の身体じゃないと買わなかったようなフリフリの可愛らしいパジャマから、喪服のような黒を基調としたコスチュームへと着替え、ネクタイを締める代わりに、髪のリボンの位置を整える。鏡の前で一回転してポーズを決めて可愛く見える角度を吟味した後、ペラルーナは外へとスキップで飛び出していった。
「オーヤさん!! おっはようございま~す!!」
「うわっ、びっくりした~! ペラルーナちゃん、おはよう~」
魔女のような帽子を被って箒で落ち葉を掃いているこのアパートの大家、オーヤ・マーに声をかけると、驚いた様子ながらもこちらに挨拶を返してくれた。ここの大家は、元々50代くらいのおばさんだった。その時はこちらから挨拶するようなことも無かったが、魔法少女になってからはこうして挨拶をするくらいには仲良くなった。オーヤさんだけではない。このアパートには数年住んでいるにも関わらず、顔すら碌に知らなかった隣の住人とも、一緒にゲームをして遊ぶようになった。
憂鬱だった仕事を辞め、希薄だった人間関係も充実したモノへと変化した。魔法少女になってからというものの、毎日がとても楽しい。本当に、ジェーン・ホワイトがこの国の新しいリーダーになってくれてよかったと、心の底からそう思える。
「おーい、オーヤさん!! 大変です~!!」
そのまま、オーヤさんと何気ない世間話を続けて数分経った頃だろうか。こちらに向かって慌てた様子で駆け寄ってくる魔法少女の姿が見えた。あれは、隣の部屋に住むサバンナ・サバサだ。ヒョウ柄のビキニという露出の多いコスチュームに鯖の手袋をした奇抜な恰好をした魔法少女だが、変身前の姿はかなり地味な女子大生だということをペラルーナは知っている。
「サバサ、そんなに慌ててどうしたのさ?」
「うわ、ペラルーナ居たんだ!? もう、相変わらず存在感薄いよね~。そんなことより聞いてよ!! 悪い魔法少女を捕まえたんだってさ!! 公民館で公開処刑があるって、皆大騒ぎしてるんだから!!」
「えぇ!? それ、ホントなの、鯖ちゃん?」
「ホントホント!! ねぇねぇ、早く見に行こうよ!! ぐずぐずしてたら処刑終わっちゃうよ!?」
「うーん、そうだなぁ⋯⋯」
目を輝かせているサバサには悪いが、ペラルーナは正直、公開処刑を見に行くことにはあまり乗り気ではなかった。前に動画サイトにアップされている映像を見たことがあるが、かなりグロくて途中で見るのを断念したくらいだ。確かに、悪い魔法少女は処罰を受けるべきとは思っているが、ホラーやスプラッタが苦手な性格は、魔法少女になってからも改善されることはなかった。
しかし、どうやらオーヤさんも処刑を見に行くことに乗り気のようで、2人に流される形で、ペラルーナも一緒に公開処刑が行われるという公民館へと行くことになってしまった。その道中では、ペラルーナ達と同様に処刑を見に来ているのか、たくさんの魔法少女たちが、興奮した様子で足早に公民館へと向かっているのが見えた。
「わわっ! 皆処刑を見に来てるのかな!? 急ご、二人とも。最前列確保しなきゃ!!」
「ちょ、待ってよサバサ!!」
「2人とも早いわね~。ちょっと待って~!!」
急かすサバサに遅れまいとオーヤと2人、魔法少女になってから初めて息を切らすほど走り、何とか公開処刑が行われる会場へと到着した。急いだおかげか、まだ人は少なく、最前列は確保できなかったものの、前の方に陣取ることは出来た。
目の前には、公民館の質素な佇まいとは正反対に、かなり仰々しい処刑台が、高々と積み上げられているのが見える。まだ処刑される悪い魔法少女の姿は見えないが、おそらく処刑を執行する役目をするのであろう全身を白い服で覆ったジェーン・ホワイトとよく似た格好の魔法少女と、処刑台の上に置かれたギロチンは確認することが出来た。あれで首を刎ねるのだろうか。その場合、血がここまで飛んでこないかが少し心配だ。いくらコスチュームが黒色とはいえ、血で汚したくはない。
レインコートでも持ってくればよかったなぁなどとペラルーナが少し後悔している間に、公民館にはいつの間にか大量に魔法少女が集まってきていた。まるで有名テーマパークのアトラクションに並んでいるかのような大人数だ。それほど皆、この処刑を楽しみに待っているということなのだろうか。
それから数分ほど経過し、公民館前は魔法少女で埋め尽くされ、道路が一時閉鎖されるほどの大騒ぎになった。警察官の制服を着た魔法少女数人が交通整理を行い、あちこちからまだ始まらないのかと野次が飛び交う。かなり場が混沌としてきたそのタイミングで、公民館の中から、黒いベールを被された魔法少女が、その脇を2人の魔法少女に抱えられ、姿を現した。
「皆さん、お待たせしました!! これより、ジェーン・ホワイト様の治世を邪魔する悪い魔法少女の処刑を、この市の市長である私、レベッカ・アルデルタが執行します!!」
処刑台の上で、偉そうにふんぞり返りながらレベッカがそう宣言したのを受け、魔法少女たちは一斉に拍手を送る。ペラルーナも慌てて、周りに浮くまいと拍手をした。レベッカは満足そうに頷くと、興奮した様子で唾を飛ばしながら、処刑台の下に集まる魔法少女たちへと更に語りかける。
「この魔法少女の名前は、カエリミ=タリーヌ!! その邪悪な魔法で、人々の後悔を呼び起こし、絶望へと沈めてきた悪い魔法少女です!! しかし、悪とは必ず正義に敗れるもの。正義の心を持つこの私、レベッカ・アルデルタが先日この魔法少女を見つけ、確保いたしました!! そして今!! こいつはその罪に見合う罰を!! 皆の前で受けることとなるのです!!」
レベッカの熱のこもった演説が終わったタイミングで、処刑台の上へと連れてこられた魔法少女に被されていたベールが剥がされる。タリーヌと呼ばれたその魔法少女の口は糸のようなモノで縫い付けられ、腕の手首から先は切れ味の悪い刃物で切り落とされたかのように、ズタズタにされていた。目に涙を浮かべながら何かを訴えかけるかのように、喉奥から呻き声を上げるタリーヌの姿に一瞬静まり返った群衆だったが、その静寂はレベッカの叫びによって破られる。
「さあ、皆の者!! 私に当たらぬよう石を投げなさい!! こいつはジェーン・ホワイト様から選ばれた我々とは異なる悪!! 私たちは等しく仲間ですが、こいつは違う!! 腐ったミカンを放置しては、箱の中のミカンは皆腐ってしまう!! 異物は、排除しなければならないのです!!」
「⋯⋯そうだ! 何泣いてるんだ悪い魔法少女め!! お前の魂胆なんてお見通しだぞ!!」
「そうよ!! ジェーン・ホワイト様に私たちの忠誠を見せつけるのよ!!」
「「「「悪い魔法少女には死を!! ジェーン・ホワイト様万歳!!」」」」
気づけば、周りに合わせてペラルーナも同じ言葉を声に出していた。かつて感じたことのない、とてつもない一体感を感じる。今、この場にいる魔法少女たちの心は、カエリミ=タリーヌを除いて1つになっていた。
「さあ、刮目しなさい!! 悪い魔法少女は今、私の手で処されるのです!!」
場の熱気が最高潮に達したことを感じ取ったレベッカは、自らの手でタリーヌをギロチンの下に寝転ばせ、レバーに手をかける。このレバーを引けば、ギロチンが落ちてきて悪い魔法少女の首は刎ね跳ぶのだ。その光景を妄想して興奮し、レベッカは思わず天を仰ぎ見た。
ペラルーナもまた、高揚していた。グロテスクな光景は苦手なはずなのだが、周りの空気に呑まれてテンションはかつてないほど上がっていた。ただ、心の奥底の方で何か引っかかっていたのは、タリーヌの涙だった。その僅かな引っ掛かりが、ペラルーナの耳に、その声を届けた。
「──ハッピー、バース、デー」
魔法少女のモノとは思えない、か細く、掠れた声。その声が奏でるのは、誕生日を祝う歌だ。直後、大勢の魔法少女が見守る前で、処刑台の上のギロチンが炎で包まれ、その隣に立っていたレベッカもまた、炎に呑み込まれた。
「ああああああ!? 熱い、熱い、熱いぃぃぃ!!! 誰か、誰か早く、火を消してくれぇぇぇぇ!!!!」
突然燃え出したレベッカに、混乱する群衆。慌ててレベッカに駆け寄ろうとした公民館のらしき魔法少女の前に、花飾りの付いた制服を着た魔法少女が立ち塞がり、にっこりと微笑みかけた。
「わぁ☆ 市長さんをすぐに助けようとするなんて、社畜の鏡だね☆ 偉い!! はなまる、あげちゃうね!!」
その魔法少女は、巨大なスタンプを可愛らしい掛け声と共に振り回す。その一撃で、レベッカに向かおうとしていた魔法少女の首は弾け飛び、前列で処刑台を見上げていた魔法少女たちに、血が降り注いだ。
「きゃあああああああ!?」
誰かが、悲鳴をあげた。その悲鳴を合図に、処刑を見守っていた魔法少女たちは一斉に逃げ出す。そのうち何人かは転倒し、後ろから逃げてきた魔法少女に頭を踏み潰され、地面に赤い染みができる。その転倒した何人かにはオーヤさんも混じっていたが、ペラルーナは自分が逃げるのに必死で、そのことに気づくことは出来なかった。
「──ジィジ、バァバ」
逃げ出した魔法少女たちの前に立ち塞がるように現れた魔法少女が、掠れた声で囁く。その魔法少女の見た目は、異様だった。全身を、安っぽいテーマパークのマスコットキャラクターを模したような着ぐるみで覆い隠している。ただ、大きく空いた口元から僅かに覗く肌は酷く焼けただれており、ぽっかりと空いた眼光からは、絶えず炎が燃え上がっていた。
「おーい、まるまる~☆ ここの魔法少女たちは皆、逃がしちゃダメ☆ だからね?」
処刑台の上で、スタンプを肩に担いだ魔法少女が着ぐるみを着た魔法少女に呼び掛ける。その声に応えるかのように、着ぐるみの魔法少女は更に大きく口を開けた。ペラルーナは嫌な予感がして咄嗟に身をかがめる。その頭上を、青白い炎が通過していった。
「ぎゃああああああ!?」
炎の直撃を喰らった魔法少女たちは断末魔の悲鳴をあげ、黒焦げになって地面に倒れていく。ペラルーナも、もし咄嗟に伏せていなかったらこうなっていたかと思うとぞっとする。死体を避けながら、ペラルーナは必死で逃走を試みる。
「うーん☆ ナイスな焼き加減!! 流石私の相棒兼マスコットのまるまる!! いっぱいはなまる、あげちゃうよ☆」
どん! という着地音と共に、処刑台の上からあの処刑されかかっていた魔法少女を抱えて飛び降りてきたのは、スタンプを持った魔法少女だ。ペラルーナは慌てて逃走する足を止め、息を殺して気配を隠す。ペラルーナの魔法は、『存在感がすごく薄いよ』だ。こちらからアクションを起こさない限り、基本誰からも気づかれることはない。
「このっ⋯⋯! よくも、処刑を邪魔したなぁ!! 悪い魔法少女は、私がやっつけてやる!!」
そう言って、スタンプを持った魔法少女に向かっていったのは、サバサだ。鯖の形をした手袋を伸ばし、刀のように変形させて斬りかかる。しかしその一撃はスタンプであっさり受け止められ、カウンターで放たれた拳によって、サバサの首はぐりんと180°回転し、そのまま動かなくなった。
「うん☆ そんなしょっぼい魔法で立ち向かう勇気、はなまる!! ねえ、皆は来ないの? あ、そっか☆ 私って最高に可愛くて強くてセクシーな魔法少女だから、遠慮しちゃってるのかな☆」
こてんと可愛らしく首を傾げているが、その顔面には返り血がびっしりと付いており、非常に恐ろしい。ペラルーナはとっくに戦意を喪失していたが、先ほどの言葉を挑発と受け取った数人の魔法少女が声を荒げながら向かっていき、そして、サバサと同様に返り討ちにあっていく。
「魔法の使い方が雑☆ 肉体よわよわ☆ そんなんじゃ、私の身体に傷一つ付けられないよ? でもでも、それでも立ち向かおうとする姿勢は偉い☆ み~んなにはなまる、あげちゃうね!!」
アハハと笑い声をあげながら、魔法少女がペラルーナの目の前で死体を量産していく。その中には必死の抵抗で傷を負わせた者も居たが、恐ろしいほどのタフさで返り討ちにしていく。さらに、そこから少し離れた場所では、相変わらず着ぐるみ姿の魔法少女が口から火を噴いて大量の魔法少女の焼死体を作り出していた。
ペラルーナは、死体の中に身を潜め、息を押し殺していた。もし見つかってしまったら、その瞬間に殺されてしまう。恐怖で震える身体を必死で抑え込みながら、ペラルーナは初めて、魔法少女に変身したことを後悔していた。
聞こえてくる悲鳴と足音は徐々に小さくなり、やがて、その数は0になった。まるまると呼ばれていた着ぐるみ姿の魔法少女が歌う掠れたバースデーソングをBGMに、スタンプをぺしぺしと地面に押す音だけが聞こえてくる。ペラルーナは、気づかれないようにそーっと目元だけ死体から出し、周囲の様子を観察する。視線の先で、あのスタンプを持った魔法少女が、頬杖を付きながら座り、処刑されそうになっていたタリーヌを見下ろしている姿が見えた。無意識に、視線がそこで縫い付けられたようにピタッと止まる。
「ねえねえ、貴女は、私の声聞こえてる? あ、返事はいいよ。口、縫われてるし。それ、酷いねぇ。たぶん、魔法を使えないようにされちゃったのかな? でも、こうして貴女は生き残って、他の奴らは全員死んだ。だから、貴女は偉い☆ 自信もっていいよ!! この私、魔法少女はなまるが、保証してあげる☆」
偉い偉いと頭を撫でられ、タリーヌが涙を流している。そんなタリーヌを笑顔で見つめていたはなまるだったが、その首がふいにぐりんと回転し、ペラルーナの方を向いた。そのホラー映画じみた挙動に、つい悲鳴をあげてしまったペラルーナは慌てて口を塞いだが、もう遅い。これで、完全に存在が気づかれた。はなまるは、にっこりと微笑みかけてくると、スタンプを抱え、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
「その存在感の薄さ、凄い☆ 私じゃなかったらたぶん、気づけなかった。私だから気づけた☆ 貴女の存在が分からなくても、貴女のところだけ空気の流れが違っていた。そこに何かいるのは、分かってた☆ うーん、私ってやっぱり偉い☆ そして貴女も、私を偉いってきっと褒めてくれる☆ そうするしかない☆ そうさせる☆」
恐怖で身動きができないペラルーナに、はなまるはゆっくりと顔を近づける。息が頬に当たるほどの至近距離で、星のようにキラキラ輝く瞳を見開いて、はなまるは言葉を紡いだ。
「ジェーン・ホワイトなんて見るな。私を見ろ。私だけを褒めろ。そうしてくれたら⋯⋯見逃してあげる☆」
迷うことなく、ペラルーナは何度も頷いた。そうするしか、生き残る道が無いことを本能で察していた。そんなペラルーナを見て満足そうにはなまるは頷く。
「うん、偉い☆ 賢明な判断だね☆ そうだ、この子は貴女が面倒見てね。私はまるまると一緒に、元凶をやっつけなきゃ☆ そしたらきっと、皆が私だけを見てくれる。それが正しい世界。今の世界は、狂ってる。だって、私が、一番偉い☆」
はなまるは、ペラルーナの足元にタリーヌを放り投げると、まるまるへと声をかけ、2人で一緒に走り去っていった。その後ろ姿を、ペラルーナはただただ呆然と見送ることしかできなかった。