開戦前、青の会談
♢キューティー☆E
ジェーン・ホワイトが総攻撃を開始する3日前のこと。キューティー☆Eは、アジトからやや離れた場所に生えた木の上で、じっと佇んでいた。現在、桜の大木のアジト内には、さららをはじめとして、プフレにスノーホワイト、そして先日ようやく合流できた新魔王の茶田千代など、こちら側の戦力の重要人物が勢ぞろいしている。ただ、このアジトの場所も流石に割れているだろう。いつ敵の刺客が来てもおかしくはない。だから、こうしてキューティー☆Eは1人、アジトから離れた場所で侵入者が来ないよう警戒し続けている。
「おいおい、ここなんて見るからに怪しいじゃねぇかぁ。巧妙に道が隠されてたから、俺じゃなきゃ見逃しちゃうね」
と、早速侵入者だ。口調からして男っぽいが、声色は女性のもの。おそらくは、ジェーン・ホワイトに与えられた本で魔法少女に変身した一般人。ならば、対処は比較的に楽だ。キューティー☆Eは、懐から取り出した小型スピーカーを、侵入者の足元目掛け放り投げた。直後、おなじみのオリジナルソングが、スピーカーから流れ始める。
「ん? なんだこの絶妙にポップな音楽は⋯⋯」
音を聞いたなら、もうこちらのモノだ。このまま動きを封じ、捕獲してしまうのは容易い。しかし、折角なら試してみたかったことに挑戦するのもありだろう。
最近用心棒として仲間に加わったワン・チェンジー。彼女の趣味は、いわゆるクソゲーと呼ばれるゲームの収集と、それをクリアすることだ。最近は忙しくてあまり遊んでいる様子は見ていないが、以前一度、チェンジーが遊んでいるゲームの画面を見たことがあったが、そのゲームでは一挙手一投足に無駄なQTEが用いられていた。
キューティー☆Eも、ゲームは好きだ。特に、QTEが用いられているゲームに関しては一通り遊んでいると自負している。だが、それはあくまでも王道ゲームの話であって、クソゲーにおけるQTEを見たのはその時が初めてのことだった。その、あまりにも無駄の多く意味のないQTEに衝撃を受けると同時に、自身の魔法にも応用できるのではないかと考えたのだ。
早速、対象にQTEを送る。今までは基本的に、脳内に矢印を出すことで動きを強制させていたが、今回は動作の切り替えのタイミングを、QTE発動のトリガーに変更させる。まずは試しに、『前身の動作を行う際に、後退のアクションを行わなければペナルティ発令』のQTEをかけてみた。
「な、なんだ、これぇ⋯⋯!?」
すると、思惑通り、脳内に突然出てきた指示に困惑した様子の侵入者だったが、無視して前身しようとする。だが、その場合はペナルティだ。今回課したペナルティは、『後方へ大きく吹き飛ぶ』というもの。キューティー☆Eの視界の先で、侵入者が大きく吹き飛ばされるのが見えた。
「かっ、は⋯⋯!?」
そして、吹き飛ばされた侵入者は、口元を抑え、苦し気に呻いている。どうやら、次のペナルティが発動したようだ。今回のQTEは、呼吸をトリガーにして、『1分間息を止める』ことを強制させた。だが、元々息を吸うために呼吸をしようとしたのだ。当然そのQTEは失敗し、ペナルティが与えられる。ちなみにペナルティは、『3分間の呼吸禁止』。腕時計でゆっくり3分数えたところで、酸素の供給が満足にいかず、侵入者は気絶して変身を解いた。その様子を遠くで観察してから、キューティー☆Eは木から降り、変身の解けた侵入者を担いで警戒範囲外へと放り投げる。これで、この侵入者は二度とここに来ようとはしないだろう。
侵入者の撃退を終えたキューティー☆Eは、1人反省会を行う。今回のQTEは、細々とした条件を付けた分、与える制限もペナルティも厳しく設定できた。ただやはり、ここまで細かく設定すると、かなりの集中が必要なため、乱戦向きではない。もう少し特訓して、実戦でも使えるレベルまで押し上げる必要があるだろう。
その時だった。ふいに、背後から何者かが近づく気配を感じ、キューティー☆Eは振り返ると同時に、蹴りを放つ。しかし、その蹴りは交差した腕で止められる。今の一瞬で、キューティー☆Eは相手がただモノではないことを察し、距離を取った。
「すごい。義手と義足で、よくそこまで動けるね。それにこの魔法⋯⋯ああ、貴女がキューティー☆Eさんなんだ」
距離を取ると同時に、QTEもかけた。しかし、目の前の魔法少女は、まるで何事もなかったかのように、普通に話している。その手には、いつの間にか綺麗な飴玉が握られていた。警戒レベルをさらに引き上げ、本格的に戦闘態勢に入るキューティー☆Eとは対照的に、目の前の魔法少女は両手を上にあげ、戦意が無いことを示してみせた。
「突然襲い掛かってごめんね。でも、敵意はないよ。師匠から言われて来たの。私は、ラピス・ラズリーヌ。あなたたちのリーダー、さららに会わせて」
♢三代目ラピス・ラズリーヌ
キューティー☆Eに案内され、ラズリーヌは桜の大木の根元までやって来ていた。その道中で魔王塾出身のエイミーともな子や、特徴的にギャシュリーだろうと思われる魔法少女も居たが、今は気にしないことにする。これからもっと大物と会う予定なのだ。これくらいで動揺していてはやっていけない。
「少し離れていてくれ」
そう言って、キューティー☆Eが桜の木の表面に触れると、そこから光の線が走り、長方形の形に切り開かれる。どういう原理かは定かでないが、桜の木をアジトにしているという前情報は真実だったようだ。
キューティー☆Eの後ろについて行って中に入ると、思ったより広い。長い廊下を歩いた突き当りのドアを、キューティー☆Eがノックし、部屋の中へと呼び掛ける。
「さらら、私だ。ラズリーヌを名乗る客人が来た。入っていいか?」
「⋯⋯どうぞ」
返事を聞き、キューティー☆Eは一度こちらをちらりと見た後、ドアを開けた。どうやらまだ警戒している様子だ。まあ、それも無理はないだろう。今、ここに居る魔法少女はそのほとんどがジェーン・ホワイトによって指名手配をされ、命を狙わている状況だ。そんな状況で尋ねてくる見知らぬ魔法少女など、ラズリーヌも警戒するだろう。
キューティー☆Eが開けたドアから、部屋の中に入る。その瞬間、全身を青い糸のようなものが包み込んできた。咄嗟に身体を捻り、蹴りで髪の毛を弾き飛ばすが、振り切れなかった髪の毛が腕に巻き付き、両腕を封じられてしまう。
「⋯⋯あなたのことは、色々と知っています。一時期勧誘がしつこくて、対処のために調べましたので。も、申し訳ないですが、このアジト内ではその拘束は解かないままでお願いします⋯⋯」
部屋の中央に置かれたテーブル、その奥に座る青い髪の魔法少女が、遠慮がちにそう告げてくる。成程、あれがさららか。回避の隙も与えず、的確にラズリーヌの魔法の発動に必要な手を髪で覆って封じた辺り、師匠がスカウトしたがっていたのも頷ける人材だ。
「こんなことしなくても、別に暴れたりするつもりはないよ。⋯⋯まあ、この場所では貴女がリーダーなんだろうし、従うけどね」
髪の拘束に関しては、力づくで抜けられないことはない。しかし、この場でそれをしてしまえば、信頼を損ねてしまうだろう。ラズリーヌはおとなしくさららの言うことに従い、やたらと手の大きな魔法少女が引いた椅子に座ることにした。ここまでラズリーヌを案内してくれたキューティー☆Eは、壁際に立ちこちらをじっと見続けている。
それにしても、凄まじい面子だ。テーブルに座っている魔法少女の顔を確認し、ラズリーヌは感動すら覚えていた。人事部門長のプフレに、魔法少女狩りスノーホワイト、そして新しい魔王のお茶たちょ茶田千代。さらに、オスク派のレーテまでいる。魔法の国でもかなり名の知れた魔法少女が一堂に会する中、場を仕切っているのがフリーランス集団のリーダーであるさららという構図が面白い。しかも、それだけではなく、監査の若きエースのレイニー・ブルーや、魔王塾卒業生の問題児、聖マリア0.01やムシャラ・ガムシャ、さらにはカレンダ・レンダに袋井魔梨華までいる。ラズリーヌが知らない魔法少女は、先ほど椅子を引いてくれた手の大きな魔法少女と、大きなハサミを背負った魔法少女、そして、狸のような見た目の魔法少女くらいだ。
「さららから聞いてはいたが、本当に君が来るとはね。驚いたよ。師匠さんは元気なのかな?」
「ええ、元気すぎるくらいには」
「それはよかった」
プフレと社交辞令を交わす。いつの間にかテーブルには大きな手でそっと温かい紅茶が置かれ、小さく礼を言うと、「ワン!」と犬のような鳴き声を上げて去って行ってしまった。
「ら、ラズリーヌさんが協力してくださることは、ジュリエッタさんから聞いてました。その本人は、ここには居ませんが⋯⋯。あ、あと、あなた達の一門に入るよう説得されましたが、そちらに関しては、その⋯⋯す、すみません」
「あー、気にしないで。師匠もたぶん、本気で言ったわけじゃないと思うし」
さららは、随分と申し訳なさそうに眉を下げているので、こちらが悪いことをしているような気分になってしまう。これも計算でやっているなら凄いが、どうだろうか。師匠から実力は折り紙付きだと聞いているが、正確面に関してはよく分からない。
「ところで、今日は何故わざわざ集まったのだ? 私は魔法の国で奴らの侵攻に備える必要があるな。故に、手短に頼むな」
「私の方からさららに頼んだのだよ、ご婦人。まあ、そこまで時間は取らせないさ」
若干苛つきを露わにしている様子のレーテの隣でビクビクと震えている茶田千代とは対照的に、プフレは涼しい顔で、テーブルの上に端末を置いてみせた。ラズリーヌがそれを注視してみると、どうやら、ジェーン・ホワイトのアカウントでSNSに投稿されていた内容のように見えた。
「この投稿に関して、少し気になった箇所があってね。少し調べてみたんだ。すると、一部の文字のフォントが、意図的に変えられている投稿がいくつかあった。それらを繋げて並べてみたところ、とある魔法少女の連絡先であることが判明したわけなのだけれど⋯⋯さらら、君ならそれが誰の連絡先か、予想できているんじゃないかな?」
「⋯⋯SNS運用は、すべて#♡ちゃんがしていたはずです。となると、そこに連絡先を忍ばせることが出来るのも、本人しかあり得ません」
「ああ、当たりだ。#♡ちゃんとは既に何度か連絡を取っていてね。先日、ついにこちら側に付くことを決めてくれたようだ。ジェーン・ホワイトがいつどこに誰を配置し、開戦するつもりなのかの詳細が、メールで送られてきたよ」
「⋯⋯それは、信用できる情報なんですか?」
それまで静かに会話を聞いていたスノーホワイトが、疑問を口にする。確かに、ラズリーヌとしても罠の可能性が高いとは思う。しかし、プフレは自信ありげに頷いてみせた。
「ああ。私も#♡ちゃんのことを全て把握できているわけではないが⋯⋯。何度か連絡を取るうちに、彼女はなかなかに思慮深い性格の魔法少女だということが分かったつもりだよ。この決断もおそらく、相当考えた末のものだろう。それに、彼女は私の部下に関しても面倒をよく見てくれていたようだ。信用できる人物だと思うよ」
「⋯⋯それに、もし罠だとしても、ボクたちにはそれに乗るしか道はありません。情報も、人手も、不足していますから。まあ、最悪を防ぐために、罠だった時のことも考えて戦力配置に関しては、既に考えてあります⋯⋯」
「随分と手際のよいことだな。それで、私と共に魔法の国で戦う者は、いったい誰だ?」
「それに関しては⋯⋯茶田千代さんたちにお願いしようかと考えています。あとは、最悪を考えて、ギャシュリーとキューティさんにも魔法の国に行ってもらいますが、二人には人事部門オフィスに行ってもらうので⋯⋯」
「へぇ~。⋯⋯って、私ぃ!?」
自分の名前が呼ばれると思っていなかったのか、大げさに跳びあがる茶田千代。勢い余って椅子から落ち、床に尻を強打して涙目になっている。すかさず傍に控えていたレンダが、臀部を擦りながら優しく持ち上げ、椅子に座らせる。茶田千代が再び椅子についたことを確認し、さららは続けた。
「アジトに関しては、チェンジーとクダラさんの魔法で、船に変形させて、そのまま国会議事堂に突入します。ここには、基本その他のメンバーは全員参加する予定です。ただ、ここにもおそらくジェーン・ホワイトの部下の誰か⋯⋯#♡ちゃんの魔法を信じるなら、ブルジョワーヌⅢ世が率いる一般魔法少女の集団が来るはずです。⋯⋯ここも迎え撃ちたいところですが、罠の可能性を考えると、あまりここに人数は避けません。現状、ここは捨てて、魔法の国と国会議事堂に戦力を集中させる作戦で考えています」
さららの作戦はかなり合理的なものだ。相手の本丸と思わしき国会議事堂に戦力を集中させるのは理にかなっている。しかし、ここを放置した場合、アジトがもぬけの殻だと知ったブルジョワーヌⅢ世が魔法少女たちを連れ、国会議事堂に戻ってくる可能性は高い。やはり、戦力差があまりにも開きすぎている。
誰も、反論自体はしないが、どこか苦し気な表情を浮かべて黙ってしまっている。そんな静寂を破ったのは、茶田千代の魔法の端末の着信音だった。その着信音で驚いた茶田千代がまたしても椅子から転がり落ち、端末がテーブルの上に投げられる。皆の視線が端末に集中する中で、端末からはぬっと何者かの手が這い出てきたのであった。