♢磯野
ついに敵の本拠地へと突入を実行する日となった。元々巨大な桜の大木があった場所にはぽっかりと大きな穴が空いており、今はその穴を埋めるため、テルツナの魔法を使ってやって来た霧雨組の組員全員で作業を行っているところだ。このスピードなら、敵が攻めてくるまでに間に合うだろう。
「一か所に魔法少女が集まっているのを見るとテンション上がるわ~。暴れたくなってきちゃう」
「てか、なんでお前らロリばっかなん? そういう趣味なわけ?」
一緒にこの場に残り暴れてもらうことになっているエイミーともな子は、興味津々といった様子で霧雨組の作業を眺めている。手伝ってくれる様子はないが、実力は折り紙付きだと言われているので、ここで邪険に扱って機嫌を損ねられても困る。磯野は、どう答えたものか迷いつつ、慎重に口を開いた。
「それは⋯⋯その、私たちにとって魔法少女のイメージはお嬢なんだ。だから、皆お嬢の姿に引っ張られてしまったのだろう。決して、霧雨組がロリコン集団というわけではない」
「ふーん。ま、ロリコンだろうと何だろうと別にいいけどさ。あたしらの邪魔だけはすんじゃねーぞ」
「私たちは勝手に暴れるだけだから。巻き込んじゃっても文句言わないでね~」
そう言い残し、2人は磯野の傍から離れていく。若干言動に不安は残るが、一応仲間に手を出さないだけの理性は備えているはずだ。⋯⋯たぶん。
「磯野。調子はどうだ?」
「組長! はっ、体調にも全く問題ありません。いつでも戦える準備は出来ています!」
「ゲンゲンと呼べや馬鹿。⋯⋯ああ、そういや俺もお前のこと普通に名前で呼んでたな。次から気を付けるわ」
エイミーともな子と入れ替わりでやって来たのは、霧雨組組長であるゲンゲンだ。相変わらず、その幼い声と見た目には違和感を覚えるが、漂うオーラは変身前とまったく変わらない。声をかけられるだけで磯野も自然と背筋が伸びるのを感じていた。
「心遣いありがとうございます。⋯⋯ところで、1つお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ? 遠慮なく言え」
「私が、お嬢のハサミを持ったままで本当にいいんでしょうか?」
それは、ゲンゲンと会ってからずっと磯野の中で気がかりだったことだった。自分は、大切なお嬢を守ることが出来なかった未熟者だ。そんな自分が、お嬢の遺品とも呼べるこのハサミを持ったままでいいのだろうか。これを持つのにふさわしいのは、ゲンゲンの方ではないだろうか。
「⋯⋯別に、誰が持ってようが関係ねぇさ。ただ、それは後で舞の墓に供えてやらなきゃならねぇ。ぶっ壊したら承知しねぇぞ」
そう言って、ゲンゲンは数日前再会した時と同様に、頭に手を置いた。その手から伝わる優しい熱が、磯野の中の迷いを溶かしていく。
お嬢の仇を討つために、そして、ゲンゲンの期待を裏切らないためにも、磯野は戦い抜いてみせる。そう改めて心に誓った。
──戦いが始まったのは、それから約数時間後のことだった。遠くから、地響きと共にこちらへ迫る大量の影が見える。見渡す限り1面に広がる人の波は、ぱっと見でも数千人規模はいるだろうか。対するこちらは、助っ人で駆けつけてくれている鬼灯組の組員を足しても300人程度。人数差は歴然だ。
しかし、誰も臆している者はいない。エイミーともな子は、今か今かと戦いが始まるのを待ち構えているし、霧雨組も全員がお嬢の仇を討つのだと燃えている。
「俺が合図を出すまで動くんじゃねぇぞ。それまでは俺の霧であいつらを惑わせる必要があるからな」
ゲンゲンは、『霧の中に幻を映し出すよ』という魔法を使い、まだ桜の大木がこの場所にあるかのような幻を敵側に見せている。これで、アジトが無いことを不思議がられて連絡される危険は無くなる。さららの考えた作戦は、今のところうまくいっているように思えた。
「おらぁ! まだランドセル背負ってない奴は全員背負えよぉ!? 姐さんの仇を討つんじゃこらぁ!!」
「何新入りがしゃしゃり出てんだボケぇ! てかそのランドセル俺の魔法で出したもんだぞこらぁ!!」
切斬舞に敗北したことで舎弟になった魔法少女、
「⋯⋯よし、そろそろ幻を切り替えるぞ。その瞬間、お前らの姿も敵側に見える。攻撃はされるだろうが、怯むんじゃねぇぞ!! 極道の力、思い知らせてやれやぁ!!」
「「「「「うおおおおおおおおおお!!!!!!」」」」」
ゲンゲンの発破に応え、組員たちが声を張り上げる。磯野も同様に叫び、そして先陣を切って駆け出していた。磯野は他の組員とは違い、ランドセルは背負っていない。武器は、切斬舞が残したハサミだけ。これで十分だ。それに、磯野にはハサミ以外にも力を持っている。
「はああああああ!!」
気合の声と共に手を前に突き出す。すると、まだ状況を把握できていない様子の敵の魔法少女の足元から桜の木が生え、天高く突き上げる。これが、磯野に与えられた魔法、『きれいな桜をいろんな場所に咲かせるよ』だ。突き上げられた魔法少女は死んではいないが、ダメージを受けて白目を剥いている。それを深追いすることは無く、磯野は自分の足元に桜を生やし、上空へと一気に上がる。確認するのは、敵のリーダーの位置だ。
目を凝らすと、遠くの方に旗を振っている魔法少女が見える。キラキラと日光を受けて輝く金色の髪。やたら豪華なドレス。あれがブルジョワーヌⅢ世だろう。真っ先に倒したい相手だが、如何せん距離が遠い。だが、磯野の魔法なら、その距離を埋められる。
生やした桜の木に対し魔法を使い、横方向に桜の木を伸ばす。それを足場に既に戦場と化している地上を、上空から見下ろしつつ、まっすぐにブルジョワーヌⅢ世の元へと向かう。
しかし、そんな磯野の行く手を遮るように、目の前に巨大な雪像が突然出現し、桜の木をへし折った。慌てて空中で体勢を整え、無事に残っている桜の木の足場へと着地する。磯野の前に現れた魔法少女は、2人いた。1人は、死人のように顔色の悪い魔法少女。もう1人は、氷のように透き通った水色のドレスを身に纏った魔法少女だ。死人のような顔色の魔法少女には見覚えがある。忘れるはずがない。切斬舞の友人で、磯野の目の前で死んだはずの雪美ふくふくだ。敵側には死人を蘇らせる魔法を持った魔法少女が居ると聞いている。その魔法少女の手で、雪美ふくふくも蘇ったのか。
「ここから先には行かせないよ! ゆっきーとこの私、マチルダ・チルドが相手しちゃうんだから!!」
頬を膨らませて怒りを露わにしながら、びしっとこちらを指さしてくるマチルダとは対照的に、雪美ふくふくは無表情のままだ。あのビクビクと怯えてばかりだった雪美ふくふくの面影はどこにもない。そのことにどこか不気味さと虚しさを感じながら、磯野は切斬舞が最期に伝えた言葉を思い出していた。
『──雪美を守ってやってくれ』
あの時は、約束を守れなかった。でも、今度こそは約束を守ってみせる。これ以上、死者の尊厳を傷つけさせない。死者は安らかに眠るべきだ。磯野は、腰を落とし右手を前に出す。そして、いつかの切斬舞がしたのと同じように、高らかに名乗りを上げた。
「お控えなすって! 私はお嬢の懐刀、
さららとゲンゲンが2人で考えてくれた、磯野の魔法少女としての名前。大切なお嬢の名と、かつてこの魔法を持っていた魔法少女の名。2つの名前を背負い、磯野⋯⋯いや、舞園桜花は今、戦場で咲き誇る。