♢ジーニー3
眼前に広がる、大勢の魔法少女の姿。敵側の魔法少女には、同じ顔をしている者が確認できる。事前に聞いた情報では、あれらはシャッフリンⅡという人造魔法少女らしい。マークと数字によって戦闘力が異なるらしいが、そこまで気にするような相手でもないだろう。というかあまり興味がない。
問題は、敵側の中でも名の知れた有名な魔法少女たちだ。ジーニー3のいる場所からは姿は見えないが、オスク派のレーテに監査部門の若きエース、レイニー・ブルーなどはこの戦場に居ると聞いている。そして、ジーニー3からも見える上空には、黒い翼を広げ、五月蠅いほど煌めく甲冑を纏った魔王、お茶たちょ茶田千代が鎮座している。この戦場で最も目立っている彼女に、地上からの攻撃が先ほどから頻繁に飛んでいるが、その攻撃は本人に届くよりも前に、見えない何かに阻まれるようにして空中で防がれてしまっていた。
だが、今のジーニー3の目的は、この戦場に突っ込んでいくことではない。願いの力でかなりの戦闘能力を身につけたとはいえ、今のジーニー3はまだまだ非力だ。いずれ、ジェーン・ホワイトへと下剋上を果たす時のことを考え、動く。それは、魔法の国が混乱に陥っている今が最大のチャンスだった。ジーニー3は、ちらりと後方に視線を向ける。
「⋯⋯」
そこに立っているのは、戦場をじっと無表情で見据えている黄昏の
「あの⋯⋯ここは二手に分かれませんか? 私はメサメサさんでペアで、トラちゃんさんは一人で。たぶん、戦力的にそう分かれた方がいいと思うんです」
試しに二手に分かれることを提案してみたが、反応はない。無視されたことに苛立って舌打ちをしそうになるのを抑え、じっと見守っていると、急にトラちゃんは上空を見上げた。
「──盟友の
「は? 急に何を言って⋯⋯」
「──帰還の
ジーニー3が言葉の真意を問いただすもそれには答えず、トラちゃんは唐突に目の前に門のような物体を出現させ、その中に飛び込んで行ってしまった。呆気にとられるジーニー3の目の前で、トラちゃんの姿は忽然と消え、門のような物体も一瞬で消えてしまう。
「んあ? トラちゃん、拠点に戻ったのじゃ?」
「⋯⋯五月蠅い!!」
こちらの呼びかけに一切答えずに消えてしまったトラちゃんへの怒りを、メサメサへと蹴りでぶつける。痛みで悶絶するメサメサを無視して、ジーニー3は一人手を顎に当てて思考を巡らす。よく分からないが、最大の障壁となるトラちゃんは勝手に帰ってくれた。ならば、このチャンスを活かせるのは今しかない。
「発言を許可します、メサメサ。死体のストックは十分ですね?」
「⋯⋯うむ! 賽ノ目チロリの死体は戦場に放ってきたが、ここに来てからも既に数人新たな死体が産まれた直感があるし、問題ないはずなのじゃ」
「なら、数体の死体に周囲を囲ませながら、人事部門のオフィスに突入します。肉壁としてうまく使いながら、私への攻撃が届かないようにしなさい」
「了解なのじゃ!」
「⋯⋯もういいです。後は黙ってついてきなさい」
呑気に頷くメサメサに腹が立ち、再び蹴りを入れる。そこからは無言で死体の補充を始めたメサメサを横目に見つつ、ジーニー3は目的地である人事部門オフィスの外観を、遠目に眺めるのであった。
♢ラツムカナホノメノカミ
ラツムカナホノメノカミはこの戦場に赴く前に、自身の魔法によって、敵の魔法少女の戦力をだいたい把握していた。戦いにおいて、情報は何よりの武器だ。他の三賢人の現身と比べ戦闘力はやや劣るラツムカナホノメノカミであったが、大勢の魔法少女が戦う、まさに戦争と呼ぶにふさわしいこの場においては、他の2人よりも大きなアドバンテージを持つと自負している。
事前に質問によって手に入れた答えで把握している戦力の中でも特筆すべきは、レイニー・ブルーや聖マリア0.01、ムシャラ・ガムシャにカレンダ・レンダ。その中でも最も警戒すべき存在は、グリムハートに代わってオスク派のトップとなったレーテだろう。彼女の魔法は、距離感をおかしくするものだということは分かっている。さらには、オスク派の宝物庫からいくつか危険な武器も持参しているようだ。現身の肉体ならば傷は付かないかもしれないが、万が一に備えて同等の武器は用意している。手に装着したメリケンサックは、膨大な魔力が込められていて、周囲の空間を若干歪ませていた。
先ほど通信が一瞬入り、トラちゃんが拠点に戻ることを告げていた。どうやら、予期せぬ襲撃者が国会議事堂とやらにやって来たらしい。あちらはあちらで大変そうだ。だが、通信が切れる前に、「お願い」と託された以上、ここは自分が頑張らなければならないだろう。
魔法の端末で指示を送りながら、戦場を見回す。敵側の魔法少女で最も目につくのは、上空に居るお茶たちょ茶田千代だ。事前に質問をしたことで、茶田千代自体はたいした力を持っていないことは分かっている。だが、戦場において、たとえ虚飾の魔王だろうと、敵側の目立つ戦力を落とすことは、相手の戦力低下およびこちらの士気向上につながる。
ラツムカナホノメノカミは、口の中でぶつぶつと呪文を唱えながら、足元に落ちていた石を拾い上げる。そして、その石に“崩壊”の魔法を付与した。これならば、茶田千代の周囲に張り巡らされているマリアの膜を突破し、その先の茶田千代に致命傷を与えられるはずだ。その石を振りかぶり、投げようとしたところで、唐突に声をかけられた。
「敵の大将を前になにをしているのかな」
咄嗟に、声が聞こえた方に向かい石を投げる。が、その石は相手に届く前に力なく「ぽとり」と地面に落ちた。貴婦人然とした佇まいに、鋭い眼光。間違いない、レーテだ。いつの間に近づかれていたのか。いや、彼女の魔法を考えれば、距離なんてあってないようなものか。ラツムカナホノメノカミは、茶田千代に向けていた視線を、レーテへと移した。レーテの興味が自分に向いたことを悟ったレーテが薄く笑みを浮かべ、黒い鞘から剣を抜く。
「
抜いた瞬間、空気がぴんと張り詰めるのを感じる。振り下ろされる剣を、素直に受け止めてもいいが、相手が武器の名前をわざわざ告げたのだ。ならば、こちらも告げるのが礼儀だろう。
「
2つの武器がぶつかりあい、空間が歪む。その余波で周囲に居た魔法少女数名が吹き飛び、地面が抉れる。だが、その時には既に、レーテもラツムカナホノメノカミもお互いのことしか視界に入っていなかった。
♢クリット
カスパ派の一員として、この戦場に参加している魔法少女、クリットは隣に立つ魔法少女を見てため息を吐く。今日これで何度目になるだろうか。数えるのはとっくにやめてしまっていた。
「⋯⋯⋯⋯」
その魔法少女は、現在カスパ派と協力関係にあるジェーン・ホワイトの部下から戦列に加えるよう頼まれ、そしてクリットが監督することに決まってしまった。顔色がひどく悪いのは、死体だからだと説明を受けたが、いくら味方のくれた戦力とはいえ、死体と一緒に行動するのは正直嫌だった。だがしかし、ここまでならまだ我慢できる範疇だ。クリットもため息一度で済ませただろう。しかし、この魔法少女は大きな問題があった。
「ああっ、また転んだ!! もー、これで転ぶの何度目さ!! いい加減足元気を付けてよね!!」
目の前で鈍くさく転ぶ魔法少女を助け起こす。そう、この魔法少女、助っ人で送られてきた戦力の割に、かなり鈍くさい。身体能力は低く、注意散漫。助っ人どころか、先ほどからクリットの足を引っ張ってしかいない。しかも、転ぶたびにコスチュームに付属されたサイコロが転がるので、それを拾ってあげなければいけないのもかなり面倒くさかった。
「賽ノ目チロリ、だっけ? 助っ人っていうから期待してたのに、とんだ貧乏くじ引いちゃったよ。でも、目の前で死なれるのは後味悪いし、せめて足は引っ張らないように僕の後ろに隠れててよね!」
ぷんぷんと頬を膨らませながら、クリットは自身の武器である魔法のクリケットバットで飛んでくる攻撃を打ち払い、チロリに当たらないように守る。その姿を、賽ノ目チロリの死体は感情のない瞳でじとっと見つめている。サイコロはまだ、振られていなかった。