ぶつかり合う2人の将
♢ロールドンナ
ロールドンナは、何かに撃たれたかのような衝撃を感じ、背後を振り返る。しかし、そこには誰もいない。視線の先、遠くに見えるのは人事部門のオフィスだ。
「ロールドンナさん、どうしましたか?」
傍にいたレイニー・ブルーが首を傾げて尋ねてくるが、返事をする余裕はなかった。ロールドンナの魔法少女としての本能が、あの場所にシキシヨミチが居ることを全力で訴えかけていた。シキシヨミチは既に死んだはず。あり得ないことだ。しかし、敵側にはメサメサが居る。もし、メサメサがシキシヨミチを蘇らせたとしたら。
「⋯⋯すまん、レイニーさん。うち、ちょっと人事部の方行くわ」
「え!? 急にどうしたんですか?」
「理由は、生きて会えたら後で言うわ!! ほんまスマン!!」
詳しい問答を避け、ロールドンナは駆け出していた。縦ロールを前方に展開し、空気を巻き込みながら高速で移動する。レイニー・ブルーがこちらを静止する声は、あっという間に聞こえなくなっていた。
♢#♡ちゃん
「この音、始まったみたいだね~。いいねちゃんも仕事、ちゃあんとしないとね☆」
#♡ちゃんは、戦いが得意ではない。だから、前線に出ることはなく国会議事堂内部に残されている。ジェーン・ホワイトがどこまで#♡ちゃんのことを信頼してくれているかは定かではなかったが、現状はある程度好きに動くことが出来ている状態だ。ならば、情報提供をしたプフレ達の期待に応えるため、そして、ゲームで育んだ友情を大切にするためにも、#♡ちゃんは捕まっているシャドウゲールの解放を目的に動いていた。
「い、いいねちゃん様!? こんなところに何の御用でしょうか?」
「ちょ~っとゲールちゃんに会いたくなってねぇ~。ねえねえ、通してよぉ~。あと、お話ししたいから鍵も欲しいなぁ~。おねがぁ~い!」
見張りの魔法少女に対し、上目遣いでお願いしてみせる。勿論、その際に端末の画面をちらりと見せることも忘れない。元々高い#♡ちゃんへの好感度を、魔法でさらに後押ししてあげることで、見張りの魔法少女はぽーっと頬を染めて#♡ちゃんに見惚れていた。
「いいねちゃん様の頼みならば喜んで!! あ、これ、シャドウゲール様の牢を開ける鍵です!!」
「ありがとね~☆ あ、あと、この後でいいねちゃんのお友達の車椅子の魔法少女ちゃんが来ると思うから、その子も通してあげてね~?」
「わかりました!!」
びしっと敬礼する見張りの魔法少女に笑顔で手を振り、#♡ちゃんは扉を開けて中へと入っていく。扉の中は、#♡ちゃんとメサメサが少し前まで収監されていた監獄よりも薄暗い。蠟燭の微かな光のみに照らされ、#♡ちゃんは歩みを進める。その正面には、シャドウゲールが閉じ込められている牢屋があった。鉄格子越しに、こちらに背を向け寝転ぶシャドウゲールの姿が見えた。
「ゲールちゃん!! いいねちゃんが今出してあげるからね!」
こんな暗くて狭いところにずっと閉じ込められていたシャドウゲール。#♡ちゃんは、ずっと可哀そうだと思っていた。だって、閉じ込められる辛さは#♡ちゃんが一番よく分かっているから。でも、出してあげたくてもシャドウゲールの魔法はジェーン・ホワイト達にとっては失いたくない貴重な戦力で、#♡ちゃん1人ではどうにもならなかった。
閉じ込められたシャドウゲールを解放してあげたいという思い。洗脳されているメサメサを放置するジェーン・ホワイト達への不信感。いろいろなことが積み重なって、#♡ちゃんはジェーン・ホワイト達を裏切ることを決めた。#♡ちゃんはいつだって自分の「好き」に正直だ。だから、裏切ったことへの後悔はない。
#♡ちゃんは、先ほど受け取った鍵を、牢の錠前へと差し込もうと手を伸ばした。だが、その手は錠前に届くこと無く、風切り音と共に宙を舞った。痛みが襲うより先に、切り口から血が噴き出して、鉄格子を赤く染め上げる。
「──裏切の
聞きなれた独特の言い回しに、背後を振り返ると、いつの間にかそこにはトラちゃんが立っていた。ぐわんと歪に歪んだ空間から半身を乗り出し、振り下ろされた漆黒の鎌が、#♡ちゃんの右腕を切り落としていた。#♡ちゃんは咄嗟に残った腕で傷口を押さえ、無理やりに笑顔を作って、トラちゃんの方に顔を向けた。
「⋯⋯おかえり~、トラちゃん。早かったねぇ。お土産、持ってきてくれた?」
「⋯⋯⋯」
トラちゃんは何も答えない。全身に怒りのオーラを纏いながら、ただじっと#♡ちゃんの方を睨みつけてくる。こうなってしまえば、裏切りを誤魔化すことは出来ないだろう。そして、#♡ちゃんではトラちゃん相手に勝ち目は全くない。死が迫っていることへの恐怖か、それとも血が失われ続けているせいか、体温がすーっと下がっていく。死ぬならせめて、最期に何か残してから死にたい。その時間稼ぎのために、#♡ちゃんは口を動かし続ける。
「
「──友情の
「そっかぁ⋯⋯。トラちゃんも、友達って、思ってくれてたんだぁ。ごめんねぇ、裏切っちゃって。でもね、先にいいねちゃんの気持ちを裏切ったのは、あなた達の方なんだよぉ?」
会話をしながらなんとかポケットの中の端末を取り出そうとしたが、手が震えてうまく取り出せない。しかし、どうやら時間稼ぎはうまくいったようだ。聞こえてくる車輪の音に、#♡ちゃんはほっと息を吐いた。
直後、飛んできたレーザー光線を、トラちゃんは鎌で受け止め、防御する。そして、#♡ちゃんから光線が飛んできた方向へと視線を向けた。通路の光が差し込む入り口に、車椅子に座った魔法少女と、青い魔法少女が居る。車椅子の魔法少女⋯⋯プフレは、落ち着いた口調で、#♡ちゃんへと声をかけてくる。
「どうやら、無事間に合ったようだね。生きているかい?」
「⋯⋯うん! いいねちゃんもゲールちゃんも、ばっちり生きているよ☆」
言外に尋ねられたシャドウゲールの安否も伝え、#♡ちゃんは今日一番の笑顔を浮かべてみせた。
♢ジェーン・ホワイト
ジェーン・ホワイトは、最奥に用意した自室で、こちらへと近づいてくる魔法少女の気配を感じ取っていた。心なしか、ワクワクしている自分がいる。これはきっと、ジェーン・ホワイトの中にいる奈子のせいだ。奈子は、こちらに近づいている魔法少女に対して好意を抱いている。その感情が、ジェーン・ホワイトにも影響を及ぼしていることは間違いない。
しかし、そのことに対する不快感は何故かあまり感じなかった。今まさに、長年の計画を邪魔しようとしている張本人がここにやって来ようとしているにも関わらず、その相手に不快感を覚えないどころか、来てくれたことを喜ばしいと、そうジェーン・ホワイト自身も思ってしまっているのだ。
これは、望ましい感情の変化ではない。不特定要素は、作戦成功のためには排除するべきだ。そう理解しているはずなのに、この感情を無くすことを拒否してしまう自分がいる。
自身の身体の周囲に張り巡らされている結界に、何かが触れる。それが、遠くから伸ばされた無数の青い髪の毛だと気づいた時、ジェーン・ホワイトは歓喜すら覚えた。青い髪の毛の魔法少女、さららの半生は、既に本にして何度も読んだ。大切な仲間を失い、唯一残された仲間を守るために、無理をしてリーダーを買って出て。そんな仲間すら、目の前で奪われ、一時は力も失った。だが今、彼女は失った力を取り戻し、そして仲間も取り戻すべく、ジェーン・ホワイトの元へと近づいてきている。
なんと波乱万丈の人生だろうか。そして、その波乱万丈の物語には、ジェーン・ホワイトという魔法少女の存在が、確かに刻まれている。さららという魔法少女の物語に、自分の名前を刻めたことが、今となっては心底嬉しかった。
この物語が悲劇に終わるか。それとも喜劇で終わるか。それを決めることが出来るのもまた、自分だ。ジェーン・ホワイトは、悲劇も喜劇も平等に好きだ。だから、どう転んだとしても後悔することは無い。全力でこちらに敵意を向けてくるさららに、全力で敬意をぶつけ、相手するとしよう。
結界に触れていた髪を、魔法で焼き尽くす。焼け焦げ、床に落ちた髪の匂いが、鼻腔をくすぐる。その匂いを掻き消すかのように、風によって運ばれた爽やかな香りが、襲撃者の来訪をジェーン・ホワイトに告げた。
「⋯⋯待っていましたよ。さらら」
「ワン!!」
ジェーン・ホワイトの呼びかけに応えたのは、さららの隣に立つワン・チェンジーだ。その巨大な両手をぐっと構え、いつでもこちらに飛び掛かれる体勢で、さららの合図を待っている。
そして、さららは、長い髪の毛を唸らせながら、その虹色の瞳でじっとこちらを見つめていた。吸い込まれそうになるその瞳を正面から見つめ返し、ジェーン・ホワイトは穏やかに告げた。
「──では、始めましょうか」
「⋯⋯はい。よろしく、お願いします」
ジェーン・ホワイトが手に出現させた本を捲り、魔法を複数放つ。正面に飛んできた火球はワン・チェンジーが受け止め、他の魔法はさららが髪の毛で受け止め、弾き返す。反射された魔法を結界で防ぎながら、ジェーン・ホワイトは駆け出す。同時に、さららもこちらに向かい駆け寄ってくる。
ジェーン・ホワイトの拳と、さららが髪で作った巨大な拳がぶつかり、空気が揺れる。ジェーン・ホワイトの瞳とさららの瞳が、間近で交差する。まるでキスでもするかのような至近距離まで顔を近づけ、ジェーン・ホワイトは笑っていた。