♢フダラ=クダラ
船外からは、絶えず激しい攻撃音が聞こえてくる。その攻撃のうちのいくつかは、この船にも向けられているのだろう。しかし、その攻撃は船に直撃することはなく、逸れて明後日の方向へと飛んでいく。
「安心していいっすよクダラさん! 自分の魔法でこの船の『安全運転』は保証されているんで!!」
舵輪を握り、こちらに向けて親指を立ててみせるのは、『安全運転第一だよ』という魔法を持つ魔法少女、ハンドルピースだ。レイニー・ブルーの専属運転手である彼女だが、さららから依頼を受けてこの船の運転手を務めている。そのおかげで、この船に攻撃は当たらず、傷一つない状態を保つことが出来ている。
「だからって、このままこのデカブツをここに置いててもいいことないわよ! ったく、なんで私がこんなことを⋯⋯」
ぶつくさと文句を言いながら、光線を放ち敵の攻撃が今入り口で戦っている味方に向かないよう防いでいるのはクラッシュライトだ。ハンドルピースの魔法の穴を突き、侵入のためによじ登ろうとする魔法少女もモグラ叩きのように落としている。かつて襲われたこともあり正直いまだに苦手意識が抜けない相手だが、なんだかんだでちゃんと言われた仕事はこなすあたり、根は真面目なのかもしれない。
そして、クダラはというと、特に何もしていなかった。クダラの魔法は最後の手段だ。一度使えば船の中にいる魔法少女は魔法を使えなくなり、強制的に黄泉へと送られる。途中でキャンセルもできない。だから、今クダラができることは、この2人を応援すること。そして、さららからの連絡を受け取ることだけだ。
不意に、手の中の魔法の端末が揺れる。相手は確認するまでもない。送られたメッセージを読み、クダラは慌ててハンドルピースにその内容を伝えた。
「ハンドルピースさん、さららさんから連絡です!! 船を移動させて、さっき煙が上がった方向に向かってほしいと!!」
甲板の上から、国会議事堂の東の方角で謎の破壊音と煙が上がったのは見えた。そっちに向かってほしいというさららの指示だ。理由は分からないが、さららがわざわざ指示を出したなら、そうする理由があるということなのだろう。
「了解っす!!」
ハンドルピースは何故そうするかの理由を尋ねることなく、舵輪を回す。水陸両用の桜の船は、周囲に群がる魔法少女を蹴散らしながら進んでいく。クダラは、船の進む先を見据えながら、五月蠅い心臓を抑えるべく、胸に手を置いた。心臓の音はまだ、静まりそうにはなかった。
♢舞園桜花
磯野こと、魔法少女”舞園桜花”に向かい飛んでくる白い弾丸。九州産まれの舞園には雪合戦の経験はない。だが、飛んでくる銃弾の雨の中を潜りぬけた経験はあった。速度は銃弾にやや劣る。だが、その密度と破壊力は銃弾以上だ。身体に直接当たる雪玉はハサミで切り、それ以外は回避しながら前へと進む。
「近づいて来ないで!!」
マチルダが舞園を拒絶するように声を上げ、桜で出来た空中の足場に手を置く。既に雪の白い絨毯が敷かれていたその足場は一瞬で凍り付き、舞園の足を止める。そこへ容赦なく襲いくるのは、雪美ふくふくが魔法で作った雪像のマシンガンから放たれる、雪の弾丸。
「しゃらくさい!」
舞園は、とっさの判断で足元に桜を生やし、上に跳んで逃げた。魔法の桜は咲く場所を選ばないが、同じく魔法の雪の影響を受けているのか、いつもよりも桜の木は細く、頼りない。心なしか気温もどんどん下がっている。この寒さでは、桜の花を咲かせるのは難しそうだ。
足場にするために生やした桜の木は、舞園の自重で折れ、宙に放り出される。無防備に放り出された舞園目掛け、雪の弾丸が迫る。舞園には回避の手段はない。ならば、このまま重力に任せ突撃する。
「うおおおおおおお!!!」
ハサミの切っ先を向け、マチルダと雪美ふくふく目掛け落ちていく。ハサミで防ぎきれなかった弾丸がいくつか舞園の脇腹を抉るが、こんな痛みはお嬢が受けた痛みと比べれば大したものではない。
無謀な特攻を防ぐべく眼前に展開された雪の防壁をも切り裂き、舞園はその先に居る敵へと刃を向ける。
「きゃああああ!?」
マチルダの悲鳴と、ジョキンという刃音が重なる。しかし、舞園のハサミが捉えたのはマチルダではなかった。寸前でマチルダを庇い、突き飛ばした雪美ふくふくの腕が切り裂かれ、ぽとりと落ちる。死体である雪美ふくふくからは血は出ない。表情が変化することもない。そんな雪美ふくふくとは対照的に、顔を真っ青にしたのはマチルダだ。
「いやだ、ゆっきー、なんで⋯⋯。お前の、お前のせいだぁぁぁぁ!!!」
自ら戦場に立ちながら、これしきのことで激昂するのは精神が幼い証拠だ。だが、何もできなかった雪美ふくふくよりは、怒りに感情のエネルギーを向けられる分マチルダは戦場向きだ。
そして、そんなマチルダよりもこの戦場において相応しいのは、皮肉なことに死体の雪美ふくふくだった。痛みの感情など存在しないのだろう。切られた腕とは反対の腕を伸ばし、舞園に触れる。瞬間、舞園の身体を雪が覆い隠す。
「冷凍保存!!」
舞園が雪の拘束から逃れるよりも先に、マチルダが追撃の魔法を放つ。舞園の身体は、一瞬にして氷の像と化してしまった。
「や、やった!!」
マチルダの歓喜の声が聞こえる。その声が、舞園の心に怒りの炎を灯す。自分は、こんなところで死んではいけない。何をやっている磯野。再び武器を構えるんだ。
先ほど弾丸を喰らい、抉れた傷は、凍った今でも痛い。その痛みは、熱を伴って舞園に訴えかけてくる。氷の大地では桜は咲かない。だが、そこに僅かでも熱があれば、氷を突き破って、芽を生やすことだってできるはずだ。
舞園は、凍った身体を奮い立たせ、傷口に意識を集中させる。まるで体内から食い破るかのように、傷口から伸びた桜は、真っ赤な花を咲かせて氷を突き破り、咲き誇った。氷の結晶と赤い桜の花びらを舞わせながら、茫然と立ち尽くすマチルダの脇腹に、舞園は思い切り蹴りを放った。
「きゃあああ!?」
悲鳴をあげながら吹き飛ばされるマチルダ。しかし、その身体が空中の足場から落下するよりも先に、雪のクッションが受け止める。可能ならば致命傷を与えることなく戦線離脱させたかったが、やはり2対1では色々と厳しい。舞園は息を荒げながら、2人を睨みつけ、再びハサミを構える。先ほど傷口から生やした桜はハサミで切り落としたが、傷口は広がり、雪の上にぽとぽとと赤い染みを落としている。この流れる血は、舞園の命の雫だ。だが、最期の一滴が落ちるまで、舞園は戦い抜いてみせる。その覚悟を持って、舞園は目の前の魔法少女に問いかける。お前にも、同じ覚悟はあるのかと。
「⋯⋯今はあえてハサミを使わなかった。でも、私にも余裕はあんまないからね。次は必ず、お前の腕か足を切り落とす」
「ひっ!?」
マチルダは蹴られた脇腹に手を当てながら、怯えた表情で後ずさる。マチルダにとって、舞園は理解できない存在だった。明らかに血を流していて、とても痛そうなのに、そんな様子を一切見せず、まだ戦う気でいる。それに対し、マチルダ側のダメージは、先ほど喰らった蹴りと、雪美ふくふくの腕が一本切り落とされたのみ。状況的に考えて有利なのは自分たちのはずなのに、何故だかマチルダは勝つビジョンが浮かばなかった。
降参、降参しよう。そう思い両手を上げようとしたマチルダの目に飛び込んできたのは、舞園目掛け走り出す雪美ふくふくだった。その小さな背中が、無性に頼もしく見える。雪美ふくふくはまだ諦めていない。なら、その親友の自分が諦めるわけにはいかない。
「来て!!」
同じ戦場に居るブルジョワーヌⅢ世からは、なるべく呼ばない方がいいと困ったような表情で忠告されていた存在。それを今呼ぶ。今、マチルダが直接動かせる死体のうち、もう1体。魔法のアイテムが無く、利用価値が薄いため先日までは訓練用のサンドバックとして扱われていた。その名残で全身が傷だらけだが、そんな死体でも戦力にはなるはずだ。
舞園は、マチルダの声に応じて桜の木を登り、参戦してきた死体を見て絶句した。いつも結ってあげていた髪型と同じ、可愛らしいツインテールは解け、くりくりとした愛らしい瞳の片方は潰れ、雪美ふくふくと同様に片腕は無くなっている。それでも、その魔法少女を他人と見間違えるはずがない。
「お嬢⋯⋯」
呟きに答えは返ってこない。舞園の前に居るのは、本来のハサミの所持者。死体の頑丈さだけを目当てに、一般の魔法少女の戦闘訓練に使用され、ボロボロになった大事な存在、そのなれの果て。現れた切斬舞の死体を前に、舞園は絶望と怒りを覚え、獣のように吠えた。