♢三代目ラピス・ラズリーヌ
黒い包帯で全身を覆い隠した魔法少女、黄昏の
目の前のトラちゃんへ向かい、飴玉を投擲する。牽制のために放ったそれを避けたところに、一気に接近。鳩尾に肘を叩き込む。が、硬い。今までに経験したことの無い硬さだ。トラちゃんは大したダメージを負った様子もなく、声を発する。
「──死神の
ぬっと伸ばされた右手を、咄嗟にしゃがんで回避する。本能で受け止めてはいけない攻撃だと察知した。しゃがむと同時に足払い、ダメージは入らずとも、体勢は崩せる。そこへ、お返しとばかりに手を伸ばす。
ラズリーヌの手がトラちゃんの露出していた太ももに触れる。しかし、本来抜け出るはずの記憶のキャンディーが出てこない。
「──記憶の
触れる寸前、トラちゃんがそう唱えていたことをラズリーヌは思い出していた。魔法によって抵抗された。ラズリーヌは一旦距離を取り、これまでの一連の流れを頭の中で整理する。
トラちゃんの魔法は、特定の言葉を組み合わせ、口から発することでそれを『魔法』として顕現させる、非常に自由で強力なものだ。その強力さの反動ゆえに、おそらく普段の会話には制限が課せられているものだと察することが出来るが、それは戦闘において枷になることはほとんどない。それに加え、先ほど攻撃を加えた時の硬さ、ラズリーヌは直接戦ったことがないので想像でしかないが、おそらく三賢人の現身並ではないだろうか。
「──宵闇の
またしてもトラちゃんが言葉を発する。直後、周囲の影から伸びた無数の黒い手がラズリーヌを襲ってくるが、これは危なげなく回避できた。魔法の自由さと手数の多さはかなり厄介。しかし、このような多彩な攻撃は、突入前に少しだけ行ったさららとの模擬戦で慣れた。直接戦ってみて、あの魔法少女を師匠がスカウトしたがる理由がますます分かるほどには、その時の戦いは今活きている。
ラズリーヌは、後方で控えていたプフレにちらりと視線を送る。負けるつもりはないが、簡単に勝てる相手ではない。何とか、こちらで時間を稼いでいる間にシャドウゲールの救出を済ませてほしい。
ラズリーヌの目くばせの意図を正しく読み取ったプフレが、車椅子を走らせ、シャドウゲールの囚われていると思われる牢屋の方へと移動する。その前にはまだ、怪我をして顔色の悪い#♡ちゃんがいるが、彼女はこちら側の味方だ。そちらに攻撃が向かないようにラズリーヌが引きつければ何とかなるはず。
「──実像の
しかし、トラちゃんはラズリーヌの拳を軽くいなしながら、口の端で魔法の言葉を紡ぐ。蝋燭の明かりに照らされたトラちゃんの影が伸び、壁に差し掛かったところで影がごぽりと膨れ上がり、実像を紡ぎ出す。元々黒いトラちゃんが、その肌まで黒くなった分身体。それが、プフレの行く手を塞ぐように立ち塞がるのが見えた。
「これは⋯⋯予想以上だね」
車いすを止めたプフレの額から僅かに冷や汗が流れる。何とかそちらをカバーしたいところだが、ラズリーヌにもそこまでの余裕はない。触れれば即死の右手を回避し、魔法の言葉を紡がれないよう口元を重点的に狙って掌底を放つ。それでも、自我を持って動く分身はその攻撃の矛先をプフレへと向けるべく迫ってくる。
だが、その攻撃がプフレを捉えるよりも早く、壁を突き破り飛んできた炎が分身の全身を焼き、動きを阻んだ。突然の炎と熱に、ラズリーヌと、相対するトラちゃんの視線もそちらに向く。
「──ジィジ、バァバ」
現れたのは、煤で汚れた奇妙な着ぐるみを着た魔法少女。ぽっかりと大きく空いた口から僅かに見える、炭のように黒くひび割れた唇で、ここには居ない誰かを呼ぶ。青い炎が燃える瞳は、夢現から未だ覚めることはない。だが、夢の中で何度も聞こえる音は、覚えている。
それは、インターホンの音。そして、複数の魔法少女の話し声と足音。あの時、遠くへと投げ飛ばされたがそれでも微かに聞こえていた。その中には、同じ声で話す、独特な喋り方の魔法少女が居た。戦闘の音に引き寄せられ、扉越しに聞いたその声が、その魔法少女⋯⋯アンナ・シャルールの禁忌を呼び起こす。
「──ハッピー、バースデー」
怒りと祈りを込めた歌が、紡がれる。その瞳は僅かに焦点を結び、目の前の黒い影を睨みつけていた。
♢さらら
ジェーン・ホワイトと対峙する上で注意しなければならないのは、手で肌を直接触られないようにすることだ。近接攻撃を仕掛ける時は必ず髪の毛で拳や全身を覆う必要がある。事前に注意点を伝えていたチェンジーも、しっかりその大きな義手での攻撃に注力してくれている。突入作戦を決行する前に、三代目ラピス・ラズリーヌと模擬戦をしたかいがあった。そのおかげで、比較的スムーズに立ち回ることが出来ている。
髪の毛を伸ばし、周囲に張り巡らされている結界を解析し、分解する。僅かに時間がかかるものの、魔術の勉強をしたおかげでこの動作もスムーズに行える。そうしてこじ開けた結界の穴から髪の毛を侵入させるが、それは本から放たれた炎で燃やされた。身体に炎が燃え移る前に、髪の毛を自発的に切り離し、結界の中でひと暴れさせてやると、ジェーン・ホワイトはあからさまに顔を顰めた。
「これ、やめません? 私、うねうね動くものって気持ち悪くて嫌いなんですよね」
「⋯⋯それなら、もっとしますね」
「おや、随分と性格が悪いですね。そんなんじゃ友達できませんよ? あ、そういえばこの身体は貴女のお友達でしたね」
「⋯⋯⋯⋯」
「あら、黙ってしまいました。怒りました? すみません、怒らせるつもりで言いました。ところで、その手、桜の木の義手から変えたんですね。いつ変えたんですか?」
ジェーン・ホワイトは軽口を叩きながら、複数の本のページを開き、攻撃を仕掛けてくる。炎の鞭に、氷の刃、レーザービームにシャボン玉。飛んできたそれらの魔法に対し、さららは先日変えたばかりの義手の五指をばっと広げる。髪の毛を使いチェンジーに用意して貰ったその義手は、さららの好きなように動かすことが出来る。ロールドンナの髪で巻き取る魔法を模倣して炎は巻き取り、実体を持つ魔法は髪で突いて弾く。勿論、完全に模倣できるわけではないので髪はすぐ燃えてしまうが、まだまだ髪は伸ばせる余地を残している。
胸ポケットから髪で取り出した魔法の育毛剤を直で飲み干せば、多少短くなった髪の毛も復活だ。当然、こんなもの直接飲むのは身体に悪く、寿命を削る行為だが、今さらそれしきで躊躇うことはない。
「ワン! ワン、ワン!!」
ジェーン・ホワイトが結界を大きくし、圧死させようとした攻撃は、チェンジーが盾になって防いでくれた。その隙にさららが結界を解読、再度破壊する。単純なパワーと耐久力ならさららよりチェンジーの方が上。チェンジーとは何度も模擬戦を行い、息はぴったりだ。互いに攻撃が重ならない阿吽の呼吸で、ジェーン・ホワイトに猛攻を仕掛けていく。
床に這わせた髪の毛でジェーン・ホワイトの足を持ち上げ、そこをチェンジーが叩く。ジェーン・ホワイトは咄嗟に本を開いて魔法を展開、空気のクッションを作って攻撃を防いだようだが、衝撃を完全には殺しきれずに吹き飛ばされる。しかし、その身体は壁に激突する前にふわりと浮き上がり、こちらに向けて余裕の笑みを向けてきた。
「痛いですねぇ⋯⋯。私、トラちゃんと違って肉体は他人のものなので、ノーマルスペックを無理やり魔法で底上げしてるんですよ。少しは手加減してもらえませんか?」
「⋯⋯それなら、早く返してください。その身体」
「それは無理な相談です。私の宿る肉体がなくなったら、死んじゃうじゃないですか。私は、私の目的を果たすため、私の物語をこの世界に残し続けるためにも、死ぬわけにはいかないんですよ」
「貴女の目的とかは、どうでもいいです。ボクはただ、ナコを取り戻すだけ⋯⋯!!」
「ワン、ワン、ワン!!!」
さららとジェーン・ホワイトの会話に割り込み、急にチェンジーが鳴きだす。この声は、こちらに危険を伝える声だ。そう察知し咄嗟にその場を離れたさららの頭上が、轟音と共に破壊される。
「ようやくとうちゃーく!! うーん、ヒーローは遅れてやって来る!! 様式美だねこれ☆ はなまる、だぁ~~~~!!!!」
「いや、誰ですか」
「⋯⋯誰なんです?」
「ワン?」
こちらに迫って来る魔法少女の存在は、全員気づいてはいた。しかし、ジェーン・ホワイトの仲間でもさららの仲間でもない、初見の魔法少女相手に、3人は揃って尋ねた。この時だけは、乱入者を除いた全員の心が一つになっていた。
「だーかーらー、はなまる!だよ☆ 貴女たちみーんな、このはなまるがやっつけて、はなまるが一番目立っちゃうんだからね~☆」
キラッ☆という効果音を添えて、はなまるはウインクし、ポーズを決める。敵でも味方でもない乱入者が、戦場をますます混沌に染め上げようとしていた。