♢レーテ
魔法の国の命運がかかっていると言っても過言ではないこの戦いにおいて、自分に割り当てられた役目は、三賢人の現身の1人、ラツムカナホノメノカミの撃破もしくは足止めというものだ。
レーテとて一騎当千の魔法少女だ。有象無象の魔法少女相手なら負けることはない。しかし、今回の相手は文字通り格が違う。肉体強度や身体能力に魔法、その全てが過去に類を見ないほど強大であることが、対面しただけでひしひしと伝わってくる。
レーテは、三賢人の現身と対面した記憶がない。いや、おそらく消えてしまっている。何故なら、対峙した記憶はないが、耐えがたい屈辱を味わったと実感だけは覚えているからだ。その時対峙したであろう三賢人と目の前の魔法少女は違う。しかし、同じ格を持つ存在だ。出し惜しみなど一切せず、全力で臨む。
「
ラツムカナホノメノカミが拳に装着した武器と撃ち合ったことで刃こぼれを起こした刀剣を捨て、遠くに用意しておいた剣を魔法で引き寄せ、手元に持ってくる。ダメージを負ったのは刀剣だけではない。一度撃ち合っただけで腕が痺れた。僅かに骨にひびが入った可能性すらある。あの武器と直接かち合うのは避け、肉体へのダメージを優先するべきだ。
ラツムカナホノメノカミが地を蹴り、こちらへまっすぐ突っ込んでくる。だが、その距離が縮まることはない。魔法で距離を離し、相手の間合いにさせない。それに対し、こちらの剣の届く距離は自由自在だ。
距離を即座に縮め、剣を振り下ろす。だが、肩口を目掛けたその一撃はまるで予知されていたかのように回避され、反撃に裏拳が叩き込まれる。当たれば即死級の攻撃だ。咄嗟に距離を離して回避する。そして、回避と同時に、直線状に入ったことを確認し、手元にもう一つの武器を引き寄せる。
「
柄の長さの半分ほどの長さの刃を持った槍の切っ先をこちらに向けた状態で、ラツムカナホノメノカミの肉体を貫ける位置を見極めて引き寄せた。しかし、不可視のはずのその攻撃も、宙返りで華麗にかわされてしまった。ここまでの一連の流れで確信する。ラツムカナホノメノカミは、間違いなくこちらの行動を予知するような魔法を使っている。つまり、不意打ちは通用しない。
しかし、回避するということは、こちらの攻撃を脅威とみなしていることの裏返しでもある。宝物庫から持ち出した武器の「傷つけた相手の魂を直接抉り取る」という付随効果は、現身にも通用するのか。それを確かめるためには、ここからは正攻法で攻めていくしかない。
飛んできた槍の柄を掴み、右手に剣、左手に槍を構える。半身を捻り、剣を横薙ぎに振る。ラツムカナホノメノカミは即座に反応し、拳を当ててこようとする。あの武器とぶつかるのは不味い。剣と地面の距離を近づけ、無理やり姿勢を落とす。そして、沈み込んだ姿勢から槍を突きあげる。
ラツムカナホノメノカミは、対処が遅れたのか、それともこちらの動きが相手の予測を上回ったのか。とにかく、突き出した槍は回避されることなく、ラツムカナホノメノカミの身体を捉えていた。しかし、それだけだった。薄い布一枚が僅かに破れただけで、肉体には傷一つ付いていない。崩した体勢からの一撃だったとはいえ、苦々しい現実に、思わず顔を歪めてしまう。
「なるほど」
ぽつりと漏らされた言葉と共に、振り下ろされた拳を、魔法を使って回避する。今のは、何に対する納得の言葉なのか。レーテが脅威ではないと悟ったが故の「なるほど」なのか。僅かに感じた絶望を怒りが塗りつぶす。現身の身体の頑丈さは脅威だ。自分の力だけで貫けないならば、他の力も利用する。
槍を構え、下に向けた状態で放す。魔法で距離を離した槍は、雲の上、天高くへとどこまでも飛んでいく。
狙うは、重力を利用した一撃。おそらく、この攻撃もラツムカナホノメノカミには読まれている。ラツムカナホノメノカミはちらりと一瞬上空に視線を向けていた。ならば、予測されても回避できないようにしてしまえばいい。
槍には魔法をかけたまま、レーテは残った剣を構え、ラツムカナホノメノカミへ攻撃を仕掛ける。距離を即座に詰めての一閃は、軌道を既に読んでいたラツムカナホノメノカミの拳によって破壊される。そして、反対の拳がレーテへと伸びる。レーテはこれを、魔法で回避しなかった。
レーテの腹を、ラツムカナホノメノカミの拳が貫く。痛みと衝撃で意識が飛びそうになるが、ぐっと堪え、レーテは正面からラツムカナホノメノカミの顔を睨みつけた。レーテの肉体で拳を抑え込んでいる今、ラツムカナホノメノカミは動けない。最大にして最後のチャンスだった。
「──すまないが、それも既に“質問”していた」
レーテが睨みつけるラツムカナホノメノカミの口が動く。そして、レーテの肉体を貫いていない方の拳を、天に向けて振るった。その拳に嵌めた魔法の武器から発せられたエネルギーが、レーテの魔法を断ち切ったのを感じ取った。魔法の制御を離れた槍は、おそらく宇宙空間でぷかぷか漂っているだろう。あれだけ離してしまっては、正確な位置が分からない。
ごぼっ、と口から血がこぼれ出る。捨て身の攻撃は失敗に終わった。こちらの手の内が相手に知られている以上、これしかないと判断したが、ラツムカナホノメノカミはその上をいっていた。おそらくは、ここに来る前からレーテの魔法のことなどを魔法で知り、対策用の魔法の武器を用意していたのだろう。完敗だ。悔しさに唇を嚙みしめる。
とどめにと振り下ろされた拳。その拳は、一瞬だけ透明な膜のようなもので阻まれる。その産み出した一瞬で、レーテの身体はガムのような粘着物によって後方へと引っ張られていった。
♢ラツムカナホノメノカミ
レーテは強敵だった。この戦いがもし突発的に発生したものだったとしたら、ラツムカナホノメノカミはあの捨て身の攻撃に対処できなかった可能性が高い。しかし、この戦いは事前にある程度予測が出来た。それならば、ラツムカナホノメノカミは魔法で質問することで、多くの答えを得ることが出来る。今回勝てたのは、こちらが情報で相手を上回っていたからに過ぎない。
せめて、苦しまず死ねるようとどめを刺そうとしたタイミングで、乱入者が現れた。拳が触れる薄い膜の感触は、聖マリア0.01の魔法によるものだろう。そして、攻撃を防がれた隙に、レーテはガムのようなもので引っ張られていった。あっちの魔法はムシャラ・ガムシャか。
脳内で質問してみれば、それぞれ正しいと答えが返ってくる。同時に、こちらに向かってきたマリアに対し、ラツムカナホノメノカミは拳を振るった。拳は薄い膜一枚で防がれるが、魔法の破壊の付随効果を持った武器、「
追撃に向かうかと動かそうとした足に、飛んできたのはガムの弾丸。足元で破裂し、動きを封じてくる。吹き飛ばされたマリアに代わり、ラツムカナホノメノカミの前に立ち塞がったのはガムシャだ。極彩色の鎧を纏った姿はかなりの巨躯に見えるが、本体はかなり小さいことは既に知っている。
なので、ラツムカナホノメノカミは鎧を剥がすため、破壊の呪文を唱えていた。マリアに襲われた時から唱え続けていたそれは、ガムシャが襲ってくる直前で完成する。
完成した呪文を、指先から放つ。目の前で鎧が崩壊し、その崩壊が中に隠れ潜んでいたガムシャにまで及ぶ。崩壊する身体を必死でガムでくっつけ食い止めようとしているが、それしきでは対処できない。ボロボロと崩れゆくガムシャは、それでも敵意を剥き出しに、こちらを睨みつけている。その尖った歯は、何か機械のようなものを咥えていた。
──何を咥えている?
盗聴器だ、と答えが返ってくる。このタイミングで、何故、盗聴器なんかを咥えているんだ。その答えを尋ねるよりも先に、背後から誰かの声が聞こえた。
「─────!!!」
その声の主が高速で唱えているのは、先ほどラツムカナホノメノカミが詠唱した崩壊の呪文だ。慌てて振り返ると、そこに立っていたのは“魔王”だった。事前に質問をし、実際は全く強くないと知っていたからこそ、ラツムカナホノメノカミが警戒に値しないと切り捨てた、ハリボテの魔王。お茶たちょ茶田千代が、目に涙を浮かべながら、普通の魔法使いでは知らないはずの呪文を唱えている。
──何故、あの呪文を唱えられる!?
茶田千代の魔法によるものだ、と答えが返ってくる。ガムシャがラツムカナホノメノカミに近づいたのは、咥えた盗聴器を通じて、茶田千代に呪文を聞かせるためだった。茶田千代の魔法、『どんな言葉でも噛まずに最後まで言えるよ』は、それがたとえ本人が知らない言語だったとしても、記憶し、誰よりも早く、正確に唱えることができた。
そして、本来魔法使いではない茶田千代が魔法を使える理由、それは、茶田千代の抱える木製の義手によるものだった。さららが魔法少女に変身できなかった時に、魔法を扱う媒体として制作した義手。それを他人でも扱えるよう改良し、さららは茶田千代にそれを預けていたのだ。
それらの事実を質問で知るも、茶田千代の高速詠唱を止める隙は無い。咄嗟に振るおうとした拳は、崩壊し消える寸前だったガムシャが放ったガムと、戦線復帰していたマリアの魔法の膜で封じられる。それらの破壊は可能だが、この一瞬、ラツムカナホノメノカミの両腕は封じられた。
ならばと、足を動かして回避を試みる。だが、その意志に反し、魔王との距離は離れない。視界の隅で、こちらに手を伸ばす瀕死のレーテの姿が見えた。誰の仕業かは、質問するまでもなく理解できた。
「これで⋯⋯終わりだぁぁぁ!!」
呪文の詠唱を終え、茶田千代が破壊の呪文を放つ。その魔法は、三賢人の肉体だとしても例外ではなく、“破壊”という結果をラツムカナホノメノカミにもたらしたのであった。