♢ブルジョワーヌⅢ世
「さあ、死を恐れず前に進むのですわ!! 目の前の敵を蹂躙するのです!!」
ブルジョワーヌⅢ世は、集団の最後方でただひたすら旗を振り続け、声を張り続けていた。そうすることで魔法の効力が高まるということを感覚で理解していたからだ。
元来、戦闘が得意ではないブルジョワーヌⅢ世にとって、旗を振るだけでもかなりの重労働だ。しかし、これくらいしかやることがないならば、できることに全力を注がねばならない。そうしないと、どこかでぽっきりと心が折れてしまいそうな不安がある。
「皆さんなら大丈夫!! わたくしの魔法で鼓舞したあなた方は誰よりも強い!! 自信を持って戦いましょう!! 勝利は目の前ですわ!!」
必死で声を張るのは、声を届けるためでもあるが、悲鳴を聞きたくないからという気持ちが大きい。自分の魔法で鼓舞した一般人たちが、恐怖を捨て去り幼女ヤクザ魔法少女軍団とぶつかり、傷つき、そして死んでいく。微かに聞こえるその悲鳴が、ブルジョワーヌⅢ世の心の奥の弱い部分を刺激し、へし折ろうとしてくるのだ。
「目の前の敵は確かに恐ろしいです!! でも、そんな時は一度振り返ってわたくしを見てください!! あなた達を支える旗は、ここに折れずに存在しておりますわ!!」
きっと、誰よりも旗に縋っているのはブルジョワーヌⅢ世だ。この旗が無ければ、ブルジョワーヌⅢ世には何もない。お金を出すことは出来るが、そんなものこの戦場では何も意味はなさない。⋯⋯いや、多少は意味はあるか。実際、この場に居る魔法少女のうち2割ほどは、ブルジョワーヌⅢ世が金で買収し、雇ったフリーランスの魔法少女も混じっていた。
ふと、脳裏によぎるのは、かつて自分に仕えてくれていた従者の姿。もし、ここに彼女が居たら、きっとそばで自分のことを支えてくれたはずだ。まるで、掲げる旗がその従者であるかのように、ぎゅっと力強く握りしめたその時、脳内に思い浮かべていた従者が、くるりと振り返り、その顔を見せた。
その顔は、ブルジョワーヌⅢ世の従者、モルジャーナの顔ではなかった。モルジャーナのフリをし、長い間ブルジョワーヌⅢ世のことを騙していた悪女、ジュリエッタが、にっこりと優しく笑みを浮かべている。その顔を見た瞬間、ブルジョワーヌⅢ世の胸の奥から得体のしれない感情が湧き出し、先ほどまで感じていた不安を塗りつぶしていく。
「⋯⋯殺せ。殺せぇぇぇぇぇ!!! 敵は全員皆殺しだぁぁぁぁ!! わたくし達の日常を壊す悪者は、全員死んじゃえばいいんだぁぁぁぁぁ!!!!」
あの時、ジュリエッタに騙されていたと初めて知った時に芽生えたどす黒い感情。その“殺意”という名の感情をエネルギーに、ブルジョワーヌⅢ世は旗を振り続ける。この戦争とも呼ぶべき戦いが終わるまで、その旗が下ろされることは、きっとない。
♢ゲンゲン
「お前ら、俺の後ろに続けぇぇ!! 怯むんじゃねぇぞぉ!!」
「「「おおおおおお!!!!」」」
幼いがドスの効いた声で一喝し、ゲンゲンは先頭を駆ける。後ろに続く組員たちがランドセルから魔法の銃火器を取り出したのに対し、ゲンゲンの武器はドス一本のみだ。それでも、借り物の力を振るうだけのカタギ相手に負けるほど柔じゃない。
葉巻から吐き出した霧状の煙で幻覚を作り出し、そこに紛れて姿を隠し、指を切り落とす。だいたいはそれで戦意喪失して逃げていくが、たまにそれでも退かない狂った眼をした奴がいる。そんな奴に対しては、その眼球にドスを差し込んで地面に押し倒し、その光景をあえて霧に映し出すことで、周囲の戦意を削いでいく。
本来、カタギ相手にここまでやるのは霧雨組のモットーである『弱者救済』に反するが、これは戦争だ。組の面子を守るための抗争ともまた一味違う。躊躇すれば死ぬ。そんな戦場で、手加減などしている余裕はなかった。
「ぎゃあああああ!?」
また一人、味方の悲鳴が聞こえる。組のメンバー全員が戦闘慣れしているわけではない。もとより気の良い奴らだ。そのほとんどが、何らかの事情を抱え、路頭に迷ったり非行に走っていたところを、拾ってきた仲間たちだ。それに、いくらヤクザとはいえ、現代人には戦争の経験なんてない。一瞬の油断、そして殺しへの躊躇い。そういった感情を見せた仲間から、やられていく。
「怯むなぁぁぁ!! やらなきゃやられるぞ!! お前ら、舞の仇を討つんだろうが! 気合入れていけぇぇぇぇ!!」
だからこそ、ゲンゲンは組長として、戦闘に立ってその後姿を見せることで、仲間を鼓舞するのだ。数の上では相手が圧倒的に有利。もしこの状況で戦意を失えば、一瞬でこの戦場は崩壊する。
ゲンゲンは、目の前の敵を処理しつつ、ちらりと視線を上空へ向ける。そこでは、桜の木で出来た足場の上で戦う、磯野の姿があった。この距離では顔は見えないが、手に持ったハサミで分かる。その磯野が戦っている魔法少女は、3人いた。そのうちの1人のシルエットを見て、思わず心臓が跳ねる。あれは、顔を見なくても分かる。間違いない、ゲンゲンの娘、切斬舞だ。
「隙あり!!」
上空の戦闘に視線を奪われ、固まった一瞬の隙を突かれ、槍が差し込まれる。回避が間に合わず、脇腹を抉られた。痛みに膝をつきそうになったのを堪え、刺さった槍を掴み、自分を傷つけた相手を睨みつける。
「おらぁぁぁぁぁぁ!!!」
睨んだ相手が怯んだ隙をつき、そのまま槍ごと投げ飛ばしてやった。しかし、ダメージは深い。槍を引き抜いたことで噴き出す血を手で抑えつつ、ゲンゲンは周囲の仲間や敵に感づかれないよう、傷口を霧で覆い隠し、怪我がないように見繕った。
油断した。敵側には、死体を操る魔法少女がいると聞いていたはずだ。だが、あの一瞬、顔を見ずとも姿だけで分かる娘を見てしまい、心が揺れた。視界がかすむのは、自分が産み出す霧のせいか。それとも、腹の傷のせいか。
「お前たちの狙っている敵の親玉の首はここだぞぉ!! 死にたい奴からかかってこんね、おんどりゃあぁぁぁぁ!!!!」
きっと、自分の死に場所はここなのだろう。ならば最期に一花、盛大に咲かせてみせようではないか。ゲンゲンは、周囲の敵の視線を一身に集め、高らかに吠えてみせた。
♢ジュリエッタ
ジュリエッタは、少し前にフレデリカとオールド・ブルーと会ったあの場所で、静かに目を閉じ、座り込んでいた。同じ空間には、フレデリカともう一人、彼女のお気に入りだという魔法少女、リップルとやらがいたが、2人の存在は全く気にしていない。きっと、フレデリカがリップルの髪を撫でたりしているだけだ。そんな様子を見るだけ無駄である。それよりも、ジュリエッタにはやらなければならないことがあった。
「ああ、なんてお労しい⋯⋯。私には分かります。貴女の苦悩が。ジェーン・ホワイトのそばを離れ、妨害されるものが何もない今、貴女の傷ついた心を私はこの世界でただ一人、理解できる存在⋯⋯!! 早く貴女をその苦悩から、救い出したい⋯⋯!!」
悔しさから思わず涙をこぼし、歯噛みするが、まだその時ではない。もし、自分が今フレデリカの力を借りてブルジョワーヌⅢ世の元へと行き、その心臓を包丁で刺したとしても、ブルジョワーヌⅢ世の魂に自分を永遠に刻みつけることは叶わない。
重要なのは、タイミングだ。ブルジョワーヌⅢ世がもっと追い詰められ、疲弊した心に消えないヒビが入ったその時、その傷口に包丁を突き立て、消えない傷を刻むのだ。
そしてその時は、きっと訪れる。ジュリエッタは、確信していた。何故なら、ジュリエッタの