魔法少女育成計画LastPage   作:赤葉忍

61 / 75
死した獣の魔法は解くべきか
幸運のチケットは絶望の幕を上げる


♢クリット

 

 その違和感を、クリットは瞬時に感じ取った。これまで感じたことの無いほどの恐ろしい気配が、突然背後で膨れ上がったのだ。

 

 慌てて振り向くと、そこには先ほどまでぼんやりとこちらについてきているだけだった死体、賽ノ目チロリが、口元に微かな笑みを浮かべ、サイコロを掌の上で弄んでいた。明らかに様子がおかしい。これではまるで、意思があるようだ。

 

「──貴女、魔法は? 教えて頂けますか?」

 

 話しかけられ、ビクリと肩が跳ねる。やはり、変だ。死体が喋れるはずがない。だが、何も答えなければ殺される。そう感じ、クリットは恐怖で震えながらも正直に答えていた。

 

「ぼ、僕の魔法は、『魔法のクリティカルチケットを発行するよ』って魔法。1年に1回、お正月に発行できて、消費したら消えちゃうから、少しずつ保管、してるんだよ」

 

 クリティカルチケットの効果は、消費すれば運がよくなるというだけ。だから、普段はクリケットラケットを使って戦っている。チケットの保管数は現在6枚。いざという時のために大事に大事に保管していたとっておきだ。誰にも話したことが無かった秘密を、クリットは目の前の魔法少女に包み隠さず全部話してしまっていた。それほどに、チロリから感じる気配は酷く恐ろしいものだった。

 

 クリットの答えを聞き、チロリは笑みを深める。恐怖で動けないクリットに近づき、その懐からチケットを数名かすめ取った時でさえ、碌に反撃は出来なかった。いや、する勇気が出てこなかった。

 

「貴女に出会えたのは私にとって幸運でした。いや、運命だったんですかね。安心してください。お礼に、痛みを感じないよう楽に殺してあげますから」

 

 奪った6枚のチケットを破り、放り投げたサイコロはすべて、6の目を出して止まる。同時に、チロリの背中を突き破るように生えてきた無数の触手にクリットは掴まれ、絶叫を上げながらチロリのお腹に大きく空いた口に放り込まれた。

 

 

 

──数分後、そこには満足げに腹を撫でるチロリだけが居た。ぐーぱーと拳を開いたり閉じたりして、身体の動きを確かめる。少し前までの自分が嘘のように、意識ははっきりしているし、記憶もちゃんとある。空を仰ぎ見て、一瞬顔を顰めた。鳴り響く雷鳴に、自分の絶命の瞬間を思い出したからだ。しかしそれもすぐに笑みに置き換わり、触手を顎に寄せ、チロリは思考する。

 

 この戦場で、一番チロリが愉しめる場所はどこか。それはきっと、一番の強者が集まる場所だ。まだ意識がはっきりしていなかった時、上空に浮かぶ魔法少女の姿が見えたことを覚えている。あれはかつて、自分を監獄にぶち込んだ魔法少女のうちの1人、魔王によく似ていた。あれが魔王本人なのかは定かではない。しかし、憂さ晴らしついでにそちらに向かって暴れるのも悪くないだろう。

 

 万が一でも、この場にもしレイニー・ブルーが居たら面倒だ。そう思ったチロリは、地面に触手を突き立て、穴を掘って地中を進む。目指すは、魔王が居た場所。この戦場の、中心地点だ。

 

 

♢カレンダ・レンダ

 

 倒れたラツムカナホノメノカミを遠目で見ながら、レンダはほっと息を吐いた。さららから茶田千代に魔法を使わせる作戦を聞かされた時、レンダは反対していた。茶田千代へ及ぶ危険が大きすぎるからだ。

 

 しかし、さららと茶田千代本人からも説得され、レンダがスケジュール帳に茶田千代の無事を記すことを条件に、この作戦を実行することを承諾した。スケジュール帳に書いても実行不可能な未来は消されるが、茶田千代の無事を書いた予定は消されることなく、無事にラツムカナホノメノカミを倒すことが出来たのは、なんとも喜ばしいことだ。

 

 だが、犠牲なしとは流石にいかなかった。レーテは瀕死の重傷、マリアは軽傷だが、ガムシャは魔法を喰らって崩壊し、死んでしまった。三賢人の現身にこれだけの犠牲で済んだのは、喜ぶべきことかもしれないが、ガムシャが死んだことに対し、レンダは自分で思っている以上にショックを受けていた。なんだかんだで一緒に過ごした時間は長いのもあるだろう。魔王となった茶田千代のサポートをしてきた日々の記憶、そして、魔王塾で共に研鑽した日々の記憶⋯⋯。

 

 レンダは、違和感にピクリと眉を動かした。これは、自分の記憶ではない。レンダが譲り受けた肉体である、おっく・ろっくの記憶だ。その記憶が何故、今になって突然蘇ってきた?

 

(姉さん、スケジュール帳を見るんだ!!)

 

 聞こえるはずのない妹の声が聞こえたような気がして、声に従い慌ててスケジュール帳を見る。すると、そこに書いたはずの内容が全て真っ赤な文字で掻き消されていた。スケジュール帳を埋め尽くすようにびっしりと赤文字で書かれているのは、数字の“6”。そこに書かれた意味を理解するよりも先に、レンダは叫んでいた。

 

「茶田千代さん、危ない!!」

 

「え?」

 

 レンダが叫び、手を伸ばす。緊張の糸が切れてぺしゃりと地面に座る茶田千代の背後に、猛スピードで近づいてきたのは、触手を揺らす不気味な魔法少女だった。

 

「⋯⋯確か、魔王とか呼ばれてましたよね。私、嫌いなんですよね、魔王」

 

 警告虚しく、チロリが突き出した触手が、背後から茶田千代の心臓を貫く。口から血を吐き出し、倒れる茶田千代の目が、レンダの方を見た。その口が開き、声にならない息が漏れる。でも、口の動きだけでレンダには分かった。自分の名前を呼んだのだということが。

 

 スケジュール帳を投げ捨て、レンダは走る。倒れた茶田千代を食おうとでもいうのか、チロリはお腹にぽっかり空いた牙だらけの口を大きく開き、触手を使いその中に茶田千代を運ぼうとしている。

 

 だが、茶田千代が口に運ばれる直前で、その姿が変わる。いつの間にか、茶田千代の居た場所にはレーテの姿があった。

 

「そいつを食うより、私に、するべきだな」

 

 ぽつりとレーテの口から聞こえた言葉に、瀕死の状態で茶田千代を庇ったのだということが分かった。ばくり、と音を立ててレーテがチロリに食われるのを横目に、レンダは倒れた茶田千代の身体を抱えて走り出していた。

 

「わたくしが傍にいながら、何たる痴態⋯⋯!! 傷は膜で覆いましたが、これはもう⋯⋯」

 

 並走してきたマリアは、悲し気に顔を歪めていた。言葉通り、茶田千代の心臓を貫いた傷口は膜で覆われ、これ以上血が流れないよう応急処置がされている。しかし、抱える茶田千代の鼓動はどんどん弱くなっている。心臓を貫かれたのだ。助かるはずがない。それでも、レンダは茶田千代が死ぬのだけは認めたくなかった。

 

「逃げないでくださいよ。ムカつく魔王はデザートに食べるってさっき決めたんですから」

 

 しかし、チロリは驚くべき速度で回り込み、レンダたちの正面に立ち塞がった。即座に反応したのはマリアだ。チロリと自分たちの間に膜を張り、同時に魔王を模した“魔王衣(サタン・クロス)”に変身してチロリに殴りかかる。

 

「今のうちに魔王様を連れてお逃げくださいませ!!」

 

 マリアの必死の叫びに、レンダは迷いつつも逃げようと向きを変える。しかし、レンダたちの周囲は、既に頭から触手を生やし、ゾンビのように動く魔法少女たちが取り囲んでいた。

 

「ダイススキル『魅了』⋯⋯クリティカルチケット消費で大勢のお仲間さんを操ることが出来ました。あなた達に逃げ場はありませんよ?」

 

 チロリは余裕たっぷりに微笑みながら、膜を破るべく触手を無数に伸ばしてくる。しかし、マリアの膜はなかなか破れない。ゴムのようにしなやかに伸び、その猛攻を何度も防いでいた。だが、チロリの規格外のパワーに、膜の防御力が限界を迎えるのも時間の問題だろう。

 

 抱きかかえる茶田千代の体温は、どんどん下がっている。スケジュール帳も先ほど投げ捨ててしまった。この状況を切り抜けることは⋯⋯レンダには、できない。いくら肉体がおっく・ろっくのものでも、レンダは元々戦える魔法少女ではないのだ。

 

 

 だからこそ、レンダは事前にスケジュールを練るのだ。もしものためと、さららを見習って最悪に備え、書いておいた予定。そこには、こう記していた。

 

『絶体絶命のピンチに陥った際、この場において最も適切な魔法少女が助けに来る』

 

 雷鳴と共に、稲光が空を走る。マリアの膜を破り、その腕を千切り、肉体に触手を突きつけようとしたチロリの前に、雷光を帯びながら降り立ったのは、監査部門の若きエース。怒りを全身で表しながら、レイニー・ブルーは叫んだ。

 

「賽ノ目、チロリ!!! お前は、私がもう一度、地獄に落とす!!」

 

「やれるもんならやってみろよ!! 泣き虫レイニー!!」

 

 その叫びに応じるように、チロリも吠える。因縁の戦いの幕が今、あがったのであった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。