♢アンナ・シャルール
「おはよう、アンナ」
「今日もいい天気だね、アンナ」
じぃじとばぁばが、えんがわでふたりならんで、わたしにこえをかけてくる。
たいようは、ずっとぴかぴか。こわいよるはやってこない。
じぃじとばぁばがわらうから、わたしもわらう。なにもこわくない、なにもおかしくない。わたしのにちじょう。
「ハッピーバースデー、トゥーユー♪」
「ハッピーバースデートゥーユー♪
「「ハッピーバースデー、ディアアンナ~♪」」
きょうはわたしのたんじょうび。あしたもわたしのたんじょうび。
おおきなけーきをてーぶるのうえにおいて、じぃじがそれをきりわけて。なまえのかかれたぷれーとを、わたしにくれるの。
わたしが「ありがとう」っておれいをいったら、ばぁばがあたまをなでてくれて。こころがぽかぽかあたたかくなる。
けーきのうえには、ひのついたろうそく。ふーってふきけしたら、ほのおがゆれて、けしきがゆがむ。
歪んだ景色が映し出したのは、焦げた畳と、動かなくなったジェントルマン光雄とサブリミナル越子。二人とも、何だかとても悲しそうな顔で、私を見つめている。
──違う。違う、違う、違う。これは、悪い夢。こんなの、ぜんぶ、まぼろしだから。
真っ黒な手足も、息をするたび痛む肺も、知らない魔法少女に着させられた不細工な着ぐるみも、全部、全部まぼろし。
じぃじとばぁばは生きていて、わたしの誕生日を一緒にお祝いしてくれるんだ。だから、そう。今私の目の前に居る黒い魔法少女も、きっとまぼろし。でも、くろはこわいから。よるは、ぜんぶめちゃくちゃにしちゃうから。
だから、もやして、ゆめからさめるんだ。そして、しあわせなにちじょうを、とりもどすの。
♢三代目ラピス・ラズリーヌ
奇怪な着ぐるみを着た魔法少女に視線が奪われたのは一瞬のこと。ラズリーヌもトラちゃんも、互いに視線を戻し、戦闘を再開する。
一度触れたことで、相手の硬さは把握した。正攻法ではダメージがほぼ通らない相手。それに加え、言葉を操り、無数の手札で攻めてくる。一瞬も油断は許されず、一つのミスが致命傷だ。
「──凍結の
言葉と共に吐き出された息が足元を凍らせる。しかしラズリーヌは、“凍結”という単語の頭だけ聞いた段階で宙に跳び、関節目掛け拳を突き出していた。トラちゃんの魔法の唯一ともいえる欠点がこれだ。声に出さなければ、魔法の発動が出来ない。つまり、声を聞いた瞬間にその内容を察して動けば、対応が可能ということである。
関節への一撃で腕が曲がったところを、肘で追撃。骨が外れる音が聞こえ、トラちゃんがマスクの下で表情を歪める。いくら硬くても、関節は脆い。ラズリーヌ式の体術は、こういう相手を想定した動きも考慮されている。
反撃に振るわれた蹴りを受け流し、顔面に掌底を放つ。鼻を折るつもりだったが、こちらは思ったよりダメージがない。即座に腕を引っ込め、マスクを突き破って噛み付いてきたトラちゃんの攻撃を避ける。
技術ではこちらが上。しかし、身体的なスペックと魔法の格は相手の方が上手だろうか。今はまだ大したダメージを受けていないが、そもそもダメージを受ける=ほぼ死だ。常に極限状態の集中を保ちつつ、最適解を選び続ける必要がある。
額から汗が流れ、息が荒くなる。その疲労をキャンディにして排出し、言葉を発しようと口を開けたトラちゃんの口に放り込んでやった。あまり変化は見られないが、着実に疲労とダメージは刻めているはずだ。
更なるダメージを刻むべく攻撃の手を止めないラズリーヌに対し、トラちゃんは少しだけ眉を顰め、距離を取る。それを、無理に追うことはしない。自分から距離を取った相手を追うのは、リスクが大きい。しかしながら、この時ばかりは追うべきであった。
「──新緑の
トラちゃんの全身を緑が覆い、そしてすぐ消えていく。時間にしては一秒にもみたないその一瞬で、トラちゃんの身体からダメージと疲労が消え去ったのをラズリーヌは悟り、思わず顔を歪めた。
「それはちょっと、ずるくない?」
愚痴を漏らしながら、再びトラちゃんへと突っ込んでいく。攻撃への対応のキレが増している。拳がかすり、コスチュームが破けた。だが、攻撃を止めてはいけない。また全快されてしまえば、心が揺らぐ。それくらいで折れることはないが、精神ダメージは状態に直結する。
言葉を紡ぐ暇すら与えず、連撃、連撃、連撃。疲労は溜まるが、こちらもキャンディーにして抜く余裕もない。両者一歩も引かない攻防は、ますます激しさを増していた。
♢#♡ちゃん
トラちゃんに斬られた腕からは、まだ血が流れ続けている。大量の血を失って顔色は蒼くなっていたが、#♡ちゃんはこの場において自分が唯一自由に動ける存在だと理解していた。
トラちゃん本体は青い魔法少女にかかりっきり。増やした分身も、乱入してきた着ぐるみと、プフレの援護射撃でこちらに構っている余裕はない。勢いを増す炎にこの部屋が包まれてしまう前に、#♡ちゃんは助け出さなければいけない人物が居た。元々、そのためにここまで来たのだ。
匍匐前進で床を這い、切り飛ばされた自分の腕のところまで近寄る。床に放り出された腕は、まだ見張りの魔法少女から貰った鍵を掴んだままだった。
「さっすがいいねちゃんの腕~! しっかり握ってくれててありがとね☆」
自分の腕にお礼を言いながら鍵を受け取り、気づかれないよう慎重に、シャドウゲールが閉じ込められている牢屋に近づく。鉄格子越しに姿は見えるが、背を向けているので表情は分からない。外では戦闘が起きているのにまったく反応しないとは、もしかして眠っているのだろうか。
戦闘音に紛れて牢屋の鍵を開錠し、#♡ちゃんは牢屋の中に入る。そして、シャドウゲールを起こそうと肩に手を置いた、その時。
ぐるんと首を回して振り返ったシャドウゲールと、目が合う。その目を見た瞬間、#♡ちゃんは悟った。シャドウゲールは、何らかの魔法の影響を受けている。それが何かまでは分からなかったが、反射的にそう理解した。牢屋に閉じ込められていたシャドウゲールは、万が一誰かがシャドウゲールを救出しようとした際に供え、事前にジェーン・ホワイトによって魔法をかけられていたのだ。
それは、今となっては誰も知らない、一目見ただけで皆夢中になってしまうような魔法を持った、かつての三賢人の現身の魔法。ジェーン・ホワイトも、シャドウゲールに使ったのを最後に本が破れてしまい、もう誰にも使うことが出来なくなってしまった魔法。
その魅了にかけられていたシャドウゲールは、持っていたナイフを、振り返りざま#♡ちゃんの心臓に突き立てていた。
こぽっと口から零れた血で、#♡ちゃんは自分の命の終わりを悟った。それに対し、最初に抱いた感情は、安堵だった。
「よかっ、たぁ⋯⋯。あなたが殺すのが、プフレちゃんじゃなくって」
プフレにとってシャドウゲールが大好きな存在だということは、何となく分かっていた。そして、それはシャドウゲールもまた同様であろうことも。大好きな人に殺されるのも幸せなんて、そう考える人もいるかもしれないけれど、殺す方はきっとつらい。シャドウゲールは、#♡ちゃんの友人だ。#♡ちゃんの好きな人の1人だ。そんな“好き”が、悲しい思いをしなくてよかった。心底そう思った。
もし他人を殺したって思っちゃったら、きっとショックだと思うから。#♡ちゃんは、痛いのを我慢して、ナイフを掴むシャドウゲールの指を剥がし、刺さったナイフを引っこ抜いて遠くへ放り投げた。血が傷口から勢いよく吹き出し、ぐらりとふらつく。
次に考えたのは、ジェーン・ホワイトのことだ。あの牢獄から出してくれた恩人。好きだけれど、色々と腹が立つこともされた。仕返しをしてやりたいなぁなんて、そう思った。
震える手でポケットから魔法の端末を取り出し、魔法を使用する。『好き』を広める魔法を悪用して、『嫌い』を広めてあげた。好きと嫌いは紙一重だから、一応こんなことだってできちゃうのだ。これで、外にいる魔法少女たちはジェーン・ホワイトに反感を抱くはず。反感を抱いた魔法少女たちがどう動くかは分からないが、これがいい仕返しになってくれることを祈りたい。
もうそろそろ、体力の限界だ。横向きにばたりと倒れた#♡ちゃんは、もうピクリとも動くことは出来ない。
薄れゆく意識の中、走馬灯のように思い浮かべたのは、大親友のメサメサと、#♡ちゃんが世界で一番好きな人のこと。メサメサは、まだ生きているだろうか。ジーニー3に酷いことをされて、きっと困っている。助けてあげたいけれど、ごめんね。もう無理なんだ。
──シキシヨミチ。ねえ、私、あなたのことが大好きだったよ。あの狭い牢獄の中で、ずっと私の面倒をみてくれて。おしゃべりに付き合ってくれて。私にとってあなたは、あの暗い牢獄の太陽だったんだぁ。
口を封じられてても、伝えることは出来たはずなのに。でも、やっぱり、一番の好きは照れくさくて、直接伝えられなかった。大事なものだから、隠してしまいこんでいた。
視線の先には、見慣れた端末と、SNSの画面。死の間際、#♡ちゃんはたった一文、魔法を使って書き込んだ。
『好き』
その投稿に、誰かの“いいね”がつく前に、#♡ちゃんは静かに目を閉じた。