♢貴腐人メサメサ
「ああっ、ああああ⋯⋯!!」
さっきまで霧がかっていた頭は綺麗さっぱりと晴れた。しかし、その直後メサメサに通知音と共に、認めたくない現実が襲来してくる。
『好き』というたった一言だけが書かれた投稿。その一言だけで、メサメサはこれが誰に向けたメッセージなのかを悟った。それと同時に、#♡ちゃんの死も悟った。
『でもね、メサメサ。いいねちゃんは、1番好きなものは、自分の胸だけにしまっておきたいタイプなんだぁ』
かつて、#♡ちゃんが言った言葉が思い起こされる。そんな風に語っていたはずの#♡ちゃんが、大勢に見える形で伝えた『好き』。しまっていた想いを、大好きな人に向けて最期に贈ったのだ。たった2文字に込められた思いを受け取り、メサメサは深く後悔した。
「ご、ごめんなさいなのじゃ。わらわが馬鹿だったのじゃ。まさかこんなことになるなんて、思ってなかったのじゃ。やっぱりわらわは、あの監獄の中に居るべき罪人だったのじゃ」
友人の#♡ちゃんは、どこか知らない場所で死んでしまった。そして、今メサメサの目の前では、メサメサの魔法で蘇った悪い奴が、暴れ始めている。全部全部、メサメサが馬鹿だったせいだ。深く考えずに言われるがままに魔法を使い、自由を謳歌しようとした罰だ。
#♡ちゃんと、シキシヨミチに会いたい。会って、ごめんなさいと謝りたい。メサメサは周囲に視線を巡らせ、攻撃の余波で崩れた壁の欠片を見つけ、それを手に取った。
この状況をどうにかする方法は、よく分かっている。死者を蘇らせたメサメサ本人が死ねば、死体はすべて土に還る。おそらくそれを本能で理解しているから、マーブルフェイスもこちらには攻撃してこない。だから、やるなら自分でやるしかない。
自然と息が荒くなる。欠片を持つ腕が、やけに重たい。このくらいの大きさなら、魔法少女の力で頭にぶつければ、脳天をかち割って即死できるはずだ。
死ぬのは怖い。すごく怖い。でも、ここでメサメサが死ななければ、きっともっと大勢人が死ぬ。#♡ちゃんが死んで、メサメサは初めて人が死ぬ恐怖を知った。その恐怖を、他の誰かにもうこれ以上味わわせたくはない。
「うわああああああ!!!!」
覚悟を決めるために叫び、欠片を頭上に持ち上げた。その欠片が脳天に直撃する寸前、間にすっと手が差し込まれ、衝撃は襲ってこなかった。
「⋯⋯難しいこと考えようとすんなや、アホンダラ」
聞こえてきた懐かしい声に顔を上げる。死体は、喋ったりできないはずだ。それなのに、そこに立っていたのは、メサメサが蘇らせたシキシヨミチだった。
視線が合ったシキシヨミチは優し気な眼差しのまま、メサメサの手から欠片を取り上げ、それを握りつぶす。
「罪人が更生するまで見守るのが看守の務めや。そして、罪人が何かしでかしたときにその尻ぬぐいすんのもな。⋯⋯お前が償いたいと思うとるんなら、生きて償え。あたしの前で、死んでくれるな」
そう言って優しくポンと肩を叩かれたメサメサは、涙をこらえることが出来なかった。蹲るメサメサを一瞬だけ振り返り、シキシヨミチは戦場へと視線を移す。その表情は、既に戦う魔法少女のものへと変わっていた。
♢キューティー☆E
シキシヨミチとの戦闘は、互いに大きなダメージを負うことは無く終わった。意識を取り戻したシキシヨミチはロールドンナを見て一瞬目を見開いた後、何か慌てたような素振りで走っていった。
「ミチ姐⋯⋯うち、もっとちゃんと話したかったんに」
「おしゃべりの余裕はないぞ!! マーブルフェイスを見ろ!!」
シキシヨミチとの戦闘中も意識を向けていたこともあって、キューティー☆Eはマーブルフェイスの変化にすぐ気づけた。先ほどまで仮面を被らず単調な動きしかしていなかったマーブルフェイスだが、今はジーニー3の仮面を被り、意志を持ってギャシュリーと会話をしている。
「ギャシュリー、貴女と遊ぶときは、私は本気でいたい。だから⋯⋯『私が持っていた仮面を全て、復元して』」
ジーニー3の仮面を奪った際に、使用したはずの願いが復活していたのだろうか。輝きを取り戻していた石が1つ、輝きを失い、その代わりにマーブルフェイスの手に複数の仮面が現れる。マーブルフェイスはさらに続けてもう1つ残っている願いを口にした。
「そして、最後の願い。『仮面を全て、合体させて』。──
一切の躊躇なく願いを全て消費し、マーブルフェイスは1つの仮面を創り上げた。その仮面の額には3つの輝きを失った宝石が埋め込まれ、叶えられた願いは適応されたままであることが分かる。マーブルフェイスが過去集めたすべての仮面を集め、創り上げた新しい仮面。それは、他の誰でもない、マーブルフェイスが手に入れた自分だけの“顔”となっていた。
「わぁお、それがマーブルの新しい顔なんだね。よく似合ってるよ!」
「ありがとうございます。ギャシュリー。貴女に褒めてもらえると嬉しいです。⋯⋯でも、これは完成じゃない。貴女の顔を奪って初めて、私は本物になることができるんです!!」
マーブルフェイスがばっと右腕を天高く掲げると、その手に古びた絵本が顕現された。そして、その絵本から無数の黒い手が伸びてくる。あれは不味い。キューティー☆Eは咄嗟に叫んだ。
「黒い手に触れるな! 顔を奪われるぞ!!」
最もマーブルフェイスの近くに居たギャシュリーは、警告を聞く前に本能で危険を察知、寸前で回避してマーブルフェイスに詰め寄り、歯を剥き出しにして笑った。
「それ、私の絵本じゃん。私の仮面はもう持ってるのに、私の顔を奪いたいんだ。変なの!!」
「大好きなものは何個でも手元に置いておきたいものでしょう? それに、私の持っているギャシュリーの仮面と、今の貴女は、違う」
「あはは! 言えてる!!」
ギャシュリーの蹴りを足元に生やした桜の木で受け止め、マーブルフェイスは再び黒い手を伸ばす。今度は、キューティー☆Eたちの方まで向かってきた。前回と違い、黒い手を消してくれる奈子の消しゴムはこの場にない。しかし、一度見た攻撃方法に対処法を考えておかないなど、怠慢であり、言語道断だ。
「はあっ!!」
QTEの発動条件を、『黒い手が身体からの距離10センチに接近時』に設定、ペナルティを自らの身体に与えることで、無理やり身体を動かし回避する。肉体への負担は大きいが、これで即死を回避できるなら安い。
「こんな黒い手、うちの縦ロールで巻き取ったる!!」
「!! おいよせ!!」
回避を選択したキューティー☆Eとは異なり、魔法での対処を選択したロールドンナ。さららがマーブルフェイスと戦った時の光景を見ているキューティー☆Eは慌てて警告するも、遅かった。
「んなっ!?」
黒い手に触れたロールドンナの髪が、黒く染まっていく。その黒が頭の方へと浸食し、あと数センチで顔面に届くというところで、疾風の如く現れた影が、髪を根元でバッサリと断ち切った。
「アカンなぁ、ドンナ。他人様の忠告はちゃんと聞いとかんと」
「ミチ姐!!」
ロールドンナの髪を切ったシキシヨミチが、不敵な笑みを浮かべる。言動から察するに、どうやらこちらの味方についてくれるようだ。非常に頼もしい。そして、シキシヨミチはロールドンナの髪を切る際に黒い手に触れているにも関わらず、浸食が及んでいない。それを見て、キューティー☆Eの頭にある仮説がよぎった。
「シキシヨミチ、だったな。この黒い手、死人の顔は奪えないのかもしれない! 私たちの攻撃を叩き込めるよう、黒い手を払ってくれ!!」
「なるほど。あんた頭ええなぁ。そういうことなら、任せとき。⋯⋯あたしは、弾丸や」
マーブルフェイスを真正面に見据え、シキシヨミチは魔法で五感を消し去った。代償に得た超人的な速度で、一直線に突っ込んでいく。
そしてそれは、まるで波のように押し寄せていた黒い手を全て吹き飛ばし、その直線上に立っていたマーブルフェイスまでまっすぐに届いた。死体の時は意志がないせいで出せなかった全力。その速度はこの場に居る魔法少女の誰も視認できないほどの速さ。
キューティー☆Eが瞬きしたその一瞬で、黒い手はすべて天井に打ち上げられ、マーブルフェイスの頑丈なはずの肉体は、その脇腹が大きく抉られていた。まさに弾丸と呼ぶにふさわしい、電光石火の一撃。
「くっ!?」
思わぬダメージに膝をつくマーブルフェイス。その瞳が捉えたのは、マーブルフェイスの肉体にダメージを与えた代償に、両腕を消し飛ばしたシキシヨミチの姿だった。
♢マーブルフェイス
「はは、この肉体、脆いなぁ。やっぱもう死体っちゅうわけか」
失った両腕を見て笑うシキシヨミチに、怒りを露わに攻撃を行おうとしたその時、投げられたスピーカーから流れてくる音楽に、マーブルフェイスは思考を支配される。黒い手がなくなり、生じた隙にキューティー☆Eが投げ込んだものだった。脳内を右往左往する矢印の嵐が、マーブルフェイスの動きを止めた。
「えいっ!」
力の抜けるような可愛らしいかけ声とは対照的に、ギャシュリーが間近で放った拳の一撃は酷く重い。顔面目掛け放たれた拳はマーブルフェイスの脳を揺らし、仮面に僅かにひびが入る。『敗北』の2文字が頭をよぎり、ぎりりと奥歯を噛みしめた。
まだだ。まだ終わるわけにはいかない。この時間を、終わらせたくはない。
ギャシュリーの強い思いに呼応するように、額に埋め込まれた光を失ったはずの宝石が僅かに光る。その光は、既に叶えられた願いに対し更なる力を与えた。
「──
ぽつりと漏らした声と同時に、ひび割れた仮面から、黒い靄が噴き出る。その靄は、たちまちに辺りに充満しだした。
「ああ、ああああああ!?」
最初に悲鳴をあげたのは、ロールドンナだった。黒い靄に触れた箇所から、どんどん肉体が黒く染まっていく。そして、その浸食が身体全体に達したかと思えば、顔面がぎゅおんと削り取られた。靄は、黒い手と同じ、顔を奪い取る性質を持っていた。不定形の靄に対処は不可能。追い詰められ、覚醒したマーブルフェイスが放った、まさに逆転の一手。
「くそ、が⋯⋯。メサメサ、逃げろぉ!!」
シキシヨミチも倒れる。靄は、死体にも効果があった。しかし、死体の顔は残念ながら奪えない。靄に浸食された死体は、その身を腐らせ、強制的に土へと還る。
「わああああ!? ミチ、ミチぃぃぃ!! 嫌だ、わらわはまだ、死にたくない!! 死ぬなと、言われた、のに⋯⋯」
靄は、離れた場所で隠れていたメサメサにまで届いていた。必死で逃げようともがくが、靄は空気の流れに乗って、建物中を埋め尽くそうとしている。手で払いのければ、手にまとわりつき、そしてメサメサもまた泣きわめきながら顔を奪い取られ、絶命した。
「⋯⋯『フェイスチェンジ』」
メサメサの顔を奪ったところで、仮面を切り替える。そうしなければ、死体であるマーブルフェイスの肉体もすぐ土に還ってしまうからだ。仮面を切り替えたところで靄の噴出は止まったが、辺りはまだ靄に覆われたまま。不明瞭な視界の中で、マーブルフェイスはすぐ傍に倒れているギャシュリーを見つめる。
「⋯⋯⋯⋯」
ギャシュリーは、何も声を発していない。元々がギャシュリーの使う魔法だからだろうか、靄の浸食は遅く、顔面にはまだ届いていない。しかし、それもあと僅かだろう。
「ああ、ギャシュリー。私たちはまた1つになれます。違う時空のギャシュリーでも、私にとって大切な半身であることは変わらない。1つになったら、外に出て、皆を殺しましょうね? そして、2人でいつまでも楽しく過ごしましょう」
ギャシュリーの傍に腰を下ろし、愛おし気な手つきで背中を撫でる。いっそのこと、このまま直接顔を剥いでしまおうか。そう思い、その手を顔面へと伸ばそうとした時だった。
「立て、ギャシュリー!!」
聞こえるはずのない声が、靄の中から聞こえてくる。まさかと思い咄嗟に手元の仮面を確認すれば、確かに1つだけ、まだ仮面にできていない魔法少女の顔があった。
「お前、何故⋯⋯!」
「はーい!!」
声がした方向へと振り向いた瞬間、背後で明るい声が聞こえてくる。慌てて視線を背後へ向けると、そこには半身を靄で浸食されながらも、無理やり立ち上がるギャシュリーがいた。
「ごめんね、マーブル。私は貴女とはいけない。だって⋯⋯それが“運命”だから」
そう言って、残念そうに開いてみせたボロボロの絵本には、顔面を床に叩きつけられ、死亡するマーブルフェイスの姿と、名前がはっきりと刻まれていた。次の瞬間には、マーブルフェイスはギャシュリーに首根っこを掴まれ、絵本に描かれていた姿と同じように、床へと思いっきり叩きつけられていた。
パキリ、と仮面にヒビが入る音が聞こえる。ああ、ダメだ。この仮面が割れたらもう、死人の自分は生きられない。土に還ってしまう。
でも⋯⋯ギャシュリーに殺されるなら、それはそれで悪くないかもしれない。最期にそう思えたのはきっと、マーブルフェイスが本当に、ギャシュリーのことを大好きだったからだ。彼女が示した運命だからこそ、マーブルフェイスは素直に受け止められることができた。
♢キューティー☆E
「終わった⋯⋯のか」
次第に晴れていく靄の中、キューティー☆Eは自らの身体をじっと見つめていた。黒い靄は、キューティー☆Eの肉体に浸食することはなかったのだ。
──少し前から、何となく予感はあった。だが、改めて実感した。自分は、どうやら死なない肉体になってしまったらしい。
「⋯⋯あなたはね、私の絵本に描かれて、本当はあの時死ぬはずだった。でも、それを無理やり打ち破っちゃったから。だからもう、自分で死のうとしない限り、あなたは死ねないんだよ、キューティー☆E」
「貴様、記憶が全部戻ったのか」
半身が靄に浸食されて黒くなったままのギャシュリーが、ふらつく足取りで、こちらに近づいてくる。その姿を見て、キューティー☆Eは咄嗟に胸に手を当てた。この心臓は、あの時以来無理やり魔法で動かし続けたままだ。つまりは、自らの意志でこの鼓動を止めない限り、自分は死ねないと、そういうことなのだろうか。
「うん、マーブルのおかげでね。⋯⋯でも、マーブルも凄いよね。私の身体、こんなになっちゃった。もうすぐ私は死ぬ。ほら、これ見てよ」
そう言ってギャシュリーが見せてきたのは、開かれた絵本のページ。そこには、キューティー☆Eと戦って死亡するギャシュリーの姿が描かれていた。
「私の運命、絵本に描かれちゃった。だから、ね? 最期に戦おうよ、キューティー☆E」
「⋯⋯ここで私と貴様が戦う意味がない。貴様のことは嫌いだが、共に戦ってくれたことは感謝しているんだ。私に、人殺しの罪を着させる気か?」
「うん、背負ってよ。貴女はそういう運命なの。たくさんの人の死を見て、それを背負って生きていかないといけないの。それに、ね。戦う理由がないって言うなら、作ってあげようか」
ギャシュリーはパラパラと絵本を捲っていく。その最後のページが捲られ、そこに描かれた魔法少女の姿を見て、キューティー☆Eは目を見開いた。