♢シキシヨミチ
足音と声から身長や外見を推定しておいたリーダーの頭を不意打ちで蹴ったが、防がれてしまった。反応が早い。可能ならばこの不意打ちで仕留めておきたかったが、仕方ない。対集団相手に頭を切り替えていく。
蹴り飛ばした方向から聞こえるのは何やらページを捲る音。おそらく何か魔法の発動に必要な行為だと考えられるが届く距離にいないのでいったん無視。最も近くにいる魔法少女へと標的を切り替える。
先頭に立っていた、リーダーからフィッシュと呼ばれていた魔法少女に対し足払いをかけ、転ばせる。体勢を崩しながらも反撃してきたところをギリギリで回避し、顔面に拳を叩き込んだ。その一瞬だけONにする五感を聴覚から触覚に切り替え、手ごたえを確認。鼻の骨の折れる感触。クリティカルヒットだ。しかし、倒れる気配はない。それどころか、肌に伝わる感覚が危険を訴える。
咄嗟に後方に回避。拳の風圧を風で感じながら、再度五感を聴覚に切り替え、周囲の状況を把握する。シキシヨミチの襲撃に気づいて反撃の姿勢を見せているのが3人。牢屋に馬鹿2人。そして、まだ状況を把握しきれていないのか棒立ちしてただ旗を振っているのが1人。狙い目はここだ。
「「イニミニマニモ!!」」
2重に重なった声。モニカと呼ばれていた魔法少女のものだ。聞こえると同時に脳裏に浮かぶのは2つの選択肢だ。圧死か焼死か。五感のうち4つを封じたことでより敏感になった魔法少女的直感とも呼ぶべき第6感が、この選択肢のどちらかを選ばなければ死ぬと訴えてくる。選ぶとするなら焼死の方が対処しやすい。即座に焼死を選択。聞こえてきた轟音は、おそらく火炎放射器か何かで自分の身体が焼かれる音だ。しかし、触覚は切っているので熱さも痛みも感じない。そのまま突っ込んで、モニカの胴体に突進。飛ばす先は緊急用のスプリンクラー作動装置だ。頭上からざあざあと音が聞こえるので、おそらくうまく作動できたはずだ。今触覚をONにすれば確実に痛みで動きが鈍るので、確認は後に回す。
モニカを突き飛ばした勢いそのままに、最後の1人、ブルジョワーヌと呼ばれていた魔法少女の元へ進む。しかし、その進行方向で突然風の動きが止まった。何か壁のようなものが出来ている。咄嗟にブレーキをかけ、反転。そこを、カウンター気味に殴り飛ばされた。
「無言詠唱で貼った結界に気づいて止まったのは見事。ただ、勢いが止まれば攻撃を入れるのは容易です」
本を捲っていたリーダーが何か仕掛けていたらしい。身体を動かそうとするも、うまく動かない。一瞬触覚を元に戻せば、全身に電流が走るような痛みと、肌の焼けた痛みが同時に襲ってくる。歯も数本折れているらしい。意識を飛ばさぬよう慌てて触覚をOFFにして聴覚に戻したが、この状況はやや不味いか。
「貴女の魔法はいったい何でしょうか。気になりますね。本にして是非、読んでみたいですよ」
ぬっと、こちらに向かい手が伸ばされるのが音で分かる。同時に、第六感が全力で危険を訴えてきた。このリーダーの手に触れられては終わりだ。
シキシヨミチは、折れた歯を口から弾丸のように飛ばした。ぽきりと何かが折れた音。小指程度は持っていけたか。こちらに伸ばされていた手が一瞬引っ込められたのを感じ、シキシヨミチは一瞬だけ五感を全て消し去った。
何も感じない世界の中で、頼りになるのは魔法少女的な第六感という信憑性のないものだけ。しかしそれは、シキシヨミチが長年の魔法少女人生で築き上げた最も信頼を寄せる感覚。その感覚に従い、身体を任せる。今のシキシヨミチは、自分の感覚に身を委ねたロボットのようなものだ。この状態を長く続けると完全に自我を失うのでまさに奥の手である。
その一瞬で、シキシヨミチはこの空間に嵐を巻き起こした。目の前のジェーン・ホワイトの腕をへし折り、噛み千切った指を弾丸のように飛ばしてモニカの片方の頭を撃ちぬき、投げ飛ばしたジェーン・ホワイトの身体でフィッシュを押しつぶす。
一度、五感を全て元に戻して状況を確認する。全身は痛むが、どこも目立った損傷はない。せいぜい骨が数十本折れた程度だ。髪はおそらくすべて焼け落ちているが、時間が経てばまた生えてくる。対する侵入者は、まだ致命傷を負った者はいないが、すぐ動ける奴はいない。シキシヨミチの目指す平穏への希望が見えてきた。この隙に、一旦人数を減らす。ブルジョワーヌを倒して、戦力と戦意を削ぐのだ。
視線をブルジョワーヌに向ける。旗を振っている。何故だか、心の底から強い感情が湧き出してくる。何という立派な姿だ。素晴らしい。
「師匠っ⋯⋯!?」
自然と口からブルジョワーヌを称える声が出そうになったが、反射的に口が動いてシキシヨミチの舌を嚙み切った。その痛みで我に返り、咄嗟に聴覚以外の感覚を全て切る。第六感が働かなければ危なかった。あれはおそらく、そういう魔法だ。ずっと旗を振っているのはこれを狙っていたに違いない。シキシヨミチの中でブルジョワーヌを殺す優先度がさらに上がった。
「させませんよ」
ブルジョワーヌの元へ駆け出そうとしたシキシヨミチの鳩尾に、ジェーン・ホワイトが蹴りを入れてくる。伝わる呼吸音からは全く消耗した気配がない。風の音から把握するに、さっきへし折ったばかりの腕も元に戻っている。そのことを一瞬で把握したシキシヨミチは、空中で受け身を取り、追撃で飛ばされてきた針のようなものを両腕を交差させて受け止めた。
「はぁ、はぁ。さっきのは結構痛かったです。興奮してきましたぁ⋯⋯!!」
「ジェーン、早く治してほしいネ! このままじゃモニカが死んじゃうヨ!!」
「はいはい、分かりましたよ。はぁ、まさかここでこの本を消費することになるとは、とんだ誤算です。再出版には時間がかかるんですけれどね。背に腹は代えられません」
ジェーン・ホワイトの腕が治ったのは、回復系の魔法を持っていたからなのだろうか。あの口ぶりから察するに、無制限で何度も使えるわけではないようだが、この状況ではあまり喜べない。
針を受けた両腕は、先ほどから力を入れているが動かない。毒でも塗られていたのだろうか。そして、奥の手はさっき使ったばかりで、次に使えばおそらくシキシヨミチは無事では済まない。それでは勝利とは言えない。ここは、降参も考えるべきか。
「のぉのぉ、ミチ。死にそうじゃが、大丈夫か? わらわのお菓子でも食うか?」
「もごもごご~?」
背後から、呑気な馬鹿2人の声が聞こえてくる。そうか、ここは牢屋のすぐ前か。この2人は今、どういう気持ちなのか。自分たちを逃がしてくれる侵入者を応援しているのか、それとも、そこそこ長い付き合いのシキシヨミチを心配してくれているのか。何となく後者がいいなと思い、そんなことを考えてしまった自分のことを鼻で笑う。
「その様子では、もう満足に戦えないでしょう。私たちも、これ以上の消耗は望みません。貴女の2人にいる囚人を渡してくれれば、逃がしてあげてもいいですよ?」
「おや? ジェーンさん、この看守は勧誘しないのですか?」
「フィッシュ。貴女と違って、自分を痛めつけた相手を傍に置くような趣味はないんです。さあ、改めて聞きましょう。後ろにいる囚人2人を、渡してくれませんか?」
ここに来て終戦の提案。いかにも怪しいが、第六感はこの言葉が嘘ではないと伝えてくる。言葉通りに2人を渡せば、シキシヨミチは助かるだろう。それは何とも魅力的な提案だ。シキシヨミチは死なずに済むし、チャンスを待てばいつかまた平穏な生活を掴むこともできるだろう。生きていればそれが可能だ。馬鹿2人を渡すだけで、シキシヨミチは平穏を再び手に入れられる。
「はっ! 誰がそんな提案乗るかいな。あんな? あたしはここのボスや。ここにあるもんであたしの許可なしに持ち出していいものなんて一つもない。そこのアホ2人は、あたしの
しかし、シキシヨミチの口から飛び出してきたのはそんな挑発だった。腕が動けば、きっと中指も立てている。3年間は、情を抱かせるには十分な時間だった。この2人を、犯罪者の手に渡したくない。釈放のためにコツコツ貯金は貯めてきた。ここから2人を出すのは、自分の役目だ。断じてこいつらではない。
「そうですか。本当に残念です。せめて、貴女の生きた証を本に残してあげましょう」
「自伝くらい自分で書くわ馬鹿たれ。あたしの人生はあたしだけのもんや!!」
ブルジョワーヌが旗を振る。モニカが両腕を掲げる。フィッシュが頭に刺さった針を投げる。ジェーン・ホワイトが手を伸ばしてくる。シキシヨミチは、獰猛な笑みを浮かべると、五感を全てOFFにした。
♢ジェーン・ホワイト
ジェーン・ホワイトは、目の前に広がる惨状を見て、はぁとため息を吐いた。真っ赤な水たまりの中に倒れるシキシヨミチは、もう立ち上がってはこない。あの状態でまさかここまで暴れられるとは予想外だった。ジェーン・ホワイトは、根元からすっぱりと断たれた自分の両手を見て、もう一度ため息を吐いた。
シキシヨミチの狙いは明確だった。全てを捨て、ジェーン・ホワイトの両手を奪うことに全力を注いできた。その結果、他の仲間は無事だったが、ジェーン・ホワイトの両手はこうしてねじ切れ、消し飛ばされている。両手が無くても本は書けるので、治療用の魔法の本を創れば問題なく腕は戻るのだが、今回モニカの頭を治療するために使用してしまったので、新しく創りなおすには3日ほど時間がかかる。シキシヨミチの魔法は是非とも本にしたかったが、そのためには手で直接触れる必要がある。残念ながら、諦めるしかないだろう。
「いや~、災難でしたね、ジェーンさん。まあ、私は久々に痛みを感じて満足ですが。あ、この人の肉、食べてもいいですか?」
「やめておきなさい。これから仲間に迎え入れる新人にドン引きされたくはないでしょう」
悪癖を晒しそうになったフィッシュに釘を刺し、代わりにモニカにシキシヨミチの身体を探らせる。ビリビリと乱暴にコスチュームを破き、ようやく鍵を見つけたモニカが、牢屋を開けて2人の囚人を解放した。
「うおー! 自由じゃ自由じゃ~!! あ、わらわの手枷と足枷の鍵も同じ鍵でいけるはずじゃから、よろしく頼むのじゃ。あと、いいねちゃんの口も解放してやってくれ」
「「了解なのネ~」」
一足先に牢屋を飛び出したメサメサが、軽い口調でモニカに頼み、モニカもそれを了承する。目の前で看守を殺したことに関しては、特に何も感じていないようだ。純粋に解放されたことを喜んでいるようだし、勧誘もうまくいくだろう。
「⋯⋯あ、あーあー。お、やっと喋れるようになった? うわー、凄い解放感! ありがとね~♡ いいねちゃん、皆のこと世界で2番目にだ~い好きになっちゃった! さっそくこの気持ちを拡散しちゃお~っと」
そして、#♡ちゃんの方は、口の拘束が解放された途端に喋りまくり、虚空から取り出した魔法の端末らしきもので自撮りをし始める。あまりにもスムーズに行われたため、止めることが出来なかった。慌てて自分の端末を見ると、写真とハッシュタグ付きでジェーン含めた全員の顔が投稿されている。しかも、それは魔法の端末のみならず、あらかじめ持ってきておいた通常のスマホでも同様に、すべてのSNSで強制的にこの投稿が目に付くところに載せられていた。
これが、#♡ちゃんの魔法、『自分の好きを皆に広めるよ』だ。#♡ちゃんが好きだと感じたことを、様々な媒体を通じて拡散する魔法。その情報拡散のスピードに目をつけて勧誘することを選んだのだが、今回はそれが仇に出た。これで、ジェーン・ホワイト達の姿は魔法の国全土に知られてしまった。これはなかなかに痛い。
ただ、元々この襲撃はある程度派手に動いているので証拠は掴まれる想定で動いていた。特定が早まっただけと考えれば、まだリカバリーはできる。まだ慌てる時間ではない。ただ、予定よりもさらにスピードを求められることになった。
「⋯⋯ふぅ。拡散する際には一言断りを入れてください。貴女のせいで予定が狂ってしまったではないですか」
「え、ごっめーん! いいねちゃん悪気はなかったの! だって、自分の好きなものってみんなに知ってもらいたいじゃん? その気持ち、わかってくれる?」
ぺろっと舌を出して謝罪する#♡ちゃん。そのあまりにも呑気な態度につい顔を殴りたくなる衝動に襲われるが、ぐっと堪える。この2人の魔法は扱いが特殊な分、魔法を奪うよりも本人を勧誘した方がいいと決めたのはジェーン自身だ。ここで一時の感情に任せて大事な手札を無くすのは馬鹿のすることだ。それに、今は殴る腕もない。それを改めて思い知り、イライラは増す。まったく、本当に余計な手間をかけさせてくれた。
「さあ、さっさとこんな場所出てしまいましょう。表にお気に入りの魔法で出したソリを停めてあります。それに乗って現在の拠点へ案内しますよ」
「おお!? わらわ、ソリに乗るのは初めてじゃ! 楽しみじゃな~!!」
「滅茶苦茶映えそうだよね~! ねえねえ、道中で写真撮って拡散していい?」
「駄目です。やったら蹴り落としますよ?」
#♡ちゃんに釘を刺し、来た道を戻る。やらなければならないことは山ほどある。腕の治療は最優先で進めるとして、その間は仲間たちに動いてもらう他ないだろう。今後の計画は大幅に練り直しだ。
考え事をしながら歩くジェーン・ホワイトの後ろ、最後尾を歩くメサメサは、隣を歩く#♡ちゃんにそっと話しかける。
「のお、いいねちゃん。こいつらは2番目に好きって言ったじゃろ? 1番目に好きなものは何なんじゃ? それはもう拡散しとるのか?」
「うーん? そんなこと言ったっけ~? 覚えてないな~。でもね、メサメサ。いいねちゃんは、1番好きなものは、自分の胸だけにしまっておきたいタイプなんだぁ」
「なるほどの~。いいねちゃんはやっぱイイ女じゃ」
「でしょ~?」
#♡ちゃんは、くるりと後ろを振り返る。血だまりの中に倒れる、変身が解けたシキシヨミチにちゅっと投げキッスを贈ると、大好きなポテチの最後の一枚をぱりっと噛み砕いた。