♢三代目ラピス・ラズリーヌ
既に、戦闘が始まってからかなりの時間が経過している。正直、魔法少女同士の戦いでここまで長引いたのは初めての経験だった。息が荒い。体力の限界が近かった。
対するトラちゃんは、息一つ乱れぬまま。一度回復されてからはその隙も与えぬよう猛攻を続けたかいあってダメージは与えることが出来ている。しかし、このままではおそらく敗北するのは自分だ。昔読んだことのある少年漫画に出てきた敵を思い出す。無限のスタミナというものはここまで厄介なものだったのか。
トラちゃんが口を開こうとすれば、牽制で飴を投げる。魔法の言葉は封じられても、単純な暴力は止めようがない。眼前に迫った拳をしゃがみ込んで回避。反撃に移ろうとしたところで、足がもつれた。
あっ、と気が付いた時には遅かった。思った以上に疲労が足腰に溜まっていたらしい。咄嗟に手をついて転倒は避けたが、体勢を崩したところを狙い、トラちゃんが無表情で踏みつけてくる。
胴体の中心、明らかに致命傷に当たる位置。敗北を悟ったが、無抵抗でやられるわけにはいかないと反撃に手を伸ばす。しかし、トラちゃんの足がラズリーヌの胴体を踏みつける寸前、横から伸びてきた刃がその軌道を逸らした。
「大丈夫ですか? ラズリーヌさん!」
「スノーホワイト!? ありがとう、助かった!」
そこに居たのは、国会議事堂の入り口で侵入を防ぐ役割を担ってくれていたスノーホワイトだった。スノーホワイトの魔法は、困っている人の心の声が聞こえるものだ。ピンチなのを察して助けに来てくれたのだろうか。間一髪のところを助けられ、ラズリーヌは感謝を告げ立ち上がった。
これで2対1。スノーホワイトが噂ほど強くないことは知っているが、共闘するにはこちらの心の声を聞いて動いてくれるスノーホワイトは頼もしい存在だ。キャンディを指の間に構え、トラちゃんへ攻撃を仕掛ける。そんな2人の横を、物凄い速度で誰かが駆け抜けていった。
「
すれ違いざまに、スノーホワイトがその相手に向かい声をかける。ラミーは、親指をぐっと立てて笑顔を浮かべ、燃え盛るアンナの方へと走っていった。
♢ラミー
「くっ⋯⋯!」
アンナの元へと駆け寄るラミーは、その身から燃え盛る炎に身体を焼かれ、つい苦悶の表情を浮かべる。しかし、それをすぐに消し去り、いつものように明るく笑ってみせた。
「さあさあ、そこの燃えてるお嬢ちゃん! ラミーさんが優しく抱きしめてあげますので! 一回落ち着きましょうそうしましょう!!」
元気で明るく、ちょっとだけずれている。それが、ラミーの造り上げた魔法少女としての虚像、『ラミーさん』だ。その裏に隠された本心は、スノーホワイトにさえ見せなかった。常に魔法で心を覆って反転させ、本心は知られないように努めてきた。
本当のラミーは、地味で引っ込み思案などこにでもいる普通の女の子だ。産まれつき視力が悪く、度数の強い眼鏡をかけていたせいで、小学校ではそのことを周りにからかわれ、軽いいじめにあっていた。そのいじめは中学生になるとさらにエスカレートし、ある日、ラミーは自分の眼鏡を盗られ、隠されてしまった。
おぼつかない視界の中で、目に涙を浮かべながら必死に眼鏡を探す。そんなラミーに、眼鏡を見つけて渡してくれたのが、スノーホワイトだった。
『はいこれ! あなたのだよね?』
受け取った眼鏡越しに見たスノーホワイトの顔は、魔法少女の認識阻害効果で忘れてしまった。でも、その日ラミーが見た光は、その姿は、何よりも美しく、目指すべき目標となった。この出来事がきっかけで、ラミーは今のような明るい人格を形成するに至った。目指す理想の記憶は曖昧ながら、それがとにかく光り輝いていることは確かなのだ。それなら、いつでも明るくならなければと思った。
そして、魔法少女となり、魔法少女狩りの噂とその名前を聞いた時、ラミーの心臓は高鳴った。顔を見て頬が赤らんだ。封印されていた記憶が一気に湧き出し、ラミーは自分を助けてくれた魔法少女の正体がスノーホワイトであることを悟った。
だからこそ、ラミーはあえてその記憶にもう一度鏡で蓋をした。残ったのは、純粋な憧れと尊敬の感情だけ。だって、過去の記憶が蘇れば、きっとラミーは今のラミーのままではいられなくなってしまう。弱気な過去の自分が出て来て、スノーホワイトに感謝を伝えるだけの存在になり下がってしまう。自分はそうはなりたくない。魔法少女ラミーは、スノーホワイトを映す鏡だ。鏡は、傍に立たなければならない。傍に立ってその正しさを、美しさをスノーホワイト本人に教えてあげるためには、弱気な自分はいらない。
でも、自分の死を悟って初めて、ラミーはスノーホワイトに対して本心を隠さず打ち明けた。死ぬなら貴女の隣がいいと。これまで、どこか自分に距離を置いていたスノーホワイトが、名前を呼び捨てで呼んでくれたのは、きっとそれまでのラミーの心の声が偽物だったからだろう。
スノーホワイトから託されたのは、アンナのことだ。ずっと泣いている心の声がするから、助けてあげて欲しいと。あなたの魔法なら、救えるかもしれないと。そう言われて、ラミーは心の底から歓喜した。ようやく、スノーホワイトに認められた。隣に立てた。鏡の本分を果たせた。
自分の身が焼かれるのを感じながら、アンナへと少しずつ近づいていく。思い出すのは、先ほど見たハードゴア・アリスのことだ。彼女はきっと、ラミーと似たもの同士だ。目を見たらすぐに分かった。彼女もきっと、スノーホワイトに救われた一人なのだ。そんな彼女の再生能力が自分にあったら、もっと楽に近づけただろうか。反転の魔法を使えば炎を反転させるのは楽だが、周囲に炎が及ぶ。それは危険なので、自分の魔法は使えない。今だけは、同じ憧れを持つ者同士、力を貸してほしい。
「うおおおおお! 頑張れラミー!! 頑張れ自分!! 頑張れ
ラミーに変身している時は忘れるようにしている本名も叫びながら、自分を奮い立たせる。今のラミーは過去の自分を隠す鏡は取っ払っている。でも、表に出てきた弱気な自分も、どうやら頑張りたいと叫んでいるようだ。これなら、もっと早く鏡を取っ払えばよかったかもしれない。
アンナの元へとたどり着いたラミーは、その身体を包み込むようにぎゅっと抱きしめ、そして⋯⋯魔法を、発動させた。
♢アンナ
「「ハッピーバースデー、トゥーユー♪」」
今日で何度目の誕生日だろうか。もうとっくの昔に数えるのを忘れてしまった。でも、誕生日の歌はいつ聞いても楽しく、幸福をアンナに届けてくれる。
そんな、アンナにとっての幸福なまぼろしが反転したのは、突然のことだった。
「⋯⋯え?」
バースデーケーキが乗っていたはずのテーブルが真っ赤に染まり、アンナは驚いて声をあげる。一緒に歌を歌っていたはずの、ジェントルマン光雄とサブリミナル越子の姿もない。二人の姿を探してきょろきょろと視線を動かしたところで、アンナはそれを見つけた。見つけてしまった。
「きゃあっ!?」
そこにあったのは、2人の死体。炎に焼かれて、肉の焦げる嫌なにおいが鼻腔を満たす。嫌だ、こんなの見たくない。そう思って目を瞑ろうとしても、どういうわけか目を閉じることが出来ない。
「いやだ、どうしてっ! 二人が死んでいるなんておかしい! こんなの、こんなの夢だもん!!」
必死に目の前の光景を否定しようと首を振るアンナ。その目の前に、小さな鏡が現れた。突然現れた鏡に、視線が吸い込まれる。そこに映るのは、本来アンナのはずだ。でも、そこに居たのは見知らぬ魔法少女の顔だった。
「ああ、これがあなたの見ていた幻。それをラミーさんが反転させたから、こうなっちゃったんですね⋯⋯」
「これはあなたがやったの!? ひどい、なんでこんなことするの? わたしはずっと、幸せなまぼろしの中にいたいのに!!」
「ごめんなさい。でも、このままここに居ても、あなたは幸せになれないから。あなたの心がずっと泣いていることを、スノーホワイト様は聞いていた。だから、あの人の代わりにラミーさんが、あなたをここから連れ出すんです」
ラミーはそう言うと、鏡からぬっと手を突き出し、こちらへと手を伸ばした。
「さあ、ラミーさんの手を取ってください! どんなに辛くても、苦しくても、ずっと幻の中にいては駄目なんです!!」
アンナは、差し出された手を見て迷った。こんな空間には、確かにもういたくない。だって、あんなに聞こえていた誕生日の歌も聞こえなくなってしまったし、ケーキも出てこない。でも、それでも、アンナはこの手を取るのが怖かった。幻から覚めたらきっと、とてつもない不幸が待っている。それに直面する勇気はアンナには無かった。
もし、ここにジェントルマン光雄とサブリミナル越子が居たら、背中を押してくれるのだろうか。そんなことを思い、はっと気が付いた。もし、2人の死が現実だとしたら⋯⋯2人は未だに、誰にも弔われていないのではないか。だって、2人には子供はいなかった。一緒に過ごしたアンナは良く知っている。魔法少女活動をしていた2人は、ご近所付き合いも少なかった。アンナが一緒にいた間、客人が来たことは一度もなかった。
現実に戻るのは嫌だ。でも、アンナに優しくしてくれた2人が、このまま誰にもその死を悲しんで貰えないのは、もっと嫌だ。このまま幻に逃げるのは、それを放棄することだ。アンナは、2人の優しさに応えたい。2人がアンナに言葉をくれた。愛をくれた。それを直接返すことは叶わなかったけれど、自分の言葉で、伝えなければ。
それは、アンナが感じた、初めての感情だった。ジェントルマン光雄とサブリミナル越子、2人が与えた愛が勇気となり、アンナの背中を押した。震えながら、ラミーの手を取る。ラミーが鏡の外へとアンナを引っ張り出そうとする。その先は、きっとつらく、苦しい現実。アンナは、一度だけ反転した“幸せ”を振り返り、2人の死体に手を振った。
「⋯⋯ばいばい」
さっきまでそこにあったはずの死体は、いつの間にか消えていた。かわりにそこに立っていたのは、変身前の2人の姿。どこか寂しそうに、それでいて優し気な笑みを浮かべながら、アンナに手を振り、送り届けてくれる。
「「いってらっしゃい」」
──最初に感じたのは、痛み。全身が焼けるように熱く、痛い。皮膚に何か貼り付いている感覚がして、気持ち悪い。
「ああ⋯⋯あ⋯⋯!」
咄嗟にあげた声は、酷くかすれている。視界がおぼつかない。熱で眼球が溶けかかっているせいだ。ただ、その視界でも、すぐ傍に立つラミーの姿は確認できた。
「おかえり、なさい⋯⋯!」
ラミーは、全身にやけどを負った酷い有様だった。でもきっと、自分の方がもっとひどい。謝りたいとそう思ったけれど、声がうまく出ないから諦める。そして、自分のするべきことを果たすため、懐に手を伸ばした。
取り出したのは、ボロボロになった籠。全身を燃やし続けていた火は、幻から戻ってきたことでもう消えている。今アンナが魔法を使っても、再び幻に取り込まれることはないはずだ。
だから、アンナはマッチを擦り、それをラズリーヌとスノーホワイトが戦っているトラちゃん目掛けて放り投げた。弱々しい投擲だったが、マッチの火は消えることなく、トラちゃんの視界の前に躍り出る。
「──投擲の
初めて、トラちゃんが普通に喋った。意識外のところから投げられたマッチは、トラちゃんを幻の中へと引きずり込む。ラズリーヌとスノーホワイトは、事前にスノーホワイトが心の声を聞いてアンナの行動を察知していたので、マッチの火を見ていない。
トラちゃんの目が、ふっと焦点を失う。同時に、プフレとアンナの傍にいた分身もその姿を消した。トラちゃんがどんな幻を見ているかは、アンナには分からない。でも、トラちゃんの様子を見るに、アンナ同様になかなか帰って来る様子はなさそうだ。それもそうだろう。だって、アンナが見せる幻は⋯⋯その人にとって、一番幸せなものなのだから。
アンナのやるべきことはやった。あれは、ジェントルマン光雄を殺した魔法少女だ。ちゃんと仇は取れた。後は、ちゃんとお家に帰って、2人のお墓をたててあげなければ。悲しいけれど、これはアンナにしかできないことだ。
でも今は⋯⋯少しだけ、疲れた。抗え切れない睡魔に耐え切れず、アンナは目を閉じた。おやすみなさい。そう心の中で囁くと、2人がふっと優しく微笑みかけてくれる姿を、瞼の裏に幻視した。
♢黄昏の
これは、魔法が見せる幻だ。トラちゃんは、すぐに自分が置かれている状況を理解した。しかし、理解できていても、幻から覚めることは出来なかった。
「ねえ、ジェーン。きみの隣に立てておれ、幸せだったよ」
だって、幻の中の自分は、縛られることなく自由に喋ることが出来ていた。ジェーンは自分の話す言葉の意味を読み取ってくれるけれど、やはり自由に喋ることが出来るのは嬉しい。ラツムカナホノメノカミの魔法で、久々に自由に話せた時も嬉しかったが、すぐ戻ってしまったから。やはり、こうして思いを素直に話せるのは、とても幸せだと感じる。
幻の中で、トラちゃんはジェーン・ホワイトの隣に立っていた。ジェーンは、その頭に立派な王冠をのせている。きっと、幻の中のジェーンは、世界をその手に治め、理想の世界を造れたのだ。ジェーンの夢が叶うことは、トラちゃんにとっても幸せなこと。だからこそ、こんなものを見せられては、戻る気力が湧いてこない。
「おれ、実はとっくの昔に分かってたんだ。ジェーンの夢は、叶うことはないって」
本音を口にし、トラちゃんは泣いていた。ジェーンの力は凄い。誰にだって負けることはないと今でも思っている。でも、ジェーンには世界をその手に治めるほどの器はない。ジェーンはよくも悪くも気分屋で、その場のノリで動くところがある。傍に頼りになる仲間が居れば可能かもしれないが、自分以外の仲間は皆死ぬか、裏切って去っていった。これでは、とてもじゃないが理想の世界の実現は無理だ。現に、戦いながらもトラちゃんは外の喧騒を感じ取っていた。既に民衆の心は離れてしまっているのだ。
「おれはさ、感謝しているんだよ。こうして魔法少女になれたのは、きみのおかげだ。だから、きみの願いを叶えたかった。でもね、本当は⋯⋯きみと一緒にいるだけでも、十分幸せだったんだ」
ジェーンと一緒にいられればそれでよかった。ジェーンが望むから、その世界の実現のために協力した。邪魔になる敵は排除した。でも、迷いはいつもどこかにあった。こんなことをしなくても、2人で一緒に楽しく過ごせばいいんじゃないかと、そう伝えたかった。でも、呪われた自分の口では、それを正しく伝えることは叶わなかった。
そんなトラちゃんの弱さを、迷いを、この幸せな幻は的確についてくる。だから、戻れそうにない。戻りたくない。ジェーンの理想の世界があるように、これが、トラちゃんにとっての⋯⋯黄昏の
♢シャドウゲール
「うおえ!? お嬢、いつの間にここに!? てかあれ、私は今まで何をやって⋯⋯?」
気が付いたら目の前にプフレが居て、シャドウゲールは目を見開いた。何故か最近の記憶が綺麗すっぱり抜け落ちているが、確か、自分はジェーン・ホワイトの一味に捕まって監禁されていたはずでは⋯⋯?
「⋯⋯はあ、開口一番がそれとはね。護、君の呑気さには呆れるよ。こちらは色々大変だったというのに」
「いやいや、そんなこと言われましても。何が何だかさっぱりで⋯⋯」
落ち付いて辺りを見てみれば、やはり監禁されていたのか、牢屋のように見える場所だった。そして、気が付いてすぐは気が付かなかったが、プフレのコスチュームが所々破れ、しかも怪我をしている。さらには、三代目ラピス・ラズリーヌやスノーホワイト、そして見覚えのない全身やけどを負った魔法少女まで自分を見ていた。
「お嬢、その傷はどうしたんですか!? それに、ラズリーヌさんや魔法少女狩りまで⋯⋯。いったい何があったんです?」
「説明したいところだが、生憎そんな余裕はなくてね。早速だが、君の力を借りたいんだ。そしてそこにいるラミーの力もね」
「ちょっと、プフレさん。ラミーはもう動ける状態では⋯⋯!」
「大丈夫、ですよ。スノーホワイト様。私は⋯⋯ラミーさんは、まだ、やれます」
やけどを負った魔法少女がラミーという名前ということは分かった。しかし一体、プフレは自分に何をさせるつもりなのだろうか? 何となく嫌な予感がして顔を見てみると、何かよからぬことを考えていそうな顔をしていて、思わず表情が強張る。
「お嬢、本当にいったい何をさせるつもりなんです⋯⋯?」
「いや、なに、少しばかり護の作った機械を利用させて貰おうかなとね。きっとさららの手助けにもなるはずさ」
プフレはそう言うが、いまいちピンときていない。自分がここに来て作らされた機械と言えば、魔法の印刷機が真っ先に思い浮かぶが、それで一体何をするつもりなのか。
まあ、細かいことは考えても分からない。ジェーン・ホワイトの一味に捕まっていたところを助けてくれたらしいのは事実なのだ。生憎、捕まっていた間は特に激しい運動などはしなかったので、体力は有り余っている。恩返しのつもりで、ちょっとくらいお嬢の提案に付き合うのも悪くないだろう。
「さあ、そうと決まれば善は急げだ。機械が置いてある場所まで案内してくれ」
「わ、分かりました!」
そう急かされ、先導して道を急ぐ。その道中、なにやらぼーっと宙を見上げたまま固まるトラちゃんと、ラミーより酷い火傷を負った少女が眠っている横をすれ違い、一瞬びっくりしたものの、他の皆が気にしていない様子だったので先を急ぐことにした。
そう言えば、とふと思い出す。#♡ちゃんはどこに行ったのだろうか。彼女は、自分と一番仲良くしてくれていた。できれば戦うようなことになりたくないなぁなど、そんなことを考えながらシャドウゲールは走る。胸元を刺された#♡ちゃんの死体。その2つの死体は、シャドウゲールが動揺することのないよう、プフレが事前に隠していた。シャドウゲールがその事実を知ることは、金輪際ないのであった。