魔法少女育成計画LastPage   作:赤葉忍

71 / 75
物語は幕を下ろす

♢さらら

 

「さあ、かわしなさい」

 

 はなまるの肉体を手に入れ、完全体となったジェーン・ホワイトが腕を振るう。その動きに合わせるように、地面がパラパラと本のように捲れた。さららは手の動きから攻撃が来ることを察知し、いまだ意識の戻らない奈子の身体を天井に投げ、同時に自分も宙へと跳びあがる。そのさららの動きを見て、ワン・チェンジーも跳びあがった。しかし、ジュリエッタは戦闘経験の少なさ故に対処が遅れ、回避が間に合わなかった。

 

「ああああああ!? クソクソクソっ!!」

 

 痛みと怒りで絶叫するジュリエッタ。その下半身は、紙のようにペラペラになってしまい、歩行機能を失わせていた。更に、ジェーンが直接触れるのと同じ効果があるらしく、ジュリエッタの変身は解けてしまっている。残った上半身で大きな旗を杖代わりにジェーンを睨みつけているあたり、まだ戦う気力はあるらしいところは凄いが、あれでは戦力にならないだろう。

 

「チェンジーさん、奈子を任せました!」

 

「ワン!」

 

 奈子を庇ったままでは戦闘は難しい。一度天井に投げた奈子の身体を髪の毛で引っ張ってチェンジーに渡し、そのまま髪の毛を使ってジェーンに接近する。

 

「攻撃しますか? いいですよ。さあ、どうぞ」

 

 ジェーンは、こちらの接近にも一切動じることなく、両腕を広げてまるでこちらを抱きしめるかのような姿勢で待ち構えている。この余裕は、こちらを舐めているとかではなく、自分の肉体への絶対の自信の表れだ。当然のように張られていた不可視の結界は、髪の毛で編んだ解呪呪文で突破し、その先のジェーンの首へと、ロープ状にまとめた髪を伸ばす。

 

 首に髪の毛が巻きついても、ジェーンはそれを断ち切ろうとしない。ならばと、さららは地面に張り巡らせていた髪を引っ張った。同時に、ジェーンの首に巻き付けていた髪の毛は、さららの自重と引っ張る力を乗せて、天井へとジェーンの身体を持ち上げて首を締めあげようとする。

 

「流石さらら。直接ダメージを与えるのが困難と判断し、窒息させようとするとは。戦闘IQが高いですね。ですが⋯⋯無駄です」

 

 だが、ジェーンの身体は微動だにしない。まるで巨大な建物を持ち上げているかのように、一切持ち上がることはなかった。さらには、首に巻き付けていたはずのロープ状の髪の毛は、いともたやすく断ち切られてしまう。切られた髪の毛を操り、鼻の中から侵入させようとしたものの、それすらふっとひと吹きで散らされてしまった。

 

 余裕の表情を崩さぬまま、ジェーンはぱんっと両手を合わせる。その直後、全身に明確な死の気配を感じ取り、さららは咄嗟に髪の毛をアフロヘアーにアレンジし、全身を覆い包んだ。直後、さららの肉体を押しつぶさんとばかりに、本の実態を持った空気が閉じられる。さららは、その本のページが直接身体に触れる前に、ふわふわのアフロの防壁から抜け出し、難を逃れた。地面は未だにページのように波打っているので、直接降り立つことはせず、着地前に再び壁に髪の毛を伸ばし、立体起動を続ける。

 

「逃げ回っているだけでは、私は倒せませんよ?」

 

 そんなさららに対し、ジェーンは自分の周囲に無数の本を浮かべ、そこから複数の魔法を同時に放ってくる。火の玉、光の龍、銀のナイフ、悪魔の角、羽根の生えた兎、爆発するかぼちゃ。現実ではありえないような魔法の産物が、辺り一面散らばる様は、まるでファンタジー小説の一場面のようだ。だが、それが一斉に襲い掛かってくるのは、悪夢でしかない。

 

「チェンジーさん、奈子を全力で守って!!」

 

「ワン!!」

 

 さららは、正面で魔法の嵐と対峙しながら、背後のチェンジーに呼び掛ける。チェンジーは、力強く吠えて応え、その大きな両手に奈子とジュリエッタを握り、全身を丸める。人造魔法少女の頑丈な肉体は、傷つきながらも2人を守り抜いた。さららも、極力背後のチェンジーに魔法の直撃が及ばないよう髪の毛で受け流しつつ、直撃しそうな攻撃は肉体を髪の毛に変換して受けることでダメージを誤魔化していく。

 

「ほお、これも防ぎますか。ですが、これならどうですかね?」

 

 ジェーンはおもむろに足を振り上げ、そしてこちらに向かい2回、蹴りを放った。飛んできたのは、蹴りによる風圧。魔法など関係ない、シンプルな肉体強度により放たれた破壊の一撃はさららの腹部に足形の穴を空けたが、穴が空く前に肉体は髪の毛に変換済み。空いた箇所を髪の毛が縫い合わせるように修復したおかげで、ダメージはない。

 

「きゃんっ!?」

 

 しかし、もう一つの蹴りが向かった先、チェンジーはその圧に耐え切れなかった。巨大な義手が破壊され、握っていた奈子とジュリエッタの身体も宙に投げ飛ばされる。腕を一時的に失ったチェンジーもまた、波打つ地面へと落ちていく。

 

「っ!? 安全毛(セーフティネット)!」

 

 3人が床の波打つページに触れないよう、慌てて周囲に張り巡らせていた髪の毛を網状にし、落下する3人を受け止める。一応、これで即席の足場もできた。髪の毛を大量に使うのであまり使いたくなかったが、仕方がない。一度さららも空中で体勢を変えて網の中に着地、気絶するチェンジーの耳から髪の毛を突っ込んで無理やり叩き起こす。

 

「きゃいんっ!?」

 

「すみません⋯⋯。ですが、一人だとしんどいので。まだダウンしないでください」

 

 間髪入れずに、網を崩すためにジェーンが放り込んできた魔法をさららはチェンジーの肉体を盾にして防御。そのままジェーン目掛けてチェンジーをハンマーのようにぶん投げた。

 

「わんっ、わんっ、わんっ!!?」

 

 抗議するような鳴き声を上げ、瞳に涙を浮かべつつも、チェンジーは覚悟を決める。失った義手の代わりに、魔法を使い新たに作成したのは、空気を固めて作った義手。その透明かつ強大な両手で、がっしりとジェーンの肉体を腕を押さえつける形で掴んだ。それでもなお、ジェーンは余裕を崩すことはない。

 

「はぁ⋯⋯。だから何度やっても無駄ですよ。いい加減学習したらどうですか?」

 

 ため息混じりに拘束を解こうとし、そこで腕が上がらないことに気づいて眉を顰める。何かがおかしい。予想よりも力が強い。そこで、目を凝らしたジェーンは、透明な手の中に、きらりと光る無数の髪の毛を見て、その理由を察した。

 

「──髪の見えざる手」

 

「⋯⋯へえ、やりますね」

 

 チェンジーの背後に隠れて追従していたさららが、空気の義手を補強する形で、中に髪の毛を忍ばせていた。それにより強度を増した義手の拘束を即座に解けず、ジェーンは掴まれたまま、床へと叩きつけられた。

 

 轟音と共に煙が巻き上がる。初めてまともに一撃を喰らわせることが出来た。しかし、これで倒せるとは思っていない。さららは油断なく煙の中をじっと睨みつける。

 

 やがて煙が晴れると、ジェーンが棒立ちのまま床に突き刺さっていた。絵面だけ見ると少し間抜けだが、その肉体には一切傷一つ付いていないことも同時に分かる。ジェーンは、口元に浮かべていた余裕を消し、床に手をついて自身の身体をゆっくりと持ち上げた。

 

「やれやれ。少し遊び過ぎました。これは私の悪癖ですね。トラちゃんに見られたら、叱られてしまいますよ」

 

 そう言って、ジェーンはまたしても自身の周囲に本を浮かべ始める。しかし、先ほどとは違い、その本は開かれることなく、ジェーンの手元に吸い込まれ、一冊の本へとまとめられていく。まずい、そう思い阻止しようと髪の毛を伸ばした時には、遅かった。

 

「──混成合同魔法書砲・“発禁”(プラチナ)

 

 一冊に束ねられた魔法の本、その消滅と引き換えに放たれる、破壊の一撃。それは、白金色の光となってさらら達を襲う。

 

「ワンッ!!!」

 

 ジェーンの一番近くにいたチェンジーが、背後のさららたちを庇うようにして両腕を広げる。その頑丈なはずの肉体が、熱でドロドロに溶けていくのを見ながら、さららはありったけの髪の毛を紡ぎ、防御に専念した。背後には、絶対に守らなければならない存在が居る。ジュリエッタはどうでもいい。でも、奈子だけは。自分の命が失われたとしても、守らなければならなかった。

 

「うわああああああああ!!!」

 

 全力で叫ぶ。それでどうにかなるものではないことは分かっている。でも、こういう時に大事なのは、思いの力だ。気力で負けたら、その時点で終わりなのだ。髪の毛の防御を貫通し、さららの肉体にも光が迫る。それでも、さららは叫び続けた。

 

 光が放たれたのは、ほんの数秒。その数秒で、さららの背後以外はすべて真っ黒に焼け焦げた。チェンジーの姿は、もうどこにもない。しかし、さららはその中で、まだ立っていた。全身が焼けただれ、髪の毛を全て失い、それでもなお、守り抜いた。

 

 そんなさららの目の前に、無慈悲にもジェーンが近づいて来る。その肉体は、さららと対照的に傷一つない。最早顔を上げることすらできないさららを前にして、ジェーンは告げた。

 

「さあ、これで⋯⋯物語は終焉です」

 

 

 

♢プフレ

 

「さあ護、準備はできたかい?」

 

「もー、無茶言わないでくださいよね。まあ、できましたけれど⋯⋯」

 

 あれから急いで魔法の印刷機のある場所まで向かったところ、外からの侵入者を抑えるために全員出払っているのか、もしくは洗脳が解けて逃げたのか。どちらにせよ警備はいなかったためスムーズに行動に移すことが出来た。ジェーンのいる場所と近いためか、戦闘音が聞こえてくるが、なかなかに激しい。さららの安全を守り、ジェーンを倒すためにも、こちらも急がないといけない。そのためシャドウゲールを急かし、何とか印刷機に機能を追加させた。といっても、シャドウゲールがジェーンに命令されて作っていたもう一つの機械、魔法の通信サーバーの機能を印刷機と合体させただけなので、そう時間はかからなかった。これで、通信サーバーを通し、日本全土の魔法少女へと機械の効果を届けることができるはずだ。

 

 機械の準備は出来た。あとは、ラミーに任せるしかない。プフレは、スノーホワイトに肩を貸してもらって無理やり立っているラミーへと視線を向けた。

 

「さあ、君の出番だ。いけるかい?」

 

「もちろん!」

 

 ラミーは、力強く胸を叩いてみせる。そんなラミーに、スノーホワイトは心配そうな視線を向けていた。

 

「⋯⋯ラミー」

 

「⋯⋯スノーホワイト、何も言わないで。ラミーさんが欲しいのは、ただ一言だけ。『頑張れ』って、そう、言ってください」

 

 ラミーにそう告げられ、スノーホワイトはくしゃりと表情をゆがめた。ここに居る全員が分かっているのだ。この状態のラミーが魔法を使えば、命の保証はないことを。それでも、これはラミーにしかできない。そして、ラミーは自分の命が尽きるとしても、使命を果たすことを望んでいる。それが誰よりも分かるスノーホワイトは、掠れる声で、望み通りの言葉を贈った。

 

「⋯⋯頑張って、ラミー!」

 

「その言葉があれば、ラミーさん、千人力です! うおおおおおおお!!」

 

 気合と覚悟を乗せ、ラミーは起動したばかりの印刷機に触れる。ラミーの魔法により、機械の機能が反転し、本来魔法の本を印刷、発行するはずのそれは、逆に今印刷されている本を回収し始めた。つまり、何が起きるのか。

 

 印刷機へと、次々に本が吸い寄せられていく。それは、現在国会議事堂に押し寄せている、大量の魔法少女たちに与えられていたものだ。今頃おそらく、魔法少女たちは本を回収されたことで、ただの一般人へと戻っていっていることだろう。

 

 そして、この印刷機の対象は、一般人だけではない。その対象は、原本製作者へも及ぶ。ジェーンも、#♡ちゃんの投稿を確認するために魔法の端末にアカウントは作っていた。プフレの想定通りなら、ジェーンの所有している本も、この機能を反転した印刷機に回収されるはずだ。

 

 プフレのその想定が確信へと変わったのは、印刷機へと一段と大きな魔力が流れ込んだ瞬間だった。さあ、こちらで出来ることはすべてやり切った。あとはもう、さららにすべてを任せるしかない。

 

 

♢ジェーン・ホワイト

 

「これは⋯⋯!?」

 

 瀕死のさららにとどめを刺そうとしたその時、何かが抜け落ちていくような感覚がして、動揺して声をあげる。いつの間にか、周囲に浮かんでいる本の数が減っている。先ほど代償に発禁した本だけではない。ジェーンの魔力と共に、今まで創り上げてきた本たちが、何かに吸い込まれている。

 

「誰ですか、私の本を奪うのは!? いったい何の権利があってこんなことを⋯⋯!!」

 

 さららではない。吸い込まれる魔力が向かう先は、どこか別の方角だ。あの方角は確か⋯⋯シャドウゲールに作らせた印刷機の置いてある部屋だ。まさか、シャドウゲールが何かしたのか。ちっと舌打ちが漏れる。魔法がまだ使えると思って生かしておいたが、やはり殺しておくべきだったか。

 

 とはいえ、魔力が多少抜かれ、今まで創った本が没収された程度。身体能力には全く影響がないし、新たに本も創れる。機械を壊せば、本の回収も可能だろう。そう判断し、瀕死のさららを放置して機械のある部屋へ向かおうとした。

 

 しかし、それが間違いだった。さららはまだ死んでいない。そして、まだ諦めていなかった。最も警戒すべき魔法少女が、窮地に立たされ、何も策を練っていないわけがなかったのだ。

 

 駆け出そうとした足が突然何かに絡み取られ、その動きを止める。不審に思い足元を見ると、そこには赤い髪の毛のような何かが絡みついていた。さららの魔法か? いや、それならば色がおかしい。さららの髪の色は青色だ。ならばこれは一体何なのか。

 

 その答えを、ジェーンは振り向きざまに知った。そこに居たのは、もう魔法少女と呼ぶべき姿ではなかった。自ら皮膚を剥ぎ、血管だけになった身体でさららがジェーンに抱き着いていた。その細かい血管の一本一本が、脈打ちながらジェーンの全身を覆い、動きを封じてくる。

 

「まさか、毛細血管を操っているのですか!?」

 

「⋯⋯ええ、そうです。これは、ボクの奥の手。毛細血管も毛、ですから。髪の毛と思い込めば、自由に動かせます。そして⋯⋯!!」

 

 辛うじて残っていた口を動かし、さららがジェーンの問いかけに答える。そのやり取りの一瞬、それだけで、さららが魔法を発動するには十分すぎる猶予だった。

 

「ボクは⋯⋯髪の毛と自分の肉体の位置を、入れ替えることが出来る! その対象は、髪の毛を巻き付けた相手、お前もです、ジェーン・ホワイト!!」

 

「な⋯⋯!?」

 

 ジェーンは慌てて血管の拘束から抜け出そうともがく。これしきの拘束なら、すぐ解けるはずだ。しかし、その行為を邪魔するように、瞳目掛けて旗が投げられた。

 

「おとなしく捕まっとけこのクソアマぁ!」

 

 それは、下半身を紙に変えられつつも、上半身はまだ無事だったジュリエッタが放った、怒りの投擲だった。その投擲がジェーンの注意を引いたのはたった一瞬。しかし、その一瞬で、既に景色は変化していた。先ほどまであったはずの天井や壁は無くなり、その代わりに大きく広がる空と、何やら桜の香りのする木材が視界に映る。

 

「⋯⋯やってくれましたね、さらら」

 

 ジェーンは、苦虫を噛み潰したような顔で、身体にまとわりついた血管を振り払う。先ほどまであんなにしつこくまとわりついて動きを阻害していた血管は、簡単に剥がれ落ちた。同時に、光を失ったさららの顔が、ぼとりと落ちる。その死体を見ても、勝利の実感は湧いてこない。何故なら、ジェーンもまた、自らの魔法の力が封じられているのを感じていたからだ。

 

「⋯⋯この魔法は、よく知っていますよ。なにせ、私も警戒して、モニカを向かわせてましたから。ですがまさか、こんな形で乗船させられるとは思いませんでした。貴女も、突然乗客が増えて驚いたでしょう? ねえ、フダラ=クダラ」

 

 ジェーンは、目の前で震えている狸のような見た目をした魔法少女に、優しく呼び掛ける。しかし、内心は怒り心頭だ。こんな形で死んでたまるものか。自分の物語が、こんな結末で終わっていいはずがない。だが、怒りの理由はそれだけではなかった。さららが死んでしまったこと。それが何故かとてつもなく許せなかった。こんな形で、自分を残して死んださららへの怒りと失望。そちらの方の比重が大きいことに、自分でも驚いていた。

 

「まま、まさか、あなたがジェーン・ホワイト!? さ、さららさんは? さららさんはどこに!?」

 

「さららなら、私をここに連れてくるのと引き換えに死にましたよ。本当に、彼女は最期まで私を驚かせてくれる⋯⋯。でも、惜しかったですね。あなた達にとっての誤算は、私が元の肉体を手に入れてしまったことです」

 

 ジェーンは、ノーモーションでクダラの頬を思いっきりぶん殴った。視認できないほどの速さの一撃を防ぎきれずに、クダラは血を吐きながら吹き飛んでいく。ジェーンは、吹き飛んでいったクダラを歩きながら追いかけていった。

 

「私の魔力が封じられても、この肉体が特別であることに変化はありません。貴女の魔法が発動し終わるまで、あと何分でしょうか? それまでに貴女を殴り殺せば、ここから脱出することは容易い」 

 

 クダラに対し、特に感情が動くことはない。こいつは所詮、特殊な魔法を持っただけの存在。ジェーンの物語にはいらない存在だ。早く存在ごと消して、ジェーンと最期に戦ったのはさららだということにしたい。

 

 そのようなことを考えていたからだろうか。クダラの髪の毛に、青い髪が巻き付いているように見えた。見間違いだろうか? いや、違う!! ジェーンの表情にみるみる歓喜が満ちる。

 

「⋯⋯すみません、クダラさん。貴女の身体、お借りしますね」

 

 その声は違えど、口調で分かった。頬を押さえながら目の前で立ち上がる魔法少女は、フダラ=クダラの見た目をしているが、人格は別人だ。髪の毛の色はその半分が青く染まり、こちらを見据える瞳は一切の隙が無く、鋭い。

 

「さららさん、貴女、どうやってこの空間で魔法を?」

 

 そう尋ねる自分の声が、微かに上ずっているのが分かる。興奮を隠しきれないジェーンに、クダラ⋯⋯いや、クダラの身体を借りたさららは、淡々と答えた。

 

「⋯⋯クダラさんが、魔法の発動を躊躇うことを考えて、こっそり頭に髪の毛を数本植え付けていました。クダラさん自身は、クダラさんの魔法の影響は受けない。そうじゃないと、このクダラさんの魔法も解除されてしまうはずですからね。だからボクは、クダラさんに寄生し、クダラさんの身体の一部と認識させることで、こうして魔法を使い、精神を奪うことができています」

 

「えげつないことをしますね、あなたは。本人の許可なしにこんなことをするなんて。地獄に落ちますよ?」

 

「ええ、分かっています。ですが⋯⋯落ちるときは、あなたも一緒です。ジェーン・ホワイト!!」

 

「ははっ! まるでプロポーズのようですね!!」

 

 2人は同時に駆け寄り、同時に攻撃を仕掛ける。さららは無表情で、ジェーンは笑顔で。ジェーンの拳を受け流し、さららは向かってきた勢いを利用してジェーンを船の甲板に叩きつける。即座に起き上がりながら反撃に蹴りを入れれば、尻尾を使って跳躍、反撃に肘を鳩尾に叩き込まれた。

 

「他人の身体を使うのがうまいですねぇ! まさか、練習してました?」

 

「いいえ、ぶっつけ本番です。脳内でシミュレーションはしていました、けど!」

 

 さららの攻撃は、たいしたダメージにはならない。しかし、純粋な武術、肉体の扱い方はさららが圧倒的に優れていた。こちらの攻撃も決定打にはならず、肉体スペックに大きな差がないにも関わらず、その戦闘は終わることがない。奇しくも、トラちゃんと三代目ラピス・ラズリーヌの戦いがそうだったかのように、戦いは持久力勝負の長期戦になっていた。そして、持久戦になった場合、敗北するのはジェーンだ。何故ならば、クダラの魔法のタイムリミットは、刻一刻と迫っている。あと数分すれば、この船は極楽浄土へとジェーンとさららを運び、2人は共に死にゆくだろう。

 

 そのことは頭で理解しているのに、ジェーンは笑いが止まらなかった。さららとの戦いが、楽しくてたまらなかった。思えば、この肉体で思いっきり戦ったのは、初めての経験だ。こんなことならば、魔法ばかりに頼らずにもっと身体を動かす練習をしておけばよかった。そんなことを思ったりした。

 

 楽しい時間は、あっという間に過ぎるものだ。次第に、体力が尽きてきたさららは息を荒げ、対するこちらはまだ余裕だ。そして、決着の時は不意に訪れた。

 

「⋯⋯ああ、終わり、ですね。ごめんな、さい。クダラ、さん⋯⋯」

 

 ジェーンが放った渾身の一撃を回避し損ね、さららは胸元に大きな風穴を空け、倒れこんだ。その瞳は、最早何も映してはいない。だが、その表情はどこか満足そうだった。クダラの肉体から青い髪の毛が抜け落ち、風に吹かれ、宙を舞っていく。さららは今、完全に死んだのだ。

 

 そして、ジェーンもまた、仰向けに倒れこむ。戦いの最中、次第に大きく鳴っていた音楽は既に鳴りやみ、船は宙へと浮かんでいく。時間切れだ。間に合わなかった。ここからでは、脱出は不可能だ。

 

 しかし、ジェーンもまた、その顔に満足気な笑みを浮かべていた。自分が生きてきた中で、最も楽しい時間だった。当然、戦いは本気でやった。だからこそ、最後の最後で、さららを倒せた。だが、結果として負けたのは自分だ。さららは目的を果たし、クダラの宝船で、自分はこれから死んでいく。

 

「あーあ、負けてしまいました。私はこれから、どうなるのでしょうか」

 

 RB・フィッシュ、イニミニマニ・モニカ。ジェーンが過去から連れてきた2人が死んだ時、その存在は人々の記憶から失われた。もし、ジェーンも同様だとしたら、誰からも忘れられ、天国へも地獄へもいけないかもしれない。もしそうだとしたら、一緒に地獄へ行こうと言ってくれたさららには、申し訳ないことをした。そんなことを考え、ふっと笑う。

 

 自分は、自分の理想の世界を創りたかった。それは、始まりの魔法使いの願いを叶えるためだと、そう思っていた。でも、きっと本当は違ったのだ。

 

 ジェーンは、寂しかったのだ。本来の持ち主が消え、誰にも読んでもらえなくなることが嫌だった。だから、自分の存在を世界中に刻み込むために、こんなことをした。

 

 でも、その渇きは、寂しさは、さららとの戦いで埋められた。誰か一人に本気で向き合ってもらえたら、それでよかったのだ。もっと早くそのことに気づけたとしたら、ここまで大勢に迷惑をかけることもなかったかもしれない。

 

「トラちゃんにも、謝らないといけませんね⋯⋯」

 

 まだジェーンの記憶から消えていないということは、トラちゃんはまだ生きて、戦っているのかもしれない。だとしたら申し訳ないことをしてしまった。自分が死ねば、おそらく彼女も死ぬ。この世界に本来いてはいけなかった悪は、全員滅びる。

 

 自分の行いに反省はしている。ただ、後悔はない。色々なことを間違えてしまったが、そんなことも込みで、自分という物語は完成した。もう誰にも読んでもらえないが、さららに最後に自分の全てをぶつけることが出来た。それで満足だ。

 

 ジェーンは、船の先端に立ち、下界の景色を見下ろす。ああ、なんて綺麗なのだろう。清々しい気分で胸が満たされ、決心した。

 

 悪役には、悪役の矜持がある。ジェーンの名は、誰にも覚えられない。悪役の末路としては相応しい。だが、悪役が倒された世界は、ハッピーエンドであるべきだ。

 

「はあああああああ!!!」

 

 魔法が完全に発動し終わり、船が光となって消失する寸前、クダラの死体を放り投げる。直後、肉体が溶け、存在が消えていく感覚を感じた。その最中、最期の力を振り絞り、下界へと魔法を放った。それは、ジェーンが生涯で最期に書いた物語。

 

 その内容は、ジェーンが存在しなかった世界の話。これで、下界はジェーンが存在しなかった世界へと、リセットされる。そうすればきっと、たくさんの犠牲者が助かるはずだ。これが、ジェーンの、ジェーンなりのけじめである。

 

 不意に、隣に存在を感じてふっと笑みを浮かべる。どうやら、クダラの死体は投げ捨てたが、ジェーンと一緒にさららの魂は運ばれてしまうらしい。申し訳ないことをした。そう思うよりも先に、嬉しさが勝つ。

 

「さらら、私は⋯⋯貴女に出会うために、魔法少女になったのかもしれませんね」

 

 その言葉は、誰にも届くことは無く。ジェーン・ホワイトという存在と、さららという魔法少女の存在は、この世界から最初から存在しないことになったのだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。