〇シキオリ=オリー
「さあ、新たな魔王を決めるべく、魔王塾卒業生のみを集めて開催されたバトルロワイアル! 司会は私、パミーがお送りします!」
司会の合図と共に、選手が全員闘技場の舞台に入場してくる。一番手となったシキオリ=オリーは、まばらに集まる観客に手を振りながら入場した。
「一番手で入場してきたのは、“春夏秋冬”、シキオリ=オリーだ! 4つの姿を持つ、この世で最も四季が似合う女! 彼女の士気を上げることが出来るのは彼女だけ! 指揮棒を振るような華麗な動きで敵を倒す! 今日の姿は夏真っ盛り、こんがり日焼けのギャルモードだぁ!!」
「いえ~い☆ 皆よろ~☆」
無駄にテンションの高い司会の紹介に合わせ、シキオリ=オリーもノリノリでポーズを取る。そうしている間に、司会は次の選手の紹介を始めた。
「続いて登場するのはこいつ! “暴走特急”、久光織衣だぁ! 彼女のブレーキは最初から取り付けられていない! 目の前の障害物は皆薙ぎ払って進んでいく! オリエント急行のようなスリリングな事件を、今日はこの闘技場の舞台で巻き起こすぅ!」
「よっしゃ! お前ら全員私がぶっ殺すから、覚悟しろよおらぁ!!」
登場早々、中指を立てて挑発してきた久光織衣に、シキオリ=オリーはギャルピースで応える。こう見えても試合前に土産を控室に持ってきてくれたりと、なんだかんだで付き合いはいいのだ。
「さて、次で3人目の入場だぁ! “浪漫砲”、張手山一発ぅ!! 浪漫をひたすら追い求める求道者! しかしその物腰は毛品溢れるお嬢様! 決まり手は常に張り手! 今日は舞台を土俵に変えて、横綱相撲の幕開けだぁ!!」
「あたくしの浪漫、味わわせてやりますの」
四股を踏みながら入場した張手山一発が、ビシリと決め顔で言い放つ。その堂々とした態度に久光織衣は舌打ちし、シキオリ=オリーは真似して四股を踏んだ。
「まだまだ参加者はいるぞ~? 4人目は、“麗しき貴婦人”、ゴージャス麗麗麗だぁ~! その姿は、魔王塾卒業生とは思えない気品漂うお嬢様! って、なんかさっきと被ってないかぁ? まあいいや。とりあえず頑張ってくれ~!!」
「なんかわたくしの紹介雑じゃありませんこと!?」
「あなたと一緒にされたくないですの」
「手厳しいですわ~!?」
「ですわ~☆」
二人のお嬢様が舞台に揃ったことで、ますます五月蠅くなってきた。シキオリ=オリーはノリノリで真似してみせたが、久光織衣は相変わらず不機嫌そうに顔を顰めている。
「さあ、続いて五人目ぇ! “騒音少女”、超☆Ⅱ凱のとうじょ⋯⋯」
「いやっはぁぁぁぁぁぁ!!! お前ら、盛り上がってるかぁ~~~~~!?」
「うっせぇ! まだ始まってねえよ! 紹介聞いてやれ!!」
司会の口上を遮りながらハイテンションで入場してきた超☆Ⅱ凱に、久光織衣の罵声が飛ぶ。だが、怒鳴られてもなお超☆Ⅱ凱は動くたびに関節の蝶番がギィギィと軋み、非常に五月蠅い。これには他の面々も避難囂々だった。
「五月蠅いですの。もっと優雅に登場して欲しいですのよ」
「皆に叱られて、無様ですわね~! もう優勝は諦めた方がよろしんじゃなくって!?」
「大声勝負なら負けないぞ! きゃぴっ☆」
ますます混沌を極める舞台。会場の雰囲気も最高潮だ。口上を遮られ少し落ち込んでいた司会も、気を取り直してマイクを握る。
「さ、さて! 色々ありましたが次で最後の選手入場です! “貪食の大具足”、ムシャラ・ガムシャ~!! こいつの前では、敵すべてが食卓の上の料理と化す! その胃袋に限界が無いように、彼女の強さにもまた、限界は存在しない! 今日は優勝の座を、いただきます!!」
「我が勝つ」
短く、シンプルな勝利宣言。それ故に、舞台に既に立っていた魔法少女たちの空気がぴりっと引き締まる。シキオリ=オリーも笑みを消し、代わりに瞳に闘志をみなぎらせた。
「これで、参加者6名全員が出揃いました! 魔王塾卒業生たちによる、魔王塾卒業生たちのための、魔王の後継者を決めるための戦い⋯⋯今、スタート!」
司会の合図と共に参加者が一斉に動き出す。繰り出すのは、それぞれが名前を付けた、必殺技たち。
「
「
「“
「“
「『
「⋯⋯“
6人の必殺技が、舞台の中央でぶつかり合う。本来なら、その激突の衝撃で爆音と激しい煙が巻き上がるはずだったそこへ、何かが空中から飛来してきた。
その何かは、迫りくる攻撃を前にして全身をくねらせ、自身の周囲に膜を張ることで衝撃を防いでみせた。それでも防ぎきれなかった衝撃により舞台の砂が巻き上がり、視界が遮られる。やがて、視界が晴れた時、そこに立っていた魔法少女に、司会が思わず声を上げた。
「大変だぁ!? じゃなかった、変態だぁ!! あそこの全裸で立っているのはまさか、“世紀末大変態”、聖マリア0.01ではないかぁ!? おい誰だこいつ呼んだの! 放送できなくなるだろ!! カメラ止めろぉ!!」
一応魔法の国で放送もしていたこの戦いに全裸の変態が乱入してきたことで、司会席がにわかに慌ただしくなる。しかし、そんなこと選手たちには関係ない。マリアは、舞台の中心で興奮した様子で顔を赤らめながら、全裸でカーテシーを披露した。
「皆さん、おそろいでこんなに楽しいことをなさっているのにわたくしを誘わないなんて⋯⋯わたくし、一人よりも大勢での行為の方が興奮する性癖なんです。ですから、来ちゃいましたわ♡」
「呼んでねぇよ変態!!」
「ああんっ! 相変わらずいい罵倒ですわね織衣様。もっと浴びせてくださいましぃ!!」
久光織衣からの罵声にも興奮してしまうマリアは救いようがない。そんなマリアに、無言で近づいていったのはガムシャだった。
「マリアか。⋯⋯不思議だな、貴様とは何故かここで戦う運命だと胃袋で感じる」
「あら、奇遇ですわねガムシャ様。わたくしも性器で感じますの。前世で何かご縁があったのでしょうか?」
2人の会話の意味は、シキオリ=オリーにはよく分からない。だが、縁があるのはこの場にいる全員がそうだ。乱入者? 大歓迎だ。全力で戦えるなら、誰だっていい。ここに居るのは、全員が魔王塾卒業生だ。
「とりあえずさ~、戦おうよ☆」
シキオリ=オリーのその言葉を合図に、マリアを含めた全員が、再び技を繰り出し始める。結局、三日三晩続いたこの戦いは勝者は決まらず、マリアの痴態が魔法の国に流れたことで、大会そのものが中止となってしまった。
しかし、それからも定期的に魔王塾卒業生たちは集まり、全力のバトルを行った。本来の目的はすっかり失われたこの行為は、一年ごとに開催される年末の伝統行事となり、袋井魔梨華やもな子、エイミーなども参加することもあったりしたのであった。
〇シキシヨミチ
「なぁなぁ。ミチ、わらわ達お腹空いたんじゃが。菓子をくれ、菓子を」
「いいねちゃんもお菓子ほしい~! あ、ミチのちゅーでもいいよ?」
「黙れやボケナス共。自由に喋れるだけありがたいと思わんかい」
ここは、北海道のA市に設立された特殊監獄。その最下層の牢屋の前で、看守として貴腐人メサメサと#♡ちゃんの2人の囚人の面倒を見ているシキシヨミチは、今日もその2人に絡まれていた。最近になって、ここを担当する看守が増えたことで#♡ちゃんの口の拘束も解かれ、五月蠅さも二倍になったのが最近の悩みである。
「はぁ、あんたらミチ姐に迷惑かけるのやめとき? そんなんじゃいつ姐さんの気が変わって貯めてるお金を他のことに使っちゃっても知らんで?」
「⋯⋯おいドンナ。それは言うなって言ったやろ」
「あら、すんません。つい口が滑って」
わざとらしく目の前で口に手を当ててとぼけてみせるのは、つい最近看守になったばかりの新人、ロールドンナだ。新人といっても、地元で仲が良かった妹分のような存在なので、仕事に馴染むのは早かった。だが、仲がいい分時々こうやってこちらをからかってくることがあるのが困る。
「え? お金を貯めてるって何の話じゃ?」
「メサメサは馬鹿だねぇ~。愛だよ、愛。私たちへのね? えへへ~、嬉しいなぁ」
「うっさい馬鹿タレ共! その口もっかい塞いでやろうか?」
シキシヨミチは凄んでみせるも、メサメサはぽかんと呆けたままだし、#♡ちゃんは口をふさぐという言葉に反応して、目を瞑ってこちらに唇を突き出してくる始末。これ以上囚人たちを相手にしても疲れるだけなので、ため息をつくだけに留め、一旦椅子に座って落ち着くことにした。
「はぁ⋯⋯。まったく、馬鹿共の相手は疲れるわ。これで明日さらに監査から新しい囚人が送られる連絡も入ってきとるしな。いつ休めるんやろか」
「送られてくる囚人の名前は、ジュリエッタでしたっけ? わざわざここに連れてくるなんて、よっぽどのことをしたんやろなぁ」
シキシヨミチが休憩に入ったのを見て、ロールドンナも隣の椅子に腰かける。そして、うらやましがる囚人二人の前で、見せびらかすようにおやつのカステラを食べてみせた。こいつもたいがい性格が悪い。
「あー! 食った! こいつ、わらわ達のお菓子を食いよった!」
「うおー! ロールドンナちゃん、許すまじ!!」
「あはは!! 馬鹿二人が怒ってるのを見るのは楽しいなぁ。ドンナ、あんたもなかなか看守仕草が様になってきたやんか」
「姐さんの背中を見たおかげやね」
頬を膨らませて抗議する二人を見て笑いながら、自分もカステラを食べようとしたシキシヨミチは、侵入者が近づいてくるのを察知して、静かにフォークをテーブルの上に置いた。その様子に気づいたロールドンナが、遅れてフォークを置く。いきなり仕事モードに入った2人の様子を見て、メサメサと#♡ちゃんも何事かと鉄格子に顔を近づけて外の様子を観察しようとしていた。
「ふふふ⋯⋯! 侵入困難な監獄への侵入! これぞまさに逆境!! さいっこうに興奮するシチュエーションだぁ!!」
警戒するシキシヨミチの目の前に現れたのは、逆境を愛する魔法少女、ときんちゃんだった。愛用の武器のバッドを金色に光らせ、いきなり襲い掛かって来る。動きで分かる。かなり強い。だが、シキシヨミチの方がもっと強い。
魔法を発動して五感のうち4つを封じることで身体能力を上げた一撃で、ときんちゃんの首元に鋭く一撃。そのまま意識を刈り取ることに成功した。「うっ」と苦悶の声を上げて倒れたときんちゃんを、どうしたものかと見下ろす。
「⋯⋯なあ、お前らの牢屋、同居人一人増やしてもええか?」
「嫌なのじゃ!」
「やだー!!」
メサメサと#♡ちゃんに聞いてみたが、全力で拒否されてしまった。ロールドンナに視線を向けてみても、困ったように首を振るだけ。シキシヨミチは再び、はぁ⋯⋯と深いため息を吐いたのであった。
〇尾崎倉衣
尾崎倉衣は、学校で酷いいじめを受けていた。自分の机の上に花瓶が置かれているなんていうのはまだかわいいもので、暴力を振るわれたり、服を脱がされ、無理やり裸の写真を撮らされたことだってある。
倉衣は、あちこちに痣が残る肌を見て、悲し気に俯く。せめて、傷がつかないほど丈夫な身体だったら、まだマシだったのかもしれない。でも、倉衣は昔から身体が弱かった。病弱で学校を休みがちで、ろくに友達をつくれたことがない。だからといって、自分は虐められるようなことをした覚えはないし、いじめられる理由なんてないはずだ。
一度、先生にいじめのことを相談してみたことがある。しかし、先生は迷惑そうに顔を顰めただけで、まともに取り合ってはくれなかった。それどころか、帰りの会で軽く注意するだけで済ませたせいで、先生にチクったとバレて、一層いじめが激しくなったくらいだ。
「なんだか、もう、嫌になっちゃったなぁ⋯⋯」
倉衣は今、学校の屋上にいる。こっそり職員室に忍び込んで、鍵を盗んだのだ。ここから飛び降りれば、大勢の人が倉衣の死体を見る。そうすれば、少しは自分たちのやったことを後悔してくれるだろうか。
そんな暗い感情が胸を占め、屋上から飛び降りようと柵を乗り越えようとしたその時だった。いつの間にか、倉衣の目の前に、恐ろしいほど顔面が整った美少女が立っていて、驚いて悲鳴をあげてしまった。
「むー! この超絶美少女ラミーさんの顔面を見て悲鳴をあげるなんて、失礼だぞ!」
「ああ、貴女、誰なんですか? いつの間に、ここに?」
「そんな細かいことは気にしないの! それよりさ、君、暗い顔してるよね。ラミーさんはさ、憧れのあの人と違って、貴女の心は分からない。だからさ、教えてよ。大丈夫、このラミーさんがなんでも解決してみせるから!」
一切素性が分からない、初対面の怪しい美少女。本当なら、今すぐにでもこの場から逃げ出すべきだ。しかし、ラミーの弾けんばかりの笑顔を見ていると、何故かさっきまで抱えていたはずの暗い感情が消されてしまったかのようで。
気が付けば、倉衣は自分のことを全てラミーに話していた。学校でいじめにあっていること。大人に相談しても、誰も助けてくれないこと。そして、全てが嫌になり、自殺しようとしていたことを。
その全てを、ラミーはうんうんと真剣な表情でうなずきながら聞いてくれた。やがて、すべてを聞き終わると、ラミーはすっと立ち上がり、倉衣をその腕に抱きかかえたまま、どこかへ向かおうとする。
「あのっ!? これ、どこに私を連れて行く気ですか!?」
「ん~? あのね、貴女に悪いことする子たち、一回ぶん殴ってやろうと思って!!」
「ええええ!? だ、ダメですよ、ダメ!! 暴力はよくないです!!」
「なんで? 貴女は心に傷を負わされている。それは、暴力と何が違うの?」
そう真剣な目で問いかけられ、倉衣は何も言い返すことが出来なかった。黙ってしまった
倉衣の頭を優しく撫で、ラミーは笑みを浮かべる。
「だいじょうぶ! 殺したりはしないから! でも、貴女に手を出したらヤバいって思わせないとね。しばらく続けてたら、手を出してこなくなるでしょ!!」
「ほ、本当にうまくいくんですかね⋯⋯?」
「うん! ラミーさん素早いし、この件が解決するまでずっと学校に寝泊まりするから、なんとかなるはず! ううん、なんとかしてみせる! だって、困った人を助けるのは、魔法少女の役目だからね!」
そう言って胸を叩くラミーの姿が、倉衣にはキラキラと輝いてみせた。そして、ラミーは言葉通りに、この後倉衣をいじめていた子達と先生をぶん殴り、倉衣に手を出せないほどのトラウマを叩き込んだ。それは、あまり褒められた方法ではないのかもしれない。しかし、倉衣のいじめは、ラミーのおかげで無くなった。
スノーホワイトという魔法少女に憧れたラミーは、憧れに近づくために、自分の正しいと思ったやり方で、困っている子供を救った。そしてその憧れは伝播し、倉衣の瞳にもまた、憧れの光が灯る。
ラミーが解決したこの問題は、数年後、魔法少女ラミーに憧れ、その背中を追っかける魔法少女『はなまる』が誕生することになるきっかけとなったのであった。
〇TV唱
太陽の届かない地下深くの隠し部屋。その狭い空間で一人、不気味な笑みを浮かべる魔法少女が居た。
「ふふふ⋯⋯。ついに手に入れましたよ。伝説の魔法のアイテム、『魔法の翻訳機』!! これがあれば、どんな魔法書でもたちまちに解読し、読むことが出来る優れもの!! これを使い、私は最高のショーを魔法の国の連中に見せてやるのです!!」
TV唱が得意げに掲げるのは、少し古びた見た目をした機械だ。始まりの魔法使いが作ったとも噂されるこの魔法のアイテムを、TV唱は裏ルートを駆使して手に入れていたのだった。
TV唱は、これまた裏ルートで入手した魔法書を机の上に広げ、試しに一度使ってみようと魔法の翻訳機を起動させる。すると、一瞬ぴかっと赤い光が室内を満たし、その眩しさに咄嗟に目を瞑った。
「眩しっ! クソ、この私に目つぶしとは、ただの機械の癖に生意気ですね。まあいいでしょう。これで私も魔法書を自由に⋯⋯」
起動した翻訳機に文句を言いつつ、それを使おうとしたその時だった。地下室の入り口がばぁんと大きな音と共に蹴破られ、そこから2人の魔法少女が現れた。
「正義の使者、Tierドロップ!! 悪のマスゴミめ、正義の名の下に、ドロップちゃんが懲らしめてやるっすよ~!!」
「同じく正義の使者、クラッシュライト、参・上!! 手柄を立ててキューティヒーラーの座を手に入れるためにも、お縄につけよ、この悪党め~!!」
登場と同時に、2人揃ってカッコいいポーズを決めるTierドロップとクラッシュライト。そんな2人を馬鹿にしたように鼻で笑い飛ばした。自分が正しいと勘違いした身の程知らずの馬鹿。よくいる類だ。この場所を突き止めたことは評価してもいいが、TV唱に敵うはずがない。
「──言語の
そう思い、2人に対し魔法を使おうと口を開いた。しかし、出てきたのは、予想外の言葉。こんなことを言おうとしたはずではない。それなのに、勝手に奇妙な言葉に変換されてしまった。TV唱の魔法は『報道の自由を振りかざすよ』だ。報道には、正しい言葉が必要不可欠である。これでは、魔法は発動できない。
「? 何を言ってるか分からないっすけれど、とりあえず逮捕!! 正義執行っすよ~!!」
「なんか顔を見た瞬間ムカっときたんだよね! クラッシュライトパンチを喰らえ~!!」
「──言語の
何が何だか理解が追い付かないまま、不意打ちに重いハンマーの一撃とレーザー光線を喰らい、TV唱は倒れた。その時あげた悲鳴も、本来言うつもりのない言葉に変換されてしまう。
自分の身に何が起こった。何が原因だ? ボコボコに殴り続けられ、混濁する意識の中、TV唱は先ほど自分が手にした魔法の翻訳機から、微かな笑い声を聞いた気がした。
〇洒落亭流音
「──おあとがよろしいようで」
ぱちぱちぱちと鳴り響く拍手の音を背に、洒落亭流音は高座から舞台裏へと下がっていく。今日は千秋楽。海外での落語の口座とあり、客が入るか心配だったが、終わってみれば観客席はほぼ満員、大成功といっていい出来だろう。
満足げな表情を浮かべながら手拭いで汗を拭く洒落亭流音に、2人の魔法少女が駆け寄ってくる。1人は黒いコスチュームが特徴的な魔法少女で、もう一人は白いコスチュームが特徴的な魔法少女。海外で出会い、洒落亭流音の落語を聞いて弟子になりたいと志願してきた、変わり者たちだ。
「お疲れ様デス、シショー! 今日の落語も、めちゃオモロかったですヨ!」
「すごかた、です。感動した、です」
「あんがとなぁ、ギャシュリー、マーブルフェイス。お前たちに褒めて貰えてあたいも鼻が高いよ」
2人とも、覚えたてのつたない日本語で話してくれるのが何とも可愛らしい。妹がいたらこんな感じだろうか、と2人に対して親愛の情を抱いている洒落亭流音だったが、こんな2人でも、洒落亭流音よりも実はうんと年上だ。
聞くところによれば、100年以上前から魔法少女をやっているのだとか。だからといって凶悪だとか強いとかそういうわけではなく、2人とも戦闘はてんでからきしだった。仮面を付け替えて戦うマーブルフェイスは鍛えたらそれなりに強くなれそうだが、『大好きな人にすべて捧げるよ』という扱いどころに困る魔法の持ち主のギャシュリーはそうもいかないだろう。100年間、お互いに身を寄せ合いながら、ひっそりと暮らしてきたのだろうことが容易に想像できるほど、2人はおとなしく、礼儀正しい。
「お前たちを連れて、いつかあたいの故郷、日本にも行きたいねぇ」
「オー! 楽しみデス! スシ! テンプラ! オコノミヤキ!!」
「メイド、かふぇ」
2人の日本に対する認識にはだいぶずれがありそうだが、喜んでいるみたいだし、やはり検討しておこう。そう思い、日本へ出発するスケジュールを練る洒落亭流音の背後で、ギャシュリーとマーブルフェイスはこっそり会話を交わしていた。
「⋯⋯マーブル、貴女が昔人を殺していたことは、師匠には内緒だよ。嫌われちゃうからね」
「うん、分かってる。ギャシュリーが止めてくれなかったらたぶん、私はもっと悪いことしてた。だから、感謝してる。ありがと」
「ううん、いいんだよ。⋯⋯私ね、たまに夢を見るんだ。夢の中の私は、絵本を持っていて、それでいっぱい人を殺すの。その時の私は楽しい気持ちなんだけれどね、やっぱり悪いことは悪いことだから。だからきっと、私がマーブルと出会ったのも、師匠と出会ってこうやって一緒にいるのも、贖罪のために与えられた、チャンスなんだって」
「ギャシュリーはたまに難しいことを言う。つまり、どういうこと?」
「つまり⋯⋯私たちが出会えたのは、運命だってこと!」
そう言って無邪気に笑うギャシュリーは、心底楽しそうで。そんな彼女の笑顔につられて、マーブルフェイスも笑った。仮面なんかなくても、二人は同じ表情を浮かべることが出来ていたのだった。