ありがとうございました。
〇六奈子
「よーし、取ってこーい!」
「ワン! ワン!!」
奈子が投げたフリスビーを、最近『MyName』に加入した仲間、ワン・チェンジーがその巨大な両腕を揺らしながら追いかけていく。身長は奈子より低いが胸はアイアイと同じくらいに大きく、比較的に露出度の高いコスチュームを着ているチェンジーにこのようなことをするのは最初こそ背徳感と罪悪感を感じていたが、数日過ごしてチェンジーの感性がほぼ犬だと理解してからは、ペットのような感覚で接することが出来ていた。
「奈子ちゃんおはよー。朝からチェンジーと遊んでるの?」
「あ、ペンシル子おはよ~。うん、そうなんだ。今日はあたしが散歩当番だからね。さっきその辺歩いてきて、まだ元気そうだから遊んでるの」
アジトの中まで声が聞こえていたのだろうか。やや眠たげに目を擦りながら、ペンシル子が外に出てきた。朝の挨拶を返したところで、奈子は一度休憩しようと、桜花がこの前制作した桜のベンチに、ペンシル子と2人で座る。
「ガジガジガジ!」
骨の形をしたおもちゃを咥えて遊ぶチェンジーを横目に、朝日を浴びて2人はおしゃべりタイムに興じた。先日の任務のこと、ジュエリーゼリーの今日の第一声予想、寝相が悪いアイアイの枕が北と南のどちらを向いているか勝負など、話題には事欠かない。そんないつも通りの会話をしていると、ペンシル子が不意に思い出したかのようにその話題を切り出した。
「そういえばさ、奈子。私のお婆ちゃんのこと、知ってるよね?」
「え? あー、そういえば聞いたことあるかも。図書館で司書やっているんだっけ?」
「うん、そう。まあ、血は繋がっていないんだけれどさ。私の大好きなお婆ちゃんなんだ。そのお婆ちゃんがね、奈子に会いたいって言ってるの」
「あたしに?」
思わずそう聞き返してしまった。ペンシル子のお婆ちゃんの話は聞いていたが、実際に会ったことはない。そもそも、図書館にすら人生で一度も行ったことがなかった。幼い頃、家にいるのが辛くて外で一人過ごしていた時に声をかけて色んなことを奈子に教えてくれたのは、ソイエだったから。本も、家には置いてなかったが、アジトにあったアイアイのコレクションなどをいっぱい読んだ。そこで文字の読み方や書き方を覚えたのだ。
「なんかね? 奈子ちゃんの名前を伝えたら、是非会わせてくれってお願いしてきてさぁ~。もしかしたらお婆ちゃん、奈子ちゃんに助けられたことがあって、それでお礼が言いたいとかじゃないかな?」
「そうなのかな~? うーん、思い出せないや、ごめんね」
思い出そうとしてみたが、これまでMyNameで多くの人助けをしたこともあって、ぱっと顔が出てこない。申し訳なくなって謝ると、ペンシル子は全然気にしていない様子で、むしろ誇らしげににししと笑った。
「ううん、奈子ちゃんが謝る必要はないよ。だってそれって、覚えられないくらいたくさん人助けをしてきた証拠じゃん? 私は、そんな優しい友達を持って幸せ」
「人助けならペンシル子もあたしよりやってるじゃん」
「まあね? だって⋯⋯魔法少女が人助けをしないなんて、そんなの言語道断だし!」
ペンシル子は、口癖となっている四字熟語でビシッと話を締めくくったのであった。
奈子は、その日の夜、ペンシル子から教えてもらった住所を元に、お婆さんが居るという図書館までやって来ていた。これまたペンシル子に教えてもらった抜け穴を通り、奈子はひっそりと天井の窓から、中へと入っていく。
「なんだか、不思議な気分。初めて来たはずなのに、見覚えがある感じがする」
ぽつりと漏れた独り言は、思ったよりも響いた。夜の図書館は、静寂を帯び、紙とインクの匂いも相まってまるで異世界にやって来たかのような気分にさせる。
そんな広い図書館の中に、ぼんやりと明かりがともっている場所があった。そこには、車椅子に座り、ぱらりぱらりと本のページを捲っている老女が居た。きっと、あれがペンシル子のお婆ちゃんだろう。そう思い、奈子はやや駆け足で近寄っていく。
「⋯⋯図書館で走るのは言語道断だ。閉館後でも、ルールはルール。ルールは、しっかりと守らねばならない。そうだろう? 奈子」
視線を本に落としたまま、発せられた声は老人らしくしわがれていたが、妙に力強いものだった。そして、口調こそ厳しめだが、その声色からは優しさと、どことなく懐かしさまでもが感じられる。奈子は、言われた通りに駆け足から歩きに変え、ゆっくりとその老女に近づいた。
老女の手前まで来て立ち止まると、本に落としていた視線を上げ、老女が微笑む。目元には深いしわが刻まれ、手足も枝のように細い。しかし、その瞳だけは、若々しいエネルギーを放っている。力強い瞳に真正面から見つめられ、奈子は思わず息を呑んだ。しばらくの間、二人の間に会話は無く、時計の針の音だけが、淡々と時を刻んでいく。やがて、口を開いたのは老女の方だった。
「⋯⋯君の生い立ちの話は聞いていたからな。ここに居れば、会えると思っていたんだ。だが、世界線が変わった影響だろうか。君はここには来ずに、一足早くソイエと出会った。ペンシル子からその話を聞いた時、私は自分のミスを悟ったよ。やはり、こういった頭を使うことは私には向いていないな」
「えっと⋯⋯? ペンシル子のお婆ちゃん、ですよね? さっきから、何の話をしてるの?」
「君にお婆さんと呼ばれるのは複雑な気分だな。まあ、この姿なら無理もないが⋯⋯せめて、お姉さんと呼んでほしいものだ」
お道化た様子でそう言ってみせた老女を見て、奈子の緊張も少し解けた。言葉遣いはやや硬いが、冗談が通じないタイプではないみたいだ。
「じゃあ、お姉さんって呼ぶね? えーっと、お姉さんはなんであたしと会おうとしたの?」
「奈子、君は素直でいい子だな。記憶を無くした時の君も嫌いじゃなかったが、やはりその感じが君らしい。ああ、すまない。この姿になってしまったせいか、感傷に浸ることが多くて困る。あれこれ説明するよりは、これを見てもらう方が話は早いだろう」
そう言って老女が懐から取り出したのは、ボロボロになった一枚のページ。そこに描かれた青い髪の魔法少女の姿を見て、奈子の心臓はドクンと跳ねた。
見覚えは⋯⋯ない。奈子が顔を知る魔法少女の数はまだ少ない。それなのに、何故か妙に目が離せない。奈子の心が、魂が、この魔法少女の存在を認知している。
「君は、この魔法少女の名前を知っているか?」
問いかけられ、首を横に振った。知らない、知らないはずだ。それなのに、己がこの魔法少女の名前を知らないことが、ひどく悲しい。自然と、目からは涙が零れ落ちていた。
「あ、あれ⋯⋯? なんで? なんであたし、泣いてるんだろう。なんで、こんなに悲しいの?」
「このページに描かれた魔法少女は、世界から消えてしまった存在だ。消えてしまった存在を認知することは出来ない。最初から存在しないことになってしまったのだからな。だから、君が覚えていなくても、それを悲しむ必要はない。⋯⋯だが、私は生憎、諦めが悪くてな」
老女は、車椅子を動かし、奈子へと更に近づくと、持っていたページを奈子の手の上に乗せ、その皺だらけの両手で、ページごと包み込むかのように、ぎゅっと奈子の手を握った。
「皆のために誰かが犠牲になってハッピーエンド? 私はそれを認めない。彼女は命を賭して、私たちを救った。その行為は報われるべきだ。そうだろう? こんな私だからこそ、ギャシュリーもきっとこれを託した。どんな原理かは分からないが、このページを持っていた私だけは、彼女のことを覚えていた。覚えたまま、世界線を越えて、ここまでやって来た。まあ、その代償でこんな姿になってしまったが⋯⋯。安い代償だな。さあ、思い出せないというなら、私が思い出させてあげよう。レッツ、QTEだ!」
握られた手から、温かな魔力が頭のてっぺん目掛けて昇って来る。そして、頭のてっぺんで弾けた魔力は、矢印となり、脳内で奈子に大切な3文字の名前を刻み込んだ。
「“さらら” ⋯⋯? さらら、さらら、さらら!!」
名前を思い出した途端、奈子の頭に洪水のように記憶が一気に蘇ってくる。それは、奈子にとって一番大切な魔法少女との思い出。一番感謝を伝えたい、大切な仲間の記憶。なんで忘れていたんだろうか。忘れるはずがないのに。忘れちゃいけないはずだったのに。
「どうやら、思い出したようだな。それならきっと、何とかなるはずだ。この世界に生きる君が思い出したことで、さららという存在もこの世界に必ず現れるはずだ。彼女を探す役目は、君に任せたよ。私はもう、この身体じゃ満足に動けないからな」
「待って、それじゃあもしかして、貴女は!! 貴女の名前は!!」
すべてを思い出した奈子は、当然のように目の前の老女の正体にも気が付いた。だが、名前を呼ぼうとする前に、老女に口元に指をそっと押し当てられ、止められてしまう。
「おっと、それを言うのは野暮ってものだろう。今の私はただの、図書館の司書で、ペンシル子の祖母だ。それに、な。⋯⋯この世界で名前を呼んでもらう初めての相手は、彼女がいい」
その言葉に込められた思いが分かったので、奈子はおとなしく口を閉じ、頷いた。そんな奈子の頭を、老女が優しく撫でる。
「さあ、行くんだ奈子。この世界のさららを、見つけ出してあげてくれ」
「⋯⋯分かった。絶対見つけるよ! だから、それまで絶対、死んだりしないでね!」
「誰に言っているんだ? 私は、四肢を失っても心臓を動かし続けた女だぞ? ここまでしぶとく生きたんだ。葬式を開くときはさららも参加して、盛大にやってもらわねば困る!!」
豪快に笑い飛ばす老女は、言葉通り簡単に死にそうにはない。その態度に、奈子も改めて勇気を貰った。貰ったページを、宝物のように大事にポケットにしまい、奈子は夜の図書館を飛び出していった。その様子を、老女⋯⋯いや、キューティー☆Eは、眩しそうに見上げていたのであった。
〇〇〇〇〇
「おはようございます!」
「あ、おはようございます奈子さん! 今日もお仕事、頑張ってください!」
職場へと向かう道中、中庭に入った奈子は通りすがりに警備担当の魔法少女、ミルキーウェイに挨拶をする。すると、ちょうど訓練の真っ最中だったミルキーウェイもこちらに気づき、元気よく挨拶をしてくれた。
「ミルキーちゃん? 訓練中によそ見とは悪い子ですね~。スクワットあと100回、増やしますね~?」
「ひょええええ!? か、勘弁してください、ラブリー先輩ぃぃ!!」
だが、それは同じく警備担当の魔法少女、ラブリーバブリーにはよそ見と判断されたようだ。訓練内容を追加され悲鳴をあげるミルキーウェイに心の中で謝罪しつつ、奈子は勤務時間に遅れないように足を進めた。
「あ、おはよう奈子ちゃん」
「おはようございます、茶田千代さん!」
職場のオフィスに辿り着くと、一足先に来ていたお茶たちょ茶田千代が、既に仕事を始めていた。奈子は元気よく挨拶し、その隣の席に座る。早速仕事を始めようとしていると、隣の茶田千代から話しかけられた。
「いや~、ホント奈子ちゃんが来てくれて助かってるよ。私、ほら、なんか最近流れている噂のせいで、周りから白い目で見られることが多くてさ~。レンダは専業主婦やるって言って仕事辞めちゃったし、おっく・ろっくは肉体労働専門だからってこっちの仕事は手伝ってくれないから、職場で針の筵状態でしんどかったんだよ! ホントに!!」
「茶田千代さんも大変ですねぇ⋯⋯」
奈子は今、前の世界の記憶も思い出しているので、茶田千代と過ごしたことも覚えている。だからこそ噂で判断することなくこうして仲良く一緒に働いているが、正直2股に関しては割と最低では? と思っていた。
「それにしても、奈子ちゃんってどうして人事部門で働こうと思ったわけ? ほら、『MyName』に所属してたわけじゃん? そっちも噂効く限り順調そうなのに、なんでわざわざ⋯⋯って疑問に思っちゃって」
「『MyName』を抜けたわけじゃないですよ。ソイエにわがまま言って、一時的に人事部門で働いているだけです。この場所が、一番人を探すのに便利だと思ったから」
「へ~! 人探しのためなんだ! ねえねえ、それってどんな人? まさか好きな人だったりする? 先輩に教えてよ~」
恋バナモードになってテンションが上がったのか、ニヤニヤしながら尋ねてくる茶田千代は、若干うざい。奈子は茶田千代を軽くあしらい、机の上の書類に視線を向ける。
奈子が今担当している仕事は、新人魔法少女の面談だ。まだ名前の決まっていない魔法少女が提出した名前希望を確認し、その名前でいいかどうかや、魔法に関して確認、魔法の国に正式に登録するための必要な手続きである。
今日の面接予定は1人だけ。いつもはもっと多いので、これは少ない方だ。奈子は、提出された書類を確認し、目を見開いた。慌てて立ち上がり走り出すと、驚いた茶田千代が声をかけてくる。
「奈子ちゃん、そんなに急いでどこに行くの!?」
「ついに見つけたんです! あたしの探している人!!」
満面の笑みで答えながら、奈子は面接室へと向かう。その手に握りしめられた書類の『希望する魔法少女名』の欄には、「『さらら』がいいです」と書かれていた。
こんこん、と面接室のドアが遠慮がちにノックされる。奈子は、声が震えないように気を付けながら、「どうぞ」と入室を促した。
「し、失礼します⋯⋯。ど、どうぞ、よろしくお願い、します⋯⋯」
おどおどした口調と共に入室してきた魔法少女の姿を見て、奈子は立ち上がった。青い髪の毛に、虹色の渦巻く瞳。見間違えるはずがない。奈子の探していた魔法少女、さららが目の前にいた。
「ひぃ!? あ、あの⋯⋯いきなり立ち上がって、いったいどうしたの、ですか⋯⋯?」
「さららぁぁ!!」
「うええええええ!?」
驚くさららに構うことなく、奈子は目に涙を浮かべながら、両腕を広げてさららに抱き着いた。勢い余ってそのまま押し倒し、さららと一緒に床に転がる。状況が理解できず、混乱している様子のさららの手を、ぎゅっと力強く握りしめた。もう決して離さないという、強い思いを込めて。
さららは、奈子たちのことを覚えていないだろう。でも、それでもかまわない。さららが自分にしてくれたように、今度は奈子が、さららに素敵な思い出をいっぱい作ってあげるのだ。
名前のない魔法少女は、名前を変えたい魔法少女たちと出会い、素敵な名前をたくさんもらい、そして一度すべてを失った。失った大切なものを、目の前の魔法少女が埋めてくれた。
青い髪の魔法少女は、最悪の未来を防ぐために、命を賭けて戦った。その存在は世界から忘れ去られてしまうところだったが、死ねない運命を背負った魔法少女が持ってきた最後のページで、この世界でもう一度存在を許された。
すべてに意味があった。意味のないことなんて、一つもなかった。運命は、彼女たちを再び巡りあわせ、またここに新たな物語が幕を開ける。
ここから先の未来は、誰も知らない物語。でもきっと、その未来は明るい光に包まれている。最後の1ページまで、その命を輝かせながら、物語は続くのだ。
魔法少女育成計画LastPage 完