先パイ大スキ!ひよちゃんですっ! 作:三玖
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『去年が自分にとってどんな一年だったか、自分の言葉を使って振り返ってみましょう』
二年生に上がってから初めて受ける国語の授業で、そんな課題が出された。
何か部活やクラブに所属していない俺は、消去法で高校生活そのものについて書くことになる。
そう考えると、あまり気乗りのしない課題ではあった。
放課後になってから、C棟四階の突き当りにある空き教室へ足を運ぶ。
この棟はほとんどの部屋が各教科の資料室だったり、理系の特別教室だったりで、放課後に人がいることはほとんどいない。それに棟の端にあるこの教室だと、運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏が、ほどよい雑音になって聞こえてくるから、一人きりで集中するのにちょうどよかった。
あとは個人的な理由として、椅子が情報処理室のものと同じ、いわゆるオフィスチェアなのが、いい。
窓際の席に鞄を置いてから、深く腰を下ろす。
他にもやることは多くあるけど、ひとまずは例の課題から取り掛かることにした。
去年は自分にとってどんな一年だったか。
言い換えると、戸羽雄介の高校一年生の総括、ということになる。
まず初めに思いついた言葉は、可もなく不可もなくというありきたりなもの。
……いや、よそう。これだとさすがに先生も困ってしまうだろうし。
そうやって、改めてこの一年を振り返ってみたところで。
思っているよりも、不可は少ないことに気が付いた。
勉強は頑張った。自分でもそう思える。
学力テストは毎回満点だったし、順位も一年を通してずっと一位だった。学校内の模試もうちの世代では一番成績がよかったし、中間目標にしていた奨学金の基準も満たすことができた。だからといって天狗になっているつもりはない……と信じたいけど、それでもまあ、少しくらい胸を張ってもいい結果を出せたかもしれない。
二年生になってからも、それを続けられたらいいなと思う。
友人との関係も、一年を通してそれなりに良好だった。
多い方ではないけど、自分はそこまで人付き合いが得意ではないと理解はしているから、これぐらいでちょうどいい。それに、腹を割って本心で話したり、くだらない冗談を言い合えるような人がいてくれるだけで、俺は満足できている。これ以上を求めると、俺にとっては高望みになってしまいそうで、少しだけ怖い。
……人生の中で作れた、数少ない友人たちをこれからも大切にしていきたい。
青春らしいこと――たとえば、部活動で何らかの賞を取ったり、あるいは友達と何か馬鹿をやったり――は今のところできていないけど、元々まともな高校生活を送れるだなんて期待すらしていなかったから、このままで何も問題はない。むしろ、これくらい静かで何もないくらいが、俺にはふさわしいのかもしれない。
特別大きなことはしてないけど、それでも俺にとってはすごく満足のいく高校生活だった。
恋愛は……いや。
あくまでこれは課題だ。そんなプライベートなことを書く必要はない。
それに、元より高校生活、ひいては人生をかけてそういった相手には何も期待していないから。
いくら思考をしたところで、書けることなんて一つもなかった。
なんて、考えも大まかにまとまったところで、手慰み程度にペンを走らせようとしたところで。
「セ・ン・パ~~~~~~イ!!!」
がしゃん! と、そのままぶっ壊すつもりか? と思えるほどの勢いで、締め切った扉が開かれて。
その音に驚いて振り向くよりも先に、彼女はものすごいスピードで、俺の脇の下まで飛び込んできた。
「センパイ確保ぉ!! じゅーでんさせてもらいますね!!」
「……………………………………………………」
「んはっ♡ こりゃたまんねぇ!! あたし一日一回はコレしないともう持ちませんよぉ!! センパイ、あたしのカラダをこんなふうにした責任、ちゃんととってくださいね? 『仕方ないな……。お望み通り、ちゃんと俺好みの女に調教してやるから覚悟しな(声真似)』 キャッやだもうセンパイったらぁ♡ そんなことされたらあたし、もうセンパイなしじゃ生きていけなくなっちゃう~~~♡♡♡ も~、センパイったらホント悪い人なんだから♡ じゃあとりあえず今夜ウチからパパとママも追い出しときますね♡」
突っ込みたいところは山ほどあるが、まず一つ。
「俺はそんな喋り方しない」
「ははっウケる。センパイ冗談ヘッタクソっすね」
なんだと。
……いや、間違えた。まず最初に言うべきことはそれじゃない。
一気に情報の波が来たせいで、頭が混乱してる。
「喋り方の是非はこの際、どうでもいい。とりあえず俺から離れろ」
「え~~~ヤダヤダヤダヤダ!! まだ1パーセントも充電できてないですもん! 過充電になってもいいですからぁ! もうちょっと! もうちょっとだけお願いします!!」
ぐりぐりと頭を押し付けてくる彼女の頭を掴んで、無理やり押しのける。
そのまま格闘し続けること十数分、やっとのことで彼女を引き剥がすことに成功し。
ようやく俺は、今日初めて彼女の全身を目で捉えることに成功した。
まず目を惹くのが、日本の高校生にあるまじきウェーブのかかったブロンドの金髪。
曰く祖父が北欧あたりの出身で、元が若干金髪寄りなのをいいことに、改めて染め直したりパーマをかけたりした上で地毛だと言い張っているらしい。そのエピソードからも、彼女の豪胆さが滲み出ていた。
今日は降ろしているが、昨日は確かサイドテールで、一昨日は後ろで丸く纏めていた気もする。理由はどれが俺の好みに合うか検証しているから、とのことで、それを聞いてからは髪について一切の言及をやめた。
こちらを覗くのは、透き通るような青い瞳。こちらに関しては何も手をつけていないらしく、生まれつき遺伝の結果でこうだったらしい。豚に真珠というか猫に小判というか、そんな慣用句が無数に脳裏を過った。
顔立ちも、これまた北欧人の血を引いているせいか端正に整っていて、黙ってさえいれば、街でふと出会えば無意識に目で追ってしまいそうな、そんな恵まれた容姿をしている。
総じて美人だとは思う。ガワがいいのは認めてやる。事実としてそうなってしまっているから。
……恋愛でもよく金言としてあるだろう。問題はその中身で。
顔面を様々な液体でびしょびしょにしながら肩で息をするような精神性では、やっぱり。
「ッヘェ……ゼェ……ッハァ……! ……ッァア!! ゲェホ! ヴェッホ!!」
「こっちを向きながら咳をするな。バカと下品がうつる」
「ひ、ひどいですよセンパイ……元はと言えば、センパイがあたしに乱暴するからじゃないですか……!」
「いや、いくら言っても離れなくて、暴力で訴えるしかないと俺に考えさせたお前が悪い」
よく言えば……まあ、ギリギリ『おてんば』に足の小指の爪先だけが触れているくらい。
悪く言えばバカアホマヌケ脳みそスカスカ下手すりゃ街のヤバいヤツ等、様々な言葉が挙げられるが。
それらをひっくるめると、変な人、に落ち着くと思う。
……俺にここまでの執着がある、という点も含めて。
「んも~、すぐに暴力振るう男の人はモテませんよ?」
「モテようと思ったことなんてないから、それでいい」
「それって……まさか、あたしがいるからってことですか!? いや~んもうセンパイったらぁ♡ これはもうオッケーってことでいいですよね? 押し入れに突っ込んでおいたYES枕が満を持して出撃するってことでいいですよねぇ!!?」
「燃えるゴミの日に出しておけそんなもの」
「……でも実際モテようと思ったことないってちょっと言い訳にしてはダサいっすよ」
「帰る」
「ごめんごめんウソウソウソウソ!!」
荷物を纏めて立ち上がると、服の裾を両手で引っ張られた。あまりにも必死な形相で。
「お前は俺のことを褒めたいのか貶したいのかどっちなんだ……」
「イチャイチャしたいで~す♡」
既に分かりきっていたことだが、やはりどうにも会話が成立しない。
こうなってしまってはもう、彼女の欲求を適度に発散させて、満足して立ち退いてもらうほかない。
事実上の敗北宣言だが、そうしなければ俺の身が保たないのも事実だった。
「それで、白崎」
「ひよちゃん」
「……白崎」
「ひーよーちゃーん!」
「…………ひより」
「あッ呼び捨て♡ それはそれで彼氏感出るからアリですね♡」
「
危ない。一歩間違えたらまた、彼女のペースに持ち込まれるところだった。
……どうして名前を呼ぶだけで、ここまで気を張らなければいけない?
「何しにここにきた?」
「え~? あたしの口から言わせるんですかぁ? 分かってるクセにぃ~♡」
「いや、悪かった。言いたくないなら別に言わな――」
「そんなの、愛しのセンパイがいるからに決まってるじゃないですか! 大スキな人と一緒にいたいって思うのは乙女としてトーゼンのことですよねっ! だからセンパイ、早くあたしとイチャイチャしましょうよ!」
俺の言葉を無理やり遮るように返ってきたのは、そんな支離滅裂な回答だった。しかし彼女の残念な頭では、その回答が俺を納得させる神の一手だと信じて疑っていないらしい。
むん、と何故か誇らしげな表情を浮かべる彼女の姿を目の当たりにしたところで、ようやく俺はあまりにも愚かで無駄な問いかけをして、こいつをまた図に乗らせてしまったことに気が付いた。
ああ、そうだった。この白崎ひよりという女が俺に会いに来る目的は、それだ。
本当に身に覚えは一切ないが、彼女は俺に病的なまでの好意を寄せている。
経緯は不明。ただ一言、「一目惚れ」とだけ。
彼女がそんな一過性の感情に流される、とにかく救いようがない女性だということは。
この三日間でさんざん理解させられたじゃないか。
そう。三日間。
つまり俺と彼女が出会ってから、今日で三日目になる。
驚くことに、出会って三日目で
正気の沙汰ではない。
「えい」
などと己の行いを猛省していると、不意に彼女に今度はそっと抱き着かれる。
「んふふ……。センパイ、ついに抵抗しなくなりましたね? ようやくあたしの
「いや、自分の選択が間違っていたことを重く受け止めて、然るべき罰を受け入れている」
「まさかこのひよちゃんのハグを罰として認識してます?」
そりゃそうだろ。
「……ん。これ、なんですか?」
白紙のまま机の上に放置されていた、課題の用紙。
それを見つけた白崎は、俺に抱き着いたまま興味ありげにそう聞いてきた。
「国語の課題。お前のせいで全く進められてないけどな」
「ふむふむ、去年がどんな一年だったか、自分の言葉を使って振り返る……大変そーですね」
「そうなんだ。だからお前は俺の邪魔をせず、さっさとこの部屋から出てってくれないか」
「ひど~い。センパイ、あたしと課題どっちの方が大事なんですか?」
「課題」
そもそも自分が課題と同格の位置にいると思ってるのか。
意図的に言葉を被せにいきながら、課題の用紙へとペンを走らせる。
すると彼女も俺の書く文章を目で追い始めて、その結果、途端に口数が少なくなった。
……まさかこいつ、脳のメモリ容量が足りなくて、喋ると読むが同時にできないんじゃ……。
「不可が少なかった、って……イヤなことなんて全くなかった、ってことですか?」
「そうだな。思ってたより充実してた。恵まれてたよ」
「ふーん……」
つまらなさそうな声を零したかと思うと、白崎は俺の視界に映り込むように、手のひらを広げて。
「友達もそんなに多くない、部活や委員会にも入ってない、放課後は勉強ばっかりでロクに遊びもしてない、だからといって愛しのカノジョさんがいるわけでもない……そんな平均点以下の一年だったのに、それでもセンパイは『恵まれてた』って言えちゃうんですね?」
ひとつひとつ指を折りながら、そんな風に俺の顔を覗きこんで、問いかけてきた。
「ああ、満足してる。これ以上を求めるのは高望みだとも思う」
「どうしてそう思うんですか?」
「……どうして、って、そりゃ」
純粋にそう聞かれたから、思わず真っ当に答えそうになって、すんでのところで止めた。
こんなことを馬鹿正直に話したても、ただただ相手を困らせてしまうだけだって。
今までの人生で散々、痛い目を見ながら覚えたことじゃないか。
「勉強が好きだから、これで問題ないんだよ」
「え~? それっておかしくないですか?」
「人の好みを軽率に否定するのは……」
「あ、いや、そうじゃなくって。センパイは勉強が好きってゆーか、イヤだと思ってない、ってことはなんとなく分かるんですけど。でも別にそれって、今以上を求めたら高望みになる理由にはならなくないですか?」
見誤った。こいつとここまでマトモな問答ができるなんて思わなかったから。
相手が相手だし、これくらい適当な理由を言えば上手く誤魔化せると思っていたのに。
……まさか、ウソをつかれたことをなんとなく察している?
「センパイって、ホントはもっとワガママな人だと思うんです」
そうやって考え込む俺を見て、図星をついてやったとでも思ったのだろう。
白崎は一度俺から離れると、にまにまとした笑みを浮かべたまま、隣の席に座って。
「ねえセンパイ、あたしのことカノジョにしてくださいよ」
俺の肩に頭を預けながら、そんなことを囁いてきた。
「あたし、センパイのこと大スキなんです。世界中の誰よりも愛してます。あたしがセンパイのカノジョになったら、センパイのことぜ~~~~っったい今よりも幸せにして、今年は100億万点とらせてあげますよ?」
「100点満点じゃなかったのか?」
「学校のテストじゃないんですもん。それに、幸せに満点とかないですよ。だからセンパイ、大丈夫です。もっと幸せなりたい、って思ってもいいんです。誰も怒ったり、叱ったりしませんから」
歯が浮いてしまうような、彼女の甘ったるい言葉が、一つずつ頭の中に染み込んでくる。
はじめは拒もうとした。でも、できなかった。彼女の言葉を少しでも受け入れたくなってしまった。
……本当は分かってる。
急に彼女に核心を突かれて、頭ごなしに否定できなくなってしまったのも。
彼女の言う通り、今以上の幸せを求めることは、何も間違っていないということも。
幸せになってはいけない、とは思ってない。
ただ、人並みに幸せになれないと諦めているだけ。
そんな価値観が自分の中にあったから、今まで自分を無理やり納得させるしかなかった。
これくらいがちょうどいい、これ以上を求めるのは高望み、っていう言葉も、全部それのせいだ。
本当は友達も沢山ほしい。部活だってやってみたい。人生で一度しかない青春を、もっと楽しみたい。
彼女も――ずっとそばにいて、自分を理解してくれる誰かも、いてくれるなら。
そんな俺の肩に、勝手に寄り添っているこいつは。
俺のことを今以上に幸せにしてやる、なんて強気な言葉を俺にぶつけて。
そんな"誰か"に立候補してくれている。
自分が塞ぎ込み過ぎた人間だということは理解している。
いつか、なんて曖昧で便利な言葉に頼り切っている、怠惰な人間だということも。
ああ、そうだ。変わるための一歩を、自分から踏み出したくないだけだ。
俺は勇気も決心ない、どうしようもなくなった人間だから。
だったら、いっそのこと、他の人間から強引に手を引かれた方が――。
「なあ、白崎――」
そうして、言葉もまだ纏まっていないけれど、振り向いたところで。
「ね……! センパイ、いいですよね……!? 何も言わないってことはオッケーってことですよね!? じゃあもうココで始めちゃいましょうか! 大丈夫ですよ、もうココには誰も来ません!! どれだけ大きな声を出しても、あたしたちの愛の育みを邪魔するヒトは現れませんから!!!」
明らかにこちらを獲物として認識し、鼻息を荒くしている白崎を見て正気に戻った。
「というわけで、いただきまぁ~~~す♡♡♡」
「離れろ」
「んげッッ」
あぶない。
もう少し突き飛ばすタイミングが遅れていたら、白崎がシャツのボタン全部外して戦闘態勢に入っていた。
「な……あ、えっ!? センパイ、いま断ったんですかぁ!? こんなにカワイくて美人で積極的なひよちゃんがカノジョに立候補したっていうのに、それを無惨に切り捨てたんですかぁ!?!?」
「俺にも選択の権利がある」
「余地はあるんですか……?」
こいつ本当にうるさいな。
「信じられない……こんな二次元から飛び出してきたような超絶美少女ことひよちゃんをカノジョにしないなんて……。え……? もしかして……センパイ、あたしのことキライなんですか……?」
「むしろ今まで気づいてなかったのか?」
「全然あたしに激メロで普段の態度も照れ隠しだと思ってましたけど……」
恋は盲目、というのは本当に恐ろしい言葉だと思った。
「課題を邪魔したり、普通に会話ができないやつを好きにはなれない」
「じゃあその二つさえ直せば、センパイはあたしと付き合ってくれるってことですか?」
「そういう訳じゃない、が……」
…………いや。
一度、考え方を変えてみよう。
仮に、だ。
こいつが俺の言うことをきちんと聞いて、自分の素行を直す気があるのなら。
俺が継続的に条件を出し続けることで、一定の距離を保ちつつ制御することが可能なんじゃないか?
ライオンの頭に棒を括りつけて、その先端に生肉を吊るした、みたいな図がぼんやりと頭に思い浮かぶ。
俺のことを諦めさせるのは不可能だとこの三日間で嫌というほど理解させられた。
だったらいっそのこと、こいつを俺が制御して、三年になって卒業するまで逃げ切ればいい。
ただし、一歩間違えれば即終了。こいつに食われて俺の高校生活は終わりを迎える。
危ない賭けになるだろう。
だが、賭けてみる価値はある。
「白崎」
「なんですか、センパイ♡」
「お前にはさっき言った二つのこと以外にも、直してほしいところが無限にある」
「えっ……顔がカワイすぎるとかはさすがに無理ですよ? 諦めてひよちゃんのプリティーフェイスをおみまいされてください。というかセンパイ、やっぱりあたしのことカワイイって思ってたんじゃないですかぁ~♡ 言ってくれれば二十四時間三百六十五日、センパイにあたしの自撮りプレゼントしちゃいますよ♡ ハッシュタグは #今日のひよちゃん で♡」
「無視するぞ。で、そういったところを全て直してくれれば、お前の頼みを聞いてやる」
「ホントですか!? 結婚してくれるって!!?」
「そこまでは言ってない」
それを許可すると卒業で逃げ切りができなくなる。
「でもカノジョにはしてくれるんですね!? 後でやっぱナシとかないですよね!?」
「ああ。ただ、直してほしいところは多すぎて一日じゃ伝えきれないし、これから無数に出てくるかもしれない。それに、直してほしいところが全て直ったという判断……まあ、分かりやすく言うと、ゴールも俺が決める。お前にとってかなり不利な条件になるけど、それでも乗るか?」
「乗ります乗ります!! センパイの言うことならなんでも聞きます!!」
「なら、今日からスタートだな」
追い詰められて、ギリギリの極限状態で闘うことになるかもしれない。
少しでも油断すれば俺は捕食されるだろう。おそらく骨すら残らないと思う。
だが、俺が生き伸びるためには、このレースに勝つしか方法が残されていない。
……やるしかないな。
「あたし、これからじっくりセンパイの好みの女に調教されちゃうんだぁ……♡ カラダもココロもセンパイのモノになっちゃって……えへへ……。実はあたし、ちょっとだけMっ気があるかもしれなくってぇ……♡ こんなこと言うの、さすがのあたしでもちょっと恥ずかしいんですけど……。ねえ。センパイ? あたしのこと、センパイなしじゃいられないような、ダメダメな女の子にしてくださいね……♡」
「俺は俺と同じくらい成績の良い人が好きだ」
「あ、すいませんセンパイ、こっちの机使ってもいいですか? 今日の授業の復習がしたくって」
なんて、急に真顔になった白崎が鞄から勉強道具を広げ、黙々とノートに向かい始めた。
あまりの変わり身の速さに内心驚いた、というか若干引いてしまったが、そうやって自分の心情を俯瞰する余裕が産まれるほどに、白崎が静かになってくれたのは非常に大きな収穫だった。
こうすればよかったのか。
いや、本当によかったのか?
だいぶ後ろ向きな手段だったけど。
でも、今はこれでいい。この平穏を手にしただけでも、勝負に臨んだ甲斐があった。
……俺も課題を進めないと。
「えっ? わかんな」
「………………」
「どーなってんのこれ……」
「………………」
「……どっから出てきたんだこの数字は……」
「………………」
「………………」
………………。
「……無理やり襲って既成事実でっちあげた方が早いですね」
生肉がもう食われたんだが?
「し、っ……白崎! 白崎、落ち着け! もう少し頑張れってお前!!」
「大丈夫です!! あたしがセンパイのことちゃんとデロデロの骨抜きにしてあげますから!! センパイは天井のシミでも数えててください!! 終わってみれば案外よかったなって絶対なりますからぁ!!!」
……結局、その日は暴走した白崎から自分の身を守ることで精いっぱいで。
国語の課題はおろか、大学進学に向けた勉強も一切手を付けられなくて。
下校時間が過ぎたあと、いつも通り近所にあるファミレスで埋め合わせをして、その日は終わった。
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