【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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2025/05/14 第一話を大幅に改稿しました。



一章:大地に立つ/Gundam Rising
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U.C.0081 小惑星アクシズ

赤い彗星の失踪から 1年

 

 星が燃えている。

 表向きは資源採掘用の無人小惑星とされるアクシズ。その、黒く刺々しい星の一角に建造された研究施設が、赤々と燃えている。居住区画として接続された小型天体モウサと共に。

 施設付近、ごく小さな中継拠点に偽装された宇宙港には、何隻もの軍艦が出航さえできないまま沈んでいた。

 動くものはない。生きている者も、一人としていない。

 

「来る。まだ。敵が来る」

 

 私、ハマーン・カーンと、その追手を除いては。

 

「……そう。最後は、あなたたちなのね」

 

 凍った宇宙を切り裂いて、光の雨が叩きつけてくる。放たれたビームの数は、ちょうど一二〇。ファンネル・ビットと呼ばれる、超小型のドローン砲台から発射されたものだ。

 私はその弾幕の真っ只中に、自身が操るモビルスーツ――キュベレイを、あえて飛び込ませた。

 

 あまりの光量に、コックピットの全天周囲モニターが白飛びする。視界は一瞬にして眩んだ。それでも、恐怖はなかった。

 だって、

 

()()()

 

 目が見えなくても、相手の殺意は視えるから。

 キュベレイの女性的な腕が、脚が、蝶の羽にも似て美しいフレキシブル・バインダーが、紙一重でビームをすり抜ける。すり抜け続ける。

 一歩間違えば貫かれるどころの話ではない。手元が狂えば、誇張抜きにキュベレイはみじん切りだ。それでも私は、注射痕だらけの腕で操縦桿を操り、麻酔に痺れる足でペダルを踏み足す。

 

 私にはできる、という確信があった。なにか、自分にはわからない大きな力が、この身体を代わりに操作してキュベレイを飛ばしている。そんな思いさえ抱くほどに。

 

「ひとつ」

 

 キュベレイの掌を向けた先にいるのは、同じキュベレイだ。試験用識別色(テストカラー)のホワイトとピンクのツートンに塗られたこちらとは違い、相手は量産試作型を示す灰色をしている。

 パイロットは私と同じ、ニュータイプ研究の実験体だった。薬で自我を薄められ、目の前の敵が何者かも分からないまま戦っている、そんな子供だ。

 

 声なき悲鳴が聞こえる。キュベレイのサイコミュがもたらす殺人的な操作負荷に、パイロットが耐えられていない。

 無理もない。この機体に乗って、狂わずにいられたのは、私だけだもの。

 

 辛いでしょう。苦しいでしょう。

 今、ちゃんと殺すからね。一二号(トゥエルブ)

 

 袖部ビーム・ガンの一撃がコックピットを貫き、グレーのキュベレイが爆ぜる。

 爆炎の向こう側、ファンネルの操作に集中して動きが鈍い――あるいはもう、パイロットに格闘戦をするだけの()()が残っていない――三機へ突撃。抵抗らしい抵抗も受けずに、手首の砲口から伸ばしたビーム・サーベルで斬り捨てる。

 

「ふたつ、みっつ、よっつ」

 

 母機が沈んだことで、全方位から殺到するビームの嵐が、にわかに衰えた。

 錯乱した味方の射撃を背中に受けながら、明らかにおかしな挙動で迫る八号(エイトゥス)九号(ナインズ)の斬撃をすり抜け、振り向きもせずに後ろ手で放ったビーム・ガンで撃墜。

 

「むっつ、ななつ」

 

 一番幼かった一一号(イレブン)は、私がサーベルで貫くより早く、キュベレイの負荷に殺されていた。

 

「やっつ」

 

 私を追いかけていたファンネル群の一部が、突然、死んだように失速する。慣性でこちらに漂ってくる十数機の群れをかわし、もうまともに宇宙(そら)を飛べていない四号(フォウ)六号(シックス)の横腹を、ビーム・サーベルで薙ぎ払う。

 

「ここのつ、とお」

 

 殺意に満ちていた宇宙が、急に静かになった。

 周りを見た。

 動きを止めた二機の量産型キュベレイの、コックピットハッチが開いていた。少し離れたところに、人影が二つ浮いている。

 二人は抱き合ったまま、互いのヘルメットを外した。

 彼と彼女は、重油に落ちた海鳥のように、力なくもがき――やがて、髪を剃られた額同士を恋人のように合わせたまま、動かなくなった。

 

 死んだ。みんな、死んだ。

 生き残った強化人間は、私だけ。アクシズの研究者たちも、ギレン・ザビの親衛隊も、みな殺した。研究施設に蓄えられた、あらゆる実験記録も宇宙(そら)の藻屑と消えた。

 これで、強化人間と、それにまつわる全てのサイコミュ技術は闇に葬られる。命を使い捨てられるニュータイプの子供は、私達で最後だ。

 

「……終わった」

 

 アクシズを振り返る。私の脱走を受けて試作ファクトリーから引っ張り出された、異形の実験兵器群の残骸と、丹念に居住区画を吹き飛ばされた軍艦が数隻と、主を失ったファンネル・ビットの群れが、ただ漂っていた。

 

 いや。

 まだ、命の気配がある。キュベレイの蹂躙を免れたごく少数の研究者と軍人たちが、小さなランチ船でアクシズを脱出しようとしている。

 定員オーバーの小型船だ。木星圏と地球圏の間にまたがる、広大なアステロイド・ベルトを脱するにはもちろん、最寄りの中継基地に向かうにしても、航続距離も、酸素も、食料も、何一つ足りない。

 放っておけば死ぬ。

 そうよ。死ぬのよ。

 だから、もう、やめなさい。私。

 

「……ファンネル」

 

 キュベレイの尾部コンテナが、一〇機のファンネルを吐き出す。それだけではない。量産試作型キュベレイが放っていた一〇〇近い数のファンネルさえもが、私の感応に応えた。

 まるで、死んでいった子供たちの無念を晴らすかのように。

 

「殺しなさい」

 

 ファンネルは集まり、群れ、まるでひとつの巨大な生物のようにうねりながら、燃えるアクシズの港に殺到していった。

 それからまもなく、小さな爆発がひとつ、生まれた。

 

 

4年後

U.C.0085 サイド6 イズマ・コロニー近傍

 

 

 目を閉じて、息を深く吸い込んだ。上も下もない宇宙に、私の感覚が広がっていくのがわかる。

 人によっては爽快なのかもしれない。けれど私には、火の海と化したアクシズのことばかりが思い出される。

 

「……気持ち悪い」

 

 忌々しい力だ。四年前のあの日から、意志に反してどこまでも膨れ上がっていくこの感覚を捨てられるなら、私はもう、他に何もいらなかった。

 いらなかった、のに。

 

──仕掛けるぞ、合わせろ!──

──俺は上から行く!──

 

 対戦相手の男の思念が、声として脳裏に響く。

 目を開ける。はなからモニターは見ていなかった。

 塗装のすり切れた操縦稈を握り直すが、まだ動かない。

 まだ、まだ、まだ。

 

──奴め気づいてないぜ! この勝負もらった!──

 

 相手の気が緩んだ、今。

 操縦桿をひねり、ペダルを蹴り飛ばす。巨大な四肢に分散配置された無数のバーニアスラスターが一斉に点火。機体の向きを瞬時に変える。

 

 ターンと同時に構えるのは、一八メートルの機体高を優に超える長大な対艦ライフル。最大ロック距離を超えてさらに遠くへ、マニュアルで照準。モニターにはスラスターの航跡さえ映らない。

 

 構わない。元々、目に見えるものはあまり信じていないから。

 発砲。振り返って、もう一発。

 爆轟、とさえ表現できる強烈なマズルフラッシュが宇宙の暗闇に弾ける。巨大なマニピュレータと、射撃に同調した逆噴射が反動を完全に受け止めて、数秒後。

 

 はるか遠くで、粉々に吹き飛んだザクの頭部が二つ。

 破片は低速のデブリとなって、イズマ・コロニーの外壁を叩いた。

 私、ハマーン・カーンは、クランバトルを始めて以来ずっと刻み続けてきた連勝記録を、何の感動もなく更新した。

 

 

§

 

 

「お前はいつも期待を超えてくれるな、シュネー・ヴァイス。次もこの調子で頼むぞ」

 

 シュネー・ヴァイス。それは、自分で考えたエントリーネームではなかった。雇い主であるギャングの頭目が喜んで付けた名だ。

 生きるすべとしてクランバトルに明け暮れているうちに、いつしか周りが白い悪魔と呼んだ。そこから転じて、白い雪(schneeweiß)、ということらしい。

 

 不法移民が住むスラムにほど近く、けれど軍警に因縁をつけられるほど荒んでもいない、歓楽街の地下。そこに、私の機体を納めるドックは隠されている。

 試合開始から二〇秒足らずでザク二機の頭だけをきれいに吹き飛ばした私の愛機は、出撃前と全く変わらない格好で帰還した。今は全身のメンテナンスハッチを開けられて、十数人ものメカニックがそこへ一斉に取り付いては、忙しなく工具を動かしている。

 ここには、一介のジャンク屋や、抗争相手の零細ギャングでは、絶対に実現できない万全の環境が揃っていた。

 

「おい、ボスが喋ってんだ、返事くらいしねえか!」

「いい、いい、構うな。シュネーにはそのくらいの借りがある。それより問題は雇われの分際で身内面をしているお前だ。腕が立つというから大金をかけて引き抜いたというのに、鳴かず飛ばずじゃないか」

「それは、その……」

 

 雇い主はクランバトルに詳しくなかった。だから私の戦法が異常なことには気づかないし、興味もないのだろう。彼が気にするのは、競合のギャングとの間で武力抗争の代わりに行われる試合に勝つことだけ。

 その代わり、金に飽かせていい機体と環境を揃えてくれるし、結果さえ出していれば私の相方(マヴ)のように口を出されることもない。

 

「シュネーの足手まといが続くようならこれ以上の契約はなしだ。戦って、勝て。そうすればお前にもドムを買ってやる」

 

 リック・ドム。それも、一年戦争の終盤に生産されて、後方の基地で埃をかぶっていた、ほとんど新品同然のものが私の機体だった。

 色は白。宇宙で何よりも目立つから、相手は必ず私を真っ先に狙う。敵意や害意を感じ取れてしまう私にとっては、敵を探す手間が省けて都合がいい。

 それにどこか、かつてのキュベレイに似ていて、安心する。

 

「帰る」

「よく休め。来週も試合だ、王座を狙う身の程知らずどもを捻り潰してもらう」

 

 私はフードを目深にかぶってドックを出た。マヴの見当違いな逆恨みが頭に流れ込んでくるのが、酷くうっとうしかったから。

 エレベーターが地上に向かうにつれ、大人たちの下卑た内心が、まるで洪水のように押し寄せてくる。

 

「……うるさい」

 

 なんでよりによって上階はクラブなんだろう。娼婦の客引きの場になっているせいで、嫌な音に、嫌な声に、嫌な欲望が尽きない。耳栓をするように、心まで閉じられたらいいのに、と私は思った。

 

 スタッフ用の通路までもを揺らすような低音の響きに眉をひそめながら、裏口に出る。停めてあった電動スクーターに跨って、狭い路地を出た。

 家に帰るだけのはずだった。

 事は難民街で起きた。

 

「揺れてる?」

 

 地面が、というより大気が。もしかすると、空間すらも揺らいでいたのかもしれない。違法建築でぎゅう詰めの街を行く人々は、まるで気づいていないようだった。

 私は思わずスクーターを降りて、対岸の摩天楼が眩しい夜空を見上げる。周りの目なんて気にしている場合ではなかった。

 ……来る。何かが。赤い何かが。

 感じるのは胸騒ぎ? それとも、高鳴り?

 

「……下だわ!?」

 

 遠くに見えるコロニーの点検口から、凄まじい衝撃波が迸った。辺りの建物は窓ガラスが一斉に割れ、破片が道路に降り注ぐ。猛烈な土煙が立ち込めて、先の様子はわからない。

 いや、わかる。見えなくても感じる。大出力スラスターの轟音が大気を割る。軍警のザクよりずっと激しい爆音が二つ。

 

 点検口から飛び出してきたのは、二機のモビルスーツだった。

 赤と白。けれど細身のシルエットは瓜二つで、まるで兄弟のよう。両者は一歩も退かず、上空に複雑な軌道を描きながら、激しい格闘戦にもつれ込んだ。

 

 あれは、ガンダム? 失踪したシャア・アズナブルの乗機がどうしてここに。

 脳裏に光がちらつく。なぜか急に、かつて見た()()()()を思い出した。

 赤いガンダムから、パイロットの息遣いを感じる。

 ()()()──赤い瞳の、男の子?

 目が合った。

 私たちは引き伸ばされた時間の中で、確かに見つめ合った。

 コックピット越しにもそう感じた。

 距離なんて関係なかった。

 きっと彼も、そう思っただろう。

 

 彼、私と同じだ。

 気づけばスクーターを反転させていた。めちゃくちゃなハンドルさばきで逃げ惑う人の波を縫って、クラブの裏口に引き返す。途中でマヴの男とすれ違って声をかけられたような気がしたが、無視して格納庫に駆け込んだ。

 

「ドムを出して!」

「シュネーお嬢!? 帰ったんじゃ、ていうか軍警が飛んでますよ? 出てったらタダじゃ済みません!」

「あんな連中、サーベルがあればどうとでもなる。それより出せるの?」

「点検は終わってます。推進剤も消耗はないんで、いけるにはいけますが……」

 

 機付長の返事を待たずにコックピットから垂れるワイヤーに足をかけ、上昇。パイロットスーツに着替える暇も惜しい。そのままハッチを閉じてOSを立ち上げると、ドムの足元をうろついていたメカニックたちは慌てて逃げ出した。

 

 兵装ラックに掛けられていた実体ブレード、ヒート・サーベルを二本取って背中のラッチに固定。コンソールを走るパラメータを斜め読みしながらドックを出て、飽き飽きするほど通った地下通路を歩く。

 宇宙へ続くエアロックを開錠。コロニー公社の記録に残らない五秒間のうちに、巨体を滑り込ませて閉じる。

 

 青黒い宇宙が、私は好きだ。ここなら私は独りになれる。

 でも、今だけは一人でなくてもいい。

 

 スロットル全開で飛び出した。赤い瞳の男の子を近くに感じる。感覚がこれまでになく冴え渡っていた。

 そこだ。そこにいる。

 足を大きく振り出して、反作用で機体を翻す。

 ドムの太い脚部いっぱいに詰め込まれた巨大なスラスターが爆発的な推力を絞り出して、赤いガンダムとの距離を一気に詰める。

 ガンダムが、いいえ。彼がこちらを見た。普通なら、正体不明の決闘機が突っ込んでくるなんて不意打ち以外の何物でもないと思うはず。それなのに、不思議と戦意は感じなかった。

 私たちはきっと、通じ合っていた。

 

「あなたは誰? 私と同じなの!?」

 

 私は通信回線を開き、祈るような気持ちで彼に尋ねた。

 

『君も、()()()()を見たの?』

「ええ、ええ! でも、それからずっとおかしいの。人のどす黒い気持ちがずっと頭に流れ込んできて……どうすればいいかわからないの!」

 

 彼はしばらく沈黙した。やがてその静けさに耐えられなくなった私が、再び口を開こうとしたその時、

 

『抱え込んだ呪縛を捨てない限り、君は苦しみ続ける──と、ガンダムが言っている』

 

 彼はまるで神託を授かった巫子のように、粛々と告げた。

 

「呪縛? 呪縛って?」

『僕にはわからない。多分、君にしか』

 

 私はそこで、はっと我に返った。とても見ず知らずの男の子に話すようなことじゃない。急に恥ずかしさを覚えて、顔に集まる熱に気が付いた。

 

「……ごめんなさい。私は、」

 

 シュネー、と名乗りかけて口をつぐむ。彼には、彼にだけは、本当の名前を――ハマーン・カーンの名を、教えてもいいのかもしれないと思ったから。

 

「私の、名前は……」

 

 瞬間、宇宙(そら)の底が輝いた。

 目の前を撃ち抜く、プラズマの幻像。

 ありえない振動。ありえない圧力。それは、宇宙そのものを揺るがす空震。

 全身が総毛立つ。心臓が早鐘を打つ。怯えているというの? この私が。

 目覚めたんだ、たった今。この鬱屈した世界を変えてしまうほどの力が。

 ジークアクス(GQuuuuuuX)

 私は誰に教えられたわけでもなく、その名を知った。

 

『大丈夫。あれは怖くないよ。ただ、とても大きいだけ』

「わかるの?」

『なんとなくね。君もほら、感じてみて』

「……混乱、している? パイロットが初めてなんだわ!」

『行こう。この目で見極めなければと、ガンダムが言っている』

 

 私と彼は、揃って同じ方位に機を向けた。

 重装甲、大推力が売りのリック・ドムは、直線機動にかけては赤いガンダムを超える。足並みを揃えるため、彼の機体と向かい合うように両腕を組み、重心を合成して加速する。

 互いの内心をすっかり理解していないとできない曲芸飛行だが、これならドムの有り余るパワーでガンダムを引っ張っていける。

 回転するコロニーの外周をなぞり、爆発的なプレッシャーに近づいていく――妙な予感。とっさに進路をずらす。ガンダムは、突然の動きにもぴったりとついてきた。

 おかげで、私の白いドムと彼の赤いガンダムは、しっかりと両腕を組み合ったまま、シリンダーの丸みに隠れていた軍艦との衝突を、寸前でかわした。

 

「今のは……」

 

 木馬型のシルエット、間違いない。強襲揚陸艦ソドンだ。五年前のジオン独立戦争で、赤い彗星のシャアが、ガンダムと併せて地球連邦軍から奪った、当時最新鋭の船だったはず。

 思わず、目の前の赤いガンダムを見る。このモビルスーツが、パイロットのシャア大佐共々、サイコミュの暴走現象によって消えたことは、ジオン公国の人間なら誰もが知る事実だ。

 ソドンが探すのは、救国の英雄か。アクシズを焼いた私か。

 もし後者なら、その時には――。

 

『見つけた』

 

 男の子の声に、はっと我に返る。

 白い機影が、不器用に、けれど伸び伸びと宇宙(そら)を泳いでいた。

 軍警が駆るザクの射撃を軽やかにかわし、コロニーのミラーを支えるワイヤーの一本を掴んだかと思えば、そこを支えにしてくるりと回り、しなやかな動きでザクの懐へ飛び込む。

 ジークアクスがヒート・ホークを振りかぶり、ザクの頭を一撃で刈り取ったその瞬間、思わず私は呟いた。

 

「……綺麗」

 

 瑞々しい気配がする。パイロットは多分、女の子だ。歳は私に近いだろうか。まるで、宇宙を駆けるために生まれてきたような子だ。それに、清々しいほど真っ直ぐな義憤を感じる。

 そうか。彼女は、誰かのためにガンダムに乗ったのだ。

 自分を捨てて戦える子、か。

 アクシズで憎しみに吞まれた私とは、違うな。

 

「いい子ね」

『うん』

「あの子なら、きっと大丈夫だわ」

『君は強いと、ガンダムが言っている』

「どうかしらね」

『大丈夫。君は、君が思うより自由になれる』

「ガンダムが言うの?」

『僕がそう思う』

「……優しいのね」

 

 遠くからにじり寄る敵意に気づく。やや遅れて、ドムの索敵システムが小さく警報を鳴らした。

 軍警もいい加減に、本腰を入れてくる頃だろう。潮時だ。名残惜しい気持ちに蓋をして赤いガンダムから手を放し、機体の向きを変えようとしたその時、

 

『待って』

 

 腕を掴まれ、引き留められた。ドムではなく、自分の二の腕に触れられているのかと思うほど、ごく自然な仕草だった。あるいは彼との高度な交感が、そんな錯覚を抱かせたのかもしれない。

 

『絵を探して』

「……どんな絵?」

『向こう側の絵。君が見た光と同じだよ』

 

 僕はシュウジ。シュウジ・イトウ。

 そう言って彼は赤いガンダムを翻すと急加速し、コロニーの外壁を舐めるような軌道を描いて去っていった。

 

 なんだろう、この気持ち。跳ねるような、焦がれるような、それでいて心の芯に温かく染み入るような。

 何より不思議なのは、その心の動きが、どこか自分とは切り離されたところで起きているような気がしてならないこと。気持ちの抑えが利かないと同時に、頭の冷静な部分が、内心を離れたところから観察してもいる。

 

 まるで人格が二つに分かれてしまったかのような、奇妙な感覚だった。

 それは、一二人の強化人間を殺した、あの時にも似ていた。

 

 

§

 

 

「うおぉ危なっ!?」

 

 年若いコモリ・ハーコート少尉のやや豪快な悲鳴が、ソドンのブリッジに響く。

 艦の腹下から現れては、凄まじい速度でブリッジの目の前を通り過ぎていった物体を、肉眼で捉えることができたクルーは少なかった。

 シャリア・ブル中佐は、その数少ない例外だった。

 

「赤いガンダムと、白いリック・ドムですか」

 

 すわ敵襲か、と慌てふためくブリッジの様子などお構いなしに、シャリアは能天気な口調で言った。

 

「もしかしてあれが、クランバトルとかいう地下ギャンブルですか?」

「いえ、違うでしょう。揉み合っている様子ではありませんでしたから」

「今の一瞬でよくわかりましたね……」

「私のマヴは通常の三倍速ですからねえ。慣れですよ、慣れ」

「げ、撃墜王コワ~ッ……」

「二人とも、何を呑気に言ってるか!」

「まあまあ艦長」

 

 オペレーターに対空警報のキャンセルを命じていた、ラシット艦長の至極真っ当な抗議を華麗に受け流し、彼が考えていたのは、二機のモビルスーツとすれ違った瞬間、脳裏に走ったビジョンのことだった。

 

 見えたのは、幼い少女の姿だ。戦争が終結して間もない頃、ジオン本国で一度だけ会った、恐ろしいまでの才覚を秘めた指導者の卵。

 シャリアは、一年戦争で挙げた綺羅星のごとき戦果を棚に上げ、自身の勘を疑いさえもした。

 

「まさか。ご存命でいらしたのか?」

 

 ありえない。そう、ありえないことだった。

 

「──ハマーンお嬢様」

 

 死者がよみがえるなど。

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