【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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 失敗した。イズマ・コロニー内部にだけは、キュベレイを侵入させてはならなかったのに。これでは全市民を人質に取られているのと同じだ。

 

「Iフィールド・バリアの排熱が追いつかないか……四番から八番、冷却カートリッジを使います!」

 

 機体に追従する四基の巨腕が、各部のスリットから一斉に白煙を噴き出す。

 ジオング最大の兵装であるギガンティック・アーム・ビットは、五門の対艦メガ粒子砲に飽き足らず、Iフィールド・ジェネレーターまで内蔵するせいで、発熱が凄まじかった。使い捨ての冷却剤がなければ、とても連続使用に耐えられたものではない。

 

『あいつ、対岸の地面を盾にして……卑劣な!』

「ビットの制御、預けます! 四番から八番、サブアーム群!」

『了解、アイハブコントロール!』

 

 それに、頭部コックピットでサイコミュ制御を補助するエグザベ先輩が、私のやりたい動きについてこない。

 彼が悪いのではない。キュベレイが速すぎるせいで、二人で一機を操るやり方では、反応が間に合わないのだ。

 その上、キュベレイはイズマ・コロニーの市民を無差別に狙っている。

 わかっているんだ。私が彼らを守らずにはいられなくて、攻めに移れないまま消耗することを。

 

 ──このまま虐殺を続ければ、いずれ私が死者の悲鳴を受け止めきれずに、心を崩壊させることを。

 

「大きな星が、点いたり消えたりしている……?」

 

 シリンダー型の大地に刻まれた、キュベレイの暴虐の爪痕の周りに灯る、この世ならざる光の数々は、私が取りこぼした、死にゆく命の残り火だ。

 八本もの腕をどこまでも伸ばせるジオングにあって、救えないものがこんなにも……それでも。

 

「ごめんなさい。みんなと一緒には行けない……私にはまだ、守るべき人がいて、帰りたい家があるんだっ!」

 

 ビームの出力は限界まで下げる。加えて、収束率を落として拡散砲撃として扱えば、メガ粒子は対岸の地面層を焼き払う前に霧散してくれるはず。ジオングの高火力は、コロニー内戦闘にあっては足かせでしかないのだ。

 

「先輩、今っ!」

『サブアームグループ、突撃させる!』

 

 緊急冷却を終えた四基のギガンティック・アーム・ビットが、ファンネルの弾幕をIフィールドで強引に弾きながらキュベレイに追いすがる。

 小回りの利かない巨体を振り回し、それでも足りない射角は指の可動域で補い、一斉射。

 

 シリンダー対岸の難民街に先回りしたビットによって、地上すれすれからキュベレイへ撃ち上げられた四基二〇門の拡散ビームは、回避先すら弾幕で埋め尽くす。

 逃げ場を失ったキュベレイは、ビームガン・ユニットを両手首から射出。サーベル形態のそれを手首ごと高速回転させてビームを斬り払う。

 

『嘘だろっ!?』

「読まれた!?」

 

 サーベルで相殺したほんのわずかな死線の隙間を、両肩のフレキシブル・バインダーすら畳んでかい潜り、キュベレイが迫る。

 

「近接防御! 先輩、ビット戻して!」

『了解ッ!』

 

 エグザベ先輩が制御する四本のサブアームが戻るより早く、メインの四本腕が私の思念に呼応して蠢く。右第一腕の指の一本一本から発振した、計五振りものハイパー・ビーム・サーベルで、キュベレイの二刀と鍔迫った。

 

 たった一合の交錯で理解した。 

 キュベレイに焼き付いた何者かの妄念は──私より、強い。

 

 怒涛の連撃が来る。左腕からもサーベルをドライブし、一〇刀流でかろうじて凌ぐ。

 背後の殺気。ファンネルの包囲網。

 左第二腕で後ろに対空砲撃、右第二腕でIフィールド・バリア。

 ジオングの背後から、地面層の街をもろとも焼き尽くさんと放たれたファンネルのビームは、なんとかコロニーの軸方向に沿って散らし、大気での減衰を狙う。

 

「チッ、ファンネルの一機も落とせないのか!」

 

 ええい、攻防一体の複合ビットが八つもあると、考えることが多すぎる! 実戦を知らないエンジニアが作ったんだ、ジオングは! 

 せめて全基のコントロールを私が握れれば、エグザベ先輩との割り振りを考えずに済むけれど、それにはサイコミュの後遺症が抜けきらない。

 

「あと一手、二手……」

 

 攻め切れない。守り切れない。地面層の雑多な街並みに突っ込んだジオングとキュベレイがサーベルを打ち合わせるたび、激突する光の刃からこぼれた超高圧縮ミノフスキー粒子が逃げ惑う人々に降り注ぐ。

 剣を重ねるだけで、何の罪もない人が死んでいく。

 

 ビームをIフィールド・バリアで弾くたびに。

 ジオングとキュベレイのビットがドッグ・ファイトを繰り広げるほどに。

 炎が上がる。燃え広がっていく。街が、死んでいく。

 かつて、私が焼き尽くしたアクシズのように。

 

「結局、私は」

 

 戦い滅ぼすことしか、できないのか?

 

──それは違うと、ガンダムが言っている──

 

 頭の中に声が響いた。顔を上げた。サイコ・スーツのバイザーが、熱い吐息で白く曇った。

 赤いガンダムが、いつの間にか、そばにいた。

 

──手伝うよ──

『あっ、脱走者!』

「彼は味方です、先輩!」

 

 赤いガンダムの両肩に背負われた、二門の実弾バズーカが交互に火を噴く。ジオングのギガンティック・アーム・ビットを包囲し、追い詰めていたファンネルのうち、二基を炸裂に巻き込んだ。近接信管式の対空砲弾か!

 

「シャリア中佐は、備えてくれていた……」

 

 赤いガンダムは、ソドンでの補給とメンテナンスによって、往時の雄姿を完全に取り戻していた。ビットこそ無いが、二丁のバズーカに加えて、背中には真新しいシールドを背負い、腰にはなんと当時物のビーム・ライフルまで提げている。

 戦中の装備がよく残っていたものだ。ここまで状態が良いと、シャリア中佐の趣味の品(ファン・アイテム)というべきか。

 

 なんだかコックピットの空気がじめっと湿っぽいような……いいえ、気のせいよ。うん。

 

──マチュを、助けてあげて──

──あの子が来るの? 対岸の難民街よ、ここ!──

──あそこ、あのザク──

──……うっそでしょ──

 

 ふらふら、ふらふらと、今にも墜落しそうな軍警のザクが、コロニーの中心軸あたりを飛んでいるのを、ジオングのセンサーが捉えた。

 こ、公務執行妨害……! そりゃそうよね、シリンダー型の地上を半周するより、真ん中の空を突っ切ったほうが早いと考えるのが、あの子だもの! 

 飛行経路は……やっぱり。ジークアクスを取りに、カネバンを目指している。減速噴射ができなければ、そのまま激突するけれど。

 

「ええ、よくってよ!」

 

 量産型ガンダム(ガルバルディ)のジェネレーターを二基も積んだギガンティック・アーム・ビットの推力なら、受け止めるくらい造作もない。

 なに、マチュはどうせ、止めても飛び出してしまう子だ。こうなったらとことん付き合ってもらおうじゃないの。

 

「エグザベ先輩、八番借ります!」

『五基目はサイコミュの負荷が!』

「いいから!」

 

 ここでやれなきゃ女が廃る!

 右目の眼帯が生暖かいもので湿るのを感じながら、副腕の一本をマチュのザクへ飛ばす。

 文字通り片手落ちでも、赤いガンダムとジオングならやってみせよう。

 

「キュベレイよ、私を誰だと思っている!」

 

 お前の相手は、カーン公爵家の娘にして、クランバトル無敗の帝王。

 サイド6(リーア)の白い悪魔、ハマーン・カーンだ!

 

§

 

『本部より全機に通達。マルモはイフヤ周辺、ジオン突撃機動軍機と交戦中。公国政府からの事前通達の通り、特機隊各位は市民の保護を最優先。絶対に手を出すな』

『こちら特機一〇一! 無人の一〇六がエンジン暴走の疑い! イフヤ難民居住区へ墜落する!』

『本部より特機一〇一、難民街の被害は考慮不要。以上』

 

 高度計の数値が狂ったように下がり続けていた。

 ザクのコックピットには、おびただしい数の警告が明滅しているものの、アマテに意味を理解できるものは一つもない。

 ちなみに正しい逆噴射の手順も、さっぱり分からなかったりする。あいにく、キュベレイに撃たれて放置されていた、軍警ザク一〇六号機のコックピットに、トリセツの類はなかった。

 

「……え、死ぬ?」

 

 アマテの内心の冷静な部分が、じわじわと現実を認め始めた。幼い頃の記憶が脳裏を巡り、これが本当の走馬灯か、などとちょっぴり感動してみるも、残念ながらザクの操縦方法は見えてこない。

 当然だ。初めて乗ったのだから。

 

 そんなことを考えている間にも、難民街の雑多なビル群はぐんぐん近づき、逃げ惑う人々の姿まではっきり視認できるほどの高度まで落ちていく。

 両手で痛いほどに握りしめる操縦桿をがむしゃらに動かしても、ザクは空中でもがくだけ。ペダルを踏み込めば、今度はあさっての方向にスラスターが噴射され、機体が泳ぐ──否。空に溺れる。

 

「うわぁあああヤバいヤバいヤバいどーしよー!」

 

 その瞬間、脳裏に何かが響いた。

 言葉ではない。もっと正確で鋭い、強いていうなら思考そのものというしかない刺激だった。

 

「え、こう!?」

 

 流れ込むそれに従って操縦桿を調整し、両足のペダルを踏み込むと、的確な逆噴射によって、きりもみに回っていたザクの体勢はいとも簡単に安定する。

 すごい。まるで、魔法にかかったよう。

 アマテには、この不思議な感覚に覚えがあった。

 宇宙の戦い方を教えてくれた、シュネーだ。

 

「……また、助けてくれるんだ」

 

 導かれるままにコックピットハッチを開けて、空へ身を投げ出した。手足を広げたダークブルーのザクは、空気抵抗に速度を殺されて、みるみる離れていく。

 

 恐怖はない。信じているから。

 身体に感じる風圧が、にわかに弱まる。ジオングの巨大な腕が、その厳めしい外見からは想像できない繊細さでアマテを受け止め、包み込む。背中から落ちたのに、痛みはおろか衝撃さえ感じない。

 

 その直後、乗り捨てた軍警ザクが、ファンネルの精密な射撃にコックピットを貫かれた。

 難民街に落ちようとする機体には、どこからともなく飛んできたジオングの巨腕が取り付き、持ち前の凄まじい推力で逆噴射をかける。

 

 ぞっとした。命拾いしたことに、ではない。

 アマテがシュネーの弱点になることを、キュベレイが知っている事実にだ。

 

(私を殺して、シュネーを揺さぶろうとしてる……)

 

 腹が決まった。そんな卑怯者には、絶対に殺されてやるものか。

 ジオングの指の隙間から望む難民街は、戦いの余波でそこかしこから火の手が上がっていた。道路は乗り捨てられた車で埋まり、所々ではビルが崩れて道が塞がっている。

 安全に、かつ迷わず通れそうなのは、所狭しと並んだ違法建築ビルの屋上を伝うルートのみ。

 

 足を踏み外せば死ぬ。ファンネルに狙われれば死ぬ。流れ弾が飛び込んできても死ぬ。

 それでも、ためらいはない。シュネーのジオングと、シュウジのガンダムがついているのだから。

 

「……やってやろーじゃん!」

 

 ここでやれなきゃ女が廃る!

 アマテの意図を汲んだシュネーが、ジオングの腕を手近なビルに横付けした。ホバリング状態でもこゆるぎすらしない掌から飛び降りると、アマテを乗せていた腕は弾かれたように反転し、目の前からかき消えるほどの俊敏さでキュベレイに突っ込んでいく。

 

 早く、鋭く、誰よりも強い。シュネーらしい飛び方だと思った。

 私はいつか、あの子に並べるだろうか。

 

もしもあの改札の前で

立ち止まらず歩いていれば

君の顔も知らずのまま

幸せに生きていただろうか

 

 走る。走る。疾走(はし)る。砂まみれのコンクリートを蹴り飛ばし、山積みのジャンクを乗り越え、錆だらけのフェンスをよじ登り、頂点から跳ぶ。

 コロニーの遠心力は、中心軸に近づくほど弱まる。その、ほんのかすかな浮遊感を、アマテの鋭敏な感覚が捉えた。

 私は自由だ。生身でも飛べる! 

 

もしもあの裏門を越えて

外へ抜け出していなければ

 

 低重力の助けを借り、数メートル級の大ジャンプ。次の足場は一階分ほど低い。届く。

 屋上の縁ぎりぎりに、着地。強引に増築されたトタンの波板屋根が大きく軋む。

 

仰ぎ見た星の輝きも

靴の汚れに変わっていた

 

 少しだけ息を整えて、また駆け出す。寒気がして空を見上げると、キュベレイがアマテに手首の砲口を向け──バズーカの片方を手放した赤いガンダムが、すかさずサーベルを抜いて襲いかかる。

 

寝転んだリノリウムの上

逆立ちして擦りむいた両手

 

 桃色と黄金。神がかり的な技巧に操られた二色のサーベルが打ち合うたびに降り注ぐ高圧縮ミノフスキー粒子の雨は、ジオングの腕がIフィールドで受け止め、難民街には一粒も落とさない。

 

ここも銀河の果てだと知って

眩暈がした夜明け前

 

 すぐそこに見えるカネバンが、あまりに遠く思える。それでも、あきらめる理由にはならない。

 あの夜に、シュネーのマヴ、ジェリドの言っていたことが、ようやく分かったのだから。

 絶対に失いたくないものを思い浮かべろと。

 それが、ガンダムに乗る理由だと。

 

聞こえて 答えて 届いて欲しくて

 

 足場が揺らいだ。ビルが崩れようとしている。どんどん傾いていく。それでも走る。

 ほとんど壁のような角度に達した床から、ついに脚が浮いた。

 

光って 光って 光って叫んだ

 

 それでもアマテは止まらない。自由落下しながら、ビルの屋根だったものを蹴り、前へ。

 示し合わせたようなタイミングで眼前へ滑り込んだジオングの掌を足がかりに、前へ、もっと前へ!

 

金網を越えて転がり落ちた 刹那

 

 カネバンの偽装ビルはもう、目の前。

 モビルスーツハンガーへの搬入口に降りた、落書きだらけのシャッターが、内側からひしゃげる。

 

「来いっ! ジークアクス!」

 

世界が色づいてく

 

 ジオングの掌から──。

 

飛び出していけ宇宙の彼方

目の前をぶち抜くプラズマ

 

 ジークアクスはシャッターを破って飛び出した。

 コックピットを開き、空中のアマテを受け入れる。

 

ただひたすら見蕩れていた

痣も傷も知らずに

 

 着地の衝撃でつんのめり、シートに顔を強打しかけたアマテを寸前で抱き留めたのは、ジークアクスの腕にも似た操縦桿(アーム・レイカー)で。

 

何光年と離れていても

踏み出した体が止まらない

 

「……ありがとうね」

 

 オメガ・サイコミュが鼓動する。全てを飲み込む漆黒の宇宙が、少女の門出を言祝(ことほ)ぐように、強く、眩く、無限大の色彩に輝いていく。

 

今君の声が遠く聞こえている

 

 ジークアクスの総身に力がみなぎり、双眼に鮮烈な光が宿った。一八メートルもの巨躯を誇るガンダリウム合金の巨人は、アマテ・ユズリハが願う、たったひとつの純粋な祈りを力に、今──。

 

光っていく

 

 ガンダム、大地に立つ。




米津玄師 / Plazma
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