【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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 アマテは自分の戦闘技術を、付け焼き刃と自覚していた。

 マヴのシュウジも、密かな目標であるシュネーも、ニュータイプとしての凄まじいセンスと、豊富な戦闘経験を兼ね備えていたために、()()()オメガ・サイコミュを起動できる程度で、うぬぼれようとは思わなかった。

 だから、もはや宇宙世紀最高峰の激戦といっていいキュベレイとの決戦に、真正面から割って入ることはしない。

 

 アマテの役割は、囮だ。シュネーの心を、アマテの死によって壊そうと執着するキュベレイの背後を、ジオングと赤いガンダムに叩かせる。

 

「私は私の、やれることをやる……」 

 

 ジオングと赤いガンダムのM.A.V.戦術(チームワーク)を乱さない。それが一番の仕事だと、アマテは自身に言い聞かせる。

 無力? そうかもしれない。

 未熟? それでも構わない。

 キュベレイがこちらを侮ってくれれば、それだけ二人の役に立てる。

 だから、今はこれでいい。

 

「私には、何もないから……少しだけ、力を貸して。ジークアクス」

 

 コロニーの自転さえ感じ取るほどの空間認識能力が、オメガ・サイコミュの助けを得て、ますます研ぎ澄まされていく。キュベレイから放たれたファンネルのいくつかが、獲物に群がる肉食魚めいた凶暴な機動でジークアクスに向かってくる。

 

 それが、目で見るよりずっと正確に分かる。キュベレイとファンネルの間に走る、透明な糸のような何かが、次の動きを教えてくれている。

 

「あれが、コントロール系……?」

 

 それは、アマテ自身の感覚ではない。シュネーやシュウジの見ている世界が、サイコミュ・システムを通して流れ込んでいた。

 そうか。これが、本当のマヴ。

 

「私にも……視えるっ!」

 

 ジークアクスが、少女の思うままに跳躍する。身をひねる。半瞬遅れて、背中と腹をファンネルのビームがかすめた。

 どちらもコックピット狙いだ。とんでもない精度だが、だからこそ読みやすい。

 殺意が来る。回避を隙と見たキュベレイが、サーベルを腰だめに構えて突撃。

 背後には空。愚直にまっすぐ上がって、キュベレイを釣り上げる。

 

 サーベルの間合いに捕まる寸前で、ジオング急襲。真正面に割って入り、機体に連結した八本の腕すべてから発振した、合計四〇振りものハイパー・ビーム・サーベルが振るわれる。

 

 黄金の嵐が吹き荒れた。キュベレイの斬撃はおろか、ファンネルの包囲攻撃すらもが木っ端微塵に切り裂かれ、周囲に光の飛沫(しぶき)をまき散らす。

 キュベレイ、サーベルを弾かれて大きく後退。

 最も脅威と判断したジオングを退けるべく、ファンネルを集中──そこへ、赤いガンダムがありったけのバズーカで不意を討つ。

 

 イズマの上空に、対空砲弾の小火球が三。

 

 緒戦で破壊したものを含め、これでキュベレイは五機のファンネルを失った。戦力比はじりじりとこちら側に傾きつつある。

 なのに、もう一歩が遠い。

 

 ジオング、赤いガンダム、ジークアクス。異色の三機編成によるM.A.V.戦術でさえ、たった一機のキュベレイを仕留めきれずにいる。

 ニュータイプ同士の交感(キラキラ)を通した完璧な連携は、裏を返せばミスが許されないということでもある。集中を保っていられる時間は、そう長くはない。

 実戦にはクランバトルのような制限時間など、ありはしないのだから。

 

「やばっ……!」

 

 何度目かの釣り出しで、キュベレイの腕部ビーム・ガンがジークアクスの脇腹を浅く切り裂いた。

 極限の緊張が、サイコミュを通じてダイレクトに機体へ伝わってしまうために起こる、致命的なミスだった。

 

 焦る。戦いの高揚が冷や水をかけられたように失せる。死の気配が背中を這い上る。

 しかし。

 それ以上の追撃は、ジオングのギガンティック・アーム・ビットが許さない。出力を限界まで落としてなお、馬鹿げた火力を誇る拡散ビームの濁流がキュベレイを追い払った。

 

『しゃんとなさい、マチュ! 連携の要はあなたなのよ!』

 

 びくりと背筋が伸びるほどの強い声音でシュネーは叫ぶ。そこにいつものような、甘くとろけるような可憐さは欠片もない。

 アマテは初めて、彼女に戦士の姿を見た。

 腹の底からふつふつと、燃えるような戦意が沸きあがってくる。

 

(そっか、私、今……)

 

 憧れの少女から、対等な戦友として活を入れられたのだ。

 守るべき子供ではなく。隣に立つ仲間として。

 

「っしゃあ! やってやるっ!」

『その意気だと、ガンダムが言っている』

『火力の減ったキュベレイをコロニーから追い出す! 動きを止めるわよ!』

 

 コロニー最終端に位置するジャンクヤード上空で、三機の陣形が一変した。言葉などいらない。もっと深いつながりが、全員の意志を一つにした。

 

 シールドとサーベルで格闘戦に備えた赤いガンダムが前に出る。ジオングは多腕を活かしてキュベレイを拘束する大本命として、後方でチャンスを伺う。

 そして、ジークアクスは。

 

『ビーム・ライフルは、マチュが使って』

「中で撃っていいの?」

『ここはコロニーの端だから。回転軸に沿って撃てば、全長四〇キロ分の空気で減衰する。それ以外の射角だと、地面に穴が開く……大丈夫。君なら、できる』

 

 キュベレイに手痛い一撃を与えて動きを鈍らせる、ガンナーとして赤いガンダムの隣へ。

 

 戦いの行く末を左右する大任だった。

 イズマ・コロニーに住まう一五〇〇万人の命は、今、一人の少女に──否。

 戦士、アマテ・ユズリハに委ねられる。

 

『マチュ』

「シュネー」

『信じるわ。たとえ、あなたが自分を信じられなくても』

 

 アマテは思わず息を吞んだ。誰にも明かしていないはずの、心にぽっかりと空いた穴の存在に、彼女は気づいている。

 

『私は、あなたを信じる』

 

 シュネーは、何の疑いもなく言ってのけた。

 無償の肯定だった。

 たとえ失敗しても、彼女は決して失望しない。

 アマテはそれを、愛だと知った。

 

「……はは。シュネーって、ずるいや」

 

 そこまで言われたら、私も信じちゃうじゃん。

 ──シュネーが信じる、私ってやつを。

 

§

 

「押さないで! 慌てず列に並んでください! ソドンは全員を受け入れます!」

 

 低く、そして強く響いた男の声をきっかけに、今にも自分を押し潰してしまいそうな人の波がぴたりと停止するのを、ニャアンは感じた。

 声の主は、頭上。キャットウォークに立つ立派な髭をした男が、避難民のために解放されたモビルスーツ・ハンガーに集まる人々を見下ろしていた。

 

「私はジオン突撃機動軍中佐、シャリア・ブル。この艦を指揮する者です!」

 

 肩が触れあうほど密集した人だかりは寸前で集団パニックを回避し、代わりに小さな囁きが、さざ波のように広がった。ニャアンの耳にも、灰色の幽霊、という物騒な二つ名が聞こえてくる。

 すっかり静まり返った群衆を前に、シャリアと名乗った男は声のトーンを落ち着け、柔らかい口調で説き始めた。

 

「港外では、わが軍の特殊部隊が軍警察と協力し、テロリストのモビルスーツに対処しています。分かります、戦場がこうも近いと不安でしょう。ですが大丈夫、私達は、皆さんのために全力を尽くします」

 

 誘導に従って頂ければ、それだけ早く避難ができます。

 ですから、どうか。ご協力をお願いします。

 男は、深く、深く頭を下げた。

 

「皆さんの故郷は、サイド6政府とジオン公国が手を取り合い、必ず守り抜きます。安全な艦内にて、今しばらくお待ちください」

 

 ニャアンは素直に感心した。あの男、今にも暴れ出しそうだった避難民をすっかり鎮めてしまった。

 きっと、似たような修羅場をいくつもくぐり抜けてきたのだろう。

 人の心を握り、宥め、すべきことをさせなければ、全員が死ぬ。そういう地獄を。

 

(あの時も)

 

 故郷がジオンに滅ぼされたあの時。人混みの中で、繋いだ手を離してしまったあの瞬間に。

 もし、そんな人がいてくれたら。

 ニャアンは、そこから先を考えることはしなかった。意味がないからだ。

 

 ジオン軍人の誘導に従って通された艦内食堂の一角で、他の避難民と同じように膝を抱えて座り込む。

 生きることだけを考えるべきだというのに、マチュやシュウジのことが、頭の片隅にずっと居座っていた。

 

 マチュは、不思議な少女だった。上流階級の家に生まれて、一見恵まれているようで、本当は、誰よりも大きな穴が心に空いている。 

 自分のことでいっぱいいっぱいになってもおかしくないほど、深い悲しみの匂いがするのに──たまたま居合わせただけの自分のために、軍警の横暴へ立ち向かった。

 

 ニャアンには、それが分からない。

 自分より大切なものなんて、あるのだろうか。

 いいや、あるわけがない。

 あってはならない。

 お願いだから、そうであって、ほしい。

 

(……じゃなきゃ)

 

 一番大切だったものを捨てて生き延びた私を、私は許せなくなる。

 膝に顔を埋めた。どうせ着の身着のまま、倒壊するアパートから逃げ出したのだ。目を伏せたとて、盗られるものはない。この状況で、盗みを働く者もそうはいないだろうが。

 出航します、と軍人が声を張り上げた。ややあって、鈍い振動が走る。軍艦のスラスターが逆噴射をかけ、唸りを上げた。

 

 その瞬間、胸を刃物で貫かれたような衝撃に、ニャアンは思わず、咳き込みながらその場でうずくまった。

 

「なに、これ……」

 

 あまりの重圧に呼吸さえままならない。ニャアンの五感すべてが、狂ったように警鐘を鳴らす。

 少女の異常に気付いて駆け寄ってきた兵士が血相を変え、離れた場所で避難民の怪我を診ていた従軍医を、慌てて呼びつける。

 

「マチュは、こんなのと戦ってるの……?」

 

 自分のために逃げればいいのに。どうして。

 

──お前を倒さなきゃ、ニャアンが安心して眠れない!──

 

 ありえない声がした。都合の良すぎる妄想だと思った。

 しかしちりちりと、脳裏でかすかに弾けるものがある。

 

 ニャアンには知る由もなかった。

 

 gMS-ζ(ゼータ)キュベレイ。

 MSN-02ジオング。

 gMS-α(アルファ)ガンダム。

 gMS-Ω(オメガ)ジークアクス。

 

 宇宙世紀〇〇八五年における最新最強のサイコミュ・マシンが一堂に会し、縮退状態のミノフスキー粒子──すなわち、メガ粒子砲をはじめとするビーム兵器を密閉空間で乱用したことで、イズマ・コロニー全域に渡って、ミノフスキー粒子濃度が異常なレベルをマークしていたことなど。

 

 ミノフスキー粒子はニュータイプの感応波(サイコ・ウェーブ)を伝える。ニャアンの未熟な交感能力でも、戦場にこだまする心の叫びをかすかに感じられるほどの超高濃度であった。

 

 それはかつてのジオン独立戦争において、月面都市グラナダへ宇宙要塞ソロモンが落とされようとした時の状況に近い。

 当時、ミノフスキー粒子の相反転現象であるゼクノヴァのトリガーは、赤い彗星シャア・アズナブルが駆るガンダムただ一機だった。

 

 しかしこの場には、四機もの()()が揃っている。

 

「……怖い。なにこれ、怖い! 怖いものが来る!」

 

 空間そのものが声なき悲鳴を上げる。宇宙が静かにその身を引き裂かれる。

 ニャアンの生存本能だけが、破滅の音色を聞く。

 

 ──ζ(ゼータ)の鼓動を。

 

§

 

 赤と白の残像が、瞬き一つの間にかき消える。

 目で追うことは、初めから諦めていた。

 深く、深く息を吸う。

 長く、長く息を吐く。

 

 見えるものを、信じるな。

 感じろ。空間の広がりを。コロニーに満ちたミノフスキー粒子を伝って、オメガ・サイコミュに流れ込む、キュベレイの意志を。

 

「教えて、ジークアクス」

 

 チャンスは一回きり。二度目が通じるほど甘い敵ではない。

 ここはコロニー中心軸。

 工業港へ通じる巨大なシャッターを背に、ビーム・ライフルを構えて静止する。そんな、隙だらけのジークアクスをキュベレイが放置しているのは、ひとえに侮っているからだ。

 あれが油断を捨てれば、即座に殺される。ライフルの照準に全神経を注ぐアマテは、自覚さえなく死ぬだろう。ジオングのカバーが間に合ったところで、唯一の勝ち筋を失えば、イズマ・コロニーは終わる。

 

 これが、最初で最後(ラスト・シューティング)

 外しはしない。気負いもしない。

 今はただ、シュネーが信じる自分を信じて。

 

「……あ」

 

 極限の集中の果てに、アマテは小さく吐息を漏らした。それはまるで、難問のヒントが自分の足元に転がっていたことに、ふと気づいたような、素朴なものだった。

 スラスター噴射でジークアクスを振り返らせる。工業港とシリンダー型の居住区を繋ぐ装甲シャッターの上に、機体を立たせた。

 

 そして、円筒形の空を、回転軸の中心から仰いだ。

 薄青い大気が、筒の反対側をかすませていた。内向きの大地には、糸くずのような雲が柔らかくへばりついている。ミラーで受けた太陽光を筒内に導く、超々有機ガラスの受光部から見える宇宙は、どこまでも明るい。

 

 ちっぽけな世界が、少女を中心に廻っていた。

 

直径六・四キロのスペース・コロニーは

一一三・五秒に一回回転し

一Gの遠心力を生み出している。

私たちを地面に押し付けているこの力は

本物の重力じゃない。

 

「それでも」

 

 今。この瞬間。

 私は、自分で考えて、自分で決めて、自分で動いて、ここにいる。

 その選択と、決意と、経験は、紛れもなく本物だと思うから。

 

 足元のシャッターを一枚隔てた先に、ソドンに乗り込んだ人々の命を感じる。ニャアンもきっと、そこにいるのだろう。

 目を閉じた。

 ビーム・ライフルのグリップをしっかりと握る。

 まっすぐ、まっすぐ、上へ向けて。あとは何も考えない。

 

 今だ、と思った。

 引き金を引いた。

 反動を感じた。

 目を開けた。

 

 ──キュベレイは、蝶にも似た翼の一方を失っていた。

 

「シュネーッ!」

『任されたッ!』 

 

 バランスを崩したキュベレイに、巨腕が猛然と殺到する。四基のギガンティック・アーム・ビットが純白の機影を鷲掴みにした直後、ジオングはその身を巨大な弾丸に変え、同じく四本の主腕で食らいついた。

 

『ここから……出ていけッ!』

 

 キュベレイをがんじがらめに拘束する八つ腕と、ジオングの足のない下半身すべてが狂ったように爆炎を噴き出す。ムサイ級巡洋艦のメイン・エンジンにすら匹敵する桁外れの推力が、ジオングの巨体を殺人的に加速させた。

 

 その時のことだった。

 キュベレイから、赤々とおぞましい光が発されたのは。

 

 ジークアクスがけたたましく警告を発する。コックピットに投影されたアラートメッセージを読み上げるより早く、アマテの脳にはオメガ・サイコミュを通して情報が直接叩きつけられた。

 

「ミノフスキー粒子の、相反転現象を検出……?」

『いけないっ! あの子、()()()()()()()!』

「シュウジ!?」

 

 あのシュウジが、ああまで切迫した叫びを上げている。それは、ジークアクスが教えてくれたどんな観測情報よりも明確に、シュネーに迫る危機を教えた。

 

 とっさにビーム・ライフルを構えるも、アマテの立ち位置から見えるのは、ジオングの大きすぎる背中だけだ。赤いガンダムも、その凄まじい加速力にはとても追いつけない。

 

「シュネー! キュベレイを殺して!」

『ダメよマチュッ! それだけはダメ!』

 

 シュウジ以上の剣幕でシュネーは叫んだ。

 

『キュベレイは何かを伝えようとしている! 私は、分からなきゃいけない!』

「戦いやってんでしょ!?」

『だからこそよ!』

 

 レーザー通信にさえノイズが混じり始めた。可視光域を除いたほとんどの電磁波を遮断するミノフスキー粒子の特性が、普通ではありえないはずの帯域まで通信障害を引き起こしている。

 あってはならないことが起きていた。

 

『エグザベ先輩、脱出を。私はなるべく、キュベレイをイズマから引き離します』

『あきらめるなハマーン君! お父さんに会うんだろ!?』

『死ぬつもりはありませんよ。少し、危ない橋を渡りますが』

『僕も何か、力に──』

『頭部強制分離、サイコミュ操作主権を剥奪……ありがとう。気持ちは、嬉しい』

 

 ジオングの首が落ちる。それだけで加速度が数段、跳ね上がった。身体機能を強化されていないエグザベ少尉に気を遣って、加減をしていたらしい。

 

 ああ。駄目だ。骨が軋むようなジークアクスの全速力でさえ。

 

『おまえは、誰だ。向こう側から来て……望みはなんだ?』

 

 コロニーの端から端を、血のように赤い燐光が駆け抜ける。

 

 イズマに住まう誰もが見ていた。

 赤い彗星と化したキュベレイとジオングが、宇宙へ飛び出そうと流れていくさまを。

 流れ星に追いすがる、ひとりの少女を。

 

『おまえもまた、私だというなら……私以外の誰が、おまえを許せるだろう……』

「シュネー! 待って! 置いてかないでッ!」

 

 キュベレイに組み付く巨腕の指のうち、数本が動く。

 コロニー終端、工業港と対を成す、観光港のシャッターをメガ粒子砲で吹き飛ばし、渋滞する宇宙船のわずかな隙間を縫いながら、凄まじい速度で宇宙へ。

 かなり遅れて、ジークアクスと赤いガンダムが続く。

 

『何がそんなに悲しい。何がそんなに憎い……教えてごらんよ、もう一人の私……』

 

 推進剤が、もう切れる。シュネーの言っていることが、何もわからない。

 漆黒の宇宙が明滅している。視界が熱く滲むのは、ゼクノヴァのせいではない。

 一番に助けたかった人が、指の隙間をすり抜けていくから。

 

「私も……一緒にっ……」 

「泣かないで」

 

 アマテの両の頬を、白くて、細くて、柔らかい手が包んでいた。

 額同士が触れ合いそうな距離に、シュネーの顔がある。

 初めてのクランバトルを前に、戦い方を教わったあの時と、全く同じ構図だった。

 

 赤紫とも、青紫ともつかない、見る角度によって複雑に色味を変える彼女の瞳と見つめ合う。

 

「会えなくなるわけじゃないわ。少し、違う場所に行くだけ」

 

 どこまでが現実で、どこからが幻なのか。

 

「あなたは、どこまでも飛べる。なんだってできる。忘れないで、私があなたを信じてるってこと」

 

 背中に回された腕の感触は。

 腕の中に感じる体温は。

 上下する胸に宿る、命の実感は。

 

「ち、違う! そんなわけない! シュネーがいてくれなきゃ何もできない! だからっ!」

「あなたがガンダムに乗ったのは、あなたの信念がそう言ったからでしょう。大丈夫。自分の良心を信じればいい」

「シュネー……!」

「心の向くままにたくさん挑戦して、失敗しなさい。間違えなさい。それがあなたを強くする。あなたの(とうと)さは、挫折くらいでは、なくならない」

 

 触れ合う体を通して聞こえる、彼女の心音は。

 

「自分を大切にしてくれる人を、大切になさい。(えん)が、あなたを導くわ」

 

 耳元で囁かれる、優しい声は。

 涙を拭ってくれる、指は。

 

「今は、さようなら。また、いつか」

 

 少女の身体が離れて。

 抱き留めておくことは、できなくて。

 名残惜しさに手を伸ばしてしまって。

 赤い光は、どんどん遠のいて。

 

 ついに、弾けた。

 

 伸ばされたジークアクスの右腕は眩い閃光に呑まれ、肘から先を消失した。空間ごと削り取られた腕の断面は鏡のように滑らかで、漆黒の宇宙を映すほどだった。

 

 ハマーン・カーンは、キュベレイと共に消えた。

 

「ち、く、しょおっ……!」

 

 アマテの体に、温もりだけを残して。




次回、一章完結。
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