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その密会は、屈辱から始まった。
サイド6大統領であるペルガミノを、官邸からイズマ・コロニー某所の老舗ホテルへ呼びつけるという暴挙を、地球連邦のジャミトフ将軍は行ったのだ。
アタッシュケースいっぱいの金塊によって貸切られたエグゼクティブ・ビジネス・フロアに位置する特別高級会議室は、今や、ペルガミノの処刑場と化していた。
「しかしねえ。我らサイド6は中立国なのだから、特定の軍隊に肩入れするというのは……」
「ペルガミノ大統領。何も軍警を徴用しろと言ってはおらんのだよ。ただ、難民の挙兵を見逃すというだけ、わしと貴方のクランバトルと同じようにな」
それとも天下のワンナヴァル造船連合は、コロニー再生計画に一枚噛む好機を、みすみす逃すというのかね?
ジャミトフ将軍に嘲られるも、ペルガミノにはまだ、愛想笑いを貼り付ける余裕くらいは残っていた。
「もちろん、事業に伴う物流サービスと造船業の一翼をわが連合が担えるのは、この上なく魅力的だとも。しかし出資には、まずは実績を見たいと思うのが人情ではないかな──ジャミトフ総裁」
地球連邦軍大将でありながら、インターナショナル国債管理公社の総裁を兼任するジャミトフは、クランバトル賭博の実務を委託することで利益を共有してきた、ペルガミノのビジネスパートナーだった。
それが今や、ハマーン・カーンなる小娘の下座に席を並べている。
甘い汁を吸わせてやったというのに、お前はこちら側ではなかったのか! いっそ叫んでやりたいくらいだった。
造船業者から成り上がったペルガミノに、戦争に心を置いてきた軍人の執念は、理解できない。
「実績という意味では、ハマーン氏が、マハラジャ総督の影で木星にしてみせたことでは不足かな?」
「小惑星をくり抜いてシェルター都市を作ったという? あれは……」
ペルガミノの無粋な視線が、ハマーンを舐め回す。
当時たった一二歳の子供が、そんな偉業を成し遂げたなどと。陰謀論者のゴシップか、やり過ぎなプロパガンダの類だろう。そう言いかけたペルガミノは、慌てて咳払いをして言葉を濁した。
真正面から我が身を突き刺す、ビスクドールのように美しい少女の
「木星の平定と慰撫は、カーン家の使命、これ見よがしに誇ることではないと……なるほど、ごもっともだ。大統領は、
恐るべき女が、上等な礼服の下で、こちらを食い殺さんと牙を研いでいる。
ペルガミノは、丸く肥えた己の手の内に、嫌な汗がにじむのを感じた。
「……本当に、ジオンを叩くおつもりか。ハマーン氏は」
「くどい」
「っ!?」
「民たるスペースノイドを救いもせず、政争にかまけるあの国に未来があると、大統領はお思いか?」
「難民が我が国の治安を乱していることは事実だ……だが、我々も努力はしている! 戦後復興期からずっと、コロニーの新造には十分な予算をかけている。公共事業としての雇用創出は、難民はもちろん、連邦の敗残──」
ジャミトフ総裁、否。地球連邦軍大将ジャミトフ・ハイマンが、ゆっくりと手を組み替えるのを視界の端に捉えたペルガミノは、全身の血が一瞬にして凍りつく思いを味わいながら、言葉をなんとか言い換える。
「……
歯に衣着せない毒舌を武器に対抗馬を苛立たせ、失言を誘い、ディベートに打ち勝つ。そうやって票をもぎ取ってきたペルガミノは、相手が暴力を振るわない前提に頼り切った自分のスタイルが、筋金入りの戦争屋の前には通じないことを知った。
この二人の前で、強い言葉を使えば、死ぬ。
「だから我々は、ギレン・ザビが独立戦争の折に滅ぼした
ハマーンは、聞き分けの悪い幼子に言い聞かせるような、あふれんばかりの慈愛に満ちた口調で、ペルガミノを
「大統領、見たまえよ、この窓からも望める難民街を……あなたの理想は素晴らしい。しかし、終戦からもう五年だ。そろそろ能書きより実績を見せてもらわねば。なあ?」
この女、もう我慢ならん。
あまりの血の上りように、ペルガミノは、自分が今朝、心臓病の薬を飲み忘れたのではないかとすら疑いもした。
だが、ハマーンは反論の隙を与えない。すかさず浴びせられたのは、凍えるような冷や水だった。
「ワンナヴァルにオファーをかけたのは、言うなれば
そうか。これを商談だと思ったのが、そもそもの過ち。
これは、脅迫だ。言葉をかたどった暴力だ。
月の裏側グラナダと、表側のフォン・ブラウンにそれぞれ主要拠点を構えるアナハイム・エレクトロニクスは、宇宙最大の企業体である。
ハマーンとジャミトフを裏で支援するアナハイムは、メラニー会長の鶴の一声によって、会社が傾くほどの莫大な資本を彼らに投じていた。
ペルガミノにメラニーの独特な哲学──すべての人類は宇宙に住んで進歩すべきである、というもの──は理解できないが、それでも同じ商売人としての感性に照らせば、ハマーンらにはその先行投資をペイできるだけの力がある、ということは察しがつく。
アナハイムは、造船技術こそ、専業のワンナヴァルには今一歩というところだが、「スプーンから宇宙戦艦まで」というキャッチコピーに嘘はない。
ハマーン達はアナハイムとの太いパイプを通じて、ギレンを討つ力から、戦後を治めるインフラまでを手に入れることができるのだ。
もしもハマーンとジャミトフの軍隊が戦争に勝ってしまったら、出資を断ったサイド6の肩身は、狭まるどころか潰えてしまう。
つまり。ワンナヴァルとサイド6は、ハマーンに力を貸さねば潰れるが、ハマーン達に、それらを助ける義理はない。
こうなれば、いっそ身を切る覚悟で、ジオンへ密告でもすれば、命くらいは、
「どうした。
ハマーンに内心を見透かされ──ペルガミノの心は、ぽっきりと折れた。
§
「第一回! ポメラニアンズ作戦会議ー!」
コンビニアイスの平たいスプーンを天高く突き上げるマチュに、ニャアンと私は控えめに拍手を送った。シュウジは……お昼にみんなで食べた回転寿司に満足してうたた寝中。もう、猫ちゃんじゃないんだから。
「……こっからどーしよ」
「まだ初手よ!? そうね、じゃあ、ポメラニアンズの活動目的は? 思いつくだけ出してみましょうか」
「最初はシュウジのインストールデバイス代稼ぎと、ニャアンのクビ回避。あとは、スマホの修理代もだけど……それはもう、いいや」
「当初の目的は果たしたということね」
「そゆこと。でも、ニャアンがキュベレイにアパート壊されちゃって。だから今は、ニャアンのお家探しかな」
鉄臭いドックの床に直置きされたビーズクッションに埋もれるニャアンを見る。未知の座り心地にうっとりしていた彼女はハッとして、だらしない顔をきりっと引き締めた。
もう遅いわよ
「焼け出された人がいっぱいいて、どこも家賃がすごく上がってるの。家の貯金は、ビルの下敷きになっちゃったし……」
「なるほど。新居の予算は?」
「前よりボロボロだけど、一勝すれば、入居はできそう。毎月の家賃となると、この相場がどれくらい続くのか、分からなくて……今のバイトじゃ、賄えないと思う」
「私のお母さん、そろそろ退院なんだ。だから早くしないと追い出されるかも……」
「ニャアンのこと、言ってなかったの?」
マチュはばつの悪そうな顔で、こくりと頷いた。
サイド6の正規市民が難民に向ける、差別と迫害の目を思うと、頭ごなしに素直に連絡しろとは言いにくいのが困ったところだった。
「家が見つからなかったらちゃんと相談するよ、お母さんに。正直に話して、それでもダメなら土下座だってする」
「マチュ……私は、大丈夫だよ。スタンパ・ハロイのクラブなら、今より稼げるし……」
「なっ、なおさらいいわけないでしょ! あそこで女の子が何やってるか知ってんの!? 友達をそんなところには絶っ対行かせないから!」
ま、私の交友関係の大半は、
……スタンパ・ハロイめ。全く汚らわしい。
あのクラブは嫌いだ。火を放ってやりたいくらいだ。あれは、私と同じ年頃の少女たちが、下卑た男たちにわずかばかりの金で買われる、小さくてありふれた地獄だ。
いけないな。
アクシズといい、スタンパのクラブといい、嫌なものを感じすぎた。世のすべての男性がそんなはずはないのに。男という性そのものに、憎悪が向きそうになる。
私は、もう、まともではないのかもしれない。
しかしジャミトフ将軍が動き出した今、ちんけなギャング風情の隠れ蓑は必要ない。横暴を静観する意味もない。スタンパは頃合いを見て粛清し、私がジオンの王になった暁には、観光コロニーの一つでもくれてやろう。
義理は義理だ。たとえ、どれだけ軽蔑していても、支払うべき対価はある。
「……むにゃ」
「あっ」
「わ。ゴメン。起こした?」
マチュの剣幕にひるんだニャアンが長身を縮こめる横で、寝こけていたシュウジがお腹のブランケットを跳ね飛ばした。
寝ぼけまなこをぱちくりすると、彼の長すぎるまつ毛が際立つ。
この子ほんと顔がいいわね。寝起きさえ画になるなんて、美形すぎてちょっと腹が立ってきたかも。
「シュウジ、今大事なお話し中なの。公序良俗に反する過分なセクシーは禁止よ」
「……ガンダムが」
シュウジは目をこすりながら、舌足らずにつぶやいた。むくりと起き上がった拍子に、ゆるいタンクトップの脇から覗いた生白い肌を、鼻息荒く凝視するマチュの額に、私はすかさずデコピンをお見舞いした。
人の肌をじろじろ見たら失礼でしょうが!
「おわちゃあッ!?!?」
「ばか。えっち。すけべ。そんなにシュウジがいいんだ。ふーんだ」
「シュウジもシュネーもごめんってぇ……」
「ガンダムが、行きたいと言っている」
彼の神秘的な瞳が、赤いガンダムをぼうっと見上げた。
「どこへ?」
「地球」
「……なぜ?」
「ガンダムは、薔薇を探している。だから、地球に行く……」
しん、と静まり返る。誰もが言葉を発せずにいた。
モビルスーツが喋るはずがない。望むはずがない。そんな常識を信じられる段階は、とっくに過ぎていたから。
キュベレイという、異常な前例があったために。
「えっ、このガンダム……真夜中に勝手に動くとか、ないよね?」
「ねえマチュ。まさか、サイド6の落書き魔って……」
「ウワーッ! オバケ! コワイ!」
「マチュ、今日は一緒に寝よ……!」
「トイレの時は起こしてね……!」
ひしっ! と効果音が聞こえてくるほどに固く抱き合う
声を抑えて、問う。
「シャロンの薔薇を?」
シュウジの瞳が、急激に理性の光を帯びた。
「知っているんだね。でも変だ。僕は今まで、君を知らなかった。知らない君が、知らないはずのものを、なぜ……」
「──世界は、君が思うよりずっと広いのさ、少年」
「……っ、君
「あら、私たちはずっとハマーン・カーンよ? 今までも──これからもな」
なに、大したことはない話だ。向こう側の私と仲直りしただけ。
ずっとあっちにいられたわけじゃないから、時間軸は飛び飛びだけれど、彼女と最後に会ったのは、〇〇八七年のグリプス戦役が終結した直後だった。
向こう側ではもう、
「足したら
「なっ……レディの歳を足さないの! 怒るわよ!」
「もう、怒ってる」
「あったりまえでしょうが……!」
向こう側の軍人たちと同じ調子でシュウジをひっぱたくのは、さすがに良心が咎めて、私は彼の両頬をもちもちとこね回すだけにとどめておいた。
この、この、こいつ、私のマチュの気を引きよる顔はこれか、おりゃ。
私が焼きもちを焼かないほど大人だと思ったか、うりうり。
「うわ、わ、わ、シュネー、ごめ、やめ、ゆるし」
「エゥーゴ流の修正よ。せいぜい反省なさい」
「わ、わ、わああ……」
彼のむやみやたらに端正な顔立ちを、若干の嫉妬を込めて弄んでいると、いつの間にか、マチュとニャアンが神妙な表情でこちらを見ていることに気がついた。
え、なによこの空気。
「ささ、ニャアンさんや。あとは若い者二人にお任せして」
マチュは急にお見合いの仲人さんみたいなことを言い出したかと思えば、ニャアンと一緒にビーズクッションから立ち上がった。
ニャアンはといえば……胸元で両手をきゅっと可愛らしく握ると、目を輝かせながらこくこくと頷き、無言のエールを送ってくる。
こ、この子たち……男と女が揃うとすぐこれだ! 思春期め!
「もう! シュウジはそんなんじゃないんだからっ!」
「そうだそうだと、ガンダムも言っている」
何はともあれ。
マチュたち三人のクラン、ポメラニアンズ最初の活動目標は、ニャアンの新居確保。
最終目標として、シュウジと赤いガンダムの地球渡航に必要な、個人用スペース・グライダーの入手を決めた。
§
その晩ジェリドは、元地球連邦軍人の戦友会が主催する会食の場に、夫婦で顔を出していた。
「おいおい、その若禿げはカクリコンじゃないか! 親父らしくなって、よく来てくれた!」
「フッ。お前もすっかり、ライラ大尉の尻に敷かれたな」
「うるせぇよ。お前だってアメリアさんに頭が上がらんのだろ?」
「母は強しさ。地球でも、宇宙でも、そいつは変わらんようだ」
彼ら地球連邦地上軍、独立混成第四四旅団は、オデッサ奪還作戦にてジオン欧州方面軍を撃退した後、その追撃のために宇宙軍へ移管され、ソロモン要塞攻略戦にも参加した、異色の経歴を持つ部隊である。
モビルスーツ、ガンダムの開発を目的とした一大反攻計画──V作戦の失敗から、重駆逐モビルタンクとして完成されたガンタンクを主力とし、宇宙では暫定量産モビルスーツ、軽キャノンを受領した彼らは、ジオンが繰り出す新兵器に対して常に性能面での劣勢を強いられた。
それでも彼らは精強な将兵で構成された、連邦軍選りすぐりの殴り込み部隊であった。
最前線に投入され続けた彼らの最終損耗率は、実に七割を超え、もはや現在の連邦軍に第四四旅団の名はない。
ゆえに、生き残った者たちの絆は、固かった。
「母といえば、我らが魔女殿が来てるぞ。ルナツーの撤退戦じゃ世話になった、ひとつ礼を言いに行かんか」
「シイコ大尉が! ああ、俺とライラの恩人だ」
第四四旅団のシイコ大尉は、その凄まじい才覚から軽キャノンの先行量産ロットを与えられ、モビルスーツ一四二機、艦船九隻を単身で撃破した
魔女の二つ名を持つ彼女は、マヴを失いながらも多くの仲間を救った英雄として、連邦軍人流の暑苦しい歓迎の輪の中にいた。生死を共にした彼ら、彼女らには、性差や年齢差を超えた、同志愛ともいうべき信頼があった。
その結びつきは、時として家族や恋人にも勝るものだった。
喪失の悲しみも、また同じく。
「あら……あなた、不死身のジェリド中尉?」
戦友たちに我が子の成長を祝われていたシイコは、人の輪からジェリドだけを正確に見つけ出した。
感覚の鋭さに撃墜王の
所帯を持つもの同士に共通する、ごくありふれた幸福と苦労を語り合いながら──
(なんだ、この寒気は)
──ジェリドは、シイコ・スガイという女を、心のどこかで警戒し続けていることに、ふと気づく。
それは、グラナダに落ちていく小惑星ソロモンを間近に見た日を思い出させた。
自分をかばって撃墜され、宇宙を漂流していたライラ大尉を奇跡的に見つけ出したあの時のような、勘の冴え渡る感覚。
ジェリドに不死身の二つ名を与えた第六感が、警鐘を鳴らしている。
「シュネー・ヴァイスは、赤いガンダムと一緒に、テロリストからイズマを救った英雄なんですってね」
シイコは、話の流れを唐突に断ち切って言った。
まるで、ジェリドの動揺を見抜いたかのように。
「彼、ゼクノヴァから還ってきたニュータイプなんでしょう? ねえ、ジェリド中尉……いいえ」
母になったシイコ・スガイは、否。
第四四旅団の魔女が、戦場の空気を纏って微笑む。
「トゥエルブ・オリンピアンズの、トゥッシェ・シュヴァルツさん」
この女、シュネーと同じ──ニュータイプだ。