【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

16 / 26
2025/11/25 内容を一部修正しました。


16

 イズマに逃れて四年。その間に色々と小細工を弄してきたが、その目的はシンプルだ。

 家族のもとへ帰る。そのために、私の命を狙うギレン・ザビを倒す。

 やることは、たったそれだけ。

 

 それを踏まえて、現状を整理する。

 

 イズマを嗅ぎ回っている総帥府のスパイ共には、暗部と繋がりのあるシャリア中佐を通して、コックピットを抉られて大破した白いドムと、私の血がべっとりと付いたヘルメットをくれてやった。しばらくは私を死んだものと思ってくれる。

 

 ルオ商会とアナハイムは、ザビ家を倒し、コロニー再生計画が成された平和な宇宙に、大開拓時代の到来を夢見ている。

 人口の増加は消費の増加だ。無尽蔵のヘリウム3を供給できる木星総督の令嬢である私と、地球連邦のジャミトフ将軍が揃って提唱する人類宇宙総移住構想が実現すれば、彼らは人々の生活を支えるだけで、莫大な富と権力を得る。

 

 しかしそこで脅威になるのが、シャリア中佐曰く、キシリア将軍が建造を目論むという戦略級サイコミュ兵器、イオマグヌッソだ。

 地球連邦が宇宙から軍を退いた今、使う相手のいない兵器に国が傾くほどの予算を投じるなど、きな臭いにもほどがある。

 単に戦争の抑止力が欲しいなら、ありったけのビグ・ザムを地球軌道上のルナツー要塞に張り付けておけばいいのだ。ギレン派とキシリア派に分裂した今のジオンに、そんなことができるかは、さておき。

 

──シャリア・ブルの言う通り、シャロンの薔薇が向こう側から来たオブジェクトだというなら、イオマグヌッソは、薔薇を道標に別宇宙との転送退いたく門なのやもしれん──

 

 ネオ・ジオンのハマーン・カーンが内心で囁く。といっても同じ私だ。感覚的には、自分の一側面に過ぎない。

 

──巻き添えになったジークアクスの右腕から、マチュとの縁を辿って還ってきた私のように?──

 

 二重人格めいた自問自答だった。

 

──そうだ。ゼクノヴァを、隣接する並行時空(プランク・ブレーン)との質量交換現象と解釈すれば──

──世界線に穿たれた空間特異点(ワーム・ホール)から、敵を別宇宙に追いやる超兵器となる……──

──ブレーン宇宙論だ。思えば、ミノフスキー粒子はそもそも、四つの力を統合しようという素粒子物理学の分野から存在を予言されたものだったな……──

 

 シャリア中佐は信頼できる男だ。イオマグヌッソが人為的にゼクノヴァを引き起こす装置であることは、もはや疑いようがない。

 だとすれば。

 

──地球を滅ぼされてはたまらない。イオマグヌッソの建造を止めなければ──

──いや。ギレンとキシリアの同時暗殺は、ジオンの内戦を防ぐために必須だ。地球連邦軍も今は同志だが、ジオンが割れれば分からない。イオマグヌッソ完成後に、シャロンの薔薇だけを向こう側へ還し、システムを永久に無力化するほかないだろう──

──……シュウジは、止めに来るでしょうね──

──薔薇に囚われた少女のために、全てを壊すか。ロマンチストだな。だが、哀れだよ──

 

 私はこの世界が好きだ。

 宇宙は無数に分岐している。向こう側から同じプランク・ブレーンに帰還できる可能性は、ほんのわずかだった。それでも危険を承知で還ってきたのは、マチュがここにいるからだ。

 

 私はあの子が好きだ。友愛(フィリア)恋愛(エロース)家族愛(ストルゲー)無償愛(アガペー)。そんな昔ながらの分類は、この全き慈しみの前には、もはや意味をなさない。

 ニュータイプである私たちの繋がりの深さはきっと、人には理解されないのだろう。

 それでいい。むしろ、それがいいわ。

 愛しい、愛しい、アマテ・ユズリハ。

 私の魂の片割れ。

 

 だからこそ。あの子を幸福にするのは、私でなくていい。

 彼女には、自由に生きてほしい。

 立場にも、思想にも、私にも縛られることなく。

 

 私は、マチュが笑って暮らせる世界があれば、他に何もいらない。

 

 そのためには、滅びゆく地球の再生を。

 宇宙世紀一〇〇〇年の平和を。

 重力に魂を惹かれた人々の解放を。

 王族を自称するザビ家の愚かしい独善から、人類の半分を殺すに至った絶滅戦争の罪を贖い──そして私も、血に呪われた貴族の一人として、歴史に消えよう。

 

──手を汚すのは、アマテ・ユズリハのためか?──

──勘違いしないでよね──

 

 拳銃のセーフティを外した。

 昼間にドーナツを食べた手で、私は銃を握る。

 沢山の人を殺めた手で、私はマチュの頭を撫でた。

 

 柔らかな髪の手触りが、ふと蘇った。

 私は彼女を穢したのかもしれない。

 

──殺しを人のせいにするほど、軟弱じゃないわ──

 

 細く、暗く、そして不潔な路地裏だった。

 闇市で手に入れたハイバリーハウス学園の制服に白いニットを合わせてマチュに扮した私を、のこのこと尾けてきた男が二人、前方に立っている。

 

 お互い赤髪に、似たような髪型をしているとはいえ、彼女と私の区別もつかないとはお笑い草だ。

 それだけ、総帥府の人狩り(マンハンター)共はハマーン・ウル・カーン公爵令嬢の死を信じている、ということでもある。

 

 だからこうして、たかが女学生と侮った尾行対象に、後ろを取られるのだ。

 

 夜闇に小さい発砲炎が閃いた。

 制音器(サプレッサー)で減退された銃声は、誰にも聞かれない。

 ややあって、二人の影が崩れ落ちる。

 

 脳天を撃ち抜いた。即死だ。何が起きたかを知る間もなかっただろう。

 

「……はぁ」

 

 ジークアクスのパイロットを、そのまま強化・洗脳してジフレドに乗せてしまえ、という考えはわからなくもないが、短絡的にもほどがある。

 総帥府を解体するまでこんなことが続くと思うと、うんざりだ。

 血混じりの脳をぶちまけて倒れ伏す亡骸を見ても、何も感じなくなってしまった自分の感性にも。

 

 ()()()のスマホで証拠の隠滅を指示して立ち去ろうとしたその時、スプレー缶を噴く音を聞いた。

 

「……今夜は試合でしょ。ここにいていいの?」

「君もでしょ」

 

 彼は廃ビルの壁にいつものキラキラを描いていた。血溜まりに沈む死体には見向きもしない。

 私も、彼も、人として大切な何かが、致命的に麻痺していた。

 

「……シュネー、大丈夫?」

 

 街灯の明かりさえ届かない暗がりに、彼の端正な表情が沈み込んで見える。

 

「しょうがないでしょ。私、なんでも分かっちゃうのよ。人のしてほしいことが分かって、やらなきゃみんなが苦しむと分かって、自分にはできると思えちゃったら……もう、やるしかないじゃない」

「その生き方は、悲しいよ」

「なら、他にどうしろと」

「分からない。けど、人は、総意の器にはなれないよ……」

「違うわ。空っぽだからみんなの代弁をするんじゃない。誰も見捨てたくないのよ」

 

 シュウジは壁一面に描き上げたグラフィティに、赤い星を一つ足した。それから足元のバッグから色違いのスプレー缶を二本取り出す。

 白と、ピンク。なぜだか、マチュと私の色だと思った。

 彼は両手にそれぞれ持った缶をじっと見つめて、何か思い悩んでいる。

 

 馬鹿ね。白以外にないでしょう。

 マチュは、あなたのマヴなんだから。

 

 私は彼の手から、ピンクのスプレー缶を取り上げた。

 死体の前に立つ。内側から爆ぜた頭蓋骨の中身から、微かに湯気を立てているそれらに、「ギレン・ザビの(いぬ)」と殴り書く。

 この後、私の手勢に証拠品をすっかり掃除された後の死体を見ることになる、サイド6軍警察への警告だ。

 シュウジはそんな私を見て、痛みをこらえるような顔をした。

 

「……向こう側から還る時に、私、見たわ。あなたが刈り取ってきた、世界の枝を」

「……僕の罪を、知っているんだね」

「私は、マチュのためなら全てを捨てられる。願いのために全てを壊せるあなたのように……だからこの気持ちは、同族嫌悪ね」

 

 彼を殺せと、私の理性(ハマーン)が言っている。

 

「還ってきてすぐ、あなたを殺そうと考えたわ。それで今夜の試合を仕組んだ」

 

 けれど私の情(シュネー)は、彼と分かりあえる未来を望んでもいる。

 

「でも、最近になって気づいたの。私、あなたがそこそこ好きみたい。マチュとニャアンの、次くらいには」

 

 だから。

 だから、私は……。

 

「私を殺しにいらっしゃい。最後に立つ者が、正義よ」

 

§

 

『いいか、マチュ。金ピカの相手だけはするなよ』

 

 トゥエルブ・オリンピアンズ号を発艦して間もなく。試合開始に伴う無線封鎖ぎりぎりのタイミングで、ジェリドの通信が入った。

 

「百式って、そんなにヤバいの?」

『ヤバいなんてもんじゃない、世界最速のモビルスーツだ。それに乗り手は、一年戦争の撃墜王……』

「じゃあ、先にマヴを潰したほうがいいってことか……」

『……死なずに済むのは、そうだろう』

「ちょっとそれ、どういう意味?」

『別の客の話を、俺の口からは言えん。トゥエルブ・オリンピアンズのメンバーが、助っ人枠で百式のマヴをやってる……すまん。今はこれで勘弁してくれ』

「大人ってやーなの」

『それで構わん。死ぬなよ』

 

 クラン、CRSとの試合には、奇妙なことが多すぎた。

 エントリーネーム、ママ魔女──連邦の撃墜王シイコ・スガイのマヴが公開されていないのだ。

 これでは賭けが成り立たない。現に運営は、今回のマッチングにおける賭け金をすべて払い戻し、特例的にエキシビション・マッチとして開催することを通達した。

 

 興行の収益は皆無だというのに、それでも賞金は出るようだから、ますます意味が分からない。

 

『……どうして』

「シュウジ?」

『どうして君は、そうも自分を押し殺せてしまうんだ……』

 

 言葉の意味を問う間もなく、宇宙に開戦を告げる照明弾が上がった。ジークアクスのコンソールから五分間のタイマーを始動。

 赤いガンダムと背中合わせで旋回し、全方位を索敵しながらフィールドの中央を目指す──

 

『マチュ!』

 

 ──赤いガンダムが、ジークアクスを突き飛ばす。ほとんど同時に、高収束ビームの長距離スナイプが、二機の間ぎりぎりをすり抜けていった。

 

「あんなに遠くから!?」

 

 ジークアクスのセンサーは敵影を捉えられていない。シュネーが得意とするアウトレンジ攻撃にひどく似ている。ジークアクスのセンサーがいまだに敵影を捉えられていないことから、アマテは百式のマヴを、きわめて高性能な狙撃タイプだと予測した。

 

 素早い百式で攪乱し、ロングレンジのビームで隙を突く。前衛の負担が大きい戦術ではあるが、理にかなう。

 

 しかしそれにしては。

 

「百式が、速すぎる……? 違う、スラスターの光が一つしかない! なんかおかしいよシュウジ、あいつのマヴはどこなの!?」

『ありえない。完成しているはずが……』

「シュウジ!? なに言ってんのさ!」

 

 凍り付いたような漆黒の宇宙に走る青白い軌跡は、信じられない鋭さで二機に肉薄する。アマテは慌てて中古品のザク・マシンガンで弾幕を張るが、直撃はおろか、かすりもしない。

 出し惜しみせずに、シャリア中佐から受領した専用ビーム・ライフルを持ち込んだところで、結果は同じだっただろう。

 

「なにあれ、ヒコーキ!?」

『マチュ、逃げて!』

 

 黄金の機影から──違う。百式を背に乗せた謎の宇宙戦闘機から、凄まじい精度のビーム砲撃が放たれる。ジークアクスの頭を狙った一撃を辛うじてシールドで防ぐも、コックピットにはけたたましい警告音が鳴り響いた。

 左腕を見たアマテは絶句する。

 ビームを偏向拡散するⅠフィールド・ジェネレーターを内蔵した盾が、着弾点を中心にごっそりと抉れていた。

 

 ゆえに、百式から放たれた不可視の一撃(スティグマ)に、アマテは気づけなかった。

 赤いガンダムに極細のワイヤーが絡む。

 百式を乗せた戦闘機がジークアクスの頭上を駆け抜け、赤いガンダムを、()()()()()

 

『かはっ──』

「シュウジ!?」

 

 お互いに最大戦速での交差だ。正反対の方向に突如として引きずり回されたガンダムにかかるGは、人体が耐えられるものではない。

 

 キラキラが色褪せる。

 シュウジとの繋がりが急激に失われていく。

 アマテは直感で理解した。

 彼は今、失神したのだ。

 

「クッソ! 返せッ!」

 

 百式の履いた()()がいくら速くとも、モビルスーツ一機を引っ張ったままなら話は別だ。宇宙の戦闘に特化したジークアクスのスピードは一線級。追いつけない道理はない。

 

 百式が、唐突に戦闘機の背から飛び立った。

 好機。ザク・マシンガンを連射。連射。

 一二〇ミリ対空砲弾の雨が黄金の機体めがけて降り注ぐ。

 やはり命中弾はないが、墜とせなくてもいい。圧をかけて赤いガンダムを捨てさせる──しかし。

 

 戦闘機が瞬時に機首を翻し、ジークアクスに突撃。

 モビルスーツに比べて小回りの効かない機体だ。対処は容易い。

 なのに百式はフォローをしない。無人機だろうか。ならば確かに、追加装備という名目でクランバトルのレギュレーションをかわせるが。

 

(……変だ)

 

 違和感。

 

(何か、見落としてる)

 

 猛烈に嫌な予感がする。

 

(百式のマヴが、どこにもいない。狙撃をするなら、今なのに)

 

 なぜ、こんな機体が単機で──異変。

 アマテの眼前で、戦闘機の翼が真っ二つに割れた。

 

「──は?」

 

 機首が折れ曲がり、尾部のエンジンが変形し、縦に割れた両翼が畳まれ──戦闘機は、一瞬にしてモビルスーツに姿を変える。

 

 それは、わずか〇・五秒間の出来事だった。あまりにも複雑な変形プロセスは、アマテの観察眼をもってしても、全てを捉えることができない。

 額のブレード・アンテナが展開し、ツインアイがジークアクスを睨む。

 その姿は、まさしく。

 

「ガン、ダム……?」

 

 MSZ-006、Ζ(ゼータ)ガンダム。

 かのRX-78(白い)ガンダムの生みの親、テム・レイが率いる戦術戦略研究所の技術協力を受け、アナハイム・エレクトロニクスが開発した領域支配可変(エリア・ドミナンス・トランスフォーマブル)モビルスーツである。

 

 トリコロールの絶望が、少女を襲う。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。