【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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 自走ドック艦トゥエルブ・オリンピアンズ号が、薔薇の花弁に似た船体の中心から、ガイド・ビーコンの光を投射する。

 放たれた光条の先を見れば、流麗な船体のそこかしこをシート状の対デブリ・シールドで覆い隠し、いささか不格好なシルエットに膨れた軍艦が、艦尾を向けてゆっくりと近づいてくる。

 

 その船は、アナハイム・エレクトロニクス社の援助に加えて、地球連邦軍大将ジャミトフ・ハイマンの影響下にある軍閥の隠し資金すらもが惜しみなくつぎ込まれた、最新鋭の強襲巡洋艦だった。

 

 それが今や、ドック艦から伸びる八本のドッキング・アームに支えられ、我が手中に収まっている。

 トゥエルブ・オリンピアンズ号に設けられた特別商談室(ロイヤルスイート・サロン)の広々とした窓から覗く一部始終は、自らに賭した使命の重さを、否応なく実感させた。

 

「これではアナハイムが潰れるな。ジャミトフ将軍よ」

 

 内心に反して、シニカルな声音が口をついて出る。向こう側での数奇な旅路を経て、同位体として共存するネオ・ジオンのハマーンを表に出せば、為政者を演じることには苦労しなかった。

 どちらのハマーンも同じ私だ。言動に矛盾はない。

 

「カーバイン会長は潰す気だ。それでも構わんそうだ。グラナダのジオンから金を搾り取る技術を持ち、それを我々に回してくれる。篤志家だよ」

「戦争商人だろ?」

「そうとも言うな。あ奴は還元を意図して会社を作っている。アナハイムの協力がなければ、わしと貴様のアイデアは実現しなかっただろう」

「艦名は?」

 

 ジャミトフ将軍は革張りのカウチで足を組み、地球産のビンテージ・ワインを傾けながら、私の問いに答えた。

 

「アーガマ。出資者たっての命名でな」

 

 阿含(アーガマ)。懐かしさを噛み締めて、その名を呟く。

 向こう側の皆は、元気にしているだろうか。

 

「ブッディズムの経典とはな。カーバイン会長のロマンチシズムか」

「ロマンチストだからこそ、協力をするのだよ。我々は地球連邦とジオンに代わり、全ての人類を宇宙に打ち上げるというのだからな。それは、西暦を宇宙世紀に改めた、本来の意味でもある」

 

 今日のジャミトフ将軍は、やけに口数が多かった。年老いた鷹のような鋭い眼差しが、今だけは陶酔に和らいでいるように見える。

 

「連邦は宇宙移民に失敗し、ジオン公国を生み出した。ジオンもまた、戦争を利用して地球から人類を排除しようとしたが……停戦から五年だ。もはや腑抜けたギレン・ザビには、資本もなければ理想もあるまい」

「わが父マハラジャは、木星からのヘリウム供給を相当に絞っているそうだな。確かにそれでは、ジオンも懐が苦しかろうよ」

「産業の礎はエネルギー供給。こと現代においては、ヘリウム3と言い換えられる。貴様の父君は、経済を締め付けることで抗っておるのだ。ギレンとキシリアの内戦にな」

「そこに、我々の付け入る隙がある」

「左様。幸いというべきか連邦は、下々を切り捨てて生き残った俗物共が富を蓄えている。首都ダカールの電撃解放が成功すれば、連中も金を吐き出す気になろう……この、わしのようにな」

 

 地球連邦が全人類の宇宙移住を断念したばかりに生まれたのが、地球に残った特権階級たるアースノイドと、宇宙に捨てられた貧民であるスペースノイドという差別の構造だった。その確執は、やがてジオン公国という猛毒に昇華し、ついには人類の半分が戦争の犠牲となった。

 

 我々は、この構造を変えようというのだ。

 ジャミトフ将軍は、宇宙世紀の理想の殉教者として。

 私は、ジオンの王族ザビ家に最も近い大貴族として。

 

「だが、その前にひとつ、忠告をしておく」

「なんだ?」

「バスク・オム少佐に気をつけろ。わしのサブプランだった男だが……他部への機密漏洩防止の名目で、連絡を断ち続けておる。あ奴め、手綱を食い千切ったやもしれん」

「奴は旧日本地区にいたな。ムラサメ研のサイコ・ガンダムか?」

「最後に捉えた足取りはそうだが……旧ヨコスカ・バンカーのBC兵器保管庫へ、特命を振りかざして立ち入った部隊があるらしい。G3ガスが持ち出されたなら、厄介だ」

 

 G3。独立戦争の劈頭、ジオンがコロニー市民の虐殺に使ったGGガスの系譜だ。

 バスク少佐はキシリア将軍ただ一人を暗殺するために、コロニーを丸ごと死の大地に変えようというのか?

 ……狂っている。

 

「この貸し、高くつくぞ」

「無論。これは、わしの落ち度よ。こちらも連邦議会を通してサイド6当局に働きかける。最後の守りを、頼みたい」

「貴様の政治生命の、か?」

「言い訳はできんな。だが貴様はやるよ。愛する者を持つ目だ」

 

 そう言ってジャミトフ将軍は、掲げたワイングラス越しに、私の目を見た。真紅の液体をわずかに残したクリスタル・ガラスの向こう側に、いっそ凶悪なほど鋭い微笑が、柔らかく歪んで見える。

 笑みに隠れた真意は、どうしてか、悪意や嘲笑の類ではない。

 

 彼は己の理想を実現するこの企みのために、有事に累が及ばないよう、全ての親族と絶縁したという。

 私との間にそういう共感を覚える感性が、彼にはあったのかもしれない。

 

「嫌いだね。そういうベタベタしたのは」

 

 素っ気なく返すと、ジャミトフ将軍はますます満足げに頬をゆがめて、グラスに残ったワインを飲み干した。

 

「わしは地球に戻る。ダカールで貴様の凱旋を待つとしよう」

 

 向こう側のネオ・ジオンといい、私はどうしても、与えられた役割を放り出すことができない性分らしい。

 まったく、因果なものだ。

 

「待たせたわね、シュウジ」

「ガンダムは、用意できたって」

 

 ジャミトフ将軍が、部屋の外に控えさせていた側付きの護衛や侍従をぞろぞろと連れて出ていくと、入れ違いで、隣室に待たせていたシュウジが通された。

 彼を案内した兵を下がらせる。重厚なドアが閉じられると、防音の施された部屋はひどく静かだ。

 

「打ち合わせ通りのタイミングで、私を手に乗せてくれればいい。原稿を渡しておくから、参考になさいね」

「……シュネー」

「なにか、質問が?」

「……ごめん。僕は、君に負担を強いてばかりだ」

「謝る必要はないわ。これは私の使命だもの。ついでに友人の願いが叶うなら、安いものよ」

 

 私の健在と、革命の準備を知れば、ギレン・ザビは父マハラジャと姉ゼナを、必ず人質に取る。サイド3本国は総帥府のテリトリーだ。キシリア将軍もうかつに手出しできない。私は戦いをやめない。家族の生存は、望むべくもない。

 

 もはや、後戻りはできない。革命の旗印にしたかったキャスバル・ダイクン──シャア・アズナブルは使えない。

 彼には平穏な生を与えること。それが、シュウジとマチュ、ひいてはララァ・スンの願いだ。

 私は約束を交わした。私は私の意志で、家族と引き換えに、この世界を続けると決めたのだ。

 

「そんな顔をしないで、シュウジ。今日は喜ばしい日よ。あなたはララァの心を救える。私は決意を新たに、臣下の心を奮い立たす。女王ハマーン・ウル・カーンが、真の意味で生まれる日なんだから」

 

 そう言って私は、彼の前でくるりと回ってみせた。真紅の総帥服に付けられた、金糸の肩章と飾緒が、荘厳に煌めく。

 

「似合うでしょう?」

 

 ああ、そうか。

 向こう側の私も、同じ思いでネオ・ジオンを背負ったのか。シャアが捨てた、滅びゆく国を。

 

 でも、きっと、それしかないのだろう。

 連邦に亡命したアルテイシア様をシャアの代わりに使うことは、私にはできなかった。あのお方は、ジオンの呪わしい政争に人生を狂わされたのだ。そんな彼女に、クーデターまがいの革命戦争に参加しろなどと、口が裂けても言えるものか。

 

 だからこそ、私が、カーン家の女が立つのだ。

 無論、私の手札は限られている。差し出せるものは少ない。

 すべてを救うためには、すべてを捨てる覚悟がなければ──

 

「マチュ?」

 

 ──呼吸すら忘れて、声なき声に聞き入った。

 くだらない感傷など吹き飛んでいた。

 彼女の、助けを求める悲鳴の前には。

 

 ぐるりと首を回して見上げる。見えたのは、廊下の天井の一角ではない。視線の一直線上に浮かぶイズマ・コロニー、その円筒形の都市を走る一台の車。

 

「見つけた」

 

 トランクの中にマチュ。車内には下手人が二匹。

 総帥府の走狗どもか。いや、このざらついた人為的な質感、コロニー内部にしか意識を向けない空間認知の甘さ……地球居住者(アースノイド)の、強化人間? バスク・オムが先走ったのか?

 

 そうか。そうか。

 留守を狙って、私の半身に手を出すか。

 

「お前たち──一度しか殺せないことが残念だよ」

 

§

 

 イフヤ市街地は混乱の中にあった。黒塗りの物々しい装甲SUVが一糸乱れぬ車列を組み、埃にまみれた型落ちのセダン車を追い回していたからだ。

 

「ヤシマ重工、ガゼル七〇型。ボディ、ガラス、タイヤも防弾。四・五リッターのバイオ・ディーゼルで、一〇〇キロ加速は六秒半……市街戦じゃ無敵だねえ」

「あいつら、堅気じゃないだろうに! 軍警は何をしてるんだ!」

「ははっ! 善良な市民みたいなこと言うじゃん」

「ドゥーは黙って応戦!」

 

 けたたましいサイレンの音色と赤青の警戒灯は、いずれも軍警察のものとは明らかに異なる。政府から治安維持業務の一部を委託された民間軍事会社向けに、法令で定められた識別パターン。すなわち、ルオ商会、対外安全保障ソリューション部のものだった。

 

 セダン車のステアリングを握る地球連邦軍少尉、ゲーツ・キャパの脳裏には、すでに最悪のシナリオが描き出されていた。

 

 この街はすでに、ハマーン・カーンの手に落ちているのではないか?

 

 ルオ商会お抱えのトゥエルブ・オリンピアンズなる組織が、地球連邦軍の演習において仮想敵役(アグレッサー)を務めていることは、軍人ならば周知の事実だ。

 ゆえにこそ、オーガスタ研究所からゲーツ当人を引き抜いたバスク・オム少佐から、かの傭兵集団のトップが、暗殺を逃れたジオンの公爵令嬢と聞いた日には耳を疑ったものだった。

 

 もっともその後、G3ガスによるイズマ・コロニー全土の()()をもって、会談に訪れるキシリア・ザビ共々、ハマーン・カーンを殺せと命じられたことの衝撃に比べれば、どうということはなかったが。

 

「ジャミトフ閣下はスペースノイドと手を組んだのか? だとしたらこれは、連邦軍の同士討ちになる……」

 

 Need to knowの原則──情報は知るべき立場にある者のみが知らされるという機密管理の原則に基づき、実行役のゲーツが持つ情報は限られている。

 それでも、頑なに外部との連絡を断ち続けているバスク少佐の不審な振る舞いと、自身の置かれた状況を照らし合わせれば、この不可解な情勢の全体像は、おぼろげに想像することができた。

 

「バスク少佐の暴走に、まんまと付き合わされたわけだ、俺たちは……!」

 

 ジャミトフがハマーンに鞍替えしたなら、彼女をキシリア諸共殺してしまえばいい。ザビ家のお家騒動の渦中にあるジオンはひとりでに国を割る。そこに連邦の名で大々的に犯行声明を出す。

 内部の反対は考えなくていい。一人の独断専行を咎める間に、ジオンに反撃の準備を整えられては、いよいよ地球人類はコロニー落としで滅ぼされるからだ。絶滅を避けたければ、連邦はなし崩し的に宇宙を再征服(レコンギスタ)するしかない。

 

 キシリアという双頭の一方を失ったジオンは、国家の形を保てない。つまり、軍の指揮系統はもはや機能しなくなる。

 たとえ連邦政府が奇跡的に腐敗政治を脱し、首謀者バスク・オムを差し出すことができたとしても、憎悪と悪意を糧に駆動するジオンの兵が、武器を下ろすことはない。

 

 これは、アースノイドとスペースノイドの間に連綿と紡がれてきた憎しみの連鎖が、どちらかの絶滅によって断ち切られる、終わりの始まり。

 

 バスクの謀略を、ゲーツはそう見た。

 

「歴史に名を刻めよ、か! そりゃ残るだろうさ、人類史を終わらせたバカ共だってさぁ!」

「ゲーツって難しく考えるよねえ」

「あぁ!?」

「大量絶滅を生き残るのは、ぼくら優良種(ニュータイプ)だ。戦争が起きるなら……」

 

 歯向かう劣等種どもを殺し尽くせばいい。

 あどけない少女の声には、一音一音に痺れるような毒が滴っていた。

 

「だったらさあ、こいつらは今死のうが、あとで死のうが一緒でしょ!」

 

 哄笑するドゥーの拳銃は、中央分離帯を挟んだ対向車に向いていた。ミニバンを運転する若い主婦の隣には、チャイルド・シートに座る小さな子供がいる。

 

「ああ、くそ。マジかよ」

 

 ドライバーを殺して作った暴走車で装甲SUVの足止め、か。軍人としての冷徹な理性がドゥーの狙いを分析する。

 

 同時にこうも思った。

 俺たちは、二人仲良く地獄行きだ。

 

「やっぱりムラサメ研は、普通じゃない──」

 

 甲高い破砕音がした。

 銃声ではなかった。

 視界の端でドゥーが呻いた。

 彼女の指の何本かが、あらぬ向きへ圧し折られている。神懸かり的な一発の射撃に、拳銃を弾き飛ばされたのだ。

 

「クソッ、クソッ、クソッ! オールドタイプの分際で、ぼくに傷をつけたなッ!」

「撃ってきた! いや、車からじゃない、狙撃か? 走ってる車をか!?」

 

 赤を通り越してどす黒く腫れ上がる指もそのままに、少女は自身の脳に増設された感応神経網(スウェッセム・ネット)に意識を集中させた。

 人為的に再現されたニュータイプの力が、並外れて苛烈な殺意を拾う。

 

「五時の方向、ビル屋上? 違う……なんだこれ……はぁ!?」

「どうしたっていうんだ、ドゥー!」

「二キロ後方にモビルスーツ……掌に、スナイパー!」

 

 報告を受けたゲーツは瞬時にステアリングを切り込み、対向車線を強引に走り抜けて細い路地に逃げ込んだ。

 

「二キロ先から、強化人間の骨格を破砕するだけのエネルギー量を維持できる弾薬……かなりの大口径だ。弾速を仮に九〇〇メートル毎秒として、減衰を考えたら、着弾までざっと七秒?」

 

 イズマ・コロニーは、一秒あたり三・一七度もの速さで自転するのに?

 

「七秒なら最大二二度。コリオリの力だけで、二二度も弾道がずれる。コロニー風だって吹いてるんだ、どこに弾が流れるかなんて分かったもんじゃない……それで、ほんの一瞬、車から出た銃だけを撃ち抜いた……?」

 

 ありえない。人間業ではない。未来が見えているとしか思えない。まぐれだ。そうでなければ説明がつかない。

 ゲーツは、震える歯を食いしばった。 

 

「俺たちは、何を敵に回した……?」

 

 ──殺意の主は今なお、そうして逃げ惑う彼らを、軍用スナイパー・ライフルに装着された大口径スコープから覗き続けている。

 

「対艦ライフルの一三五mm高速徹甲弾(APDS)は、射線上のマイクロ・デブリや星間ガスの影響を受け、直進しない」

 

 専用識別色(パーソナル・カラー)である純白にリペイントされたΖガンダムの掌の上で、小柄な少女が、身の丈に合わない長銃を担ぎ上げる。

 彼女が纏うは、総帥専用に誂えられた真紅のパイロット・スーツ。

 

「人はなぜ、モビルスーツで出来たことが、生身で出来ないと思うのかしらね」

 

 私とて、同じ強化人間だというのに。

 少女は足元のヘルメットを拾い上げ、そう嘯く。

 

「さて、貴様ら。楽に死ねるとは思わんことだ」

 

 ここはサイド6、イズマ・コロニー。女王ハマーン・ウル・カーンが治めんとす、始まりの地。

 

「ハイザック隊はG3ガスの阻止だ。やれるな?」

はっ(イエス)陛下の御心のままに(ユア・マジェスティ)

 

 鼠の逃げ場は、ない。

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