【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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──ザクがビーム・サーベルを抜いたのか? 確かなのか!?──

──敵はザクだ! 新型のザクだ! 対艦クラスのメガ粒子砲を装備している!──

──三番艦、右舷エンジン大破! 艦列を維持できません、ジャマイカン司令!──

 

 総帥が最前線で陣頭指揮を執るということは、敵前に組織のアキレス腱を晒すことに等しい。

 しかし我が軍のハイザック隊は、ルオ商会やアナハイムから派遣された警備戦力に加えて、連邦の敗残兵や、ジオンの退役軍人や、平和な世に飽いた傭兵に、単なるクランバトルマニアなど、あらゆる人材の寄せ集めだ。

 

 そんな烏合の衆をまとめ上げるには、反抗の象徴である女王ハマーン・カーンが先陣を切らねば始まらない。

 それに、この戦いはスポンサーへのデモンストレーションでもあるのだ。

 私の兵が、ひいては私の血統が、ジオンとの戦争に使()()()ことを証明する。

 だから。

 

──助けて、シュネー……──

「……三時方向、ムサイの陣形が崩れる。仕掛けるぞ、バッシュフル隊は私に続け!」

 

 全てを投げ出して、彼女(マチュ)のもとに駆け付けられたら、どんなに──歯を割れんばかりに食いしばる。

 今は、ジオン船籍に偽装したジャマイカンの艦隊を叩く。G3ガスが本当に用意されているなら、これを撃滅しなければイズマ・コロニーの全市民が死に絶える。

 

──三番艦より報告! 対空火力の減少甚大、支援求む!──

──所詮は使い古しの軽巡(ムサイ)よ……本命はこのチベだ、ガスを打ち込み、フォウが使えれば撤退も叶う。三番艦には死守命令を出せ──

──ジャマイカン司令、しかし……──

──貴様はいつ艦隊司令になった! オペレーターの仕事をせんか!──

「三番艦……やはり、最後尾のムサイは対空砲火が弱い。ハイザックの性能テストには丁度よかろう」

『承知致しました、ハマーン様。露払いは我々にお任せを』

 

 ニュータイプが前線指揮をやることの威力がこれだ。相手の手の内がすっかり丸裸になるならば、これほど御しやすい戦いはない。

 ペダルを踏み込めば、爆発的なパワーがΖガンダムを加速させる。炎上するムサイに狙いを定めたハイザックの編隊を飛び出し、狙うは艦隊の中心、ジャマイカンのチベ級重巡洋艦。

 

 感覚を巡らせる。艦隊は三隻、縦列陣。先頭のムサイはハイザックの奇襲砲撃でエンジン大破。速力が落ちてチベの進路を塞いでいる。しかし火力は健在で、チベとの活発な十字砲火がΖに殺到した。

 ニュータイプが砲手をしていれば、私に当てられただろうにな。

 

──一機が突出! ホワイトのモビルアーマーは、シュネー・ヴァイスです!──

──フォウはまだ出せんのか?──

──専属スタッフは、サイコミュの安定に時間がかかると……──

──ムラサメ研め、失敗作を押し付けよって……──

──敵機が速すぎます! 対空砲の予測アルゴリズム、修正間に合いません!──

──対空砲火は新型ザク、モビルスーツはシュネー・ヴァイスに集中させい!──

 

 ハイザックのナックル・バスターは、ジェネレーター直結式ゆえに長射程だ。最後尾のムサイは、対空砲のアウトレンジから延々と戦列砲撃を加えられ、ついに沈黙した。

 母艦を失ったモビルスーツの三機小隊は、やけを起こしたようにΖへ迫る。機種はゲルググ。親衛隊カラーの黒染め。ギレン派に見せかけた丁寧な偽装だ。

 

「乗り慣れないゲルググを、数ばかり揃えたところで」

 

 沈んだムサイの三機に、チベの直掩が八機。先頭のムサイは、開戦早々、艦載機をハイザックの迎撃に出し、対艦級ビームの弾幕の前にすり潰されている。もはや脅威たりえない。

 

「この、Ζの前にはな」

──モビルアーマーが、変形をした!?──

 

 変形は〇・五秒。ハイパー・メガ・ランチャーを試す。鮮やかなブルーの放熱塗装が施された砲身は、頭頂高が二〇メートル近い大柄なΖの体躯をも上回る。並のモビルスーツでは、アイドリング駆動すら叶わない大食らいだ。

 

「……みんな。おいで」

 

 バイオ・センサーの稼働スコアを引き上げる。戦域に散布されたミノフスキー粒子が一斉に励起し、薄赤い光が純白のΖを取り巻いた。

 ああ、見える。

 アクシズに散った、子供たちの面影が。

 

「お願い。力を貸して」

 

 ニュータイプ研究の犠牲になった彼らは、こうして知覚を拡張しなければ、もはや触れ合うことも叶わない。

 それでも彼らは、いつも、私のそばにいてくれる。

 

「データロガー、ロギングよし。第二回、フェイズⅡミノフスキー粒子安定制御実験を開始する」

 

 純真な彼らを戦いの道具にする私は、きっと地獄に落ちるだろう。

 

──白無垢が光った……新兵器か?──

「ハイパー・メガ・ランチャー出力臨界。バイオ・センサー、動作クロック安定。パイロット脳波形、感応特性、異常なし。ジェネレーター出力は一〇五%を維持、定格戻しまでカウント一〇」

──いかん、狙いはチベだ! 包囲しろ!──

 

 熱核ロケット一体型の脚部ジェネレーターを、過激な機動で冷却する。推進剤(プロペラント)に排熱を押し付けつつ、チベの腹下へ。

 黒く巨大なサイコ・ガンダムが、艦底にワイヤーで係留されているのが見えた。

 あれはMk-0、通称零号機。制式型はすでにコロニー内か? だとすれば、旧式機ベースのハイザックでは対処できない。ガンダムMk-Ⅱを使うべきか。

 

「バイオ・センサー、FCSリンク確立。目標ロックオン。収束射撃モード」

──サイコ・ガンダムはまだか! 動きさえすれば、Iフィールドがあるだろう!──

 

 強化人間の気配が、かすかに、何かを伝えてくる。

 これは……助けを求めている?

 

「発射前カウント開始。三」

──あんなデカブツを抱えて、ゲルググより速いのかよ!?──

──推定機動Gは一五以上……白無垢のパイロットは、強化人間なのか?──

 

 射角は厳しいが、サイコ・ガンダムだけをかわせるか? バイオ・センサーを介した、周辺粒子制御の精度次第だが。

 

「二」

──フォウが錯乱している……主任、これ以上は!──

──やらなきゃあやられるでしょ!──

 

 私を取り巻く光が口々にささやく。

 あなたならできる、と。

 みんなが言うなら、そうなんでしょうね。

 

「一」

──そ、総員衝撃に備えっ……!?──

「ハイパー・メガ・ランチャー、発射」

 

 過剰出力の収束場が、稲妻にも似た残光を極大のビームに纏わせ、絶死の閃光を凄惨に彩る。

 

 戦域に散布されたミノフスキー粒子は、バイオ・センサーが展開するサイコ・フィールドによってビーム束に引きずり込まれると、後方から衝突するメガ粒子によって玉突き的に加速し──モビルスーツの一兵装に過ぎないハイパー・メガ・ランチャーを、対要塞級の一撃に昇華する。

 

「フェイズⅡミノフスキー粒子、制御安定」

 

 ゲルググの大編隊は禍々しい光に吞み込まれ、爆散する猶予もなく、その身を蒸発させた。

 そのまま火線を薙ぎ払えば、チベの構造上、最も頑強な艦体中央フレームをブリッジごと溶断。艦首コンテナ区画に吊るされたサイコ・ガンダムも、馬鹿げた出力の砲撃に巻き込まれるかに見えるが、

 

「ビーム偏向、開始」

 

 バイオ・センサーが展開する広大なサイコ・フィールドを使い、ミノフスキー・エフェクトでビームを捻じ曲げる。

 もとよりサイコミュとは、ミノフスキー粒子に干渉し、通信手段とする技術。十分な出力が確保できれば、こんな応用も叶う。

 

「……バイオ・センサー、フィードバック負荷増大。警告値に到達。主観でも意識レベルの低下を感じる」

 

 パイロットの負担を思うと、実戦運用は厳しいか。

 

「ハイパー・メガ・ランチャー照射終了。バイオ・センサー、再封印プロセスを実行。ジェネレーター、プロペラント二次導入よし。高速冷機開始……全シーケンスの遂行を確認。実験終了」

 

 戦場は、そのたった一射によって焼き尽くされた。

 ゲルググの大編隊も、チベの中央船体も、ランチャーの射線上にあったあらゆる物質は、塵ひとつ残らなかった。

 

「ミノフスキー粒子のフェイズⅡとは、こういうものか……」

 

 数百もの命が死に際に上げた、思念の断末魔ともいうべき呪いの声を一身に浴びて、呟く。

 強力すぎる。

 単位面積当たりのエネルギー量でいえば、かのコロニー・レーザー──ソーラ・レイの二割には、確実に届いていることだろう。

 

 それでも、蒸発を免れたものは存在する。

 飴細工のように捻じくれたチベ級の残骸に係留された黒いガンダムは、至近にランチャーの一撃が通過してなお、不自然なほどに小綺麗な外見を保っていた。それは、バイオ・センサーの並外れたミノフスキー粒子制御能力が、暴れ狂う超高出力ビームを精密に収束していた証左だ。

 

 戦況を一望する。G3ガスの巨大なタンクを抱えたゲルググのM.A.V.が、一組、また一組と、軽快な機動性を活かせないままに墜ちていく。チベを挟む前後のムサイは、ハイザックの集団砲撃を前に炎上し、その船体をゆっくりと傾かせていった。

 殲滅戦に、もはやΖは必要ないだろう。

 

 沈黙を貫くサイコ・ガンダムに、ゆっくりと機を寄せる。

 再封印処置を施したはずのバイオ・センサーが、ほんの一瞬、怯えるような共振を見せた。

 

「あなた、フォウというの?」

 

 Ζの両掌が、サイコ・ガンダムの巨大な頭部を抱え込む。この接触通信にも返答はない。

 コックピットハッチを開けた。なぜかそうするべきだと思った。この黒いガンダムがひとたび動き出せば、生身の私は一瞬にしてすり潰され、血煙に変わる。

 そう、わかっていたはずなのに。

 

 シートを蹴り、慣性に身を任せて空間を滑る。総帥専用の真紅に彩られたパイロット・スーツのバイザーに、呼吸可能時間が投影された。

 サイコ・ガンダムの、まるでシャッターが下りたような意匠の顔部装甲に、そっと生身の手を伸ばす。触れる間際、装甲が急速に折り畳まれ、首元のスリットに格納された。

 装甲の向こうには、ハッチ。統一規格のユニバーサル・スタンダードだ。私にも開けられる。非常用のパネルを開け、手動クランクを回して、ゆっくりと、ゆっくりと。

 

 内部の全天周囲モニターは死んでいた。ハッチから差し込む僅かな太陽の光を受けて、うなだれるパイロット・スーツの輪郭線が、ぼうっと浮かび上がって見える。

 

 兵士と呼ぶには幼すぎる少女が、不釣り合いに大きなシートの上で気を失っていた。背は低く、腰は折れそうに細く、手足はスーツ越しにさえ、骨がうっすらと浮いて見える。

 一〇代前半に見えた。私と似たような強化手術を受けたのかもしれない。

 

 接触通信を繋ごうと、スーツのヘルメット同士を触れさせると、彼女は薄荷色のまつ毛に縁どられた目を、弱弱しく開いた。

 

「お願い。ドゥーを、助けて」

 

 吐息とも、声ともつかない儚い囁きが、ヘルメットを伝って聞こえる。

 

「サイコ・ガンダムが、あの子を歪めてしまった……」

 

 ドゥー。ムラサメ研が輩出した二人目の強化人間。私のマチュに怖い思いをさせた小娘。憎悪をもって殺してやると決めていた、私の獲物。私の敵──腹の奥底に煮えたぎる憎しみが、思考を曇らせる。

 

「ああ、もう、私ってこれだから……!」

 

 この世界ごと、愛しいマチュを永遠に奪われるかもしれない恐怖が、私をシュウジとのクランバトルに踏み切らせたというのに。あんな、取り返しのつかない過ちを犯してなお、私は学ばないのか?

 

 食いしばる奥歯が軋む。

 ハマーン・カーン、この俗物が。お前は浅はかで、嫉妬深く、愚かな女だよ。そんなふうに子供でいるから、シュウジと仲違いしたんだろう!

 

「……わかった。ドゥー・ムラサメは、私が守る。ハマーン・カーンの名にかけて、誓う」

「ごめんなさい。あなたはもう、たくさんの願いを我慢しているのに」

 

 言葉の途中でフォウは、くぐもった呻き声と共に、私の腕の中で体を震わせた。人道を無視した強化手術と、性能ばかりを求めた歪なサイコミュの負荷が、彼女の神経を蝕んでいた。

 

「私の船で休みなさい。あなたはもう、十分に戦った」

「……ありがとう。私、フォウ」

「知っているわ。ええ、私のガンダムも、あなたをよく知っている……」

 

 フォウを抱き上げて、Ζのコックピットへ戻ろうとしたその時。彼女は悪夢から飛び起きるように、その目を見開いた。

 

「ああ、そんな、ドゥー──」

「フォウ? どうしたの?」

「その人を撃ってはいけない!」

 

 銃声。そして、下腹を抉る焼けつくような熱。

 

「か、は──」

 

 反射的に腹を抑えた。しかし、掌は血に濡れない。この体感は、私のものではない。

 存在しないはずの銃創から、暖かいものがじくじくと滲み出る感覚がする。硝煙の臭いや地下の鉄臭い空気の味すらもが、まるでその場にいるかのような質感をもって襲ってくる。

 

 サイコミュを通じた、五感のオーバー・ラップ。

 そんな深い交感ができるような相手は、私には、一人しか。

 

「マチュ」

 

 呆然と名前を呼んだ。腕の中のフォウが身を固くした。

 

「あ……ああ……ドゥー……」

 

 震える彼女を抱き締めて、うわごとのように、大丈夫、大丈夫だから、と繰り返し呟いた。

 不思議なことに、いざ、その時が訪れると、私の中に張り詰めていたドゥー・ムラサメへの憎悪は、針で突かれた風船のように、たちまち力を失っていった。

 

 残ったのは、がらんどうの、(うろ)

 

 アマテ・ユズリハの望みのために、私はシュウジを生かした。

 そして今、シュウジが望む未来のために、私は家族との再会を諦め、政治の舞台に立つ。

 マチュが、シュウジと、ニャアンと、両親と、それからたくさんの友人に囲まれて、生きていける世界が欲しかったから。

 

 分かっている。これは、誰のせいでもない。私がおせっかいを焼いただけ。

 これは私が、他ならぬ私自身の意志で選び取った結末。

 私は、私の満足のために、私の望みを捨てたのだ。

 

──(ハマーン)が言うまでもないことだが。間違っているぞ、シュネー・ヴァイス──

 

 私、あの子の助けになりたかったんじゃないの?

 

──アマテ・ユズリハが、お前に一度でも助けを求めたか?──

 

 こんなにたくさんのものを切り捨てたのに、どうしてあの子を救えないの?

 

──彼女が、お前(わたし)の犠牲を望んだことがあったか?──

 

 一番助けたい人が、助けを求めている時に、そばにいない私って、一体、

 

『ハマーン様。統合作戦司令部です』

 

 通信。その瞬間、感傷を心の内に封じる。

 ミノフスキー粒子は薄いが、通常回線が使えるほどではない。E.Y.E.(アイ)ザックのレーザー通信網か。やはり、モビルスーツ全盛の世とはいえ、電子戦機型のバリエーションを用意して正解だった。

 

「どうした」

『軍警察、特機警ら隊本部より入電あり。読み上げます。コロニー内に不明モビルアーマー出現、至急応援求む』

 

 頭が冷えた。今すべきは、情けない自己憐憫に浸ることではない。

 マチュの命を救うこと。それだけ。

 

「軍警のザクでは不足か」

『特機隊の即応チームは壊滅し、エグザベ少尉のギャンが単身交戦中。キシリア将軍はいまだ、観光港に。泳がせますか?』

「いいや、キシリア・ザビはまだ使える。ガンダム・チームを投入して鎮圧せい」

『よろしいので? Mk-Ⅱは地球侵攻の要かと……』

「イズマに出たサイコ・ガンダムには、サイド6外交官の娘、アマテ・ユズリハが囚われている。名誉を挽回したいだろう、アナベル・ガトー」

『……はっ。平に、平に感謝を!』

「期待しているぞ、ソロモンの悪夢よ」

 

 さて。

 

「私の勘違いでなければ、この感応波はニャアンの……」

 

 イズマで何が起きているというの。

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