【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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 サイコ・ガンダムが唐突に全身の装甲を脱ぎ捨てたその瞬間、反応できた者は少なかった。

 

 最初に動いたのはエグザべ・オリベ少尉だった。サイコ・ガンダムから発される異常な感応波を至近で浴びた彼は、反射的にギャンを駆り、強襲揚陸艦ソドンのブリッジを庇うように大盾を掲げた。

 

「艦長、全速後退を!」

「なっ、何を──」

「私にもわかりませんが、あれはもう()()()()()()()()()!」

「めちゃくちゃだ!」

 

 二人目、ソドン艦長ラシット。エグザべの言に困惑するも、彼の鬼気迫る絶叫にただならぬものを感じた彼女は、即座に操舵システムをオーバー・ライド。艦長席のアームレストに設置された、小さな緊急用ジョイ・スティックをへし折れんばかりに後傾させた。

 

「ビーム攪乱幕発射管、安全信管距離カット! 全弾、全方位! 放てッ!」

 

 メイン・エンジンがリバース方向に全開され、ブリッジは激しく揺れる。多くのクルーが突然の機動に体勢を崩す中、艦長の言葉に戦場の匂いを嗅ぎ取った男が一人、舵輪を手放して火器管制コンソールに飛びつく。

 

 彼こそが三人目、タンギ曹長だった。寡黙にして実直、冷静沈着を体現するその男は、人生で二度しか浮かべたことのない冷や汗の三度目を拭うことも忘れ、タッチパネルを叩き割らんばかりに操作する。

 

 明らかな越権行為であった。軍事法廷での弾劾すらありえた。しかし、優先すべきは己の軍歴よりクルーの命であることを、ソドンの舵を預かる男は何よりも知っていた。

 

 決断の結果は、瞬く間に訪れる。

 サイコ・ガンダムの胸部に連なるメガ粒子砲が、艦体をも吞み込む光の大瀑布を吐き出した。

 

 艦の全周にばらまかれたビーム攪乱幕の粉体は、絶死の熱量をいくぶんか和らげるも、発射直後ゆえ十分に拡散しない。濃度の薄い部分を縫って、まるで分厚い雲を割って差す陽光のように、輝かしい滅びが降り注ぐ。

 

「なっ、南無三──」

 

 縦横無尽にブリッジが揺れる。ヘッドレストに頭を打ち付け、脳しんとうを起こしたラシット艦長は、あいまいな意識の中、オペレーターが天井近くのシートから振り落とされる様を見て、悪童に蹴り飛ばされた空き缶の中身を連想した。

 

 ソドンの主電源供給はあっさりと吹き飛び、あらゆるモニターがブラックアウト。

 数える気も失せるほどの被弾部から伝播した連鎖爆発の衝撃は、メイン・ブリッジの躯体すら歪ませ、正面の対爆窓に巨大な亀裂を入れる。

 爆音と、破砕音と、悲鳴に紛れて聞こえてくるアラームとサイレンの不愉快な大合奏は、もはや何を意味するものなのか、聞き分けることも叶わない。

 

「予備電源、復帰しました!」

 

 額に血の筋を引いて、タンギ曹長が壮絶に叫ぶ。

 ラシット艦長の思考に退艦の二字はない。

 

「操舵系を再起動、全動力をミノフスキー・クラフトに回せ! ソドンを市街地に墜としてはならん!」

 

 改暦初期より宇宙の開拓者であり続けたジオン公国軍人としてのプライドが。さらにいえば、スペース・コロニーという不安定な環境に生きる同胞としての意地が、ソドンのクルーを統一する。

 

 サイド6(彼ら)コロニー(ふるさと)を傷つけてはならない。

 正しく、決死の覚悟だった。

 

 ──そうして沈みゆく艦を、赤いガンダムの少年は呆然と見送っていた。

 

 少年は、一つの望みのために戦っていた。ララァ・スンの安らかな眠り、ただそれだけのために。

 

 ララァのためにはすべてを捨てることができた。彼女が夢想し、しかし、彼女の願いを叶えられなかった無数の分岐を、少年は刈り取ってきた。

 

 悠久の時を超えて。

 幾百、幾万、幾億の星を超えて。

 

 ある世界では友人だった者を、師だった者を、あるいは愛してくれた人々を、別の世界にひとたび渡れば、ララァのためとうそぶいては手にかけていった。

 

 そこにはもう、人らしい感性や生理はどこにもなく。

 人を捨て、情動を捨て、期待を、希望を、愛を、すべてを捨て、ただ罪だけを背負い、理想に満たない世界を剪定する刃として、少年は研ぎ澄まされていった。

 

 シュウジ・イトウは、心を持たない虐殺の機構。

 

「本当に?」

 

 そのはずだった。

 

「嘘ばっかり」

 

 そうだと、信じなければならなかった。

 

「愛しているから、殺すのに」

 

 そうであってくれなけば、壊れてしまうと思った。

 

「本当に心がなければ、ララァを救おうなんて、はじめから思わないもんな……」

 

 だからこそ、彼は、もはや存在しないと思っていた自身の内心を、信じられなかった。

 

「マチュが……ニャアンが、死んでしまう」

 

 亀裂だらけの、今にも砕け散りそうな自我の隙間を押し広げるように、感情という名の蔓が這い登ってくる。

 育ってくれるな。

 これ以上おまえが大きくなれば、ぼくは、壊れてしまう。

 壊れたら、ララァを救えない。

 だから。

 だから……。

 

──危ないッ!──

 

 切羽詰まった思惟を感じて、顔を上げた。

 サイコ・ガンダムの、あまりにも速く、重く、巨大な拳。

 見えた瞬間に意識が消し飛ぶ。

 背後の衝撃で目が覚める。

 

 空の中心軸にいたはずが、いつの間にか、シェルター建築予定地の地表近くまで落下していた。完全な墜落を避けられたのは、低空すれすれから飛び出したギャンが、寸前で赤いガンダムを受け止めたからだ。

 

 二機はもつれ合いながら減速し、広大な更地を深く抉りながら着地する。土埃も収まらないうちに、サイコ・ガンダムもまた降りた。ミノフスキー・クラフトの作用で音もなく接地すると、全身を覆うIフィールドが、赤茶けた砂塵を球状に退ける。

 

 背を丸め、脱力したような立ち姿は、赤く発光する骨格もあいまって、まるで全身の筋肉を剥がれた罪人のように痛々しい。

 しかし、一般的なモビルスーツの二倍を優に上回る体躯から放たれる禍々しいプレッシャーは、百戦錬磨のシュウジにさえ死を予感させた。

 

『このレーザー通信が聞こえるか、赤いガンダムのパイロット』

 

 そんな重圧を踏み越えて、ギャンが一歩前へ出る。

 

『奴のバリア出力は普通じゃない。有効打を与えられるのは、ギャンのハクジだけだ』

 

 白磁の重騎士は、黒く焼けただれ、死の淵にあった。

 ソドンのブリッジを守り抜いた円盾は左腕もろとも吹き飛び、頼みの綱である大型複合兵器、ハクジは、実体ランスを取り巻くスラスターのいくつかが潰れている。

 

『戦え』

 

 エグザべ・オリベは静かに語る。死の運命を間近にしてなお、青年の声は揺らがない。

 

『生きてるなら、戦え』

 

 ギャンの融解した装甲の隙間から、青白い火花が血飛沫にも似て散る。

 

『君は、どうして僕の前に現れた。機体と身柄の引き渡しに応じてまで、どうして僕を頼った。あの子たちを、助けたかったからじゃないのか』

 

 エグザベは少年の葛藤を、怯懦と捉えた。

 間違いではなかった。

 シュウジは確かに、殺したはずの心が再び自身を縛りつけ、破壊することを恐れていた。

 

『二人は今も戦ってるんだ。あの黒いガンダムのコックピットで、マシーンに抗ってる。それを君は、みすみす諦めるっていうのか?』

 

 彼女たちを救うために戦うことは、心の実在の証明で。

 

『決心がつかないなら、構わない。僕は一人でもやる』

 

 すると、積み上げてきた罪が、心を磨り潰そうと倒れ込んできて。

 

『心の整理がついたら、いつでも加勢してくれていい。もちろん逃げてもいい。ただその選択が、君の後悔にならないことを──祈る』

 

 焼けただれた騎士が、爆発的に踏み込んだ。

 黒鉄の巨人は戦意を検知。弾かれたように顔を上げ、両腕の指にずらりと並ぶメガ粒子砲を放つ。

 騎士と閃光の交錯は一瞬だった。包み込むように折り曲げた指から撃ち出す一〇条ものビームは、ギャンのあらゆる回避先を丹念に潰していた。

 

 しかし、ハクジを突き出したギャンは、一切の回避機動を取らない。

 

『狡猾さが命取りだ、ガンダムッ!』

 

 避けなければ当たらないなら、避けなければいい。

 並外れた胆力で攻撃を見切った隻腕の騎士は、光のカーテンともいうべき濃密な弾幕を一直線にくぐり抜ける。

 それが、サイコ・ガンダムの策であるとも知らずに。

 

「いけない、罠だっ!」

 

 ハクジの穂先は、いまだサイコ・ガンダムに遠く。

 エグザべの視界は、ランス・チャージの余波を受けて舞い上がった砂塵に遮られる。

 黒い指先が蠢き、すでに包囲を完成させた、サイコ・フラグメントの数々にビームを届ける。

 

 一〇条のビームが装甲内側のリフレクターに反射し、さらに別のリフレクターへ。さらに次へ、次へ、次へ。反射を繰り返し、数十、数百にも折れたビームは、突撃するギャンへ無慈悲にも突き刺さる──そんな未来を、シュウジは()()

 

 だからこそ少年は、目の前の光景が信じられずにいた。

 

『……っ!? 君は、どこまで見えて!?』

 

 万華鏡のように屈折した、黄金の死の光の只中で、赤いガンダムはギャンを羽交い締めている。対ビーム・コーティングすらない、ただ少々硬いだけが取り柄のシールドが、ほんの数秒だけ時間を稼ぐ。

 アルファサイコミュが少年の思惟を機体制御に流し込み、ガンダムはまるで人間のような滑らかさで身をよじり、人間以上の精密さでスラスターを噴射する。

 

(これを、僕がやっているのか?)

 

 シュウジは、赤いガンダムを操る自分を、どこか遠くに感じていた。

 究極の反射と集中が、自意識を体から引きはがしたのだ。それは、悠久の時を戦い続けた本能が繰り出した、奇跡のマニューバだった。

 

 心の軋む音は、どうしてか聞こえなかった。

 少年は、ようやく理解した。

 

「僕の罪は」

 

 二人を救ったところで、贖えるものではない。

 誰かを救うことで、罪を償いたいわけでもない。

 僕は許されなくていい。

 僕は救われなくていい。

 

「だから、僕は……」

 

 友達(シュネー)に裁かれるその日まで。

 

「最期まで、友達に誇れる、僕でいよう」

 

 溢れ出る戦意に呼応して、赤いガンダムが震える。

 ──世界(ララァ)が、愛に応えて輝く。

 

 機体の性能は変わらない。実力も変わらない。赤いガンダムはそもそも、武装のほとんどを失っており、相方のギャンは今にも火を噴きそうな有様。絶望的な状況であることに、なんら変わりはない。

 

 それでも、宇宙は極彩色に光っている。

 シュウジには、その事実だけで十分だった。

 この()()()()がある限り、シュネー・ヴァイスが──この世界で最初に出会った友人が、美しく歪んだこの宇宙と共に、自身を断罪してくれることを、確信できるから。

 

「反射角を読もうとしてはいけない」

『じゃあ、どうすれば!?』

「背中にも目をつけるんだ──と、ガンダムが言っている」

『そうか、殺気! 牽制と本命は、それで見分けがつく!』

「今の説明でわかる君も、大概だと思うけど。まあ、いっか」

 

 罪の重みを他人に預ける危うさもわからぬまま、少年は駆ける。

 しかし、そうして身軽にならなければ、サイコ・ガンダムの弾幕をかいくぐることはできなかった。

 

「サイコ・ガンダムの神経系はニャアンに直結されている。下手に傷をつけたら、後遺症が残るかもしれない……サイコミュの制御中枢だけを貫くしかない」

『最初の被弾で、ハクジのタンクをやられた。ほとんど空だ。突撃は、一回きりだと思ってくれ』

「あいつのシステムは人体を模している。頭を狙って」

『確かなのか?』

「客観的には証明できない。でも、僕には見えるんだ。サイコミュ・コントロールの流れが……信じられないと思うけど」

『いいや、上等だ!』

 

 ギャンを手放した赤いガンダムは、空いた両手にビーム・サーベルを取る。高速・高威力のハクジが本命であることは誰の目にも明らかだ。それでも囮を果たすには、赤いガンダムの脅威をサイコ・ガンダムに刻みつけなければならない。

 

 少年は再び、光のカーテンに身を投げる。

 空中に描く突破口は、針の穴に糸を通すような、か細い軌跡がひとつきり──逃げ道を絞りきったそこに、サイコ・フラグメントの質量攻撃が襲いかかる。

 

(やっぱり、この黒いガンダムは)

 

 ニュータイプ殺し(ニュータイプ・デストロイヤー)のためにある。

 赤いガンダムの背中をかすめる鉄塊を尻目に、シュウジは確信した。

 

(読みにくい反射ビームで追い込んだ敵を、物理ビットで叩き落とす。あるいは逆に、ビットを避けた先にビームを置く。二つの()()を織り交ぜて思考をパンクさせてくる)

 

 迫りくるサイコ・フラグメントの数々をかわし、すれ違いざまに与えた斬撃は、常軌を逸したIフィールド・バリアの出力に負けて()()()にねじ曲がる。でたらめな性能という他ない。思わず舌打ちが漏れる。

 

(骨格が赤く光ってからだ。サイコの動きが変わったのは)

 

 ニャアンの判断ではない。明らかに機体のシステムが介入している。

 パイロットを、敵意を感知するセンサーとして兵器の一部に組み込むことが、サイコ・ガンダムの本懐なのだろう。そう、少年は結論づけた。

 

「人の可能性を、揺らぎとして排除したのか……嫌な合理だ」

 

 しかしサイコ・ガンダムの合理は、確かに赤いガンダムを追い詰めていた。

身をよじり、地を這い、時として飛来するサイコ・フラグメントすらも足場にして、全方位から殺到するビームと質量弾を凌ぎ続ける彼の集中力は、もはや限界を迎えつつあった。近づけば近づくほどに弾幕は激しさを増し、コロニーには致命的な破壊がもたらされる。

 

 これ以上に戦闘が長引けば、イズマには穴が開く。

 一手でも誤れば、ガンダムは消し飛ぶ。

 一秒一秒が、信じられないほど長い。

 ギャンは今、どこまで来て──警報音。機体の動きが、水でも掻いたように鈍る。

 

「しまった……!」

 

 コンソールに視線を落とすまでもなかった。駆動系のオーバーヒート。シュウジの神がかり的な操縦を前に、赤いガンダムがとうとう音を上げたのだ。

 

「それでも!」

『俺たちの勝ちだッ!』

 

 膝をつく赤いガンダムを、サイコ・フラグメントが叩き潰すより一瞬だけ早く──ギャン、突撃。

 わずかに残った推進剤を使い切り、右腕一本で辛くも繰り出すランス・チャージは、それゆえにギャンを身軽にした。

 それはまさしく、エグザベ・オリベの生涯で最も疾く、最も鋭い、至高の一撃。

 

 サイコ・ガンダムの無防備な背後へ迫るギャンの気迫は、シュウジをしても見惚れるほどで。

 

 黒く巨大な後頭部に、純白の騎士槍が、今──

 

「……は?」

 

 ──視えた未来が、歪む。

 サイコ・ガンダムの骨格がひときわ輝くのを、シュウジは見た。

 

 その色彩は黒ずんだ真紅ではなく。

 まるで向こう側の輝きのような美しい翡翠色が、一瞬だけ混じっていた。

 それは、ニュータイプ・デストロイヤー・システムの生贄となった少女、ニャアンの輝かしい才能の証明に他ならない。

 

 サイコ・ガンダムの四肢が、伸びやかに音の壁を突き破る。

 大地を抉れるほど踏み締め、人体を模した肩、背中、腰、すべての関節を滑らかに連動させて放つは──熟練の武芸者さながらの、後ろ回し蹴り。

 

 音速を超えた蹴撃は、その身を弾丸に変えて突き進むギャンの真芯を正確に捉え、完膚なきまでに粉砕した。

 

──エグザベ君……?──

 

 ゆっくりと墜ちていくソドンの方角から、見知らぬ女性の思念を聞く。

 超大質量の直撃に砕かれた白い鉄くずは、もはや、それが人の形をしていたことなど誰が想像できようか。

 

『しっ……』

 

 それでも。

 

『死ぬかと思ったッ……!』

 

 エグザベ・オリベという青年は、自己犠牲をよしとする男ではなかった。

 

『すまん、しくじった! しかし、この様子だと脱出して正解だったか!』

 

 彼はギャンの狙いをサイコ・ガンダムの後頭部に定めたその瞬間、人体の限界に近い加速Gを生への執念だけでねじ伏せ、強制解放したコックピット・ハッチの外へ身を投げたのだ。

 それは、故郷であるサイド5(ルウム)を戦火に焼かれ、天涯孤独の身となった過去を持つエグザベが、戦争の元凶たるジオン公国に仕官した背景にも通じる。

 

『命は残った、なら次がある! 君も一度退け!』

 

 白兵戦用のスラスター・ユニットで落下速度を殺しながら、生身の彼は叫んだ。

 

 エグザべ・オリベの根源とは、つまり。

 たとえすべてを失い、すべてを奪った怨敵に拾われたとしても、生きてさえいれば次がある。可能性が残る。

 

 次はもっとうまくやれるかもしれない。

 明日は今日より良くなるかもしれない。

 

 彼は人の生に、可能性という名の神を見出していた。

 それは生きるという行為への、ひたむきな狂信だった。

 

「僕は、死ねない」

 

 シュウジの瞳に、彼と同じ色の狂気が宿る。

 逃げねば死ぬ。

 しかし、逃げればマチュとニャアンは助からない。

 逡巡は一瞬。そして、

 

「二人も、諦めない!」

『君! 待っ──!』

 

 シュウジが選んだのは、かつて衝突したシイコ・スガイと同じ、総取りの未来だった。

 

 スラスター、点火。フル・スロットル。脱力した四肢を引きずり回すようにして、直上のサイコ・フラグメントから逃れる。

 衝撃。鉄塊が、赤いガンダムの右腕、右脚を叩き潰す。コックピットがアラートに赤く染まる。

 

「一本あれば十分っ……!」

 

 ガンダムの右腕が唸りを上げながら持ち上がり、背部にビーム・サーベルを戻した。

 それは断じて、武器を収めるだけの行為ではない。

 

「ごめん、ガンダム。僕は……行くよ!」

 

 ガンダムの背後から、サーベル付きのバックパックが、自らの推力で分離した。

 

 その名はコア・ファイター。

 アルファサイコミュ中枢、メイン・ジェネレーター、そしてパイロット。赤いガンダムを構成する最小単位を詰め込んだ脱出機が、焼き付いた四肢を()()()()()

 

「Iフィールドだって、テリトリィの中に飛び込めば! サーベルのビーム・ガンが通る!」

 

 自由だ。

 全方位を反射ビームに囲まれて、正面に胸の砲口を光らせたサイコ・ガンダムを見据えて。逃げ場などありはしないのに、どうしてかシュウジはそう思った。

 

 そんなものは、とうの昔に捨てたはずなのに。

 悪くない。

 悪くない気分だ。

 

『命の安売りは、感心しないわね』

「──え?」

 

 その直後のことだった。

 ビームの包囲網が、撹乱幕を充填したバズーカ砲弾によって霧散し、

 

『喋らない。舌噛むわよ』

「ぐうっ!?」

 

 コア・ファイターが、いつの間にか強靭なワイヤーに絡め取られ、猛烈な勢いで引き寄せられたのは。

 

『このスティグマを、殺し以外に使う日が来るとはね』

 

 その黄金の機影を、シュウジが忘れた日はない。

 クランバトルにて一対一でぶつかり合ったあの時、赤いガンダムに完全な敗北を叩きつけた、暴力の化身──。

 

「百式……それに」

 

 硝煙たなびく新型砲、ハイパー・バズーカⅡを両肩に担ぐモビルスーツが、もう一機。百式に抱えられたコア・ファイターを、空中から見下ろしていた。

 

「黒い、ガンダム……?」

『シュウジ・イトウだな。お前には教えてやる。こいつはガンダムMk-Ⅱ。先代と同じ、テム・レイ博士の発明で……』

 

 自信に溢れた男の声だった。おびただしいビーム痕が深々と刻まれ、今にも穴の空きそうなシェルター建設用地を目にしてなお、彼の声に恐怖はなかった。

 

『ティターンズの()()()だ!』

 

 言われて初めて、シュウジはコロニーの採光窓へ目を向けた。

 漆黒の宇宙に溶け込むように、ダーク・ブルーの大軍団が瞬いている。

 その数は、どれだけ少なく見積もっても一〇〇を超えていた。

 

 自走ドック艦とは仮の姿。超大型仮装空母トゥエルブ・オリンピアンズ号を旗艦とする、ティターンズ第一三独立強襲艦隊は、サイド6軍警の全戦力をも凌駕する規模をもってイズマ・コロニーに君臨する。

 

『お前たちはよく時間を稼いでくれた。第二ラウンドは、俺たちに譲ってもらおうか』

 

 ニャアンの交感能力によって、自らを包囲する戦力の全容を感知したサイコ・ガンダムが選んだのは──

 

「まずい! サイコ・ガンダムを追い詰めすぎた!」

『シュウジ君、それはどういうこと?』

「ここ一帯は、奴がビームをばらまいたせいで脆いんだ!」

『……まさか! ジェリド中尉!』

『もうやってます! 大尉!』

 

 ──ジェリドのMk-Ⅱが放った攪乱幕封入弾を、音速の拳で叩き落とし、最大出力の胸部メガ粒子砲を、自らが立つ大地へ向けて発射することだった。

 

 ニュータイプ・デストロイヤー・システム、通称NT-Dに付随する作戦AIは、キシリア・ザビ暗殺による戦争の誘発を、スペース・ノイドの虐殺によって、代えようとしたのだった。

 

 大地が割れる。風が哭く。

 サイコ・ガンダムが、溶融したコロニー外壁を突き破り、漆黒の宇宙(そら)へ躍り出る。

 

 イズマ・コロニーに空けられた巨大な穿孔は、やがて大気を吐き尽くし、偽りの大地に住まう人々を一人残らず殺すだろう。

 ──塞ぐ者が、現れない限り。

 

「なんだ? サイコと同じ気配がもう一つある……」

『なんだって!? こんな化け物を二機も相手にできるかよ!』

「これは……シュネー・ヴァイス? 君なのか!?」

 

 宇宙の暗黒とは、わずかに質感の異なる黒点がひとつ、コア・ファイターのキャノピーに映った。

 

 それは、真っ二つに切断された重巡洋艦チベの前半分を、まるでレトロ・コミックのヒーローさながらに掲げた、もう一機のニュータイプ殺し──サイコ・ガンダムMk-0。四肢には鹵獲機を示すオレンジのラインが波打っている。フリーハンドで描かれた応急的なペイントだった。

 

──イズマ・コロニーは私が守る──

 

 Mk-0はすれ違いざまに、可憐な声音を少年の脳裏に叩きつける。

 

──マチュの未来を、誰にも傷つけさせはしない──

 

 そうしてMk-0は、真紅に燃えるサイコ・ガンダムからの追撃を意に介さず、コロニーの大穴にチベの艦首を叩き込み、気密を強引に回復させた。

 シュネーはNT-Dを、規格外の精神力でねじ伏せていた。

 

『シュウジ。聞こえて?』

「……うん。シュネー、なんだね」

『残敵は掃討した。じき、ティターンズ本隊が来るわ』

「そっか……よかった。本当に、よかった……」

『それでも、一刻も早くサイコ・ガンダムを止めなければ、二人の命はわからない』

 

 シュネーのMk-0が、チベの船体に突貫作業で括り付けたとおぼしきコンテナを強引に引き剥がし、ぎこちない動きで放る。さしものサイコ・ガンダムも、軍艦の半分を抱えた特攻には、機体が耐えられなかったようだった。

 

『お願い、シュウジ。私のためとは言わない。二人のために、戦って』

 

 コンテナが内側から弾ける。爆砕ボルトの白煙を引いて現れたのは──白いガンダムMk-Ⅱ。

 

 シュウジには一目で分かった。

 そのMk-Ⅱにはバックパックがなく、赤いガンダムのコア・ファイターが、そのままフィットするよう仕立てられていること。

 そして。

 

 シイコ・スガイとのクランバトルにて、燃え盛るアクシズを背景に交わした、あの対話で。

 シュネーとの決定的な対立さえなければ、彼女はこの白いMk-Ⅱを、シュウジへ贈るつもりで特注していたのだ、ということが。

 

 なぜなら、かつて、向こう側のシュウジが愛機に刻んだ、一角獣(ユニコーン)と自身のイニシャルを組み合わせたパーソナル・マークが、肩口にあしらわれていたから。

 

「……僕のマークの話は、誰にもしていなかった」

『向こう側を知る者のよしみで、サプライズよ。アムロ・レイの()()であるあなたには、欠かせないものでしょう?』

「君は、僕のしたことを知って、それでも、信じようとしてくれていたのか……」

 

 数えることもできないほど、遠い昔に枯れ果てたはずの、涙。

 流す資格のないそれを、歯を食いしばって飲み込んだ。

 

「……戦うよ。みんなのために。裏切ってしまった、君のために」

 

 シイコ・スガイの百式が、コア・ファイターを優しく手放す。まるで、初めて二本の足で立った幼子を送り出すように。

 

『……ありがとう。シュウジ』

「……ごめんね。シュネー」

 

 最後には殺し合うとしても。今は、まだ。

 コア・ファイターを受け入れた白いMk-Ⅱは、そのツインアイに光を灯した。

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