白いMk-Ⅱ。黒いMk-Ⅱ。そして、黄金の百式。
アナハイム・エレクトロニクスの資本と、テム・レイ博士の英知によって生まれた最新鋭モビルスーツは、サイコ・ガンダムを確実に追い詰めていた。
マシンスペックばかりが理由ではない。人には長すぎる時を戦い続けたシュウジ・イトウはもちろん、ジオン独立戦争を生き延びたシイコ・スガイとジェリド・メサの実力は圧倒的だった。
(今、思えば。私は戦いの中でしか、生きられない人種なのだろう)
シイコが百式をサイコ・ガンダムの懐に飛び込ませると、すかさず黒いMk-Ⅱがハイパー・バズーカⅡを発射。ビーム攪乱幕を封入した特殊砲弾を的確に炸裂させ、反射ビームの弾幕を無効化する。
サイコ・ガンダムの絶対防御に、初めて巨大な穴が開く。
(我が子を腕に抱く幸せを知って、なぜ、私は戦いを選ぶ)
シュウジの白いMk-Ⅱは、その隙を決して逃さない。
ぬるり。
気配もなく、殺気もなく、黒い宇宙を滑り出る。
(守るべき命があって、愛すると決めた男がいて、なのに)
サイコ・ガンダムに敵意を感知するセンサーとして取り込まれたニャアンは、少年の起こりを読めない。読むべき敵意がないからだ。
(
ビジョンが脳裏に閃く。
ジェリドの黒いMk-Ⅱは前に出ない。前線の混戦を避けている。
フォローに徹する気概。無茶をせず、ほどほどでやめておく理性。本当に大切なものを、彼は理解している。
その要領の良さがありがたく──なぜ自分はこうあれないのか、と思う。
(百式。なんていい機体……どうして今の私の前に、現れた)
百式は軽い。このモビルスーツには、余計な要素が何一つない。
装甲は薄く、武装は最低限。しかし、何よりも堅く、何よりもしなやかな極上のフレームは、どれだけ振り回しても音を上げず、恐ろしいほどのレスポンスで応えてくれる。
(モビルスーツは、巨大な力をコントロールしたいという、人の根源を刺激する。誰よりも速く、
突出した白いMk-Ⅱにサイコ・フラグメントが襲い掛かる。シュウジは百式のフォローより早く、盾裏から抜刀。
ビーム・ジャベリン、一閃。
超高密度ミノフスキー粒子の穂先が、天敵であるはずのIフィールドを真っ向から食い破り、モビルスーツ大の装甲塊を叩き斬る。
「ごめんなさい。あなた」
スティグマ。狙いは白いMk-Ⅱ。
百式の腕が唸る。甘美なほど猛烈なパワーが立ち上がり、Mk-Ⅱをサイコ・フラグメントの包囲外へ
「私、今が一番幸せだ……!」
すでに二機は、格闘の間合いにあった。
サイコ・ガンダムの手足は音速を超える。しかし、格闘に予備動作はつきもの。特にシュウジは、コロニー内の戦闘で動きを見ている。
そこにニュータイプの能力が加われば、当たるものではない。
白いガンダムMk-Ⅱは、先代を圧倒的に上回る反応速度で拳撃をかわし、ついに──
『チャージが速い!?』
──サイコ・ガンダム最大にして最後の武器、胸部連装メガ粒子砲が輝く。
「させるかッ!」
シイコ・スガイは発射の間際、ビーム・ライフルの一撃を砲口めがけてねじ込んだ。
ビームを偏向するIフィールドは、当然、自分からビームを放つ瞬間には解除しなければならない。人間の反射神経では到底突くことのできないわずかな隙だが、
「視えてるのよ!」
ニュータイプ、シイコ・スガイには敵意が読める。
かつて、マヴを奪った赤い彗星にも備わっていたとされるその力を、彼女は自身の資質として受け入れていた。
「行きなさい、シュウジ君!」
『……ありがとう』
かくして。
白いMk-Ⅱのビーム・サーベルは、サイコ・ガンダムの眉間をまっすぐに貫いた。
真紅の骨格が瞬時に色を失い、コントロールを失ったサイコ・フラグメントの数々は、互いに衝突しながら、慣性のままに宇宙を漂う。
こうして、地球連邦軍少佐バスク・オムの暴走を発端とするサイド6無差別攻撃テロは、ティターンズの奮闘と、勇気ある民間人三名の献身によって幕を閉じる。
後に残ったのは、凄惨な破壊の痕と。
ジオン公国と地球連邦。当事者たるサイド6を置き去りにして二国の陰謀が交錯する、薄汚れた政治戦であった。
§
「麻痺って、どういうことですか?」
アマテの意識は、泥のように不快なまどろみの中にあった。
瞼は重く開かない。手足の感覚も、まるで眠りに落ちる直前に似て、はっきりしない。それでも耳だけはよく聞こえた。
あるいは、意識はとっくに落ちていて、ニュータイプとしての交感能力が、周囲の人々の思念を、声として感じ取っただけなのかもしれない。
「うちの娘はもう、二度と……自分の足で、歩けないってことですか……?」
母の声だった。しかし言葉の意味はわからない。頭が回らなくて、右から左へ抜けていく。
「グラナダ大学は神経学の権威。月であれば、確実な回復が叶いましょう」
ああ、こっちはシュネーだ。堅い口調を使っていても、優しい気配は隠せない。
「キシリア閣下はご令嬢の類まれなる才覚を買っておいでです。療養中の勉学については、フラナガン・スクールがハイバリー学園との連携を──」
「何から何まで、ありがとうございます──」
「──損害賠償は、ルオ商会、ジオン公国の双方より用意がございます。商会は、インターン・プログラム中のセキュリティ不備を全面的に認めており──」
長々と、一体何を話しているのだろう。分からなければいけない気がする。けれど眠気が勝ってしまう。
「グラナダへの旅程は、シーマ・ガラハウ中佐のリリー・マルレーンが、航海の安全を保障いたします」
リリー・マルレーン。旧世紀史の選択授業で聞いた気がする。
地球のたった半分ほどの地域で完結した、ほんのちっぽけな戦争が、
年老いた教師が言っていた。
その曲がラジオで流れると、二国の兵士は戦いをやめ、歌声に聞き入ったとか。
んなわけないよな、とアマテは思った。
けれど、内地に置いてきた恋人リリーを想うメロディは、確かに切なかった気がする。
塹壕で眠る兵士が思い描く恋人の姿に、シュネー・ヴァイスの綺麗な横顔が重なる。
どうして彼女を連想したのか。少女は理由を自覚しないまま眠りにつく。
「──ぁ、あ?」
次に目覚めたのは人工重力の上だった。ざっと二分で一回転している。間違いない。ここはスペース・コロニー。
鉛のように凝り固まった体は、自力では起こせなかった。首だけを動かして辺りを見た。
やけに広々とした病室だった。大きな窓からは夜景が見える。ベッドの周囲に所狭しと並ぶ医療機器がなければ、リゾート・ホテルのスイート・ルームにでも見えただろう。
それにこの、艶のあるフローリング。本物の木だろうか。だとしたら、札束の上に寝そべっているようなものだ。
ここはおそらく、終末医療を必要とする大企業の社長や政府の要人が、家族とともに滞在しながら執務をこなす。そういう空間なのだ。
一泊いくらかかるやら。そこそこなお嬢様の自覚を持つアマテでさえ、想像すらできなかった。
官僚の両親でさえ到底手の届かないサービスを受けられる心当たりは、一つしかない。
首を反対に傾けた。
赤髪の少女が、見知らぬ様式で仕立てられた軍服をまとって、ベッドの片隅に伏していた。
「……起きたのね」
アマテのかすかな衣擦れを聞いて、少女は顔を上げた。人感センサーが働いて、ベッドサイドに暖色の明かりが灯る。
「今日は大変だったわ……ティターンズを立ち上げてから大変じゃない日なんてないけれど、今日は本当に、特別」
話しかけているようで、どこか独白のような口ぶりで彼女は言う。
「キシリア・ザビはどうしても、あなたをイオマグヌッソのトリガーにしたいみたい。とはいえ、グラナダでなければ、治療が叶わないのも事実……いいえ、言い訳ね。私はキシリアへ偽りの忠誠を示すために、あなたを差し出すのだから」
それは、アマテの知らないシュネー・ヴァイス──否。ハマーン・カーンの顔だった。
裏社会を生き抜くための攻撃的なメイクや、両耳をこれでもかと飾り立てていたピアスの数々は、今や影も形もない。
肩口まであったウルフカットを気品あるシニヨンに纏めた彼女は、疲れの見える顔色を、淡い化粧でかろうじて隠していた。
「ねえ、マチュ……月に行ったら、ちゃんと私を恨んでくれる?」
確かに彼女の精神は、向こう側のハマーンとの統合を果たし、年齢不相応に老成していたかもしれない。
しかし、アマテから見た彼女は、圧倒的な強さで人々を魅了したクランバトルの王者でもなければ、選ばれし血統を背景に軍を率いる孤高の女帝でもなかった。
シイコ・スガイとの戦いが思い出される。葛藤を飲み込み、シュウジの願いを許したシュネーの姿を。
あの時、彼女はこう言った。
何かを得るためには、何かを捨てなければならない。
私はこの子に、何を捨てさせてしまったのだろう。
「……悲しいこと、言わないでよ」
すっかり枯れた喉からは、思ったよりずっと低く、かすれた声が出た。
「マチュ、あなた……」
シュネーの反応は思いがけないものだった。
「分かるの……?」
奇跡を目にしたかのような口ぶりだった。
「あなた、ずっと曖昧で……グラナダに転院するまで、もう話せないかと」
「ずっと……? 全然、覚えてないや」
「二人が救出されてから、一月経つわ。あなたが初めて目覚めたのは三週間前。ただ、サイコミュの後遺症が重くて、ずっと魂が抜けたようだった……」
彼女は途中で言葉を切り、病床のアマテをふわりと抱いた。
宝物にそっと触れるような手つきは、恐怖を隠しきれずに震えている。
触れ合う頬と頬の間を、温かい雫が湿す。
アマテは初めて、シュネー・ヴァイスの弱り切った姿を見た。
「サイコ・ガンダムから助け出された時、あなた、心臓が止まっていたのよ……?」
「そう、だったんだ……」
「ニャアンにかかっていたサイコミュの負担を、ほとんど肩代わりして……けれど、そうでもしなければ、あの子は死んでいたでしょうね」
「ニャアンも、私みたいになっちゃった?」
「いいえ。少し前に退院をして、元気よ。トゥエルブ・オリンピアンズ号で匿っている」
ニャアンはあなたを救い、あなたはニャアンを救った。
シュネーはまるで、自分を卑下するような口調で言った。
しかしアマテは、おぼろげながらに覚えている。イズマ・コロニーに空いた大穴を塞いでくれた、もう一機のサイコ・ガンダム。あれにはシュネーが乗っていた。
イズマの病院で退院を控えていた母を。ハイバリー学園の学友たちを。
つんけんしている割に、なんだかんだとポメラニアンズの面倒を見てくれるジェリドと、彼の妻ライラを。
自分の大切な人々を救ってくれたのは彼女だと、ニュータイプのアマテは知っている。
だから。
「教えて。シュネーは、何をしようとしているの?」
ここで彼女の手を放してはいけない。
「あなたは一体、何と、戦おうとしているの」
大切な人を苦しめているものを、知らなければならない。
そう思って、いくつもの管が刺さった腕で、彼女を抱き返した。
「……すべての、はじまりは」
星雲色の潤んだ瞳が、アマテの心中を覗き込む。彼女は体を離す直前、まるで覚悟を固めるように、もう一度だけアマテを強く抱いた。
「私をこんな体にして、家族とも引き離したギレン・ザビへの、復讐のつもりだった」
軍服のボタンが一つ一つ外されていく。
重厚な正装の前を開け、肌着さえまくり上げた少女の青白い肌が、アマテだけに晒された。
言葉を失った。
ゆっくりと上下する胸。かすかに形の見える肋骨。ほっそりとしたウエスト。縦に一本の筋が入った腹。
少女の美しい肢体、そのあらゆる部位に、おびただしい数の手術痕が刻まれていた。
「キシリア将軍のもとに匿われ、共に総帥府を討てば、復讐は叶ったでしょう。けれど、事態はそう単純ではなくなってしまった」
醜いものを見せたわね。彼女はそう言って前を閉じた。
アマテはかろうじて、綺麗だよ、と本心からの否定を絞り出した。
「キシリア・ザビは味方になりうる。しかしその前に、あの人の企みは止めなければならない」
「それは、イオマグヌッソってやつのせい?」
「……聞いていたのね」
「それが何かは、わかんないけど。私やジークアクスと、関係があるんでしょ?」
「明かすことはできない。知ればあなたは動揺し、キシリアにそれを見抜かれる……あなたや家族の命を危険にさらすわ」
始めの問いに答えましょう。
「私が戦うのは、この世界の歪み。ザビ家のジオン。シャロンの薔薇が操る運命……そのすべてを克服し、世に平穏をもたらしてみせる」
そうすれば、あなたも、ニャアンも、シュウジも、みんな幸せでしょう?
「ララァ・スンの願いは傷つけないことを誓うわ。いい手があるのよ……そう、
彼女はふっと微笑んだ。
年相応の無邪気さを見た気がした。
しかしアマテには、それがたまらなく危ういものに見えた。
「……シュネーは、家族と会うためにずっと頑張ってきたんでしょ? そんなことしたら、ギレンって人は、絶対っ」
「そうね。私が表立って動けば、ギレンが二人を見逃すはずはない。さりとて、キャスバル・ダイクンを表の顔に使うことは、ララァが望まない」
「それじゃ順番が変だよ……シュネーは、家族が一番大事で……」
「
「だから、それがっ」
「あなたが望まないことを、私はしたくない」
言葉に詰まった。否定するべきだったのに。
違った。違ったのだ。
彼女は、親友の前で肩の荷を下ろしたわけではなく。
なにか、死や消滅といった、取り返しのつかない定めを飲み込み、受け入れてしまったような──悟りの中にいる。
「わ、たし……?」
「ララァはシャアの平穏を望み、シュウジはララァの救済を望んだ。そして、あなたもまた、シュウジが救われることを願った。ならば、譲歩すべきは私」
私のせいで、シュネーは。
シュウジの願いを叶えるために、この子は。
全部を?
「それは違うわ、マチュ」
罪悪感に押し潰されかけたその時、やわらかな手が頬に触れた。
「もちろん危険は増すわ。けれど木星圏総督マハラジャ・カーンは、娘の暗殺から学ばない人間ではない。必ず手を打ってくれるはず」
温かい。声音も、彼女の体温も。心配を捨てて眠りたくなってしまうほど心地よくて、愛おしい。
なのに。
「ジオンはかつて、宇宙に棄てられた人々の望みによって成った。連邦だって、元をたどれば地球を回復させたいという願いの産物。私もまた、そういう希望を餌に人を動かし、ティターンズを立ち上げた……ならばこの運命、必然として受け入れましょう」
アマテの交感能力だけは、ずっと警鐘を鳴らしている。
彼女を離すなと。這いずってでも止めろと。
さもなくば──お前は愛する人を失う、と。
「私は、
彼女の足を止めさせるものを、アマテは持っていなかった。
それは、アマテ・ユズリハという成長途上の少女が、未だ破れずにいる限界だった。
§
キュベレイの襲来。そして、サイコ・ガンダムとG3ガスを用いたジェノサイド未遂。
地球連邦から分離した過激派組織が立て続けに起こしたとされる一連のテロは、首謀者ジャマイカン・ダニンガン、実行犯ドゥー・ムラサメ、ゲーツ・キャパ、計三名の死亡によって完全に収束した。
サイド6大統領ペルガミノのそんな声明が、イズマ・コロニー全体へ、不自然なほど速やかに受け入れられてから、一月が過ぎたある日。
『地球連邦政府は本日、独立治安維持組織ティターンズのサイド6進駐を正式に発表しました。当組織は、軍より独立した治安機構として制定され──』
「テロがあってもさぁ」
「うん?」
「期末テストって無くなんないんだよな」
「だから勉強してんでしょ、こうやって」
ハイバリーハウス学園の女学生が四人──アマテ・ユズリハの学友たちは、行きつけのファストフード店にたむろしていた。
テーブルには各々のハンバーガー・セット。まともに開かれもしていないテキストが数冊に、スマートフォンが一台。フリーWi-Fiに繋がれて、コメンテーターの瘦せた男を最高画質で映している。
『ジオン公国総帥府からは『ティターンズの存在は停戦条約違反であり、国際秩序に対する明確な挑戦である』と非難の声が上がる一方で、グラナダ行政府は『ティターンズの組織形態は条約を侵すものではない』と擁護の声を──』
「みんなニュースの方ばっかじゃん」
「そりゃ、ねえ……」
亜麻色の髪をした少女が語尾を濁す。指摘をした黒髪の少女も、言葉とは裏腹に、はじめから勉学に励むつもりなどさらさらなかった。
冷静に、アマテ・ユズリハの無事を確信するふりをして、三人の卑しか女──違う、恋敵──じゃなくて、ライバル──でもなくて、友達への精神的な優位を取ろうとした。
要するに、アマテさんのことは私が一番わかってるんですけど? というプライドの現れであった。
『ジオンは見解が割れているようですが、カイさん?』
『それはペルガミノ大統領が、イオマグヌッソへの融資にゴーサインを出したからでしょうねえ』
『と、言いますと?』
『元々、地球再生プロジェクトに乗り気でなかったギレン派は、サイド6を威圧するついでに、連邦を宇宙から排除したい。かたやキシリア派は、ようやく動き出した建造計画を止めたくない。そのためにはティターンズくらい目を瞑ろう……そういう両者の葛藤が、この危うい均衡を保っているわけです』
政治はいい。アマテさんを映せ、アマテさんを。
腹に抱えるものは違えど、四人の意志は同じだった。
外交官の娘であるばかりに、テロリストに誘拐されかけたという彼女の無事を知りたい。
本人はもちろん、彼女の家族とも連絡がつかない今、学生に過ぎない彼女たちは、見慣れないニュース番組に情報があることを期待するしかなかった。
『もちろん、組織の存立については議論の余地があるでしょう。しかしティターンズが、
『ティターンズのトップ、ハマーン・ウル・カーン総帥についても、多くの議論があるようですが』
『彼女は、マハラジャ・ゾル・カーン公爵のご息女。ミネバ・ラオ・ザビ殿下の叔母にあたる王族の一人です。四年前、シャトルの事故で亡くなられたとされています……ジオンの公式記録上は。この話、やります?』
誰かがあくびをした。彼女達にとって、カイ・シデンとかいうコメンテーターが語るパワー・ゲームの顛末は、フィクションを聞かされているようで実感が薄い。
サイド6は、それだけ戦争から遠く、豊かな国だった。
『報道人の端くれとしては……未確定の憶測を広げ、いたずらに情報を錯綜させることは、ジャーナリズムに反する行為と考えております』
『同感ですな』
『ここで速報です。イズマ・コロニー観光港より、キシリア・ザビ総司令の座乗艦、パープルウィドウが出港する模様です』
映像が切り替わる。四人の視線が自然と集まる。
貸切の出発ロビーはジオン、ティターンズ双方の兵士によって厳重に守られていた。
無数の侍従を付き従えるキシリア・ザビを、真紅の総帥服に身を包んだ小柄な少女、ハマーン・カーンが見送る。ペルガミノ大統領の不在が、三国のパワー・バランスを如実に表していた。
「……ん?」
「ねえ、あれ……」
黒髪の少女が一番に気づいた。ハマーンの背後に控えるティターンズ将校に混じって、車椅子が一つ。
キシリアとハマーンの握手に合わせて、介助者の手に押されて前に出る。
「アマテさん、だよね……?」
眼鏡の少女が呆然と呟いた。
頭を強く殴られたように、思考がまとまらない。
いつもどこか達観していて、言い知れぬ神秘性をたたえた、凛とした眼差しが素敵な、みんなの憧れ──そんなアマテ・ユズリハが、自分の足で立つこともできずにいる?
やがてティターンズ側の介助者から、ジオンの侍従の一人が、アマテの車椅子を引き継いだ。
呼吸すら忘れて画面に食い入る。
向き直ったアマテは、ハマーン・カーンへ微笑んだ。
花がほころぶようで、無邪気に甘えるようで。
しかし、別離の悲しみを胸の奥に封じている。
甘酸っぱく切ない機微を感じさせる──まるで、恋する乙女のような。
「は、あ、え……?」
あの子、あんな笑い方するんだ。
場違いにもそう思った。
ハマーン・カーン。アマテ・ユズリハ。
同じ赤髪。同じ背丈。違うのは顔つきだけ。
そんな二人が、身分の差すら超えて抱擁を交わす。
「あ、ああ……ハマーンって、まさか……」
絶望がオーバー・ラップする。
忘れもしない。イズマ事変の七日後。
クラシカルな赤いスクーターに乗って現れた、どこの馬の骨ともわからない、ピアスまみれでウルフカットな、ムカつくほど可愛いパンク女が、
もしかして、もしかして──
「あの時の女ッ……!?」
──私達は、とっくの昔に
「マジか、アマテ……本物だよアンタ……!」
「あはっ……あはっ……」
「こ、ころしてくれえ……こんなの、こんなの……!」
「────届かないから、星は綺麗なんだよナ」
その日、少女たちは、ほんの少しだけ大人になった。
憧れと恋をはき違えていたことを全員で恥じ、ハンバーガーをむしゃむしゃと頬張り、カラオケで失恋ソングを大合唱して、夜にはお気に入りの毛布にくるまって、みんなでグループ通話越しにちょっぴり泣いた。テスト勉強なんてしている暇は一秒もなかった。
すごいことなんてない、当たり前のことしか起こらない。
薄氷の上にある退屈な日常に、ありふれたつまらなさを覚えながら。
日常を退屈と思える幸福を、確かに噛み締めながら。
次回、二章完結。