【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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 すり鉢状に展開したバリュート・システムの傘に守られ、アーガマ隊が降下軌道へと入っていく。彼らにとってみれば、この傘は命綱だ。ビームの一発でも被弾すればたちまち破れ、待っているのは空力加熱による焼死である。

 

 その無防備な艦隊を道連れにせんと、全身を真っ赤な炎に覆われた巨大な異形が迫っていた。

 

 モビルアーマー、ノイエ・ジール。その機体もまた、単体での大気圏突入能力を持たない。ゆえに、一秒ごとにその巨体を熱で壊死させながら、道連れを求めて狂ったようにアーガマ隊へと突進してくる。

 やがて艦隊が、ノイエ・ジールの全身に配された偏向メガ粒子砲の射程に入ろうかというその時だった。

 

『調子乗んなぁッ!』

 

 ノイエ・ジールの頭上より、下半身にあたるダンディライアン・ユニットが桁外れに強力なIフィールドを展開し、空力加熱を強引にカットしながら急降下する超兵器――ダークブルーの怪鳥、Ζ=インレ。その周囲にはオレンジのテストカラーに彩られたアッシマーが侍り、ドゥーの思惟を受けて暗緑の怪物に殺到する。

 

 ビーム偏重のノイエ・ジールも、すでにファンネル・クラスター・ミサイルを撃ち切ったΖ=インレも、Iフィールド・ジェネレーターを搭載する以上は、互いに決定打を持ちえない。

 

 勝負を決めるのは、ヒート式の実体刃を持つアッシマーの機首同軸ロング・ブレード・ライフルか。あるいはノイエ・ジールの有線クロ―アームか。そのどちらかが、どちらかのIフィールド発振器を先に破壊するか、その一点のみ。

 

『食い殺せ、アッシマーッ!』

「……ゲーツ」

『はっ。閣下』

「悪いが、我々は貧乏くじを引いた。死守命令だ」

『……了解ッ!』

 

 ドゥーがサイコミュ制御するアッシマーを前に、ノイエ・ジールは全身のビーム砲を閃かせた。戦艦すら沈める大火力が絶え間ない弾幕として降り注ぎ、大気圏突入に際する莫大な空気抵抗にマニューバを妨げられたアッシマーが、一機、また一機と墜ちていく。

 

「逸るな、ドゥー!」

 

 ハマーンはΖ=インレの巨体を滑らせるように操り、ノイエ・ジールの苛烈な弾幕と残されたアッシマーたちの間に強引に割り込んだ。

 

 アッシマーは当初六機。だが、先刻のルナツー攻略で一機が自爆を遂げ、たった今ノイエ・ジールの猛火によって二機が撃破された。残るはわずか三機。これ以上の損失は戦術の瓦解を意味する。この状況を切り抜ける唯一の勝ち筋を温存すべく、ハマーンは冷静に命じた。

 

「ゲーツ、ファイバーにエネルギーを優先供給。ドゥー、Iフィールド出力最大。複合防御バインダーを前面へ回せ」

『はっ、了解ッ!』

『わわ、待って待って!?』

 

 全長百メートル級の巨体を誇るインレの上部ファイバー・ユニットに配された、巨大な複合防御バインダーが駆動する。ジェネレーター制御を担うゲーツの手によって莫大なエネルギーが配分され、大気圏上層の赤熱する夜空に、不可視の障壁が大きく広がった。戦艦の主砲すら弾くIフィールドの偏向場が、ノイエ・ジールの放つメガ粒子砲の奔流を球状に逸らしていく。

 

「アッシマーはいけるか、ドゥー」

『ごめん、頭が、割れそ……!』

『ドゥー、ダンディライアンにフィードバックを回せ! 俺はまだいける!』

「この連戦では、無理もないか……」

 

 ルナツー防空圏突破に伴う有線スプレッド・ビーム砲台の連続使用に加えて、一〇〇以上の子弾を放つファンネル・クラスター・ミサイルを全弾使い切り、極めつけは随伴モビルアーマー、アッシマー六機の並列処理。いかにゲーツとハマーンにサイコミュの負荷を分担させてきたとはいえ、ドゥーの疲労は限界に達しつつあった。

 

 三位一体の完璧な連携が崩れ、攻め手が弱まった瞬間を、暗緑の魔物は見逃さない。アッシマーが隠れたのをいいことに、ノイエ・ジールは猛然とΖ=インレへ突進し、有線クロ―アームをファイバーの巨体に突き立てる。

 ファイバーの長大な複合防御バインダーが捩じり上げられて軋む。その姿はさながら、絡みつく大蛇に翼をへし折られようとする渡り鳥だ。

 

「小癪だよ、ノイエ・ジール!」

 

 Ζ=インレの中心で、白いΖが動いた。

 手にしたハイパー・メガ・ランチャーの巨大な砲口から極太の光刃を噴き出し、一閃。ファイバーを拘束する幾筋もの有線クロ―アームをまとめて叩き斬る。

 同時に後退を狙うΖ=インレだったが、次第に濃度を増していく大気の層が自在な機動を許さない。加速しすぎれば、いかにダンディライアンに大気圏突入能力があろうと燃え尽きる。

 

 一方でノイエ・ジ―ルは、もはや生還を望めぬ身。

 絶死の覚悟が、Ζ=インレとの間合いを食い尽くす。

 

 ノイエ・ジールはその巨体を強引に前進させ、Ζ=インレの眼前――Iフィールドの防御円よりも内側へと肉薄したのだ。

 ゼロ距離。半ば融解しつつある砲門から放たれたメガ粒子ビームが、至近からファイバー・ユニットの複合防御バインダーを直撃した。Iフィールドによる減衰のない純粋な熱量が、インレの堅牢無比な装甲を瞬く間に蒸発せしめる。

 

『ファイバー、Ⅰフィールド・ジェネレーター大破!』

 

 ゲーツの絶叫めいた報告が響く。しかし、ファイバー・ユニットのコックピットに座す強化人間の少女は、手足をもがれるような損傷に恐怖するどころか、ますます怒りをたぎらせた。ハマーンの前では縮こまる彼女も、戦場では狂犬の如く猛り狂う。

 

『調子乗んなって――』

 

 ドゥーが歯を剥き出して吠えた。彼女は機能を失った巨大な装甲バインダーの一方を翻し、それを超大質量の一撃として顔面へと叩きつけた。深緑の巨体がたまらず体制を崩した直後、ドゥーがノイエ・ジールの背面へ潜ませていた有線スプレッド・ビーム砲台が一斉に火を噴く。

 

『――言ったろ!』

 

 十六条の極光が、ノイエ・ジールの背部めがけてぶちまけられた。Iフィールドの内側から重装甲を一瞬にして貫かれたノイエ・ジールは、激しい炎を貫徹痕より噴き出し、たちまち火だるまと化す。

 

 勝負は決した。誰もがそう確信した。

 

 だが、死を忘れた執念の魔物は、機体各所から隠しサブアームを一斉に展開。それは蜘蛛の脚のようにインレの巨体へと絡みつき、狂ったようにメインスラスターをフルスロットルで点火した。

 

 降下軌道を強引に急角度へねじ曲げ、大気圏の空力加熱でインレごと相打ちになろうという特攻だった。

 

『ダンディライアン、熱量負荷限界!  このままでは奴もろとも燃え尽きます、閣下!』

「ダンディライアンはバウンド・ドックになれるか?」

『損傷軽微、変形は可能ですが、しかし閣下は!』

「Ζにはウェイブ・ライダーがある。今はファイバーの救出が再優先だ。ドゥー、分離に合わせてコア・ファイターⅡで脱出。ゲーツに捕まえてもらえ。お前をここで失うわけにはいかん!」

『りょ、りょーかい!』

 

 Ζ=インレの異形の下肢がうごめいたかと思えば、それはたちまち各所を変形させ、のっぺりとした胴体にかぎ爪を持つ巨大なモビルアーマーに姿を変えた。

 

『ご無事で、閣下!』

 

 それはファイバー・ユニットから飛び出した小型戦闘機、コア・ファイターⅡをすばやく背中に庇うと、Ζ=インレの巨躯を振り回していた大出力スラスターに点火。腹下に抱えるダイダロス・ユニットで、プラズマ化した大気の火炎を半球形に退けながら、一直線にアーガマへ飛んでいく。

 

「さて、これは一苦労だな……!」

 

 ダンディライアンが離脱し、もはやΖ=インレだったものと呼ぶしかない超兵器の残骸を縛るのは、モノアイの光さえ消えてなお、ぎりぎりと惰性で機体を締め上げるノイエ・ジールと、パイロット無きファイバー・ユニットだ。

 ハマーンはすかさず、ファイバーとガンダムの接続ブロックに仕込んだ爆砕ボルトを点火して緊急離脱をかけるも、いかんせん二つの超大質量物体に挟まれては、Ζとて身動きが取れない。

 

 コンソールの過半が警告に赤く染まり、けたたましいアラームを響かす。周囲の大気はすでに流体として牙を剥き、二つの残骸は空力加熱で赤く膨れ上がりながら、白いΖを圧し潰していく。

 

「……チッ」

 

 崩れゆくファイバーの残骸が視界を覆う。ノイエ・ジールの装甲が、赤熱して歪みながらそこへ溶着していく。もはや逃げ場はない。

 

 そのはずだった。

 視界の端を、白い影が切り裂いた。

 

『――シュネー』

 

 ノイズまみれの通信に、聞き慣れた少年の声が割り込んだ。

 

 白いガンダムMk-Ⅱ。フライングアーマーを駆るその機体は、火炎の尾を引きながら急降下してくる。大気圏突入のさなかに、モビルスーツがモビルスーツを救助しようなど、正気の沙汰ではない。

 

 けれど、彼はいつだってそうだった。

 シュウジ・イトウは、その純粋な思い一つだけを胸に、いくつもの世界を渡り、悠久の時を過ごしてきた、純粋で、一途で、罪深き少年なのだから。

 

「無茶をするわね、シュウジ」

『でも、おかげで間に合った』

 

 白いMk-Ⅱはフライングアーマーの姿勢制御スラスターを強引に噴射し、一塊になって落下する残骸群の下へ潜り込んだ。シールド裏から抜き放たれた長柄のビーム・ジャベリンが、熱で歪んだ空に桃色の弧を描く。

 

 一閃。

 

 ノイエ・ジールの残ったサブアームが、まとめて断ち切られた。続けざまに二閃。ファイバーのメインフレームがばっくりと裂け、ノイエ・ジールの黒焦げた胴体を巻き込んだまま、ずるずると横へ崩れていく。

 

 その隙間へ、Mk-Ⅱが手を伸ばした。

 

『つかまって!』

「……ええ!」

 

 白いΖが、伸ばされた手を掴む。互いのマニピュレータが噛み合った瞬間、シュウジはフライングアーマーのスラスターを進行方向へ向け、全開した。

 

 それは滑空というより、制御された墜落であった。

 

 二機の質量がフライングアーマーにのしかかる。姿勢制御スラスターが次々と火を噴き、機体下面が赤熱する大気へ押しつけられた。

 

 白い機影が、空力の助けを得てわずかに横へ滑る。

 

 その真上を、ファイバーとノイエ・ジールの残骸が燃えながら通過した。続く爆発が夜空を裂く。装甲板、フレーム、砲身、ぐずぐずに融け崩れたIフィールド・ジェネレーター。もはや何の部品であったかもわからない無数の破片が、眩い流星となって散っていった。

 

「アーガマは?」

『僕が出てきた頃には、エアロブレーキングに入っていた。たぶん、マンガルールに降りるよ』

「……そう。なら、いい」

 

 安堵もつかの間、ハマーンの語尾に警告音が重なった。

 

 フライングアーマーのシールド温度は、すでに耐熱限界を超えている。黒い断熱タイルがぼろぼろと剥がれ、左翼の付け根に亀裂が走り、主桁の歪みは危険域に入った。

 

 それでも、二機は残骸群の直下を外れた。Ζガンダムを引っ張り出した際の反動が生んだ破滅的なスピンも、完全ではないにせよ収まりつつある。何より、白いΖの機首を大気の流れへ向け直すだけの余裕が生まれていた。

 

『……まずいか』

「いいえ。このΖガンダムを舐めてもらっては困るわね」

 

 フライングアーマーの左翼が裂けた。続けて、オーバーヒートした耐熱シールドが弾けるようにごっそりと剥離する。ハマーンは、フライングアーマーが吹き飛ぶまさにその瞬間、Ζの変形シーケンスを開始した。

 

 四肢の可動域ロックが解除される。脚部が折り畳まれ、腕部が機体内へ沈み、胸部ブロックが沈降する。人型の輪郭は瞬く間に失われ、代わって、熱と衝撃波を受け流す薄い機影が組み上がっていく。

 

 ウェイブ・ライダー。

 

 バリュートや降下艇の助けを借りることなく、単機で大気圏へ突入し、敵の中枢めがけてΖガンダムを極超音速で叩き込むための強襲形態だ。

 

 突入角を浅くする。機体下面で熱流を受け、機体上面のグリップにしがみついた白いMk-Ⅱを守る。全身の姿勢制御スラスターを絶え間なく噴射し、高すぎる突入スピードに暴れ狂う機首をねじ伏せる。

 

 白いΖは砕け散るフライングアーマーを置き去りにし、Mk-Ⅱを背に乗せて、夜の薄青い大気へ滑り込んでいく。

 

 ノイエ・ジールの特攻に狂わされた軌道は、アーガマ隊の降下コースから大きく外れていた。予定降下地点など、とうに意味を失っている。眼下には、黒い海と、暗い大陸の輪郭だけがあった。

 

「ありがとう、シュウジ」

『うん』

 

 いつもの返事だった。あまりにも軽く、あまりにも自然で、だからこそハマーンは少しだけ、二の句を継ぐことをためらった。

 

「次に会えば、敵同士よ」

『うん』

「私はきっと、あなたを殺すわ」

『そうだね。でも、それでいいんだ』

「……放っておけば、あなたの敵を一人、確実に消せたのよ」

『……いいんだ。それでも僕は、友達を失いたくなかった』

 

 それきり、通信がしばらく途切れた。

 

「……マチュが言っていたわ。みんなで海に行きたいって」

『うん』

「私も、同じ気持ちよ。今だってそう」

 

 眼下には、夜の海が広がっている。

 マチュが憧れ、ニャアンが知らず、シュウジがどこか遠いものを見るような目で語ったもの。

 その黒々とした広がりを前にして、ハマーンはようやく理解した。

 

 ここが地球なのだ。

 人類の故郷でありながら、彼女にとっては一度も帰る場所であったことのない、未知の惑星(ほし)

 

『シュネー』

「なに?」

『シャロンの薔薇が、呼んでいる』

 

 その声色に隠れた感情を、ハマーンが推し量ることはできない。

 

「行くのね」

『それが、僕の役目だから』

「シュウジ」

『うん』

「さようなら」

『――うん。さようなら』

 

 白いMk-Ⅱが、ウェイブ・ライダーの背から静かに離れた。ほんの一瞬、ためらうような動きを見せたような気がした。

 それがシュウジの躊躇なのか、単なるオーバーヒートがもたらした機体制御のラグなのか、少女には分からない。少年が普段通りの声音の裏に隠しただろう情動と同じく。

 

 極彩色の燐光が、夜の大気に滲む。

 

 白いMk-Ⅱは自由落下の途中で、全く異なる宇宙の物理法則へ、ふっと乗り換えたように、光の向こうへと滑り込んでいった。

 

 光が収束する。夜の闇が戻る。

 ウェイブ・ライダーはプラズマ・ジェットの青白い尾を引きながら、一機きりで成層圏を滑空していく。

 

 ハマーンはシュウジとの別れを、殊更に悲しんでみせることはしなかった。

 ただ、操縦桿を握る指に、わずかに力が入った。

 

 眼下に、巨大な円形の暗がりが広がっていた。

 

 シドニー・クレーター。

 

 ハマーンは海に近い干潟を越え、断崖の上にぽつりと佇む洋館を見つけた。

 白いΖは変形を解くと、逆噴射で降下速度を抑え、塀の外の荒れた地面へ、片膝をつくように接地した。

 

 衝撃が地中を走る。

 夜明け前の屋敷が、かすかに震えた。

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