【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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2025/05/14 第一話改稿に伴い、内容を一部修正しました。


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「右舷格納庫に備えるサイコミュ兵装保守設備のひとつが、()()拾った感応波形がこちら。そして四年前、フラナガンスクールにて記録された、ハマーン・カーン生徒の波形がこちら。技術士官の調査によると、これらの誤差はゼロコンマ未満とのことです」

 

 強襲揚陸艦ソドン、遠心重力ブロックの一角。重厚なマホガニーのデスクが鎮座する高級士官室に、深みのある声が朗々と響く。

 声の主であるシャリア・ブル中佐は、形の良い眉根に深々と皺を刻み、その表情でもって、事態の深刻さを強調した。

 

「つまるところ、何か。シュネー・ヴァイスなる破落戸(ごろつき)が、ハマーン・カーンであると言いたいのか? シャリア中佐」

 

 答えたのは、低く、そして貝紫のマスク越しにさえ伸びやかな王族の声音。

 ジオン公国軍突撃機動軍総司令、キシリア・ザビ。

 シャリア・ブルの直属の上官にあたるマ・クベ中将を飛び越えた、異例の通信だった。

 

「私の勘はよく当たります。キシリア閣下も、それはご存知のはず」

 

 執務室の窓越しに、月面都市グラナダの煌びやかな威容を背負うザビ家の長女は、シャリアの言に重々しく頷いた。

 そして、数秒の沈黙の後、再び口を開く。

 

「……よかろう。公国政府の要人捜索であれば面目も立つ。イズマへの強襲揚陸も辞さん。貴様の目で確かめ、(まこと)ならば直ちに保護せい」

「もう一つ、お耳に入れたいことが」

「申せ」

「イズマにて、親衛隊が動き出しました。哨戒に出した兵が、モビルスーツらしき積み荷の受領も確認しております。ハマーン様の御身に危険が及ぶやもしれません」

 

 キシリアの反応は小さく、しかし劇的だった。マスクに隠されて顔色が窺えないからこそ、瞳の奥に帯びる光が鋭さを増す様が、モニター越しにも鮮やかだった。

 

「よもや、兄上が嗅ぎつけたのか……ならばなおのこと、強襲揚陸で鼠どもに睨みを利かせよ。ハマーンは私の治世を助ける女だ。何としても死なせてくれるな」

「はっ。確かに拝命致しました」

 

 密談を終えたシャリアは直ちに内線を通じ、格納庫のメカニックに伝えた。

 

「ガルバルディの出撃準備を」

 

 灰色の幽霊が自ら出る、と。

 

 

§

 

 

 流石というべきか、シャリア中佐は仕事が早い。カネバン有限公司の偽装ビルを出た途端、粘つくような殺意が濃く匂った。

 総帥府付きの親衛隊だろうか。群衆の中へ巧みに紛れる気配は、よく鍛えられた暗部のそれだ。サイド6に常駐させていた諜報員の類に違いない。

 

 他のサイドに姿をくらませることも考えたけれど、空に浮かぶ強襲揚陸艦ソドンから無事に逃げおおせることができると思うのは、あまりに楽観的だろう。

 ここで消すしかない。消すしかない、が。

 私はまた、人を殺すの?

 (かぶり)を振って迷いを断ち、砂埃を巻き上げながらヒビだらけの道路を走っていた手近なタクシーに手を上げて、乗り込む。

 

「どちらへ」

「急ぐの。悪いけど、すぐに出してくれる?」

 

 クラブの名前を伝えると、中年の運転手は何かを察したように小さく頷いた。荒っぽいハンドルさばきが露骨に落ち着く。私の格好が、そこで客を取っている娼婦にでも見えたのかも。

 擦り切れたリアシートに揺られながら、スマホで機付長にドムの武装を指示しておく。

 悪意が増速した。向こうも車に乗ったらしい。スマホをいじるふりをして、内カメラで後ろを見ると、砂埃と手垢に曇ったリアガラス越しにそれらしいセダン車を見つけた。

 

 まずい。連中、軍警に化けている。その気になれば車を停められてしまう。

 他国の諜報員が法執行機関に偽装するなんて、下手を打てば外交問題でしょうに。よほど自信があるのかしら。

 けれど、このまま追ってくるなら好都合だ。途中でタクシーを降りて、最寄りのコロニー整備トンネルからドックに直行してしまえばいい。

 ギレンは用意周到な男だ。どうせ、観光港のシャトルに乗って逃げる私を他の乗客ごと暗殺するケースくらいは考えて、モビルスーツを準備させている。マヴ戦なら、相手は生身の人間ではない。

 私でも殺せるはず。

 

「ここでいい。お釣りはいらない」

 

 私は、運賃にほんの()()()を上乗せして、運転手に差し出した。

 

「貰えません。お代はいっつもまとめて、アンタらのボスから頂いてんだ」

「あなた、人からどんな客を乗せたか聞かれたら、何て答える?」

「……禿げ頭で小太りの中年男を、駅前まで」

 

 要求を察した運転手は、所々抜けた歯を見せてにやりと笑い、タトゥーだらけの手で紙幣を受け取った。

 繫華街の真っ只中。ぼこぼこに凹んだ歩道の柵を越えて入ったのは、両隣を巨大な娼館と連れ込み宿に挟まれて、今にも押し潰されそうな様子の小さな中華飯店だ。

 

「シュネーちゃん、いらっしゃい。お腹空いてるかい?」

「今日はごめんね。裏道使わせて」

 

 カウンターにずらりと並ぶ客の後ろをすり抜けて、厨房側に回る。すると初老の店主は慣れた様子で、壁に区切られたバックヤードの、床下収納に偽装されたハッチを開けた。

 等間隔に並んだ薄暗い非常灯に照らされて、長い梯子が地下深くまでずっと続いているのが見える。油でべたつく床を触らないように気を付けながら、私はその狭い縦穴に身体をねじ込んだ。

 

「シュネーちゃんに手を出すなんて、相手はモグリかね?」

「雇われパイロットなんてそんなものでしょ、連中が身の程知らずなのは認めるけど」

「どっちにしろファミリーの巣にノコノコやってきたのが運の尽きだな。旦那にゃあ若ぇ(モン)に連絡させるよ。背格好はわかるか?」

「軍警に変装した二人組。どうせここまで追ってくるでしょ」

「ヒャーッ、するってえと本当のバカだな! ま、いつも通りあしらうのは任してくれよ」

「ついでに言伝をお願いできる?」

「なんてだい?」

「暗礁宙域の古戦場で待つ、と」

「ほう、やる気だねえ……確かに伝えとくぜ」

「ありがとう。今度、友達連れて食べにくるから」

 

 おう、待ってるよ! そう言って店主は、私が梯子を降り始めたのを見計らってハッチを閉めた。ほどなくして、鍵の閉まる音も聞こえる。

 

 ひとまずは安心だ。しかしどちらにせよ、これ以上イズマ・コロニーを親衛隊にうろつかれるのはまずい。何がしかの情報を持って帰られて、増援を派遣されても、私の身は危うくなる。

 シャリア・ブル中佐と配下の強襲揚陸艦一隻なら、なんとか刺し違えることはできるかもしれないが、それ以上の戦力を相手取るのは厳しい。

 せめて二人は、先に削っておかなければ。

 

「……ままならないものね」

 

 最下層に降りた。ここもまたコロニー整備用のトンネルだが、天井の高さは貨物列車専用に設計されていて、モビルスーツが入れる規模ではない。錆の浮いた軌条の上には、列車の代わりに手製の電動トロッコが乗っている。

 むき出しの運転席に乗り込んでキーをひねると、車両は古びた外見にそぐわず、内蔵バッテリーの力で滑らかに走り出した。

 

 自動運転で数分ほど行くと、トロッコは自身のセンサーで終点の接近を検知し、車速を落とす。駅のホームには、機付長が作業灯を片手に立っている。

 出口の扉を開ければ、そこはもう見慣れたドックだ。

 純白のリック・ドムは、銃身の長いライフルと併せて、機体をすっかり覆えるほどに大きなシールドを装備した完全武装で私を待っていた。

 

「ビーム・ライフルを使うってのは、つまり暗礁宙域まで行くんです? 敵はそんなに危険なんですか?」

 

 ドック管制室に続くキャットウォークを早足で歩きながら、機付長は私に並びかけて問う。豊かな髭越しにも、口が心配そうに()()()に曲がっているのがよく分かった。

 

「ジオンの密偵だから、最悪、フルスペックの量産型(マスプロ)ガンダムかもね」

「ジオンが!? 奴ら、17バンチ事件をやろうってんじゃないでしょう?」

「狙いは私でしょ。ほら、勘が良すぎるから」

「ギレン・ザビのために人体実験の材料を探す人狩り部隊(マンハンター)なんて、都市伝説だと思ってたが……お嬢はやっぱり、ニュータイプとかって奴ですか」

「どうだかね。私のノーマルスーツは?」

「お嬢がアレを着るのは、初めてですな。ちょうど助手が裏から引っ張り出してます。着替える間に、こっちもやれることをやっときます」

「いつもごめんね。私の名前で、みんなにビール、頼んどいてよ」

「はっ。メカニック共も喜びます」

「あは。軍人仕草、抜けないね」

「性分ですから……シュネーお嬢、ご武運を」

 

 私のために用意された専用の更衣室は、管制室の中にある。あいにく、今まで一度も使ったことはなかったけれど。

 

「シュネーさん、着方は分かりますか?」

「ええ、大丈夫。ありがとう」

「あの、どうか無事に帰ってきてくださいね。上のみんなが待ってますから……どうか」

 

 機付長の助手をしている彼女が言う上のみんなとは、私の雇い主と契約を結んで、地上階のクラブを客引きの場にしている少女たちのことだ。彼女たちは、男所帯のギャングでは希少な同性の友人だった。

 

 助手の女性が出ていき、一人になった私は、アステロイド・ベルトでの忌々しい記憶が染み付いたスーツを前に、我ながら勝手な逆恨みを吐き出した。

 

「私にノーマルスーツを着る気にさせた、シャリア・ブル……」

 

 口に出してみると、自分がひどく冷徹な女帝になった気分だ。けれど、今は人を殺めることへの抵抗を跳ねのけるために、その傲慢さが必要だった。

 

 表面をバーナーで炙られても、やけど一つ負わないほどの断熱性を誇るスーツの生地が、今はいやに冷たく感じる。サイコミュ・システム用の脳波ピックアップを内蔵したヘルメットを被ると、体を巡る血潮までもが凍り付いてしまうような思いさえした。

 

 怖い。そう、怖いのね、私は。

 研究者たちの無遠慮な手つきに、心と体を底の底まで食い荒らされたことが。

 四年という月日が経ってなお、冷酷な独裁者に命を狙われていることが。

 マハラジャお父様にも、ゼナお姉様にも、姪のミネバ様にも会えないまま、冷たい宇宙(そら)で孤独に死ぬことが。

 けれど。

 

「マチュも、怖いはずよね」

 

 あの子が今、この瞬間も戦っていると思えば、私もまた戦える。

 たとえ運命(ガンダム)に選ばれなくても、私はお父様の娘、ハマーン・カーンなのだから。




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