微細な高速デブリ群が装甲表面に衝突する音は、ズム・シティの生家で聞いた雨音に似ていた。しかし、轟沈した戦艦や、撃破されたモビルスーツの構造材が主な構成物質であるそれは、生身に浴びれば体に穴が開くどころか、たちまち血煙と化すほどの威力を秘めている。
だからこそ、この
クランバトルの、特にデスマッチに等しい危険な試合に使われるケースを除いては。
サラミス級巡洋艦の、くの字にひしゃげた横腹に空く巨大な穴。そこに、私は純白のリック・ドムを潜伏させていた。
ジェネレーターはもちろん、逆探知の恐れがあるアクティブセンサーもすべて切り、生命維持装置すら機能をぎりぎりまで絞って排熱を抑えている。
このあたりは、核反応炉が稼働したまま漂流を続ける幽霊船状態の兵器が珍しくない。多数の熱源反応に紛れるこちらを見つけ出すのは至難の業だ。
警告音。目を開ける。
スリープ状態から復帰したモニターに、事前に仕掛けたトリップワイヤーの切断通知が届く。
親衛隊の追っ手がワイヤーを無自覚に切るたび、コンソールに出した自作の宙域図にピンが打たれる仕組みだ。侵入経路も、スピードも、丸裸にできる。
これだけ情報があれば、狙撃は容易い。
隕石群と漂流物が所狭しとひしめき、逃げ場を塞ぐこの宙域なら、なおさらのことだ。
「ジェネレーター、臨界よし。メガ粒子縮退……うん。大丈夫。いい子ね」
機種はリック・ドムだが、タイル状の増加装甲を全身に貼り付けられているばかりか、海兵隊向けの大型シールドに加えて、カートリッジ式のビーム・ライフルまで装備している。
素体はこちらと同じ六年落ちでも、度重なるアップデートによって総合的な性能は一線級。闇市場に流れる中古モビルスーツとは、あらゆる面で別次元の機体といえる。
けれど。
「乗り手はどうかしら」
対手と同じ
それでも、外しはしない。
「そこっ!」
発射、即、着弾。
亜光速のメガ粒子ビームは、射線上の微細なデブリを青白いプラズマに昇華させながら突き進み、瞬きより早く漆黒のドムの胸部に突き刺さった。
だが、墜ちない。装甲タイルが自爆して、封入されたビーム撹乱幕を放出したからだ。
反撃のため、二つの黒い影がそれぞれ飛び立つ。
私は反射的に口封じを考えて、機首を退路に向ける輸送機を撃った。
殺そう、と思って撃ったのではなかった。
いつもの試合と同じ無意識と惰性が、私に引き金を引かせた。
だから、選択を後悔する時間すらなかった。
――私の交感能力は、アクシズを焼いたその時から、何倍にも強くなっていたというのに。
断末魔だった。
絶叫だった。
死そのものだった。
黄金色のメガ粒子に全身を穿たれる。
溶融したノーマルスーツが肌に癒着する。
吹き飛んだバイザーの向こう側に、家族を幻視する。
サイド3の生家。老いた両親。二匹の猫。アップルパイ。天体望遠鏡。宇宙を探検する夢。士官学校の合格通知。乗れなかったザク。終戦。
家で待つ妻。大きくなったお腹。
もうすぐ生まれてくる、尊い命。
「──あ」
私は、私がこの手で殺した男性の人生を、何もかも理解した。
心臓が握り潰される。
視界がねじ切れる。
指先が凍りつく。
いくら吸っても息が苦しい。
肌がまだ燃えている。
ロックオンアラート。
盾に衝撃。
警告音がどこか遠い。
震える体を抱き締める。
醜い嗚咽。
嗚咽。
嗚咽。
衝撃。
嗚咽。
嗚咽。
嗚咽。
衝撃。警告音。嗚咽。吐き気。
死にたい。もう、どうでもいい。
嘘。怖くてたまらない。
「……助けて」
殺すのも、殺されるのも。
「助けて、シュウジ……」
──私、どうして今、シュウジって?
輸送機のパイロットを焼いたものと同じ、黄金色の光が眼前に迫る。漆黒のドムが繰り出すビーム・サーベルの一閃だった。
我に返る。死ぬのは、嫌。
気づけば、大型シールド先端のピックで、ドムの胸を深々と刺し貫いていた。
操縦桿に返ってくるフィードバックは、胸部に内蔵されたメガ粒子砲の一直線上に存在するジェネレーターを、確かに抉ったことを教えている。
私はいつの間にか、考えるより早く人を殺せるようになっていた。
赤いモノアイが絶命したように消えたドムを蹴り上げ、サラミスの残骸を飛び出す。
失神したドムのパイロットは、誘爆した反応炉が生む巨大な火球に呑まれ、意識を永遠に閉じた。
何も流れ込んで来ない。ただ、直前の殺人がフラッシュバックして、目の前がふっと暗くなる。失神する間際に気づいて、ヘルメット越しに自分の頬を張り飛ばした。
心が軋む。
このままでは、私は私でなくなってしまう。
早く終わらせなきゃ。
──失敗作の在庫処分とはいえ、強化人間を墜とした……素人ではなかったのか?──
「……は?」
お前は今、
まだ、あの地獄は、アクシズではないどこかにあるのか?
なら、私のしたことは、背負った業は、一体。
「――殺してやる」
無味乾燥な思念に抱いたのは、激しい怒り。ギレン・ザビの手下に体を弄ばれた者が私たちの他にもいるという現実に、視界が赤く染まる思いさえする。
「あなたのような……あなたのような人がいるから、世界は悲しいんでしょっ!」
射線を読む。避ける。遅れて、私のいた場所をビームが通過する。その繰り返し。
黒い
デブリを蹴って加速する私との速度差は、もはや三倍では効かない。
間合いに入った。そう直感する。
「私のために死ね!」
半狂乱で放ったビームがドムを直撃する。全身に張り巡らされた反応装甲タイルの隙間を貫き、片腕を蒸発させた。
──この女、普通じゃ……──
泳いだ上体に突きつける、重火力ライフルの砲口。
「人でなし! いなくなれ!」
亜光速のビームは、知覚より早く命を奪う。
直撃なら、痛みもなく、苦しみもない。人生を悔いる間もなく、親衛隊の男は跡形もなく蒸発した。
新たな気配。目もくれずに牽制射。
14ドムの爆発に身を隠しながら位置を探る。速い。親衛隊よりはるかに手練れだ。
それに。
「……サイコミュ?」
二つある気配のうち、特に強力な片方から、ざらつくような質感を覚える。ビット兵器のミノフスキー通信にそっくりだ。
この洗練されていない感じ、開発初期のゼロナンバー・タイプに似ている。私も操ったことがあるから、わかる。
まさか、キケロガ?
いえ、違う。
「ガルバルディ……完成していたの?」
隕石群の間から垣間見えたのは、モビルスーツ、それも簡易型ではない、ハイエンドモデルの
脳裏に熱い光。未知の重圧。感応波だ。おそらく、ガルバルディのパイロットに位置を悟られた。
やられる! 直感に任せて騎士然とした機影を狙撃し、戦端を開く──避けられた。撃つ直前に!
ぞうっと肌が粟立つ。手の内を読まれている。
「ニュータイプ、シャリア・ブル!」
私は確信を持ってその名を呼んだ。
もはや逃げられる状況ではない。彼はここで討つ。
「直掩機がいるなら、接近戦は不得手のはず……!」
シャリアが、ではなく、ガルバルディの武装が、だ。対艦ライフルに匹敵するほど巨大な砲を抱えていては、撃墜王を乗せた最新鋭機といえど動きは鈍る。
旧式のリック・ドムで勝負するには、それくらいしか手はない。
──ハ……様、なぜ……を……──
脳を直接引っ掻き回されるような、暴力的な感応波が襲い来る。頭が、割れる!
「あ、い、嫌……! やめて! 私の中に入ってこないでっ!」
涙で滲む視界は、もう信じない。
抑えの利かない第六感が導くまま、ガルバルディの放った実体砲をかわそうとして──弾が、途中で曲がった。
「ビット!?」
辛うじて斜めに盾を割り込ませた。受け流してなお強烈な衝撃に歯を食いしばりつつも、シールド裏のラックから
あのガルバルディ、レールガンの砲弾をサイコミュ誘導している。先読みできても避けられない射撃とは、まるでニュータイプ狩りのために作られたような得物だ。さしずめ、ビット・ランサーとでも言おうか。
いけない。14ドムを一刻も早く落とさなければ、こちらの迎撃能力が飽和する。私のドムは親衛隊のそれと違って、駆動系が強化されているわけでも、関節が磁性コーティングされているわけでもないのだから。
勝負は場に伏せていた
……何より私の心身が、耐えられるかどうか。
「いいえ。私だって、強化人間なんだからっ!」
戦争の道具に、殺しができない道理はない!
ビーム・ライフルを速射モードに切り替えてガルバルディに応射。狙撃を妨害しつつ、ダメージの蓄積した
コーティングの剥がれかけたシールド以外に、ビーム対策はない。全回避、それが絶対。
正気を失いかけている割には、いや、だからこそ、敵の動きがよく視える。モビルスーツの残骸を蹴り、高速デブリ群をかいくぐり、時には隕石を盾にする。
ガルバルディは、狙われた14ドムをフォローするため、私の後方に回った。
けれど、けれどね。
あなたが侵入した宙域にはもうじき、戦中に自沈して墓場軌道に乗ったサラミスの幽霊船が突っ込む。公転周期を覚えているのは、何度もここを訪れたことのある私だけ。
見なくても感じる。ガルバルディからの射線が、切れる。
今!
シールド裏に格納した使い捨て式のミサイルランチャー、シュツルム・ファウストを発射。すぐさま盾を捨てれば、軽くなった機体がいっそう鋭く加速する。やはり、相手のドムはこれで目測を誤った。もはや逃げられない。
ロケットモーターで飛翔する弾頭を追いかけるように、
反応装甲、炸裂。まとめて撃ち抜いたシュツルム・ファウストがビーム撹乱幕を拡散。私も加害範囲内とはいえ、ドムの重装甲で耐えられる。
14ドム、ライフルを手放し前腕から抜刀。思い切りがいい。
それが命取りだ。
こちらも銃を腰部へ懸架。しかし、抜くのはビーム・サーベルではなく、背部にマウントした旧式の実体剣、ヒート・サーベルだ。
まともに打ち合えばパワー負けするが──ここで、胸部拡散ビーム。四肢の末端に残っていた反応装甲を弾けさせる。
極限の集中。時が引き延ばされる。
ビーム・サーベルは減衰し、霧散。
対手の驚愕が流れ込む。
14ドムがシールドを掲げようとする。
しかし手遅れだ。私の刃が先に届く。
二刀を振り下ろす。ドムの堅牢な両肩に、白熱した一閃が食い込み、溶断。
切断面に走るスパークさえ、どこか遅い。
ガルバルディのサイコミュ砲弾を背後に察知。
先んじて入力していた回避機動が、ようやくドムを動かす。やはりこの機体、私には遅すぎる。
片腕を掠める狙撃。身を捻った機体。
勢いをそのまま、コマのように回り、14ドムの胴へとどめの一撃を──エグザベ、先輩?
「──っ!」
コックピットから切っ先を逸らせたのは、奇跡だった。
無理な挙動のために、過剰に高まった流体パルス圧が許容限界を超える。動力パイプが破裂し、前腕装甲の隙間から赤茶けた作動流体が噴き出した。
惰性で振られるヒート・サーベルが14ドムの首を刎ねる。
時の流れが戻る。
エグザべ先輩の機体を踏み台に、一度離脱。
急所は外した。墜ちはしない。
大丈夫。大丈夫。
私は、先輩を殺していない。
「はぁっ、はっ、はっ、はぁっ……!」
警報で真っ赤に染まったコックピットの中で、過呼吸を自覚しながらガルバルディを探す。
左腕は完全に沈黙したが、右腕は予備系統に切り替えればかろうじて動く。
腕が動くなら、まだやれる。やるしかない。
「はぁっ……隠、れた……?」
唐突に殺気。回避機動を入れて、気づいた。
避けた先に漂う、小さな爆雷に。
誘われた。爆発に巻き込まれながら、遅れて理解した。
これもビットだ。
ドムの左腕が吹き飛んだが、構わない。軽くなったと思えばいい。
「そこかっ、シャリア・ブルッ!」
暗緑色の騎士、ガルバルディは、円盾からいくつもの
やられた。あれは単なる狙撃機ではない。自爆型のビットで包囲網を作り、逃げ場を失った敵を必中の狙撃で狩るのが本来のスタイルと見た。
暗礁宙域は、安全に通れるルートが極めて少ない。爆雷を仕込まれては、いずれ身動きが取れなくなる。
ああ、でも、もう大丈夫。
来てくれた。私の蝶が。
リック・ドムを操りながら、サイコミュ制御だけでもう一つの機体を操作するのは本当に骨が折れたが、
「キュベレイ!」
この戦い、私の勝ちだ。