【二章完結】ハマーンさんじゅうはっさい   作:千年 眠

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 コモリ少尉は、どうしてか申し訳なさそうな表情を浮かべながら、私たちを格納庫へ案内した。道すがら理由を聞くと、シャリア中佐の指示だと答えた。こんな女の子をどうして、とも呟いた。

 

 確かに私の体は、強化手術の影響でローティーンのそれだ。医務室で処置を受けた際に、両耳を飾っていたいかめしいピアスも、あどけない顔立ちを隠すメイクもすっかり落とされてしまったせいで、とても一八歳には見えない。

 身長も体格もそっくりなマチュと並ぶと、ことさら幼く見えてしまう。年長者としてのプライドも、ちょっぴり傷つくというものだった。

 

「シュネー……」

 

 不穏な空気を感じ取ったマチュが、繋いでいた手を強く握った。眼帯に隠されていない左目でアイコンタクトを取る。

 任せなさいな。私はミネバ公女殿下のおしめを替えたことだってあるのよ。

 

「お連れしました、中佐」

「ご苦労さまです。少尉」

 

 先の戦闘で大破したガルバルディとリック・ドム二機を収めたモビルスーツハンガーは、もはや戦場と化していた。非常シフトに入ったメカニックたちは、まるで野戦病院の従軍医師のような鬼気迫る様子で作業に当たっている。

 何より目を引くのは、搬入口の高さ制限ぎりぎりに押し込められた、モビルスーツにしても巨大すぎるコンテナだった。シャリア中佐は受領手続きのために、ここへ来ていたのだろう。

 

 しかし。私、ハマーン・カーンは腐っても貴族。自らが参じるのではなく、呼びつけるとは、政治的にとても強いメッセージだ。

 警戒のギアを引き上げる。

 

 私を見つけたシャリア中佐は、中空で深々と頭を下げ、無重力状態における最敬礼をとった。

 私は手を差し出すことで応える。彼がその手を取り、顔を近づけることで、口づけのポーズを行う。これは儀式的なもので、唇が実際に触れようものなら不敬とされる。

 一連の大げさな儀式は、十数年前、ジオンが君主制になってから編み出された薄っぺらなものだった。

 

 地球連邦政府による強制移民をルーツとする宇宙の貴族は、誇るべき歴史を持たない。ゆえに我々は、旧世紀に存在した地球貴族の文化をコピーすることで、かろうじてその権威を演出している。

 

 ジオン公国の貴族が貴族たるは、その血にあらず。

 公王の一族に権力を集中するための、大仰なごっこ遊びなのだ。

 

「申し訳ありません、カーン公爵令嬢。本来ならば、当分の間、ご静養いただく予定だったのですが」

「危急の時です、ハマーンで構いません。用件は?」

「暗礁宙域にて遭遇した、正体不明モビルスーツの件です。それと、こちら。キシリア閣下から、健在祝いとして受領したものをお見せしたく」

 

 シャリア中佐が見上げる先で、巨大なコンテナの正中に、ぴしりと線が入った。モーターの甲高い駆動音と共に、前面が観音開きに開いていく。

 

 最初に見えたのは、足のない下半身だった。目線を上げると、指の一本一本にメガ粒子砲を装備した、大きすぎる腕。

 それがバックパック部にも背負われて、なんと八本。

 多腕無足の、異様な風体をした超大型モビルスーツが、そこにいた。

 

「ジオング。独立戦争末期に試作された、重決戦モビルスーツです。軍縮の後にも、開発そのものは細々と続いていたそうで。ハマーン様のご健在を報告したところ、グラナダより直送していただけました」

 

 よりによって、ジオングときたか。首都ズム・シティを本拠地とするギレンを差し置いて、決戦兵器に(ジオン)の名を与えるとは。

 やはり近々、国が割れるか。

 

「足ないじゃん!」

「いえ、これで完成なんだわ……私を突撃機動軍へ匿うための、アリバイ作りというわけですか」

「あくまで本人の意思を尊重せよとの命令ではありますが」

 

 シャリア中佐は、タブレット型の端末を私に差し出す。

 辞令だ。電子署名には、キシリア・ザビとあった。

 

「ジオン公国軍予備士官シュネー・ヴァイスを、突撃機動軍司令部付、特務少佐とする……」

「閣下は、ハマーン様の才覚を高く買っておられます。グラナダであれば、総帥府の目も届きますまい」

「……家族には」

 

 それ以上、私は言葉を続けることができなかった。聞かずとも、わかっていたからだ。

 キシリア閣下は、私を木星圏総督マハラジャ・ゾル・カーン公爵の娘ではなく、ただのシュネー・ヴァイスとしてなら救えると言っているのだ。

 

 人類が核燃料として消費するヘリウム3は、九割以上が木星産だ。ジオンも地球連邦も、木星圏がもたらす莫大なエネルギー資源がなければ、経済活動はおろか生命の維持さえままならない。

 その気になれば全人類を干上がらせることすらできるのが、ジオン公国木星圏総督が持つ力だった。

 

 そんな力が野心ある私に渡れば、ジオンの屋台骨は簡単に揺らぐ。

 宇宙を手にするのは、ギレンかキシリアか。そんな政治闘争が、土台からひっくり返るのだ。牙を抜き、手元で飼いならそうと考えるのも、当然のことだった。

 

「……先にキュベレイの話をしましょう、中佐」

 

 焦って飛びつくべきではない。下手に利用してやろうなどと企むべきでもない。キシリア閣下に弓を引くには、まだ、私の()は小さい。

 

「超小型ビットを操る、正体不明機ですか。あれは一体……」

「型式をgMS-ζ(ゼータ)という、総帥府が秘匿開発した、ガンダムの亜種です。ジークアクスのなり損ないとでも、言っておきましょうか」

「ハマーン様を裏切ったように見えました。あれの策謀ですか」

「キュベレイは私の手を離れ、暴走状態にある。無人船から補給を受けて次に狙うのは、イズマにおいて他にありません」

「確証がおありで?」

「あれは器を欲しているのです。ハマーン・カーンという、実体を持つ器を。私を誘い出すためなら、コロニーの一つや二つ、簡単に焼いてみせる……軍警など物の数に入らないでしょう」

「不躾ですが、なぜキュベレイの挙動をそこまで読めるのでしょうか」

 

 私の力を測ろうとするような口調だった。

 けれど不快ではない。

 

「アクシズ帰りの勘です」

 

 そう断言する。キュベレイを放置するリスクを付け加えるのも、忘れない。

 

「それに、ペルガミノ大統領のワンナヴァル造船連合を失うのは、()()にとって大きな損失ではなくて?」

 

 人類、をことさら強調して言うと、シャリア中佐の気配が鋭く尖った。

 ええ、ええ、そうでしょうとも。

 近々、キシリア閣下とペルガミノ大統領の会合が行われることは、あなた以外が知っているはずないものね?

 

 正直なところ、私も詳しい話は知らない。とある伝手から聞いた、地球連邦のきな臭い動きから、ハッタリをかけただけだ。けれど彼が柔和な表情の裏に隠した、ほんのささいな警戒心のおかげで、答え合わせができた。

 ありがとう、中佐。あなたのおかげで動きやすくなったわ。

 

「……事態は、一刻を争うようですね。整備一班と二班はジオングのスタンバイを、大至急!」

「シャリア中佐!?」

 

 私たちのやり取りを怪訝そうに見ていたコモリ少尉が叫ぶ。

 

「不敬ですけど、今の話、客観的な証拠ありました!? それに聞いてる限りだと、まるで公爵令嬢がジオングに乗るみたいに聞こえますが──」

「そうですとも」

「──え?」

「ジオングはピーキーな機体です。乗りこなせるのは、御方を置いて他にいません」

「でも、怪我してらっしゃいますよ!? エグザべ君なら……彼ならできます!」

「いいえ。ジオンの機体がイズマに住む一五〇〇万の市民を虐殺すれば、サイド6との戦争になります。もはや貴き御方とて、撃墜王(ユニカム)級のパイロットを遊ばせておく余裕はありません。後はサイコミュ兵装担当士官ですが……マチュさん」

 

 固く握りあった彼女の手が、びくりと震えた。

 

「イズマを、救いたくはありませんか?」

 

 曰く、オメガサイコミュを起動したあなたを、フラナガン・スクールは歓迎する。

 曰く、ハマーン様も学んだグラナダで、存分に宇宙に繰り出し、()()()()()を研ぎ澄ますことができる。

 曰く、士官となればジークアクスはもちろん、将来必ず現れるだろう新型も、テストパイロットとして一番に操れる。

 ──ハマーン様とともに。

 

 それは、甘い猛毒だった。

 ジオングで故郷を守れば、華々しい凱旋の先に、ニュータイプという特別な存在として認められると、マチュを(いざな)う。

 

 しかし、私にはわかる。直感が囁く。

 シャリア中佐は、マチュが欲しいのではない。

 ジークアクスの使い手を。オメガサイコミュの巫女を。

 人身御供を、探しているのだ。

 

 ぎちり。

 そんな幻聴が聞こえた気がした。格納庫を軋ませ、空気をも震わす、木星の高重力を思わせる殺人的なプレッシャーが、いつの間にか辺りを満たしていた。

 マチュが怯える。一部の若い整備兵が手を止める。コモリ少尉さえ、うろたえた。

 シャリア中佐の瞳の奥に、驚愕の色が混じるのを見て、遅まきながら自覚する。

 

 この威圧、中佐ではなかった。

 私、怒ってるんだ。

 

「子供を戦争に駆り出すか、シャリア・ブルよ」

 

 よしなさい、ハマーン。私らしくない。

 なんて、いくら自分に言い聞かせても、腹の底から噴き上がるような熱は、そう簡単に引いてはくれなかった。だって、彼が言ったのは、私が家族と引き離された経緯そのものだったから。

 マチュを私のようにはさせない。させるものか、絶対に。

 

「ジオンの過ちは、ジオンの民によって正されなければならぬ。それがわからぬ卿ではあるまい」

 

 ああ、ダメだな。こんなの、マチュが自分の弱みだって言っているようなものじゃない。

 でも、ここを曲げたら、私は私じゃなくなる。

 

「……おっしゃる通りにございます、ハマーン様。出過ぎた物言いを、お許しください」

「ジオングには乗りましょう。ただし、サイコミュ担当には正規の軍人をアサインなさい。それが条件です」

「仰せのままに。エグザベ少尉を当てます」

 

 悔しいな。こちらだけが生の感情をむき出すというのは。

 

「無論、赤いガンダムのパイロットについても……ご心配なく」

 

 その時、シャリア中佐が浮かべたかすかな微笑みを見た者は、私だけだった。

 艦全体に振動が走った。サイレンがけたたましく鳴り響く。明らかな異常事態にも中佐は動じない。まるでこうなることが、最初から分かっていたかのように。

 

「報告します! 拘束中の少年が脱走、左舷即応ハンガーよりガンダムを強奪──」

 

 シャリア中佐に宛てられた艦内放送が途切れる。通信妨害に加えて、受け取る思念の粒度がぐっと増すこの感覚、ミノフスキー粒子だ。散布用の一時貯蔵タンクが破裂でもしたのだろう。

 艦内回線が戦闘用に切り替わり、通信が回復するわずかな時間。

 漏れ出した高濃度のミノフスキー粒子が、シャリア中佐の感応波を伝える。

 

──鳥は、籠に囚われてはいけない。空を舞えぬなら、死んだも同然──

──それがお前の望みか、シャリア・ブル──

──私の(あるじ)はシャア大佐です。キシリア将軍でも、ギレン総帥でもない。大佐が選んだ少年を、今は信じます──

──その先が、地獄と知っても?──

──大佐のいる場所が、私の戦場なれば──

 

 光だった。まだ頭痛に軋む脳裏に、向こう側の光が見えた。

 最果ての闇を孤独に駆ける、ひとすじの赤い彗星。

 そうか。

 おまえは、愛する星を追いかける己もまた、愛すのか、シャリア。

 ふ、と微笑んだ。光の奔流に包まれて、彼もまた、満り足りた様子で笑った。

 

──だからこそ、キュベレイは墜とさねば──

 

 二人で、赤い彗星に追いすがるものを見やる。

 それは、白い蝶だった。どす黒い憎しみを血のように滴らせながら、決して届かない星めがけて飛ぼうとする孤独な蝶。

 けれど、私が抱いた思いは、シャリアのそれとは違った。

 哀れだと。痛ましいと。

 そうまでして追いかける理由を、知りたいと思った。

 

──いけません。深みを覗けば吞まれます、ハマーン様──

──しかし、飛びこまねば見えないものもある──

──わかり過ぎることが幸福であると、思わないで欲しい……人は時として、互いが決して相容れないことを知ってしまうものです──

──私と、ギレン・ザビのように?──

 

 二人の間に、アクシズの記憶が流れる。

 髪を剃られ、服を剝がれ、何人もの手で手術台に押さえつけられながら全身に彫り込まれた、TEST SUBJECT 13(強化人間一三号)の文字。

 いくら泣き叫ぼうとも、構わず肌に突き立てられる冷たいメスの感触。

 シャリア中佐ほどの人が、途中で目を背けた。

 

──……はい。人類すべてがニュータイプにはなれない──

 

 深い、深い絶望が、彼の声音に満ちていた。

 ジオン独立戦争で、たった二人で戦局を変えるほどの活躍を見せた赤い彗星(キャスバル)灰色の幽霊(シャリア)は、ニュータイプが恐ろしい兵器になることを示してしまった。それが強化人間──人造ニュータイプという、狂気の産物を作り上げた。

 

 しかしそれは、時の権力者の責任だと思いたい。

 私はまだ、人類に絶望したくはない。

 マチュのようにまっすぐな子がどこかにいると、信じられる限りは。

 

──ニュータイプって在り方です。心を読む力じゃない。希望を捨てるには、まだ早いと思います──

──あなたは、自分の命を狙う者とも……いえ、それだけではない。あなたの愛する全てを穢そうとする者とも、共存を望むというのですか?──

──今でもギレンは憎い。殺意さえ抱きます。けれどいつかは、踏みとどまらなければならない。許すという意味ではなく、戦いに巻き込まれる罪なき人々のために……それが、人が戦争を克服する一つの解であると、私は信じる──

 

 アースノイドとスペースノイドの確執も、ジオンのニュータイプ信仰がもたらした悲劇も、元を辿れば同じことだ。

 

──戦争とは、全ての人類が、全ての人類の将来を考えられなかったために、起こるものであるがゆえに──

 

 私の拙い理想は、シャリアが人知れず抱える何かにも、少しは共鳴したらしい。

 

──……ハマーン様。王に、なられませ。人の意志を、溶け合わせずして束ねる……分かり合えぬ不器用さを愛する、良き隣人の王に──

──では、赤い彗星の凱旋まで、私がジオンを預かって構いませんね?──

 

 私たちは、引き伸ばされた主観時間の中で、固い握手を交わした。

 

──私はザビ家を止めます、シャリア。いいえ、命を大切にしない者とは、誰とでも戦います。それが、人の歴史の必然です──

──……()()──

──たわけ。おまえの主はキャスバル様だと、自分で言ったでしょう。おまえは、気ままなマヴを迎えに行っておやりなさい。帰る場所は、私が作っておきます──

 

 そして、時は動き出す。私たちの感応波を伝えるミノフスキー粒子が薄まるにつれて、シャリア中佐の思念は遠く離れ、薄れていく。

 ひどく悲しそうな顔をした彼が、最後に何かを言おうとしたけれど、その頃にはもう、ぼんやりとした物悲しさと重苦しさが、うっすらと伝わってくるだけだった。

 

 キュベレイのサイコミュに脳を焼かれていなかったら、読めたのだろうか。

 もう少し、彼とは話がしたかった。

 

「……赤いガンダムが脱走ですって、中佐」

「困りましたねえ。追撃に動かせるモビルスーツはありませんし、うちのエグザベ少尉も医務室で検査中の身……」

 

 名残惜しさを覚えつつも、一応の建前として話を振ってみると、彼はいかにも、私困ってます! といった様子で眉を下げて見せた。

 分かり合えても、それはそれ。あくまでマチュにはジークアクスに乗っていてもらいたいようだ。フラナガンスクールの話を蹴った以上、ここは譲歩するしかない。

 

 軍事機密であるオメガサイコミュに触れた外国人(マチュ)が消されずにいるのは、シャリア中佐の温情に他ならないのだから。

 

「マチュに協力を命じてはいかが? オメガサイコミュを起動したジークアクスの足なら、ガンダムにも追いつくでしょう?」

 

 今はこれで妥協しよう。しかるべき時に、マチュをジークアクスから引き離すことさえできれば、よしとする。

 誰も、光の向こう側になんて行かせるものですか。

 

「えちょ、公爵令嬢!?」

「要は士官にさえならなければ、よいのです。彼女はジオン国民ではないがゆえに」

「総帥府流のやり方ですね。ではマチュさん、私ちょっとこれから、あなたを恐喝しますから。あなたは家族や知人を守るため、やむなく脅しに屈し、ジークアクスに乗り込んで、赤いガンダムのスパイをお願いします」

「中佐!? なんなんですかその大喜利みたいな言い方!」

「シュ、あー……赤いガンダムのパイロットのことを、密告しろってことですか……?」

「はい。ですが、イズマは軍警の取り締まりが厳しい。我々も、あなたから一度も情報を抜き取れないなんてことも、あるかもしれませんねえ……」

 

 そこまで丁寧にほのめかされると、マチュもとうとう、私たちの言いたいことが分かったらしい。コモリ少尉と揃って、怪訝そうに(例のジト目で)こちらを見てくる。

 つまりこれは、マチュの保険だ。ジオンに脅されたことにしておけば、万が一、彼女が逮捕されてしまった時に、罪の免除や減刑が期待できる。

 

 それに、だ。

 私たちがキュベレイの撃破に失敗したその時には……ジークアクスを預けておけば、別のコロニーへ逃げる足くらいにはなる。

 

「なんで、私にそこまで……」

「はて、何のことやら。ハマーン様、分かります?」

「いいえ、さっぱり。民間人なら使い捨てにできると思っただけよ、私とっても意地悪だから」

「そういうわけです、コモリ少尉」

「そういうわけよ、マチュ」

「お二人とも、なんで息ピッタリなんですか……!」

 

 中佐が二人に増えちゃった! などと不敬ギリギリな独り言をつぶやくコモリ少尉には触れず、シャリア中佐は言った。

 

「さあ! 忙しくなります。ハマーン様は慣熟飛行の準備を、コモリ少尉と。マチュさんは私と一緒に、私物を引き取りに行きましょう。脅し文句は道中で伝えます。整備三班は現作業を中断、ガンダム・クァックスの発進準備を、最優先!」

 

 握り合う手を、そっと放す。マチュが息を吞んだ。胸が針を刺したように痛む。

 振り返るな。無様な顔を見られるだろ。

 

「マチュ」

 

 ……駄目だ。このまま行くなんて、うまく言えないけれど、駄目だ。

 

「またね。元気で!」

 

 もし、キュベレイに敗れた時。

 彼女の記憶に残る最後の私は、笑顔であれ。

 

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