Re:Build ―スラム転生ハンター、旧領域の亡霊と契る 作:ロシュ
半年後、コツコツと旧遺跡の遺物の納品や討伐依頼を達成し続けたアキラは、ついにハンターランク12へと到達していた。もっとも、毎日依頼に明け暮れていたわけではない。週に一度のペースで依頼をこなし、それ以外の日は徒党の管理やシェリルとの交流、遺物の売却や報告、そして自身の疲労回復に努めていた。
そんなある日の昼下がり、アキラは徒党の幹部たちと広間に集まり、拡大を続ける組織の運営について話し合っていた。
シェリルは胸元で指を組み、小さく息を吐いた。
「確かに、アキラが遺跡から持ち帰った遺物を私たちの徒党で転売することは可能です。ただ──現在の私たちには正式な転売ルートも、商品管理を任せられる子供も、ごくわずかしかいません」
アキラは肩をすくめ、椅子の背にもたれかかった。
「そっか。やっぱ簡単にはいかないよな……。そういえば子供たちに読み書きと計算を教えて欲しいって頼んでたけど、そっちの進み具合はどう?」
アリシアは申し訳なさそうに眉をひそめ、深く頭を下げた。
「ごめんなさい。頑張ってはいるんですけど、アキラさんの望む水準には……教育がまだできてないです…」
アキラは手を軽く左右に振り、気まずそうに笑う。
「いやいや、謝らなくていいって。今まで“生きるだけ”で精一杯だった連中に、いきなり勉強しろは酷だろ。地頭も環境もバラバラだし、俺が無茶を言っただけさ」
シェリルは、安堵の息を漏らす。
「アキラにお気遣いいただくのは恐縮ですが……ありがとうございます」
アキラは机を軽く叩き、話題を切り替えた。
「それより――空いてる部屋で始めた子供同士の訓練や、鉄くずの転売。あっちの進捗は? ついでに揉め事は起きてない?」
シェリルは視線を巡らせ、後ろに控えていた少年へ目配せを送る。
「エリオ、状況を説明して」
エリオは気圧されながらも一歩前に出て、口を開いた。
「えっと……みんな飯をちゃんと食えるようになった分、動きは良くなった。けど“徒党を守れ”って言われたら、まだ戦力は足りねぇと思う」
アキラは顎に手を当て、小さく頷いた。
「しばらくは基礎体力づくりだな。生き残るにも筋肉とスタミナは必須だ」
シェリルは懸念を口にし、帳簿を抱える腕に力を込める。
「ただ、このままでは食糧と物資の出費が増える一方です。資金が底を突くのも時間の問題で……」
エリオは拳を握り、唇を尖らせる。
「正直、アキラの強さを俺たちはまだ知らねぇ。いざって時に戦える武器とか、欲しいけどよ……」
アキラは作業台のレンチを指で弄びながら、にやりと笑った。
「まぁそれはそうだが、その前にアキラ『さん』を付けろよデコスケ野郎」
シェリルは勢いよく椅子を蹴り、鋭く声を張る。
「エリオ、慎みなさい!」
エリオは気まずそうに肩をすくめ、視線を逸らした。
「わーったよ……すまねぇアキラ『さん』」
アキラはそのやり取りを眺めつつ、内心で思考を巡らせた。
(舐められるのは構わないが、統率が取れなくなるのは困る。――なら、こっちから示しを付けるしかないか)
アキラは椅子から立ち上がり、腰のホルスターを軽く叩いた。
「よし。テリトリーの力仕事と防衛を兼ねて、子供を数人ピックアップして訓練班を作る。シンプルに“戦える身体”を仕上げるところからだ」
エリオは目を見開き、声を裏返らせた。
「えっ⁉ お、俺も訓練する側……?」
シェリルは穏やかな笑みで現実を告げる。
「当然よ。リーダーが率先しなければ、誰も付いてこないわ」
アキラはエリオの肩を軽く叩き、背中を押した。
「安心しろ。最終的には俺の遺物回収を手伝う運搬班にも回すつもりだ。荒野を走り回れる体力は絶対に損にならない」
シェリルは帳簿を閉じ、真剣な表情で命じた。
「では決定ね。エリオ、戦えそうな子を何人か選出して。今すぐに」
エリオは敬礼のような動作をしながら慌てて走り出す。
「りょ、了解……!」
アキラはシェリルと顔を見合わせ、小さく息を吐く。
「まずは土台作り、ってやつだな」
シェリルは柔らかな微笑みを浮かべ、力強く頷いた。
「ええ。ここからが本当の“徒党づくり”ですから」
徒党の広間から粗末なテーブルが押しのけられ、床に白線で描いた円だけが残った。まだ十歳にも届かない子供たちが十二人、戸惑いと高揚をない交ぜにして壁際に立つ。呼び集めたのはエリオだった。
脚の速さが取り柄の子、腕力では大人顔負けの子、気が荒いが度胸だけは据わった子──より分けたのは「生き延びるための武器」を持てそうな面々だった。
アキラは前に進み出て、子供たちに向けて説明を始めた。
「えー今からここにいる奴らには、この徒党の戦力になるための訓練を行う。合格者や脱落者の予定数は決めてないから、せいぜい踏ん張ってくれ。合格者は今後、徒党のハンターとして頑張ってもらったり、俺の仕事の手伝いをしてもらう」
緊張と不安に顔を強張らせた子供たちが視線を交わす。
「脱落者には、この徒党の防衛隊として働いてもらう。なお、ハンターが嫌だからって手を抜いたヤツは……俺の工場で餌係をやる羽目になるかもな」
冗談混じりの口調だったが、場の空気が凍りつく。何人かは本気で青ざめた。
「もちろん、この訓練は今後も他の子供にやってもらうつもりだが……お前らはエリオが選んだ“第一期生”だ。エースとして期待されてる。頑張ったやつにはそれなりの支援も用意する」
そしてアキラはちらりとエリオを見やった。
「ちなみにこの訓練にはエリオも参加する。エリオよりいい成績を残せば、より良い待遇を考えてやる」
子供たちの中に、火が灯る。目を輝かせる者、表情を引き締める者、それでも逃げ出したそうな者……反応はさまざまだが、全員が言葉の意味を理解していた。
アキラは最後に口調を改めて言い放つ。
「自分の価値を俺たちに示してくれ。努力し、藻掻くヤツを歓迎しよう」
その言葉が、訓練の幕を切って落とした。
──初日と二日目は読み書きと算術だった。
黒板代わりの鉄板にアキラが文字を殴り書くたび、半数の子供が眉をひそめながらもくらいついた。契約書も数字も読めない者には荒野での分け前を語る資格がない、とアキラが言い放つと、子供たちの背筋が伸びた。
三日目と四日目は体力測定。屋上にチョークでコースを描き、空の弾薬箱を背負わせてタイムを計る。息絶え絶えに倒れた子には水を一口だけ与え、再スタートを命じる。荒野で膝をつけば死ぬ、その予行演習だった。
五日目から七日目は体力訓練に加えて射撃と組み打ちが行われた。
裏庭に並べられた木箱の上に、削れた銃床の拳銃を四丁。アキラが「撃ったことがある奴は?」と尋ねると、誰も手を挙げなかった。
「今日が最初だ。外したら死ぬと思え」
外せば腕立て、暴発寸前の扱いなら平手打ち。午後からは素手の組み打ちで間合いと反射を叩き込まれる。栗色の髪の少年・エリオは何度も投げ飛ばされ、関節を極められながらも立ち上がり続けた。その目の光は日ごとに鋭さを増していく。
そして七日目の最終日。
残ったのは五人。顔は泥と汗と血で汚れ、腕や脛には青あざが浮かんでいた。それでも倒れず、最後まで立ち続けた者たち。アキラは彼らを前に歩み寄ると、エリオの肩を軽く叩いた。
「お前が今後もまとめ役だ」
エリオは息を切らしながらも拳を握りしめ、誇らしげに頷いた。
その後、五人のハンター登録が行われ、徒党の共通口座から装備資金が出された。
装備はシズカの店で揃えられた。旧式のAAH短銃身が二丁、サプレッサー付きの拳銃が三丁、簡易防護服五着。
シズカは肩をすくめながら言う。
「子供にしては上等よ」
アキラは即座に答えた。
「雑魚装備で死なれたら損だ」
帰り道、赤錆の通りでエリオがこわごわと声をかけた。
「……俺、本当に役に立てるかな」
アキラは前を向いたまま、淡々と言った。
「殴っても倒れなかったのはエリオ、お前だけだ。だから胸を張れよ」
その一言で、少年の表情が少しだけ和らいだ。
そして数週間後。選抜組は護衛兼搬送スタッフとして、初めて実地に出た。
小規模遺跡で拾った中型部品を台車に載せ、エリオが四人を指示し、アキラが掩護射撃を担う。任務は予定の半分の時間で完了した。
報酬の一割は子供たちへ、残りは徒党の備品と食糧費に。硬貨を握った少年少女は、自分たちの“稼ぎ”を何度も見つめ、声を潜めて笑っていた。
夜、工場跡地の隅で肩をさすりながら、エリオはつぶやいた。
「今日は殴られなかった」
隣で手当てをしていたアリシアがくすっと笑う。
「明日はもっと課題が増えるわよ」
その様子を扉の影から見つめていたシェリルは、胸を撫で下ろした。
(この子たちは変わり始めている。アキラに鍛えられた小さな戦力が、やがて徒党の柱になるはず)
確信と共に、彼女はそっと扉を閉じた。
夜風が吹き抜ける屋上。アキラは手すりにもたれ、スラムの向こうに灯るクガマヤマの光を眺めていた。アキラは肩で息をつきながら、ぽつりと呟いた。
「……ま、こんな生活も悪くないな」
ギィ、と軋む音と共に、屋上の扉が開いた。
シェリルは風に揺れる銀髪を抑えながら静かに現れる。
「アキラ、次は何をしますか?」
アキラは首を回し、肩を軽くほぐすように動かす。
「まずは装備の整理だ。それが済んだら──少し深めの旧遺跡を探る。危険だけど、悪運は強い方だからな」
シェリルはそっと胸元で手を組み、小さく頷く。
「わかりました。徒党とアキラのために、交渉材料や連絡網を整えます。……どうか、頼ってください」
アキラは苦笑しながら、彼女の方に視線を向ける。
「頼りにしてるさ。でも無茶はするなよ。シェリルが倒れたら、俺の背負う荷物が一気に増える」
シェリルは視線を落とし、ほんの少し頬を染める。
「アキラも無理はしないでください。あなたが倒れたら、皆が路頭に迷います」
アキラは肩をすくめて、夜空を仰いだ。
「お互い様ってわけだな。……前世で一人で抱え込みすぎて痛い目を見た。今世くらい、人を頼ってみてもいい気がしてきた」
シェリルは隣に立ち、静かにスラムの夜景を見つめる。
「私はその選択を歓迎します。アキラと、共に歩む道があるのなら」
アキラは照れたように頭をかく。
「可愛い美少女に頼られるんだ。やり甲斐しかないってもんだろ?」
シェリルは咳払いして、そっと視線を逸らす。
「……そういう冗談はほどほどにしてください。でも……ありがとうございます」
アキラは真顔に戻り、前を見据える。
「次の遠征は三日後を予定してる。補給班と通信班、防衛班の分担を明日までにまとめといてくれ」
シェリルは帳簿を抱え直し、きちんと一礼する。
「了解しました。夜明けまでに仕上げます」
アキラは軽く手を振り、目を細めて風に当たる。
「助かる。……じゃあ、今日はもう休め」
シェリルは扉へ向かい、振り返る。
「アキラも、早く休んでくださいね。あなたが倒れたら本当に困りますから」
アキラは笑みを浮かべて、頷いた。
「了解、姫様」
扉が静かに閉じ、屋上には再び風の音だけが残る。
アキラは星の見えない空を見上げ、独りごちる。
(背負うものが増えた。それでも──この景色を、あの子と共有できるなら悪くない)
スラムの夜に、また一つ、確かな灯りがともった。
読了感謝です。久しぶりにユニバのウォーターワールドとハリド乗ってきました。吐きかけて楽しかったので明日の面接頑張ります。