Re:Build ―スラム転生ハンター、旧領域の亡霊と契る   作:ロシュ

60 / 95
閲覧感謝です。
そして例のごとく時間間に合わず日付が変わってしまったぜ畜生。しかも5000字程度で終わらる予定が、詰込みすぎて12000字と倍書いてました。なので遅刻は許してクレメンス。なお、まだ描き切れていない模様。

さて今回のお話はだいぶ原作と乖離する内容になります。感想欄でも言っていた、とある展開を採用することで展開に相違点が生まれると思います。
(ちなみに疲れているときに考えた今回のサブタイトルは「ねぇそこのまぶいちゃんねー俺らとゴイゴイスーしないか」でした。だいぶ疲れてたみたいです)

改めて、閲覧、お気に入り登録、感想、評価、誤字報告感謝です。

そして余談ですが、気温が急激に変わったので皆様体調にご自愛くださいませ。でないとバカになります。


嘆いたアキラは休みたい

 

 

 砂にまみれた防護服を脱ぎ捨てながら、アキラは崩れかけた岩壁に背を預けた。

 防護服は完全におじゃんになり、古着屋に持って行っても雑巾にしかならないような残念な姿となっている。一応強化服は無事と思いたいが、ところどころ過合成スネークの胃液やらなんやらで穴が開いてありするのでこれも修理か買い変えだろう。

 

 

 情報収集機のHUDには、車両の損傷率と残弾のデータが点滅していた。

 ほとんどスクラップだ。それでも、アキラは笑っていた。

 

「……はは。俺、生きてんな。奇跡も、魔法も、あるんだよ」

 

『奇跡じゃないわ。この結果は間違いなくアキラが自分で手にれた結果よ。それにここは西部じゃないわ。魔法なんて東部だとあり得ないわよ』

 

『それでアキラ、この後はどうするの?』

 

「まずは報告だな。さすがにこんだけ頑張ってなんの成果も得られませんでした! ってなるのは嫌だしな。よしシェリルに連絡入れるか」

 

 通信を切り替えると、すぐに聞き慣れた声が返ってきた。

『——アキラどうされました? 寂しくなりましたか?』

 

「シェリルまでふざけ始めたら収拾つかなくなるからやめてくれ。で、話を戻すんだけどさ、たぶん過合成スネークの本体っぽいやつを倒してさ、この後どうしようかなーって思って」

『はぁ……ほんとに、あなたは。いつも厄介事を持ってきますね……わかりました、私は何をすればいいですか?』

「とりあえずは車が壊れたから徒党の車で迎えを寄越してほしい。あとはこの異常事態でどう対応すればいいかわからんから、現場にハンターオフィスの職員呼んで、確認してもらう。具体的にはキバヤシに連絡してきてもらう。あいつなら面白がってくるだろうし」

 

『……余裕で想像つきますね。わかりました、こちらの方でも準備しますね。他になにかあれば連絡してください』

「ありがとう。そんでいつもごめん。いやマジでなんでこうなるんだろうな……」

 

 アキラは本当になぜこんなことになっているのだとため息をこぼしながら回線を切った。

 アキラのため息も砂埃とともに消えていった。

 

 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 数時間後。

 クガマヤマ都市から派遣された装甲車や徒党の車数台が砂煙を上げて到着した。

 車両から降りてきたのはキバヤシだった。

 相変わらずの満面の笑みで、背後には数名のオフィス職員兼部下が控えている。

 

 彼はまず、腹をぶち破られて転がる巨大な蛇の死骸を見て、そしてアキラを見て——腹を抱えて笑い出した。

 

「アッハハハハ! お前なぁ、無理無茶無謀を相変わらずやってて何よりだ! しっかしこいつをお前一人で? 一度、車両ごと、食われかけて? な、内部を通って、ぶち破って、出てきた……さすがだ俺の目に狂いはない! やっぱりお前はバカみたいなことをしでかす野郎だ!!」

 

「最高にうれしくない言葉をスーパーサンクス。てかお前そんな笑うなっ、俺は誰も知らねぇとこで、過酷なハンターライフしてんだよっ! お前らは過酷なハンターライフしたのか? 過酷なハンターライフしてないやつは笑うなっ!」

 アキラはこころのヤンクミが抑えきれずに叫びだす。*1

「腹の中から出てきた、普通冗談だと思うぞ。だってそんなバカなことはしないからだ!!」

 

「やるしかなかったんだよ。逃げ場がなかったし。……それで、これ、賞金首扱いにはならないんだよな?」

 

 キバヤシは目元を拭いながら頷いた。

「ああ残念だが正式な賞金首はすでに討伐されている。だが“汎用討伐”にはできる、が。ぶっちゃけそんな金にならんし、せいぜいハンターオフィスの個人ページに載せるくらいじゃないか?」

 

「まぁもらえるもんは借金以外はもらっておくか。せめて弾代くらいは返してもらいたいけどナー」

 

 

 

 しばらく職員たちが検体の撮影やサンプル採取を進める。

 その間、アキラは腕を組みながらぽつりと言った。

 

「それにしても……本来はドランカムが責任持って対応すべき案件じゃないか? 完全にあいつらの不始末だろ」

 

 そうアキラが不満を声に出すとキバヤシも反応してくる。

「とはいえ、あの規模の徒党相手じゃ、責任追及も煙に巻かれて終わりだな」

 

 アキラは軽く鼻で笑った。

「だろうな。普通、大きな組織相手に一介の雇われハンターがかなうわけがない。さすがだよドランカム様はよ」

 

 キバヤシが片眉を上げる。

「それで? お前は太刀打ちできないかもしれねぇが、このまま泣き寝入りする気もお前らにはないんだろ? シェリルのお嬢ちゃんとお前、今回は何を企んでる?」

 

「もちろん交渉材料に使う。過合成スネーク本体の討伐の戦歴を賭けて、な」

 

「ほう? 具体的には何が欲しいんだ?」

 

 

 

 

 そう聞かれたアキラは、この際だとキバヤシにアキラとシェリルの狙いを告げると笑みを深めていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 キバヤシの口元がにやりと歪む。

「……お前、面白いこと考えるなぁ」

 

「もともと俺とシェリルで交渉を進める予定だったんだ。でも今回の一件で手に入れたカードをフルで活用するには、ハンターオフィスが介入してくれるのが一番なんだ。だからキバヤシか、もしくは部下を派遣してくれるとすっげぇ助かるんだけど」

 

「」

 

「部下に任せるって選択肢? ねぇな! せっかく面白いことをしてくれたんだ、礼には礼を返させてもうぜ、俺が出よう」

 キバヤシは破顔した。

 

「その心は?」

「もっと事態をかき回してほしいな!」

 

「……ぶれないな──まぁどうせ俺は今後もキバヤシが言う無理無茶無謀をしでかす気がするし……マジでほんと嫌だけどな。まぁその時はまた頼むよ、クライアント様?」

 

「言ったな。無理無茶無謀は俺の好物だ。次も派手にやってくれ。その代わりにちゃんとお前に報酬を約束しよう。こういうのを見るために仕事をしてるんだからな!!」

 

 アキラは苦笑して肩をすくめた。

「取引成立だな」

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 現場検証が終わるころには、太陽は赤く沈みかけていた。

 

 キバヤシは車に乗り込む前、ちらりと振り返って言った。

「じゃあ後日、正式な報告書の前に“打ち合わせ”をしよう。

 俺も同席してやる。どうせなら最初から掻き回してやるさ」

 

「まぁ俺に有利な感じでかき回してくれたらなんでもいいよ」

 

「言質はとったからな? 楽しみにしてろよ! じゃあな、また連絡する!」

 

 笑いながら車のドアが閉まり、装甲車は砂煙を上げて走り去った。

 

 

 

 キバヤシの装甲車が砂煙を上げて遠ざかる。

 そのエンジン音が消えたあと、ようやく静寂が戻った。

 荒野の風が砂を巻き上げ、あたりに薄く積もっていく。

 

 

 

 

 静寂。

 アキラは一人、倒れた蛇の亡骸と、黒焦げの自分の車を見比べた。

 

 どちらも、もう二度と動かない。

 

「しかし見事にぶっ壊れたなぁ」

 小さく呟いて、額を押さえる。

 

 かつてはピカピカの新車だった愛車。

 強化ガラスは砕け、装甲板は歪み、エンジンブロックが半ば砂に埋まっている。

 フレームは爆風でねじれ、燃料管が千切れたまま。

 どう見ても「廃車確定コース」だ。そのままC4くっ付けて車凸でもしてやろうかとアキラはのんきに考えていた。

 

 とはいえ車をオーバーホールしたら生きてる部品もあるだろうし、修理やら売却やらしてもいいかと思った。

 

 

 アキラは苦笑するように息を吐いた。

「……まぁ、よく頑張ったよ。最後まで付き合ってくれてありがとな」

 

 返事の代わりに、風がドアをきしませた。

 金属の軋む音が、やけに胸に響く。

 ゴーイングメリー号のような感動的なお別れではないが、それなりの付き合いだった愛車にお別れをするのだ。寂しさの一つや二つくらいはアキラにもあった。

 

「……さて、そうやって悲しみに暮れる時間の余裕もないんだ。お世話になった愛車は牽引して持って帰るとするか」

 アキラはその後、徒党の子供たちに指示し、牽引させて迎えにきてくれた徒党員たちと都市へ帰っていく。

 

 

 目の前には、沈みかけた赤い太陽。

 砂の向こうから、どんどん都市の影が見えてくる。

 それを見て、ようやくアキラは小さく息を吐いた。

 

「……やれやれ、廃車一台で済んだんなら安いもんか」

 

 夕暮れの風が、彼の笑いをかき消していった。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 後日。

 アキラはシェリル、キバヤシと共に都市の外縁部にあるドランカム本部を訪れた。

 あの荒野での報酬交渉を進めるためだ。

 

 ちなみに“後日打ち合わせ”は済んでいる。

 キバヤシが主導し、都市職員としてもハンターオフィスとしても動ける立場を利用して、この舞台を整えた。

 

 

 

 ——そして今、ドランカム側の応接室。

 

 

 

 窓際の反射ガラス越しに見える都市の景色よりも、

 この部屋の空気の方がずっと重かった。

 

 スーツ姿のアキラは、妙に窮屈そうにネクタイを触っていた。

 強化服の方がまだ楽だった。

 徒党の子供たちはこの姿を見たらきっと爆笑するだろう。

 

 

 隣のシェリルは、黒のスーツに白のブラウス。

 その立ち居振る舞いは完全に「経営者」だ。

 控えめに言っても“場の支配者”。

 ちなみにアキラはその姿のシェリルも凛々しくて好きだと伝えていたため、シェリルのやる気もMAXである。

 

 

 

 そして向かいには、ドランカムの幹部——ミズハ。

 交渉係から報告を受けて急遽出席した。

 アキラ単独の話なら軽く流す予定だったが、

 後ろにキバヤシの名前を聞いた瞬間に対応を変えた。

 キバヤシは既に部屋の片隅のソファに腰かけ、

 いつものように人の悪い笑みを浮かべている。

 

 

 

 

 ──-

 

「では——」ミズハが話を切り出す。

「今回の報酬の件ですが、物資か金銭での支払いを検討しています。どちらをご希望で?」

 

 アキラは即答した。

「もちろん、いろを付けていただけるんですよね?」

 

 ミズハの眉がわずかに動く。

「……理由を伺っても?」

 

「簡単な話です。今回のスネーク戦で一番動いてたのは、カツヤ、ユミナ、アイリ、そして——私です。それにもともと成果報酬という契約でしたし、その報酬に見合ったモノをいただくのは何も不自然ではないと思いますが?」

 

 

「ええ、それはアキラさんがハンターとして我々ドランカムと契約を交わした時に、成果報酬型だとお聞きしてます。……ですが報酬にも限度はありますよ。

 そもそもスネークを討伐したのは、我々ドランカムの総攻撃です。あなた方個人の働きは評価していますが——」

 

 

 

 アキラが椅子の背にもたれ、目を細める。そして口調を変えて、態度も変えてアキラは反論する。

「忘れたとは言わせねぇよ。あの時、多連装マイマイの主砲を途中でぶっ放して部隊を半壊させたの、どこの誰の判断だ?」

 

 

 

 室内の空気が一瞬止まる。

 

 

 

 ミズハは笑顔を崩さず返した。

「……とはいえ、最終的にスネークを倒したのは我々です」

 

「いや違うな」

 キバヤシがようやく発言した。

 

 

「ドランカムが倒したのは、“スネークの外装”だ」

 

 

 彼は持参した資料を部外秘だが……とくぎを刺してミズハに手渡す。

 そこにはアキラが過合成スネークの本体と思われるモンスターを一人で撃破したことが記載されていた。

 

 

 

「これが、アキラがその後単独で撃破した“本体”だ。つまり、ドランカムが討伐したスネークは**抜け殻**だったわけだな」

 

 

 

「……しかし、ハンターオフィスの公式記録では、過合成スネークの死亡報告はすでにドランカムの功績として承認されています。もし、それを誤認だと主張されるなら——それに見合う謝礼を要求します」

 

 

 

 キバヤシは口元だけで笑った。

「いやいや、公式戦の功績はドランカムのものだ。ただ——それをアキラがどう思うかは、別問題だ」

 

 

「……というと?」

 

 沈黙を切り裂くように、シェリルが言葉を挟んだ。

 

 

 

「公式戦はドランカムの功績で結構です。ですが、“非公式戦”はアキラ個人の成果です。ただ、そのせいで公式戦でも彼の活躍が広く知られるかもしれませんけど……仕方ないですよね? 

 

それにもしかすると、キバヤシ様が気に入っているアキラが過合成スネークの本体を一人で倒して、実はヨノヅカ遺跡でカツヤさんたちが遭難したときや、崩落に巻き込まれた時も、喜々として吹聴し宣伝して、今後もごひいきにしていただく可能性もありますが……問題ないですよね?」

 

 ミズハの頬がぴくりと動く。

 

 

 

(……この子、この際に及んで脅し!? ただの一介のハンターとそのパートナー相手なら余裕でNOとたたきつけれるのに! この場でアキラさんとシェリルさんに付いているのはハンターオフィスでも悪名高いキバヤシさん!! 影響力が違いすぎる立場の人を連れてこないでしょう! ふつうは!?)

 

 

 頭の中で警鐘が鳴る。

 

 キバヤシ——気に入ったハンターにハイリスクハイリターンの依頼を与え、その過程や結果を“楽しむ”異常者。

 だが、彼に見込まれた者でその賭けに成功した者は実力者としての評価を手に入れることができる。

 そして、彼の裏にはその賭けに勝ち、成功者として活躍している者たちの中に、東部最前線の上位ハンターたちがいる。

 そのような実力者たちと繋がりが今も持つという意味で優秀な彼はよくも悪くも影響力のある有名人だ。

 

 

 

 ここでアキラを敵にするのは構わない。

 だがキバヤシを敵に回すのは、組織として自殺行為だ。

 

 

 

 

 

 

 

 シェリルは畳みかけた。

 

「それにもともと契約上では、“ドランカムから物資等を頂く”という条件でした。成果報酬制ですよね? ですので、あなた方がアキラの功績をその程度だと判断するなら……」

 

 微笑みながら、淡々と続ける。

 

「同様の働きをしたカツヤ様やユミナ様の功績も、 “その程度”だったという認識でよろしいですか?」

 

 ミズハの顔色が変わった。

 

 アキラを軽んじることは、同時に自社の看板であるカツヤを軽んじることになる。

 その一言が、ドランカム全体の戦略価値を揺らがせる。

 

 ミズハは内心で舌打ちした。

(……この二人、どこまで読んで動いてるの!?)

 

 

 ヴィオラの報告を思い出す。

 アキラはスラム出身で徒党の長。だが交渉や思考は不得手。

 その代わりに、シェリルが参謀を務め徒党の運営はほぼシェリルの手腕で成り立っている。

 しかもその立ち居振る舞いや教養から、シェリルは中層区画の令嬢の可能性があると、聞いていた。

 

 

 そして彼、彼女たちの関係性は依存と信頼、お嬢様と護衛等だと憶測が飛び交い、どれが嘘で本当かわからないのだ。

 

 

 

 

 

 ——文字通り得体の知れない、最悪の組み合わせだ。

 

 

 

 

 

 ──-

 

 ミズハは、深く息を吐いた。

 

「……仕方ありません。特例として扱いましょう。アキラ様、シェリル様、そしてキバヤシ様の顔に免じて。こちらから武器・強化服・資金を支給します」

 

 

「他には?」

 シェリルの笑顔はそのままだ。

 

「……と、言いますと?」

 

「何度も申し上げて恐縮ですが、契約内容は“物資等”です。我々としては、物資・金銭・人材を頂く契約として認識しておりました。——人材報酬の件は、どうなさいます?」

 

 ミズハの表情が固まる。

 

 

 

 その瞬間、彼女は悟った。

 ——やられた。

 

 

 

 初期交渉の段階で、交渉係が契約文面の曖昧な部分を放置したまま締結していたのだ。

 アキラたちはそれを逆手に取り、“人材報酬”の条項を抜け道にしていた。

 

 

 

 

 

 

 ミズハはわずかに目を伏せ、

 その場で敗北を認めるしかなかった。

 

 

 

 

 

 ミズハは、すでに観念していた。

 契約の抜け穴を突かれた以上、履行を拒む理由はあるが、その程度のことでハンターオフィスを敵に回す理由はどこにもない。

 無理に抗えば、今度はドランカムの評判そのものが揺らぐ。

 

 

 

「……わかりました。それで、どのような“人材”をお求めですか?」

 声のトーンを落とし、慎重に探る。

 

「事務方ですか? それとも会計や管理職でしょうか?」

 

 ドランカムの内部資料では、アキラの徒党は構成人数の八割が子ども。

 成人スタッフは少なく、会計・交渉・管理部門の人員不足が明白だ。

 ならば、そこを突けば交渉の妥協点になる——そう踏んでいた。

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 

「いえ、有力な()()()()を望みます」

 

 シェリルの一言が、その予測を粉砕した。

 

 

「……ハンター?」

 ミズハの表情が険しくなる。

「ハンターですか? たとえば、どのような人材を?」

 

「別にベテランとかじゃなくていいんですよ」

 アキラが軽く肩をすくめた。

「俺たちが欲しいのは、ちゃんと戦える“現場の人間”です」

 

 ミズハは焦りを隠すように、事務的な口調で返す。

「若手や中堅を……ということですか?」

 

 

 

「そうですね。たとえば——カツヤとか?」

 

 その名前が出た瞬間、ミズハの心臓が跳ねた。

 

「も、申し訳ありませんが、それは不可能です!」

 机の上の書類を握りしめながら、早口で言い切る。

「カツヤは我々の若手筆頭であり、都市でも注目株です。カリスマも実力も申し分ない。中位区画の投資者たちからの後援も厚い。……ですよね、シェリルさん?」

 

 

 視線をシェリルへと向ける。

 まるで“あなたも()()()()()()()でしょう? ”とでも言うような、探るような口調。

 

 

 シェリルは、柔らかく微笑んだ。

「ええ。そう聞きおよんでいます」

 

 

 その言い方が、まるで“カツヤの価値を知ったうえで、興味がない”とでも言っているようで、ミズハの背筋に冷たい汗が流れる。

 

(……まさか本気で、カツヤを狙ってるわけじゃない……? いや、でもこの口ぶり——)

 

 

 

「安心してください」

 アキラがわざとらしく笑った。

「俺だって、あいつがもらえるなんて思っちゃいませんよ ただ“例え話”です。つまり——俺たちが求めてるのは、そのクラスのハンターってことです」

 

 

 ミズハは息を飲んだ。

「そのクラス……」

 

 

 アキラの笑みが深まる。

「カツヤは無理でも、代わりならいるんじゃないですか?」

 アキラはわざと軽い口調で言った。

 

 

 

 

「たとえば——トガミとか。あいつも優秀ですよね。カツヤの影に隠れてはいるけど、地味に堅実で。鍛えりゃいい感じになると思うんですよ」

 

 ミズハは一瞬、ほっと息をついた。

(……トガミか。それなら交渉材料としてはまだ現実的ね)

 

「たしかに、トガミはカツヤほどではありませんが、有力な若手であることは事実です。ただ、あいにく現在は別任務のため……」

 

 ミズハが答えようとした、その時だった。

 

 

 

「それに——」アキラが言葉を重ね、ゆっくりと指を組み、笑った。

 

 

「カツヤに対する対抗馬としての役割や、出世街道まっしぐらのカツヤに対する不満の行き場でもありますよね。ヘイト管理のためにも必要な人材でしょう。……だから、そういう人材をドランカムさんからいただけるとは思ってませんよ。不満が散らばると、()()。ですもんね?」

 

 

 穏やかに笑いながら、実際には脅しの一手。

 ドランカム内部の派閥構造を正確に言い当てていた。

 

(——こいつ、本当にスラム上がりなの?)

 ミズハの背筋を冷たいものが伝う。

 

 

 

 

 クガマヤマ都市のドランカム。

 名の知れた大手徒党であり、軍事派遣会社でもある企業組織だ。

 だがその実態として、派閥抗争中の不安定さが強かった。

 

 

 

 

 そして——アキラたちはそれを“知っている”。

 

 

 

 それも、ただの噂ではなく、内部の空気ごと。

 

 

 

 

 

 

 理由は簡単だ。

 アキラはここ最近ずっとドランカムと合同任務を受けてきた。

 その中で、若手たちの何気ない雑談、皮肉、愚痴、飲み言葉を拾っては丁寧に“情報の形”に変えていた。

 

 

 若手たちは徒党に守られて油断していた。

 酒の席では口も軽く、愚痴も多い。

 カツヤ派はカツヤを持ち上げ、反カツヤ派はトガミを庇う。

 その程度の話を挟めば、すぐに誰がどこに属しているかがわかる。

 

 

 

 

 

 ——前世で、嫌というほど見てきた。

 “人間関係”さえ読み取れば、組織の分厚い装甲も、ランジェリーに包まれた女のように丸裸にするなど簡単なのだ。

 

 

 

 

 アキラは薄く笑ったまま続ける。

「ええ、ですからドランカムとして抜けてもある程度問題ない。もしくは、ある意味“許容できる人材”を頂きたいんです」

 

 

 シェリルが静かに詰めていく。

 その微笑は凍てつくように冷たい。

 

「例えば、ドランカムの派閥争いで負けた者。かかわりを失った者。——あるいは、()()()()()()()()()ですね」

 

 

 ミズハの指先が止まる。

 

 

 

「そういえば——」

 シェリルの声が静かに部屋に落ちた。

「以前はカツヤ派にいたけれど、そこから抜けたものの、他の派閥とも折り合いがつかず、宙ぶらりんになっているハンターがいましたよね」

 

 

 

 ピシッ、と空気が凍る音がした。

 

 アキラが軽く頷く。

 

「たしか……“()()()”とかいう子ですね」

 

 

 

 

 

 沈黙。

 

 

 

 その名を聞いた瞬間、ミズハの表情が硬直した。

 ほんの一瞬——だが、確かに。

 

 シェリルは指を組み、微笑む。

「どうしたんですか? 別にやましいことはありませんよね?」

 

「……どうして、彼女を?」

 ミズハの声が掠れる。

 

 

 アキラは、まるで雑談の続きをするように淡々と答えた。

「簡単な話ですよ。俺たちは人材が足りていない。特にハンターが。だから、大手徒党で優秀なドランカムさんから、有望そうな人を頂こうと思ったんです。 ……まあ、引き抜くとなると角が立つし、申し訳ないですからね。“派遣”って形にすれば、丸く収まるかと思いまして」

 

 

 

 ミズハは無表情のまま聞いていたが、

 その実、内心では苦い笑みを浮かべていた。

 

 

 

(……茶番だ。だが、付き合わざるを得ない……!)

 

 

 

「ええ、たしかに。いくら報酬とはいえ、ハンターを差し出すのは極めて困難です。 それが“優秀な”人材となれば、なおさら」

 

 言葉を濁す。

 レイナはただの若手ではない。

 中位区画の人間であり、彼女の“家”との繋がりを持つことができれば、ドランカムの事務派閥は一気に勢力を拡大できる。

 

 ——だからこそ、手放せない。

 

 

 ミズハは笑おうとしたが、口元が引きつっていた。

 

 

 

(くっ……どうしてそこまで把握している? レイナの評価報告はまだ上層で留めているはず……情報源は——徒党の子供? いや違う、まさかハンターオフィスのキバヤシ様が……?!)

 

 

 視線を横にやる。

 キバヤシは相変わらずソファに腰を下ろし、

 足を組んでこちらを見ていた。

 薄い笑みだけで、すべてを否定も肯定もしない。

 その笑みが、ミズハには悪魔のように見えた。

 

 

 

 

「まあ、そんな感じで」

 アキラが両手を広げ、場を和ませるように言った。

「俺たちとしては、“カツヤクラスの若手”を()()のは申し訳ないですし。()()という形で融通してもらえれば、それで十分。ドランカムの人材育成力は信頼してますからね」

 

 

 

 その言葉の裏にある意図を理解した瞬間、

 ミズハは小さく息を呑んだ。

 

(……やられた。最初から“レイナ一点狙い”だったのね)

 

 交渉の主導権は完全に奪われた。

 彼女の手札はもう、何も残っていない。

 

 

 

「……承知しました」

 ミズハは深く息をつき、頷く。

「“レイナ”を、派遣という形であなた方の徒党へ出向させます。期間・条件は追って詰めましょう」

 

 

 

 アキラは満足そうに立ち上がった。

「話が早くて助かります。もちろん、武器やお金も頂きますけどね」

 

 

 ミズハが顔を上げる。

 アキラの声は、どこまでも落ち着いていた。

 

「3千万オーラム前後の物資。例えば中古の銃や、整備済みの強化服、それに車両とかでもいい。こっちも再整備すれば使えるし、多少古くても文句は言いません」

 

 ミズハは一瞬、目を細めた。

(……ふざけてはいない。本気だ、本気でまだ報酬を得ようとしている!?)

 

「……承知しました。こちらで可能な範囲で選定し、後日リストを提出します」

 

「助かります」

 アキラはわずかに笑い、ソファに背を預ける。

 

「ただ——」

 

 シェリルが静かに言葉を継いだ。

 声は柔らかいのに、響きは冷たい。

 

「報酬の内容については、後日書面で明示していただけるようにお願いします。双方の勘違いで後から揉めるのは、お互いにとって望ましくありませんから」

 

 

 ミズハは、息を飲んだ。

(……よく言う。契約の穴を突いて要求しているのはそっちでしょう!?)

 

「……もちろんです。正式な名簿と確認書を後日お送りします」

 

 シェリルは微笑む。

「ありがとうございます。そうしていただければ安心です」

 

 

 

 アキラは軽く片手を上げた。

「じゃあ、それで決まりだな。いやーいい取引でした。ドランカムさん、今後ともよろしくお願いいたしますね」

 

 ミズハは、無言で頷くしかなかった。

 その表情には、疲労と屈辱と——わずかな安堵が入り混じっていた。

 

 

 アキラは立ち上がり、手を差し出した。

 握手というよりも、確認の手。

 

 ミズハはためらいながらも、その手を取った。

 冷たく硬い手のひらが一瞬触れ合い、離れる。

 

 

 

 

 交渉は、終わった。

 

 

 

 

 

 そしてミズハは思う。

(——この二人は、ただのスラム上がりじゃない。いったい何なの? ヴィオラ、話が違うじゃない!!)

 

 

 

 

 

 

 会議室を出たあと、三人はドランカム本部ビルの玄関ロビーに出た。

 磨かれた床にネオンが反射し、外の陽光がガラス越しに鈍く光る。

 

 アキラは息を吐き、肩の緊張を抜いた。

「……ふぅ。終わったな」

 

「お疲れさまです」

 シェリルが静かに微笑む。

 その笑みの裏には、冷徹な仕事人としての満足があった。

 

 

 

 キバヤシは二人を見て、喉の奥で笑った。

「ははっ、やっぱりお前ら面白ぇわ。俺の目に狂いはなかったな」

 

 アキラは苦笑しながら、軽く頭を下げた。

「今回は助かりました。キバヤシさんがいなきゃ、ドランカムにここまで強く出られなかった」

 

 キバヤシは手を振った。

「礼には及ばねぇよ。むしろ俺のほうが感謝してる。久々に見応えのある交渉劇だった。……また騒ぎを起こしてくれると幸いだ」

 

 その言葉に、アキラは小さく笑う。

「騒ぎ、ねぇ。……まぁ、そうなるかもしれませんね」

 

 

 

「ほう?」

 キバヤシが眉を上げる。

「で、今後は何を考えてるんだ?」

 

 

 アキラは少し考えてから、腕を組んだ。

「そろそろ徒党の防衛体制も整ってきましたし、メンバーの装備も安定してきてる。だから、しばらくは“荒野で戦って死にかける”より、“生きて稼ぐシステム”を作ろうかと」

 

 

 

 キバヤシが顎に手を当てた。

「……ほう、仕組み?」

 

「簡易ギャンブルとか、くじ引きとか。遺物の端材や残骸を使って“当たり付き”の売買でもやれたらと思ってるんです。要は、ハンターの帰り道で財布が軽くなる“娯楽”ですね」

 

 

「ははっ、悪くねぇ。それにやりすぎてもそれはそれで面白そうだ」

 

「まぁ、まだ構想段階です。やりすぎるとスラムの二大徒党に目を付けられかねないですし…… “テキトーに”が一番安全なんですよ」

 

 アキラはそう言って笑った。

 その笑顔は、以前のような諦観ではなく、

 “自分の生き方を自覚した者”の軽さがあった。

 

 

 

 シェリルはその横顔を見て、小さくため息を漏らした。

「……本当に、次から次へと新しいことを考えますね」

 

「止まったら死ぬからな」

 アキラは笑って返す。

 

 キバヤシはそのやり取りを見て、満足げに頷いた。

「いいな。お前らみたいな連中がいる限り、俺の趣味は続けれそうだ。で、いつまでそんな他人行儀な敬語を使うんだアキラ、いい加減気色悪いぞ」

 

 

「え──ー別にいいだろ。キバヤシ相手だし」

 

 

「なんだよそれ!」

 そして笑いながら背を向ける。

「じゃあな、アキラ、シェリル。また近いうちにな」

 

 

 

 

アキラは手を挙げ返す。

「おう、期待せずに待っててくれ。それと、いい加減休ませてくれ!」

 

「ははっ、無理無茶無謀の次は休暇か、贅沢なやつだな!」

 

 

笑いながら去っていくキバヤシの背中を見送り、ようやく静けさが戻る。

 

 

 

シェリルが、少し肩をすくめながら言った。

「さて……帰ります?」

 

アキラは、肩の力を抜いて息を吐く。

「いや、せっかくだし、どっか寄って帰ろうぜ。お疲れ様会ってやつ」

 

「“お疲れ様会”ですか?」

「うん。ほら、交渉終わったし、今日くらいはご褒美ってことで」

 

「それ、アキラが言うとロクなことにならない気がしますけど」

 

「ひでぇな」

 

---

 

都市外壁のふもとにある小さなショッピングモール。

防衛区の工員やハンターが利用する施設だから、見た目は質実剛健。

だがこの時間になると、酒場もカフェも屋台も明かりを灯し、

薄暗い通路が少しだけ“街”の顔を取り戻していた。

 

「お、あのカフェ、席空いてるじゃん」

「珍しいですね、人気店なのに」

 

ふたりは通りの角にある簡素なカフェに入る。

合成コーヒーと軽食の店。

 

席に着くと、アキラが両肘をテーブルにつきながら呟いた。

 

 

「……正直、疲れた」

「交渉、見事でしたよ」

「いや、ほとんどシェリルが喋ってただろ」

「でも最後に“ほどほど”に圧をかけたのはアキラですよ」

 

「まぁ……ちょっとはスカッとしたな。あの顔、忘れられねぇ」

アキラが小さく笑うと、シェリルもくすりと微笑んだ。

アキラは少し不遇というか、組織に使いつぶされそうなカツヤたちに思うところがあり、そのカツヤたちを追い込んでいそうなミズハに嫌がらせもかねて交渉にいどんでいた。

 

 

「ミズハさん、途中で顔が三回くらい引きつってましたね」

「いや、あれは俺も笑いそうになった。助かったよ、隣で真顔キープしてくれて」

 

「ふふ。お互い、演技派ですね」

 

店員が二人分の飲み物を置いていく。

湯気がふわりと立ち上る。

アキラがストローを回しながら、ぽつりと呟く。

 

「……ありがとな」

「急にどうしました?」

「いや、今日の交渉もそうだし、ずっと支えてくれてるし。 こうして並んで座ってると、なんか落ち着くなって」

 

 

シェリルは一瞬言葉に詰まり、それから視線をそらした。

「……そういうこと、もう少し早く言ってくれてもいいのに」

「恥ずかしいだろ」

「私は慣れてますよ。あなたの照れ隠しには」

 

 

アキラが頭をかきながら苦笑いする。

「まいったな……今日は完全に負けだ」

「はい、勝者は私です」

 

---

 

 

カフェを出ると、夜の空気が少しだけ冷たかった。

通りを歩くシェリルが、アキラの袖を軽く引く。

「ねえ、あっちの露店。ちょっと寄ってもいいですか?」

 

「ん? アクセ屋か?」

「ええ。見てるだけですけど」

 

ふたりで露店の前に立つ。

並ぶのは安価なアクセサリーや中古の髪留め。

シェリルが小さな銀のピンを手に取り、光にかざす。

 

「どうです?」

「似合うと思う」

「買います」

「はいはい、“ほどほど”の範囲でな」

「今日は特別です」

「仕方ないなぁ……」

 

 

会計を済ませて歩き出すと、アキラがさりげなく言った。

「そういや、シオリさんには“話したいことがある”って連絡入れてある。派遣の件も、当面は待ちだな」

 

 

「そうですね。焦らず、詰めていきましょう」

「うん。……それまでは、ちゃんと休もうぜ」

 

シェリルが笑みを浮かべて頷く。

「“お疲れ様会”の続きは、拠点でしましょうか。甘いものでも用意します?」

「最高だな」

 

 

 

 

二人の足音が、小さな通りの明かりに溶けていった。

交渉の緊張も、戦いの疲労も、いまだけは遠い。

この束の間の穏やかさが、戦いの世界にある“ご褒美”だった。

 

 

 

 -

*1
ごくせん。ヤンクミこと山口久美子が不良ぞろいの3年D組で高校教師として活躍する学園ドラマ。2002年に第一段放送。え、そんな古かったっけ。じゃあウオーターボーイズもだいぶ古いな。第二期のED曲が大好きです




シェリル(またほかの女誘ってる…)
アキラ(ぶっちゃけトガミが欲しかった)


読了感謝です。
というわけでさんざん悩んだ末、レイナを引き込むことにしました。
今回アキラが賞金首討伐で狙っていたのは功績でも金でもなく、人材でした。そしてその人材がレイナとなります。
その結果、某悪食ビルとか様々な今後の展開に作用していきますが、まぁしゃあない。二次創作だから!!そして見切り発車行き当たりばったりでいきますぞおおおおおおお。

はい(はいじゃないが)
ちなみに当初の予定だと、シカラベからの報酬の交渉でアキラが望んだのがレイナだったという展開でしたが。結構こじつけしないとシカラベがレイナを引っ張ってきそうにないのでボツになりました。


さて次書くのは、レイナたちやシオリとの交渉シーンと掲示板回でも書く予定です。どうぞよろしくお願いいたします。

余談
嘆きの亡霊は引退したいは漫画版とアニメ版しか知りませんが、結構おもろいですね。時間があるときになろう版も読んでみたいところです。
ただ今期のアニメまだ何一つ見れてないので先にそっちが優先になるかもですけど…忍者と極道も見れてないしな。マジで虚無い(しゃばい)

それとぬきたしの体験版やってみたんですけどあの作品ぶっとんでますね。さすがに孕めオラァ!をこの二次創作で書くことはないと思いますが…なんでぺぺローションの噴水があるんだよ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。