Re:Build ―スラム転生ハンター、旧領域の亡霊と契る 作:ロシュ
「とりあえず一週間、試用だ。それで判断する。ダメだと思ったら即切る。いいな?」
返事はなかった。振り向くと、シェリルが深く頭を下げていた。
「それとアキラでいいよ。俺もシェリルって呼ぶし」
「わかりましたアキラ。よろしくお願いします」
まぁ敬語も辞めてもらっていいんだけど、そりゃ警戒してるもんな。距離置くよな普通……
シェリルの案内で、アキラは彼女の拠点に足を踏み入れた。
元はそこそこ大きな建物だった、とはいえ壁に穴が空き、簡単な布や板で補修されている所もある。建物の中には十数人の子供たちがいた。年端もいかぬ者から、アキラより年上に見える者まで。みな、アキラに注目している。
「この人が、これからこの徒党のボスになる……アキラよ」
そう紹介するシェリルの声には、多少の緊張があった。反発や不安が渦巻くなか、空気を切るような少年の声と男の声が響く。
「俺たちと同じくらいのガキじゃねぇか、こんな雑魚俺でも倒せるぜ」
「……ハッ。子供かよ。そんなんでこの徒党をまとめるって? 舐めてんのか?」
明らかに他の子供たちよりも体格のいい中年の男が吠える。徒党に残ったのは、他に行けなかった子供たちと、こうした「一発逆転」を狙う輩だったのだろう。
もう一人はエリオというスラムの子供だった。エリオはただ自分たちのボスを名乗るガキが自分と同じことへの不満や、完全に舐めている感じだ。
中年の男が腰から拳銃を抜こうとした、その刹那
パンッ!!
乾いた銃声が室内に響く。次の瞬間、男の太腿から鮮血が噴き出した。
「ぎゃあああああああッ!!」
転がりまわる男を冷めた目で見下ろしながら、アキラは無言で銃口を下ろした。拳銃が握られている。
誰も動けなかった。子供たちも、シェリルも、息を呑んでアキラを見ていた。
「……威嚇のつもりだったら、銃口は最初から相手に向けないことだ。撃っていいのは撃たれる覚悟があるヤツだけだ、お前にその覚悟はあったか?」
アキラの声は低く冷たい。まるで何度もこういうことを繰り返してきたかのように。
「あと言い忘れたけど、この人はこの前シベア達を倒した人よ」
子供たちの中から、誰かがぽつりと呟いた。
「……あいつ、もしかして……人喰い工場のやつじゃねえか?」
それは噂だった。スラムの端にある、使われなくなった古い工場。中に入った者は二度と戻ってこない。けれど、死体の装備だけは時折見つかる。運が良ければ拾える──いや、誰かが処理して売ってるのだ。
「まさか、あそこってマジで人が住んでるのかよ……」
「てことは……あいつ、マジでシベアさんを殺して……」
恐怖と驚愕、そして得体の知れなさが空気を変えていた。アキラが口を開く。
「俺の名前はアキラだ、よろしく。シェリルに説得されてここのボスをやらせてもらうことになった。ここの話はシェリルから聞いてる。この徒党が……俺がやったシベアの徒党であった事もだ。一応ここのボスとして後ろ盾にもなってやるつもりだ。あ、あとこの徒党のNo.2はシェリルだ、俺とシェリルでここの運営を行う。俺が不在の時はシェリルが俺の代わりとして動く事もあるだろう。あと……何か企んでる奴は早めに消えてくれると助かる、その方がお互いの身のためだ」
誰も返事をしない。ただ、あの血だまりの上で悶える男の呻き声だけが響いていた。
沈黙の中、アキラは子供たちをざっと見渡す。怯えている者、唖然としている者、表情を固めて観察している者。どれも、スラムで生きてきた子供の顔だ。
「それと……さっき俺を倒せるって言ったそこのお前、名前は?」
「えっあっ」
狼狽えるエリオ。それもそのはずさっき横でアキラを攻撃しようとした中年が反抗的態度をアキラにしたことで撃たれたことにビビってるのだ。
「名前は?」
アキラが銃口を向けると、エリオが叫ぶ様に自分の名前を告げるとアキラは笑みを浮かべたまま返答した。
「エリオか、覚えたよ」
エリオは青ざめることを通り越して真っ白になった。
「それと、シェリル。部下の躾はしっかりしろ。舐められると損をするのは俺たちだ。さっきの話だけどな、条件については……また必要になったときに話す。今のところは、衣食住が約束されるならそれでいい」
「いしょくじゅう? はわからないけど……わかったわ、準備しておきます」
ようやく息をつけるようになった空気の中で、アキラは一息ついてから言った。
「ああ、それととりあえず今日は、ここで一泊させてもらう」
そういうと、徒党の皆は顔を青ざめて怯えていた。
安っぽい椅子と机の上に並べられたのは、スラムにしては上等な食事だった。スープと干し肉、それに水煮された根菜とパンもどき。数は少ないが、栄養バランスは悪くない。何より、あたたかい。
「……悪くないな」
アキラがスプーンでスープを口に運ぶと、少し驚いたように目を丸くするシェリルの顔が見えた。
「よかったです。アキラに、少しでも気に入っていただけて……」
シェリルは、アキラの顔色を何度も盗み見るようにしながら、ぎこちなくパンをちぎる。アキラは気にも留めず、無言で食事を続けた。警戒はしていないが、気を許しているわけでもない。ただ、飯が食えるなら、それでいい。
「……ところで、アキラ。これからの予定について、伺ってもよろしいでしょうか」
食後のぬるい水を飲んだタイミングで、シェリルが恐る恐る切り出してきた。アキラは水筒を置き、軽く肩をすくめる。
「そうだな。まず、工場に置いてある荷物をこっちに運ぶ必要がある。それと、罠の位置を地図にでもまとめるか、シェリルに案内して確認させるか、ってとこだな」
「なるほど……罠の件、私が同行しても構いません。むしろ、アキラの安全が確保できるなら喜んで」
「そこまで気ィ使わなくていい。……ただ、うちの工場、初見だと冗談抜きで死人出るからな。シェリルがマジで来るなら、俺がちゃんと案内してやるよ」
そう言うと、シェリルの顔が一瞬だけ引きつった。人喰い工場の噂が、伊達ではないと悟ったようだった。
やがて、食事が片付けられ、シェリルがアキラを部屋の奥へと案内した。そこには、驚くほどまともな風呂があった。簡易湯沸かし装置に、洗面台と脱衣所まで揃っている。スラムとしては、破格の設備だった。
「ここが、うちで使っている風呂場です。お湯は……一応、出ます」
「おーちゃんとしたお風呂じゃん、……久しぶりにマトモな風呂入れるよー」
アキラは感嘆混じりに呟きながら、服を脱ぎ、湯気の立ち上る湯船に足を入れた。
スラムでは水は貴重だ。とくに“清潔な水”ともなれば、なおさら高価で手に入りにくい。
アキラは病気を恐れ、これまで自腹で買った飲料水と固形石けんを使い、手洗いうがいを徹底してきた。徒党の子供たちにも同じ習慣を広めるべきか──一度はそう考える。
だが現実には、飲用以外の用途で清潔な水を浪費する余裕などない。スラムの子供が死ぬ主な理由は餓死や暴力であり、感染症は後回しになりがちだ。まずは食糧を確保して免疫力を上げるほうが先決だろう。
限られた資金で水を買うくらいなら、拳銃や食料に回したほうが生存率は高い。残酷な言い方になるが、スラムでは子供が病気で数人死んでも、すぐに代わりが転がり込んでくる。金のない大人たちの数少ない娯楽が性交渉なのだから、人手が途切れることはないのだ。
そう考えていると数分後。
風呂の扉がきしむ音と共に、誰かが入ってきた。アキラが眉をひそめて振り向くと、そこにはタオル一枚で現れたシェリルの姿があった。
「……おい、何してんだ」
「ご一緒させていただこうと思いまして。入浴時間が今日はもう、この時間しか空いておらず……」
その口調はあくまで丁寧で、表情も変わらない。だが、アキラの視線は自然と逸れ、心拍が微かに上がる。幼い体とはいえ、年齢に不釣り合いな意識が、彼の脳裏にチラついていた。
「……好きにしろ」
水面の下、ほんのわずかに浮かび上がる布越しの変化に気づいて、シェリルの表情が一瞬、驚きと──すぐに勝ち誇ったような余裕に変わった。
(ああ、なるほどね。ちゃんと、そういう反応もするんだ)
自分の身体が、ただの道具ではなく交渉材料にもなり得ると、シェリルはその瞬間に確信した。だからといって今すぐ何かするつもりはない。けれど──そのカードがあるというだけで、彼女の心には少し余裕が生まれた。
「あのーアキラ、背中、流しましょうか?」
「……自分でやる」
「そうですか……」
(ふーん、残念)
ほんの一瞬、心の奥に余裕が生まれる。その余裕は、計算でも本能でもなく、ひどく生々しい女の勘だった。
次第に、湯気の中に微かな緊張と安堵が溶け込んでいった。
入浴を終えた二人が次に向かったのは、この拠点でアキラが使う予定の部屋だった。
「アキラ、部屋をご案内します。こちらへどうぞ」
シェリルに導かれた先は、以前のボス──シベアが使っていた部屋だった。スラムの基準からすれば破格に広く、最低限の家具も揃っている。隣の部屋がシェリルの私室であることも、案内の途中で明かされた。
「ここは、今は誰も使っておりません。アキラが好きに使っていただいて大丈夫です」
そう言ってシェリルは部屋の隅に置かれた毛布を手早く整えながら、どこか落ち着かない様子で言葉を継ぐ。
「……それと、工場の件ですが。後日アキラと同行して罠の場所等の確認を行いたいと思います」
アキラは頷き、軽く部屋を見回した。シベアが使っていたとはいえ、今はもうあいつはいない。殺したのは自分だ。この部屋も今は、アキラのものだった。
「いい部屋だ、広さも申し分ない。ありがとな」
「はい……」
一瞬の沈黙。だがそれを破ったのは、意外にもシェリルの方だった。
「……あの、アキラ」
「ん?」
「……その。今夜だけで構いませんので……一緒にいていただけませんか」
アキラは少しだけ眉をひそめる。
「添い寝……ってことか?」
「はい……その、今の徒党には、私に味方してくれる人間はおりません。……正直、夜が怖くて。自室で一人になると、誰かが入ってくるのではと思って眠れません」
シェリルは視線を伏せ、ぎゅっと自分の腕を抱いた。
「……アキラがそばにいてくれるだけで、安心できるんです。何も、他意はありませんので……もし迷惑でなければ」
そう言う姿は怯えの演技と本心が半々のようにも見えた。アキラはほんの僅か逡巡したが、やがて小さく息を吐いて答えた。
「……いいよ。夜中に襲われてたら、俺にも面倒が降ってくるしな」
シェリルの顔がぱっと明るくなる。
「ありがとうございます、アキラ……!」
その夜、ふたりは同じ布団に身を横たえた。アキラは背を向ける形で眠りにつこうとしたが、布団の中でシェリルの体温と柔らかい香りが静かに伝わってくる。
(……近すぎだろ、しかもいい匂いする!?)
転生してからのアキラは死んだ両親以外とは一緒に布団に入ったりすることはなかった。以前別の徒党で居候してた時も常に警戒していたため、誰かと一緒に寝て自身の懐に潜り込ませることを避けていた。
無意識に反応する身体を感じながら、アキラは静かに寝返りを打ち、距離を取ろうとする。だが、シェリルの方が少しだけ身体を寄せてくる。
「……ふふっ」
その笑みには、ほんの少しだけ余裕が戻っていた。シェリルは確かに感じ取ったのだ。アキラが自分に反応していることを。──色仕掛けが、少なくとも無意味ではないことを。
読了感謝です。今日中にもう1本投下できる様に頑張りつつ転職活動頑張ります。
なお、ダンまちは原作のラノベとオラトリア全巻揃えてます。アニメも見ました。アストレアレコードの詠唱を初見でラノベで読んだ時は号泣しましたね。好きなキャラはアイズです。ベルアイ過激派です。