新任教師『次元大介』   作:レイゴン

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1-6 傷だらけの狼

 声が聞こえる。

 

 

『先生、これは何かあった時に作動するようにした私の最期の奇跡だ』

 

 

 その声を俺は聞いたことがある。

 そう、この声は『預言の大天使』である百合園セイアの声だ。

 尤も、アイツは夢渡りの力を失っている……と少なくとも俺は聞いていた。

 

 

『あの日、私はとある少女に出会った、その少女の名をクズノハ。百鬼夜行の預言者と名乗った少女は、私と同じ『夢幻』の力を持っていた。 本来二人の人物が同じ固有名を持つことはあり得ない。 それは本質が同じという事だからね。 彼女曰く、幼い私と彼女は出会ったことがあるそうだ……そしてその時に私に力を授けたと。 この話をしてる時に私は既に先生に話しているだろうか? 私はベアトリーチェが呼び出した『色彩』という厄災に身を蝕まれ、その本質を変えられかけていたことを。 それを防ぐために、彼女にこの『夢幻』の神秘を返納したことを。』

 

 

 セイアはそこまで言うと、何処か遠くを見て、俺に向き直って口を開く。

 

 

『その時に、私が視た最期の未来予知。 それを私は未来の先生に渡すことにした。 何もなければそれでいい、しかしこれは何か起きかけた時、先生ほどの実力者が、再び深い眠りに落ちた時に発生する「預言の大天使」最期の預言だ。 先生、私の言葉に耳を傾けてはくれないだろうか?』

 

 

 

 歪な晄輪を持った死神が現れし時、天から飛来した巨大な塔により、蒼き虚空は緋色に染まり……不吉な塔は、悲鳴と共に鳴動し……この世界を少しずつ削り取って……そうして、黒い光が天から舞い降り……世界が終焉に傾いていく。

 

 

『先生、どうかこの預言が貴方に届かないことを私は祈る』

 

 

 俺は目を覚ます。

 銭形の言っていた通り、完全に収容された様で、ほんの僅かの電光による灯りが檻に当たって、格子状の影が地面に伸びる。

 

 さっきの夢は……前に言ってたキヴォトスの終焉の内容に新たに加えられたもの……だったな。

 よりにもよってこのタイミングで、爆弾を教えてきやがったなあいつ……。

 まぁいい、歪な晄輪を持った死神……か、晄輪ってのはヘイローの事だろうが、死神に値する生徒なんかいたか?

 

 

「ん、んぅぅ……」

 

 

 思考の海に沈みかけてた時、隣から聞こえてきた呻き声によって、俺は現実に引き戻される。

 

 セイアがわざわざ残してくれた預言だ、無下にはしたくねぇが、優先すべきは現在だな。

 

 独房だと勝手に思っていたが、隣を見ると蹲るように丸まって魘されるアルの姿があり、部屋を見回すと他の3人もそれぞれ寝た状態で転がされていた。

 

 俺はともかくとして他の4人も似たような扱いをしている辺り、銭形の仕業では無さそうだ。

 

 

「アル、ムツキ、カヨコ、ハルカ。起きろ」

 

 

 4人にそれぞれ近寄って、俺は脈を測りながら安否を確かめる。

 銭形は睡眠ガスと言っていたが、濃さによっては悪影響を及ぼす物だってある。

 何よりカイザーが仕込んだものだからな。

 

 それぞれを揺すりつつ、声をかけているとアルが目を覚ます。

 

 

「せ、先生……はっ、あ、あれ?ここは……」

 

「起きたか、魘されてたぜ?」

 

「……ちょっとだけ悪夢を見てただけよ」

 

 

 悪夢……か。

 ついさっき俺もあまり良くない夢を見たばかりだからか、その言葉が引っかかる。

 

 

「どうせここに閉じ込められたままだ、聞かせてくれねぇか?」

 

「……よく、覚えてないのだけれど、冷たい場所で黒いドレスを着た子と殺し合っていたわ。 どういう訳か、私凄く怒ってて……」

 

「ろくでもねぇ夢だな」

 

「全くよ……」

 

 

 膝を抱えて蹲る彼女の隣に座り込んで、俺は暗い天井を見上げる。

 普段は気丈に振舞っちゃいるが、その精神の奥底は小さな子供と同じだ。

 それが悪いなんて言うつもりは毛頭ねぇ。

 誰だって、その心の中心は変わらねぇもんだ。

 

 でも俺にはこういう時に気の利いた言葉をかけるなんて、そんな器用な真似はできねぇ、そういうのは相棒の専門だ。

 

 だからこうして隣に座って、同じ天井を見上げることしか出来ねぇ。

 

 そうして沈黙が続くと、ほかの三人も次第に起きて、辺りを確認する。

 

 

「ここが銭形さんの言ってた校舎?」

 

「あぁ、だろうな。にしても矯正局にぶち込まれずに済んだのは助かったな」

 

「……多分オフィシャルなものじゃないからだろうね」

 

 

 カヨコがそう判断した事に俺は頷いて肯定を示す。

 カイザーならこういうことをするだろうからな。

 

 にしても、一体どれくらい経ったんだ?

 

 腹の空き具合と体のコリからして丸一日ってところか。

 

 武器は当然のことだが、カードやらシッテムの箱、その他電子機器の全てが取られてやがる。

 久しぶりにちゃんとした監禁を受けたな。

 仮にも企業に属する兵士、そこら辺の教育はしっかりしてるか。

 

 

「先生なら、生徒を信じろ……か」

 

「銭形さんが言ってた言葉?」

 

 

 アルの言葉に俺は頷く。

 

 眠る直前、確かに銭形は俺に向かってそう言った。

 銭形がそう言うなら……いや、そうじゃなくても信じてるが、どういう理由で言ったんだ?

 

 誰かが来るから大人しく待っていろって事か?

 

 

「性分に合わねぇな」

 

「先生とアル様をこんな場所に……よくもよくもよくも……」

 

「あははは、ハルカちゃんストップストップ〜! あ、ちょっと力強いっ、いつも助かってるけど今はダメー!」

 

 

 檻を殴り壊そうとしてるのか、拳を振り上げているハルカをムツキが止めようとしているが止めきれてない。

 それにしても殴って壊せるもんか?

 …………。

 ……。

 ……いや、ハルカなら出来る気がするな。

 

 

「ハルカ、ここ最近忙しかっただろ?」

 

「え、は、はい……い、いえ!私にできることなんて働くことくらいしかないので……」

 

「なら、せっかくだから今は休め。 地面は硬ぇが……」

 

 

 俺がそう言うと、ハルカはおずおずと隣に来て座り込み、俺に頭を預けてくる。

 ハルカから自主的に甘えてくるのは珍しいからか、他の3人がその変化に小さな歓声を上げて、続くように俺の周りに集まってくる。

 

 

「休めとは言ったけどよ、暑くねぇのか」

 

「まさか、少しも暑くないわ」

 

「あ、暖かいです」

 

「うん、悪くないね」

 

「くふふっ、こうして集まって寝るのも久しぶりだね〜」

 

 

 四者四様の言葉を返されるが、離れる気がねぇってのは同じらしい。

 

 離れろというのも面倒なくらいに体の怠さが湧き出てくる。

 ガスの影響で寝ていたとはいえ、ここ最近は働き詰めだった。

 体のボロが出るのも仕方ねぇ。

 

 暖かくなって、寝ようとした時、ガチャリと鍵が開く音が聞こえ、檻の向こうから足音が聞こえる。

 

 

「おお、シャーレの先生は思っていたよりもハーレム主義なんだなぁ?」

 

 

 檻の正面に来たのはPMCの兵士だった。

 他に居ないあたり、どうやら1人らしいしあくまで見回りらしい。

 

 にしても、俺がハーレム主義か。

 

 

「くくくっ、あははは!」

 

 

 俺は言われたことに対して思わず、大声を上げて笑い始める。

 そういうのはルパンの専売特許だと思っていたが、俺がそんなことを言われるとは思っていなかった。

 

 それがどうにもおかしくて笑い始めるが……。

 

 

「はー、笑えることを言うなぁ、なぁお前ら?」

 

「……殺す、殺します、先生を侮辱して無事で居られると思わないでください」

 

 

 ふと横を見ると殺意に満ちた視線を兵士に向けている便利屋たちがいて、思わず笑いが止まる。

 ハルカに関しては口に出しちまってる。

 

 

「怖い顔をした女共だな、睨んだところで何も出来ないぞ」

 

「おい、うちのパートナーを揶揄うんじゃねぇよ」

 

「ふん、捕まった割には随分と冷静だな。シャーレの先生、アンタが捕まってからキヴォトスは随分と荒れ始めているのを知らないらしい」

 

 

 俺が捕まってまだ1日程度だろう?

 確かにシャーレは空けちまったが……。

 

 俺が思考を巡らせてるのに気がついた兵士は鼻で笑い飛ばしながら、出ていってしまった。

 

 こういう場合、気絶させて幾つ経ったかを教えるのは相手にとって有利な情報になる。

 そんなのを素直に教えるわけがねぇ。

 

 キヴォトスが荒れ始めた……か。

 

 

「信じてるぜ……お前ら」

 

 

 檻の外を見ながら俺は独り言つ。

 

 

 ──────

 

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「…………」

 

「リン行政官、難しい顔してますね」

 

「今朝からあの調子なんです」

 

 

 行政室で周りが慌てふためきながら走り回る中、長である七神リンだけが、自身の端末を見ながら考え込んでいる。

 

 それも数分のことだけじゃない、1時間以上はああしているのだから珍しい話なのだ。

 

 そんな彼女の様子を見て心配した1人の少女が、リンの元に資料と共に近づいていく。

 

 

「リン先輩……今朝からどうしたのですか?」

 

「……あぁ、調停室長。いえ、特に何も」

 

「そう、ですか……あまり根を詰め過ぎないでください」

 

 

 心の底から心配そうにする金髪の少女、調停室の長である岩櫃アユムからの言葉を聞き流すように、軽くあしらったリンに別の人物が揶揄い始める。

 

 

「そうそう、先輩今朝から顔怖すぎ〜」

 

「モモカ、仕事の提出はまだですか?」

 

「げっ、はいはいやりますよー」

 

 

 交通室の1年であるモモカの気を抜かせようとする揶揄いに対してリンは圧をかける。

 メガネのレンズに光が反射して、その奥の瞳が見えないが笑ってないのは確実だろう。

 

 リンの笑ってない笑顔から放たれる圧により、全員が黙々と作業に戻り始める中、リンの前に1つの書類の束が置かれる。

 

 

「首席行政官、こちらの予算報告書の件について質問が……」

 

「……財務室長、どの箇所でしょうか」

 

「リン行政官、公私混同はどうなんでしょうか」

 

「……そうですね、失礼しました」

 

 

 リンの目の前に来た青髪の少女、財務室長である扇喜アオイはリンの返答に対して無言で返す。

 二の句を話そうとした、その瞬間だった。

 

 全身の血の気が引いていく程、悍ましく恐ろしく、そして絶対零度すら暖かく感じるほどの冷気を錯覚する神秘が、一瞬で全身を駆け巡り……。

 

 部屋を震わせるほどの巨大な警告音が鳴り響く。

 

 

「何事?」

 

「キヴォトス中に高エネルギー反応が出たようです!」

 

「高エネルギー反応……? すぐにモニターに写してください!」

 

 

 自分の時とは打って変わって真剣な表情をするリンの姿に目を細めながら、アオイは写し出されたグラフを見る。

 

 キヴォトスの平面図に次々と反応が検出されていく。

 過去に類を見ないレベルのエネルギー反応と、先ほど感じた悪寒が同じものではないかと思考が駆け巡っていく。

 

 そして新たに出たエネルギー反応を見て、言葉を失い、リンの口から唖然とした息が零れる。

 

 

「……え?」

 

 

 最後に出た高エネルギー反応の検出場所が、今まさに自分がいるサンクトゥムタワーだったからだ。

 このレベルのエネルギーを受ければ、即死は免れないはず……にも拘らず実際に息をしている現実、その差異が脳を混乱させていく。

 

 

「外部カメラはどうなっていますか!」

 

「……な、何も映ってません……いつもと変わらない風景です」

 

「…………」

 

「なーんだ、それなら機械の故障ってわけね、びっくりした~」

 

「モモカちゃん…………あれ、リン先輩何処に」

 

 

 報告を聞いたモモカが胸をなでおろしながら、好物の明太子チップスに手を伸ばしていると、リンが席をたって何処かに向かおうとする。

 

 そして、彼女の前に立ち塞がるようにアオイが歩みだす。

 

 

「行政官、どこに向かわれるつもりで?」

 

「直接確認しに行こうかと……それと、今朝から先生との連絡が一切取れないのが引っかかりますので、シャーレに向かいながら確認も行おうかと」

 

「そのような余力が今の連邦生徒会にないのは、ご存知ですよね」

 

「では、私が動きます。この二つの異変は必ず繋がっているはずです」

 

「リン行政官、貴方は連邦生徒会長じゃない。代行の二文字を忘れたのですか」

 

 

 それでも前に進もうとするリンに再度立ち塞がり、彼女の顔を見上げながらアオイは冷たい視線を彼女に浴びせる。

 

 

「貴女の能力、業績……そして貴方の考えは、誰よりもよく理解しているつもり。 それでもここ最近の貴方の行動には目に余るわ。 サンクトゥムタワーの行政権を失った上に、SRT特殊学園の閉校を決定、『シャーレ』という正体不明の組織の認可……その上、さらに廃校寸前のアビドスの小さな同好会を勝手に正式な行政委員会に承認……? 度を越しているわ」

 

「それが必要なことだと思うのであれば、私は私の首を断つつもりで進むだけです」

 

 

 そう言い切って、リンはアオイを横切って部屋から出ていこうとする。

 その背中に向けてアオイは言い淀むことなく言葉を浴びせる。

 

 

「連邦生徒会長代行。私すら納得させれない理由を話せないのであれば、貴方の事を生徒会長の失踪を理由に代行権限を振りかざして、連邦生徒会を私物化しようとしている存在として見る事になるわ」

 

 

 その言葉を聞いたリンは、歩みを止め……そして、振り返ることなく今度こそ部屋の外へと出て行ってしまった。

 ドアを通ったその先で、リンは目の前に現れた少女を見て再び歩みを止めてしまう。

 

 

「カヤ……」

 

「リン行政官……ごめんなさいね。財務室長の声が大きくて……盗み聞きした形になってしまいました」

 

 

 困り眉を浮かべた彼女に、問題ないと首を横に振りながら、リンは心の中で反芻していたアオイの言葉を仕舞い込み、カヤに向き合う。

 

 

「お気になさらず、申し訳ないですが、少し空けますので……急用がありましたか?」

 

「いえいえ、偶々通りかかっただけですから……それと、私は代行として当然の権限だと思ってますよ……貴方は、精一杯自分の責務を果たしているだけ、あの超人の穴を埋めるのは容易ではないですから……だから、あまり自分を責めないでください」

 

「……ありがとうございます」

 

 

 カヤに礼をしたリンは少し駆け足になって、シャーレへと向かっていく。

 その背中を見つめていたカヤは、緑色の瞳を開きながら、端末を操作する。

 

 

「……はい、私です。 今そちらに連邦生徒会長代行が向かいました……えぇ、少し予定外でしたが、手間が省けたでしょう? ふふっ、ではお願いしますね」

 

 

 うっすらと薄気味悪い笑みを浮かべて、カヤは再び仮面を被り、自身の仕事へと戻っていく。

 

 

 

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 ──────

 

 

 檻の外を眺めながら、どう脱出するか思考を巡らせていると、牢屋の外から銃声と雑言、そして激しい衝突音が聞こえてくる。

 

 まさか襲撃か?

 ここにどれくらいの奴が配置されているのかは分かってねぇが……余程の馬鹿じゃなきゃ正面突破なんざしないだろう。

 

 騒がしい音が近付いてきたと思えば、ドアを突き破るようにさっき俺たちの事を嗤ったあの兵士が転がり込み、そいつを踏みつけるように誰かが入って来る。

 

 

「先生……それと、便利屋の皆さんご無事でしたか?」

 

「お前は……」

 

 

「ご無事で何よりです……ここを見つけるのにかなり苦労しましたが……諦めなくてよかった」

 

 

 煤汚れた頬に、やつれた金髪、血のにじんだシャツと所々やぶれボロボロになったジャケット……口元から血を垂らしながら入ってきたのは、公安局長のカンナだった。

 気絶している兵士の懐から鍵を取り、俺たちの部屋の檻を開けると、たどたどしくも微笑む。

 

 

「公安局の局長さん!?」

 

「……あぁ、私のような三流悪党の事を、覚えていてくださりましたか」

 

「カンナ、お前さん……手当が先だな」

 

「い、いえ……この程度大したものではありません、お気になさらず……」

 

 

 カンナはそういうが、その足はふらつき、ビルを素手で昇るほどの体力があるはずにも拘らず、肩で息をして、息を整えている。

 連絡を取る様子も、他に増援がいる様子もない辺り……まさか一人で来たのか?

 

 

「話したいこと、聞きたいことが山ほどあるでしょうが……今はここを出るのが先決です」

 

「分かった……銃がなくちゃ何も出来ねぇからな」

 

 

 カンナの後を追いながら、進んでいくとヴァルキューレの生徒が現れる。

 一人で来たわけじゃないと安心しそうになったが、どうにも様子がおかしい。

 

 

「な、なんだ!?」

 

「だ、脱獄されて──ぐはっ!?」

 

 

 立ち振る舞いの違和感に気が付く間もなく、カンナが彼女たちに銃を向けて引き金を引く。

 素早い射撃で倒された生徒にカンナは近づくと、その顔を掴み、腕を振るうと布が引きちぎれるような音と共に、顔が引きちぎられ、筋繊維の真っ赤な顔……ではなく見覚えのあるロボットの顔が現れる。

 

 

「PMC兵士による変装……ヴァルキューレの内部に既にいたってこと?」

 

「ごほっ……ごほっ……この顔には見覚えがないので、恐らくこの作戦中だけだと思いますが……それでも一般人はもちろん、私も騙されかけました」

 

 

 カヨコの回答に、カンナが答える。

 カンナの実力を疑う気は無いが、PMC兵相手に後れを取ったのは数だけではないらしい。

 自分の後輩たちの姿をしたやつを撃つのは誰だって躊躇いがあるもんだ。

 慣れちまった俺らが可笑しいだけって話さ。

 

 

「確か、ここはヴァルキューレの第三分校だったな。 出入りするうえで不自然じゃないようにする意図もあったのだろう」

 

「はい……ここは予算の都合、新入生合宿に使われていた建物ですので……」

 

「新入生の……そんな建物をカイザーに売るなんて……」

 

「私の思う以上に、カイザーの魔の手はヴァルキューレの内部に届いているようです……。 その原因の一端は、私のような堕落した警察が居たからでもありましょう」

 

 

 壁に刻まれたヴァルキューレの校章を見ながら、カンナは独り言を呟き、ニヒルに笑いを零した。

 その姿に、その背中に、気の利いた言葉をかけられるほど俺はそんなお人好しでもない。

 

 端末を操作し始めたカンナを見守っていると、ムツキが話しかけてくる。

 

 

「先生~!私達の装備探してくるね!」

 

「便利屋の皆さんの装備は、そこのロッカーに隠してあります。ダイヤルは5681です」

 

「ここ? 5、6、8,1っと……あ、ホントだ!」

 

「それと……先生、こちらを……先生のマグナムは、ここにはなく見つかりませんでした……申し訳ありません」

 

 

 カンナは懐から俺の端末とそして……シッテムの箱、大人のカード、シャーレの紋章を取り出し、手渡してくる。

 

 俺の銃が見つかってないのが残念だが……。

 

 さっさと起動したいところだが、敵の塒のド真ん中で隙を晒すわけにはいかねぇ。

 

 

「仕方ねぇか。カンナ、お前さんの銃を貸してくれねぇか?」

 

「え、しかし……」

 

「怪我人に戦わせるほど、俺は血も涙もない訳じゃねぇ」

 

「……あ、ありがとうございます。今、信号を送ったので、裏門に向かいましょう。そこで封鎖されたD.U.地区から脱出できるルートをご用意しました」

 

 

 D.U.地区が封鎖? 何があったんだ? 行政……リンに何かあったとみるべきか。

 疑問に浮かぶが、それよりも脱出を優先するべきだろう。

 

 建物から脱出した俺たちはカンナの後を追い、走って行く。

 

 先頭を走るカンナが止まり、手を上げる。

 何かトラブルがあったようだ。

 

 

「ここで落ち合う予定でしたが……もう警備が強化されていますね」

 

「……先生もいるし私達が囮になろうか?局長ちゃん」

 

「いえ……そういう訳には──「誰だ!!」」

 

 

 銃もある上にしっかり寝て力の休ませていた分、余裕のあるムツキがカンナに提案するが、それを却下して、次の案を考えようとした時、兵士たちの声が聞こえる。

 ナメてかかってもプロが相手か。

 

 

「こっちだ、撃て!!」

 

「っ!! 皆さん!!」

 

 

 撃たれることぐらいは当然覚悟していたが……この行動は予想外だった、と素直に俺は思ってしまった。

 

 飛んでくる弾丸から俺たちを守るように体を広げて、肉盾になったカンナの迷いない行動。

 三流悪党……?

 

 何処にてめぇのような正義感のある悪党がいるんだ。

 

 

「わ、私何かの為に……殺します!!」

 

「笑えないよ、そういうのはさぁ!!」

 

 

 こちらに向かってきた二人の兵士に対して、キレたハルカとムツキが銃を構えて引き金を引く。

 その迷彩柄の装甲に穴が空き、オイルと千切れた電線による火花によって爆発する。

 

 

「今の音はなんだ!?」

 

「向こうだ!!」

 

 

 今の爆発で周りの兵たちが集まってきているようだ。

 それ自体はよくない事だが……俺は二人を責める気はねぇ。

 

 

「よくやった、ハルカ、ムツキ。 今の音でこっちに集まってきてる、一網打尽にしてやりたいところだが……」

 

「えぇ、今は退路を確保して先を急ぎましょう」

 

 

 アルの言う事に、俺は頷いて肯定を示し、周りの様子を探る。

 それなりの数が配置されているみたいだ。

 こっちに来るのも時間の問題か……。

 

 

「カンナさん立てる?」

 

「えぇ……不甲斐ないです、ね」

 

「そんなことないよ……ありがとう。この恩は必ず返すから」

 

 

 カンナに肩を貸したカヨコを真ん中にして、移動しようとすると聞き覚えのある声が俺たちの耳に入って来る。

 

 

「こっちです、今の爆発……大丈夫でしょうか……」

 

「心配だけど……一先ず向かおう」

 

「この声は……キリノとフブキ……?」

 

 

 建物の角から予想通り、生活安全局の二人が走ってきた。

 ヴァルキューレの中でも何かと馴染のある二人だが……こいつらが助っ人か?

 いや、今は一人でも多く手を借りたいところだが……。

 

 

「はぁ……はぁ……くっ……間に合ったか」

 

「あっ!先生に、便利屋の皆さん! ……あれ、カンナ公安局長!?」

 

「あちゃー、大分傷が深いね……大丈夫?」

 

「お前らの足手纏いになるつもりは……ない。行こう」

 

 

 あくまでも気丈に振舞いたいのは、局長としての意地か……ったく、プライドってのは厄介なものだ。

 必要不可欠だがな。

 

 

「フブキ、キリノ。何処か時間の取れる場所はあるか?」

 

「……分かった。ここで一番近いのは、あそこの建物かな」

 

「案内してくれ」

 

 

 フブキとキリノ、ハルカが先行しながら、その後を追う形で俺たちは移動し、厳しい警備の目を潜りながら辿り着いたのは、ヴァルキューレの射撃訓練場だった。

 

 確か新入生合宿に使われていたってことは、ここで初めて銃を握るやつもいたのか?

 

 随分と壁や床に銃弾による裂傷が刻まれている。

 

 

「ここなら安全かと……」

 

「でも、余り時間はないから。休んだらすぐ移動しないと」

 

「あぁ、それで……俺がいない間に何があった? D.U.地区の封鎖に、何やら荒れてるってのは聞いたが」

 

 

 俺がそう聞くと、ヴァルキューレの三人が渋い顔をする。

 余程事態は悪化しているらしいな……。

 そしてカンナが重々しく話し始めた。

 

 

「今から二日前、連邦生徒会長代行であるリンさんが行方不明になり、そして六時間前、カイザーPMCが連邦生徒会を襲撃、占拠しました」

 

「リンが? それにカイザーが連邦生徒会を……」

 

「……カイザーPMCを指揮する元高位指揮官であり、現理事、通称『ジェネラル』は、行政委員会を解散させ、サンクトゥムタワーを掌握。D.U.全域に戒厳令を敷きました」

 

「交通網は疎か、通信網も使えねぇ……行政権も剥奪されたってところか……じゃあカンナ。お前はどうして……」

 

 

 壁に持たれて、床に座り込んだカンナに対して、俺はずっと気になっていたことを聞く。

 ヴァルキューレが動けないのは理解した、が……ならどうしてこいつが動いてるんだ?

 カヤの事だ、カンナが自分の命令を聞くようにヴァルキューレの誰か、もしくは組織ごと人質に取ってるもんだと思っていたが……。

 

 

「それは……責任を、果たすため……です」

 

「責任……?」

 

「ずっと、目を背けて手を汚してきた、その罪と罰、この立場、正義に対して……です。 この利害関係が複雑に絡み合った、この状況下で……規律を無視してまで動けるほどの悪党は、私くらいなものです……。生活安全局のお前らは、ただ『偶然鉢合わせた上官の命令に従った』と言えば……責任を問われることは無いはずだ。 ヴァルキューレの中で唯一外に出れる局を利用した、その責任も私が背負う」

 

 

 良くも悪くも……変化したな、こいつは。

 全て自分で背負う、自分が悪党だというその発言は気に食わねぇが……。

 でも、こいつは今間違いなく自分の信念で動いている。

 

 銭形に何を言われたんだかな。

 

 そんなカンナの発言を聞いたキリノが、カンナの手を取って声を上げる。

 

 

「そんなこと気にしなくても、本官は、ただ正義の為に──「お前らが居なくなったら、キヴォトスの交通整理は? 生活に困った市民は……迷子の子供に『笑顔』で案内をする人が居なくなったらどうするんだ」」

 

 

 カンナは、キリノの手を優しくほどいて、改めてフブキとキリノのことを見て、そして俺たちのことを見つめる。

 

 

「先生──「おい、ドアが開いてるぞ!!」 もうバレてしまいましたか」

 

「PMCの奴ら、相変わらず鼻の利く奴らだ」

 

「もう少し休憩させたいけど……急がないと」

 

「先生、便利屋の皆さん」

 

 

 カンナが俺たちの名前を呼ぶ。

 呼んだカンナの面に俺は見覚えがある。

 これは、死地を悟った人間の面だ。

 てめぇの死に場所を決めたそんな人間にしか出来ない顔をしやがった。

 

 

「……私はここまでです、この二人の事をお願いしてもいいですか?」

 

「は?ちょ、ちょっと何言ってんの!?」

 

「ど、どうしてそんなことを……!」

 

 

 フブキとキリノがカンナの言葉を聞いて、驚愕する。

 あの厳しくて怖い局長がそんなセリフを吐くとは思わなかったのだろうな。

 

 

「ふっ……ここはまるで変ってませんね……新入生合宿の時の姿そのものです……。あの頃の私は、正義の味方であろうと、夢を見ていたものですが……どうやら、変わってしまったのは私だけのようです」

 

「ちょっと、ねぇ! こういう雰囲気、嫌なんだけど……」

 

「この建物を出て少し進むと、D.U.外部に向かう高速鉄道駅に出ます。『子ウサギ公園』の近郊なので、皆さんご存知かと……」

 

 

 流れる血を脱ぎ取りながら、カンナは息を整えて言葉を紡いでいく。

 

 

「現在……カイザーコーポレーションは連邦生徒会を襲撃し、サンクトゥムタワーの行政制御権を奪取しました……。 このままでは、この都市は……かつてないほどの混乱に陥るでしょう……。 これが現実だと妥協し、腐敗し切った警官の私に出来る、最大限の抵抗でした……。 あの時、あの夜に、銭形教官が私を叩き直してくれなければ……あの日、教官が私の代わりに背負ってくれなければ……私はまた、踏み出せずに終わっていたでしょう。

 

 先生。ヴァルキューレの者が皆、私のような人間という訳ではありません……。 今も尚、正義の為に闘う人が……まだまだいるはず。 この二人に……私の大切な部下二人のように……。 私のような汚れた人間の末路としては上々かと思います、だから……」

 

 

 だからと、そう続きを言おうとしたカンナの口が止まる。

 大事なことを言おうとしたのだろう、それでもだ。

 

 いや……だからこそ、許せなかったのだろうな。

 

 アルが、カンナに大切なコートをかけて彼女の事を優しく背負いあげる。

 

 

「あ、アルさん……これは」

 

「尾刃カンナさん……私たちはアウトローよ。 ゲヘナ学園の歴史に名を残すくらいの大悪党なの……そんな私達が、ただ黙って死にに行く貴方を見捨てると思うのかしら?」

 

「まだ、名を残せてないけどね~。 それはそれとしてさ。世話になりっぱなしってのは気に食わないんだよね」

 

「はい……助けてもらった恩を何も返せていません……守るのは私の仕事なのに……私よりも早く前に出て……だから、今度は私の、番……です」

 

「そうだね……ハルカの言う通り、カッコつけてたのに悪いんだけどさ。 貴女みたいな正義の味方に助けられて逃げられたら、恥ずかしいからね」

 

 

 アルの言葉に継いで、ムツキとハルカ、カヨコがカンナに言葉をかける。

 正義と悪が対立するのは何処の世界だって同じだけどな。

 それでも人としての仁義を忘れちゃならねぇのは、善悪の前に大事にしなくちゃならねぇもんだ。

 

 

「カンナ、お前が銭形に何を言われたのかは知らねぇがな。 お前さんも立派なデカだってアイツなら言うと思うぜ? だからここからは……悪党に任せな」

 

 

 今ならさっきよりも時間はある。

 

 慣れねぇオートマチックの銃だが……それも仕方ねぇ。

 だからその穴埋めは任せたぜ。

 

 懐から取り出したシッテムの箱に俺は触れる。

 

 何処で聞いたのか、何処で覚えたのかも分からねぇ言葉だが……それでもまるで何回も繰り返していたかのように、俺はその言葉を紡ぐ。

 

 

「……我々は望む、七つの嘆きを。

 ……我々は覚えている、ジェリコの古則を。」

 

 

 意識が吸い込まれる。

 

 そして、星空が広がり、何処までも続く水平線と半壊した教室、そこに立つ一人の少女の姿を俺は見た。

 

 

「ここから逆転といこうぜ、アロナ」

 




やられっぱなしは性に合わねぇからな
守られたから、恩を買っちまったからには、その献身無駄にはしねぇさ
お前も動いてるんだろう? 銭形。

次回 帰宅

自分の家に裏口から入る理由があるか?






お待たせいたしました。
忙しいというのは、中々大変なものですな、世の小説家の皆様の凄さを認識しなおしております……
出来れば二週間に一回投稿出来ればいいなのつもりで書いておりますな。
実はもう少しで、総合評価が9000ptの大台に乗るところまで来ました、読者の皆様のおかげでございます……そのためにも皆様のためにも、頑張ってまいりますので、応援よろしくお願いします。

ではでは、最後に、評価・感想・ここすき等お待ちしております!

今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か

  • 例:殺し屋の矜持
  • 例:1-10
  • 例:1-10 殺し屋の矜持
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