「……はい、ではそのように」
トリニティの領土が一望できるテラス席で私はカップに入れた紅茶を一口。
電話の相手が通話を切ったことを確認してから、スマホを仕舞い、テーブルに広げられている地図の上に置かれたチェスの駒を動かす。
「防衛戦は順調……これなら比率をもう少し攻略チームに分けても良さそうですね」
「ナギサ、少し休憩したらどうだい? すぐに徹夜しても頑張ろうとするのは君の良いところでもあり、悪いところだよ」
「セイアさん……」
トリニティ領土の地図をチラリと横目に見てから、セイアさんの分の紅茶を入れて、ラウンドテーブルのある席に着席すると向かい側にセイアさんが座り、紅茶を一口含む。
「皆さんが頑張っている中、戦地に赴かない私に出来るのはこれくらいなもの……であれば、命を賭けない分頑張らなくては──「それは違う」」
「君の神秘は後方支援向きだ。 例え硝煙に汚れなくとも、ここが君の戦場であることに違いはない」
「……ありがとうございます」
「私に出来る事があれば、何でも言ってくれたまえ。今の私に出来るのは君のサポート、それくらいだからね」
「そんな、セイアさんにはいつも頼りに──」
私がセイアさんのことを庇おうとした際、電話が鳴る。
あまりティータイムは取れそうにありませんね……。
「すみません、セイアさん」
「構わないとも」
「はい、桐藤ナギサで──『申し訳ございません!ミカ様が持ち場を離れました!!!』……はい?」
ミカさんが、指揮を無視した……?
確かに突拍子もないところはミカさんの専売特許ですが……一体何を考えて?
「……分かりました、そちらに援軍と私の力を多く割り当てます。 ふぅ……」
「ミカが何かやらかしたのかい?」
「すみません、顏に出てましたか……?」
「君の眉間に皺が寄るのは、いつだって彼女が何かした時だからね」
席を立った私は、盤面の駒を動かしながら神秘の感覚に集中していく。
ミカさん……貴方は今何処に……。
地図の上に置いたチェスの駒と私の神秘による探知の感覚を一致させられるように意識しながら、駒を動かしていく。
その作業と並列させながら、セイアさんにも意識を向ける。
彼女にも状況を伝えなければ……。
「ミカさんが何処かにお散歩しに行ってしまったようで……」
その言葉を聞いたセイアさんが顎に手を当てながら、考え込み、そして私の目を見て話し始める
「ふむ……昔の彼女であれば不安だが……」
「えぇ……今の彼女なら、信じるとしましょう」
今のミカさんなら最悪の展開は起こらないでしょう。
幼馴染として、彼女を信じて、私は私のやれることをしましょう。
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「ねぇ姫、これどうする?」
「そうだね……まだ私達とトリニティの間に出来た亀裂は深い。その上で応えるかどうか」
「で、でもキヴォトスが本当に終わっちゃうなら……わ、私まだ終わりたくないです!」
トリニティの郊外、人気の少ない廃屋の多い路地を三人の少女たちが歩く。
姫と呼ばれた少女が手に持っている携帯に映るのは、トリニティ……それもティーパーティーからのメールだった。
『突然の不躾なお手紙、失礼いたします。
私はトリニティ総合学園ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します。
キヴォトス全土を揺るがすこのような危急の事態になって初めて、こうして皆様に連絡を差し上げる非礼、どうかお許しください。
恐らく、貴女方の元にも先生からの要請が届いていることかと存じます。
私どもトリニティはその要請に応じ、自治区、そしてアリウス近郊の防衛、さらにはあのバシリカに現れた原因の一端である『塔』を破壊すべく、全力を尽くす所存です。
アリウススクワッドの皆様。
どうか、皆様ご自身のためにも、私どもに力を貸していただけないでしょうか』
ざっくりと言えばそれは、危機を前にしてようやく手を取り合おうという提案だった。
スクワッド、四人組の総称だが……ことトリニティでは、いやこの学園都市では別の意味を持つ。
『アリウススクワッド』。
エデン条約の調印式を襲い、キヴォトス三大学園のうちの二校、ゲヘナとトリニティのトップとそして、シャーレの先生である次元大介の殺人未遂を犯した大犯罪者の集団のことであり、キヴォトスにおいて『スクワッド』は彼女たちを指す言葉である。
しかし、彼女たちはその精神と思考を大人であるベアトリーチェに支配され、その結果起こしたのが、かの調印式の悲劇だ。
その事件を解決したシャーレの先生により、無罪放免ではないが、それでも罪を背負い世界を見ることを選んだのが現在のスクワッドである。
そんなスクワッドにとって桐藤ナギサはかつて殺すべきだった相手、つまり自分たちが加害者で向こうが被害者であるということ。
そして学園間で見た過去の因縁からすれば、向こうが加害者で私たちが被害者だということ。
その過去があるからこそ、調印式の悲劇が起きた。
しかし悲劇によって、流れた血と涙はまだこの地に深く刻み込まれている。
「はぁ、面倒臭い……世界の終末もだし、そういう政治もさ」
「ミサキ、気持ちは分かるけれど、でも……これも私達が背負わないといけないことなんだから」
「はぁ……別にやらないとは言ってないよ、姫。でも私たち三人で行くの?」
「うん、そうだね……ねぇ、後ろのヘルメット団さんはどう思う?」
その言葉にミサキとヒヨリが銃を構えながら、振り向く。
その視線の先には、電灯の影から3人のことを覗き見る高身長なヘルメット団員がいた。
銃口を向けられ、そのヘルメット団員は体をビクつかせたのち、ゆっくりと影から出てくる。
「んー、30分くらい前から付けてたよね? 貴女は誰?」
「ん?誰と言われても、あ、そうか。少し待て、今ヘルメ──「待たない」ミ、ミサキ!?」
アツコの発言に首を傾げ、手槌を打ってヘルメットを脱ごうとしたヘルメット団員に向かって、ミサキが拳銃の引き金を引く。
放たれた三発の弾丸を回避する間もなく、胴体に喰らったヘルメット団員は勢いよく後ろに倒れ、上体だけ起こしながら、前に手を差し出す。
「待て、私だ!」
「えへへ、姫ちゃん……ワタシさんって誰ですか?」
「さぁ?くぐもってよく声も聞こえないし」
「追手かもね、処理する?」
「お、おい!そんな、三人とも」
躙り寄る三人にヘルメット団員は後退りながら顔を背ける。
しかしいつまで経っても、次の銃声と痛みがやってこない。
ゆっくりと前を向くと向けられていた銃口は何処にもなく、ただ三人の手が差し伸べられていた。
「ふふっ、意地悪してごめんね。お帰り、サッちゃん」
「姫、お前たち……ただいま」
「姉さ……リーダーは、一人旅終わったの?」
アツコの言葉を聞いて、ようやくヘルメットを外したサオリが手を取って立ち上がる。
土埃を落とすサオリに対して、髪の毛を指で弄りながら、ミサキが目を背けながら聞いた。
「すまない、まだ見つけられそうにない。もう少しだけ時間をくれないか」
「そう……まぁ分かったよ。いつでも待ってるから」
「あぁ……迷惑をかけるな」
「ふん……それで? リーダーはどうしてここに?」
「お前たちにも来ていただろう、桐藤ナギサからのメッセージが」
そういって、サオリは三人に自身のスマホの画面を見せる。
どうやら本当に全員の端末にメッセージを送ったようだった。
一体いつから知っていたのかは定かではないが……それでもこの異常事態を前にその点に意識を向けないようにしながら、三人の顔を見る。
「このメッセージが来るより前に先生からも連絡が来ていたが……」
「そう、トリニティも先生の要請に応えてるみたいだね」
「ご丁寧に座標まであるしね」
「先生には返しきれない恩がある。私は行くが……」
そういって、無理強いはしないと言いたげな顔でサオリは三人に声をかける。
「リーダーが行くなら私も着いていきます!」
「そうだよ、また一人で行かれたら困るし……」
「ふふっ、私たちはスクワッドなんだから。四人で行こう?」
三人の返事にサオリは顔を綻ばせ、そして再びヘルメットの代わりに今度はマスクをつけた。
「ありがとう。お前たち……スクワッド出撃するぞ」
紅い夜空を背景に、再び集まったスクワッドが進軍を開始する。
向かう先は一点。
血と涙が流れたあの夜の舞台。
自分たちの運命が大きく変わった聖堂。
あの日の事を思い出しながら少女たちはバシリカを目指す。
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「押さず駆けずに!トリニティ学園を目指してください!」
街はずれの遺跡区域を走る一つの影。
避難誘導をする小さな少女、ピンクの髪に小さな四対の黒い翼。
下江コハルが大きな声を出しながら、逃げ遅れた住民たちに声をかけていく。
「はぁ……はぁ……なんかみんなとはぐれちゃったけど、でもここにもまだ逃げ遅れた人たちがいるし……」
正義実現委員会謹製の手榴弾を抱きしめながら、少女は走って行く。
「ここももうすぐ戦地になります! みんな逃げて! トリニティ本校を目指してください!」
声を上げ、少しでも多くの人たちが逃げれるように声をかけていく。
自分の声で人の血が流れずに済むのなら、酸欠になろうとも構わず駆ける足を止めない理由になる。
「あ、正実の人!?」
「はい!」
「ここにも人がいて……逃がすのを手伝ってくれない?」
遺跡の聖堂から聞こえた声にコハルは向かっていくと、中には多くの逃げ遅れた住民や生徒達がいた。
聖堂の裏口から入ったコハルは、その大扉がバリケードによって塞がれていることを確認する。
この人数でさっきの小さな裏口から移動するのは少し危ないけど、残しておくわけにはいかないと、聖堂の中の人たちの数を確認するためについて行く。
怪我をした住民に手当をしている生徒や、子供たちを慰めている生徒達がチラホラと見える。
「あの、逃がすのを手伝ってほしいっていうのは……?」
「実はさ、さっきこの辺りをなんか変な機械と幽霊みたいなのが通ってて……しかもそいつらこっち見つけたら発砲してきてさ。貴女正義実現委員会なんでしょ?倒してくれないかなって」
「え、あ、えっと……」
コハルは確かに正義実現委員会のメンバーだが……その戦闘技術はお粗末にも良いとは言えない。
よりによって、その戦闘力を求められる事態に冷や汗が流れる。
こんな時に頼みを断るのはとてもやりづらいことだけど……でもみんなを守れるほど自分は強くない。
「あれ、あ……もしかして貴女──「分かったわ、私が惹きつけるからみんなで逃げる準備をして!」えっ、えぇ……」
自分の銃を握り締めながら、コハルはここに連れてきた少女に向かって言い放った。
何か言いかけた少女だったが、コハルの顔を見てすぐに全員に声をかけて出ていく準備をする。
「あ〜ぁぁぁ……言っちゃった言っちゃった……うぅ、でも断れる訳ないじゃない……!」
少女の姿が見えなくなってから、コハルは俯いて呻き声を上げる。
そんな中でも頼ろうとしてきた手を拒めないのは、彼女の正義感故だろう。
何とか覚悟を固めようとするコハルだったが、その思いはすぐに打ち砕かれることになった。
聖堂の封鎖された大扉を衝撃が叩く。
外の化け物達が気づいたようだった。
「ぅっ、も、もう!? うぅぅぅ……」
「貴女、やっぱり戦えないんじゃ」
「違う!大丈夫だから!私は正義実現委員会のエリートなの! 貴女はみんなを連れて早く行って!」
足が子鹿のように震える。
膝を必死に叩いて、先生のように危機で笑えるように、口角を自分の指で押し上げる。
「ふーっ、ふーっ、大丈夫大丈夫……私ならやれる私なら……うぅっ、ハスミ先輩、みんな……」
泣き言を漏らしながら、息を整えていく。
柱の裏に隠れ、突入のタイミングに合わせて投げるように手榴弾を握り込む。
扉を叩く衝撃が増していき、それに合わせて軋む木の音も増していく。
息が止まりそうな程に心臓が激しく鼓動する。
ナギサ様を助ける時も、調印式の戦いの時もみんなが居たから自分を鼓舞できた。
でも今度は違う、完全な孤独。
死ぬ時はひとりってこういうことなのかと独白する自分がいる。
軋む木の音に嫌な破壊音が混じり、バリケードが吹き飛ばされる。
音を聞いたと同時に手榴弾を投げ込むが、上半身を覗かせたせいで飛んできた木片がコハルの頬に切り傷を付けた。
「ったい……!」
数秒遅れて、爆発が起きる。
トリニティ謹製の聖水入り手榴弾。
シスターフッドの特別な神秘を込められたそれは、通常の手榴弾よりも高い威力を誇る。
頬から垂れる血を拭いながら、自身の得物であるスナイパーライフル『ジャスティス・ブラック』を構えた。
手榴弾であらかた一掃できてればいいのにと抱いた考えを否定するかのように、バリケードを踏み越えながら、調印式の戦いで見たユスティナ聖徒、そして見たことない球体のロボットが続々と入ってくる。
手榴弾の数はそんなに多くない。
そもそもコハルは今回の作戦において、戦闘を目的としていない、だからより身軽に走れるように最低限の武装で出ていたのだが……それが裏目に出た。
「……あっ」
その時直感する。
これは助からないと。
自分はここで死ぬのだと。
躙り寄ってくる敵に対して、ただ銃を構えることでしか答えられない。
引き金にかける指が震える。
「誰か……助けて……!」
コハルの小さな呟きが聖堂に響いた瞬間……大きな音を鳴らしながら、敵群の真横の壁が打ち砕かれる。
「へっ、か、壁が……」
勢いよく飛んだ破片が、敵の先頭列を一瞬で壊滅させた。
そしてその破壊された瓦礫と共に飛び込んできた人物を、コハルは目を丸くしながら見つめる。
白い翼と自分と似た桃色の髪。
「ふふっ、悪女登場☆ってところかな?」
「ミ、ミカ様!?」
「やっほ、コハルちゃん。貴女がここにいるって偶々聞いちゃってさ、走って駆けつけてきたの」
「ど、どうして……」
「どうしてかぁ……」
コハルへと駆け寄ってきたミカは、コハルの埃のついた頬を指で拭きとり、そしてその柔らかな頬に鮮血が流れていることを目にしてしまう。
「この怪我……痛くない?」
「え、はっ、はい……大丈夫です」
「ふふっ、そっか。流石だね、やっぱコハルちゃんカッコいいよ……それで理由だよね」
コハルの前に立ち、彼女に顔を見せないようにしながら、ミカは自分でも驚くほどに冷たい声で敵群に向かって言い放つ。
「私の大切な友達の顔を傷つけて……貴女達、覚悟は出来てるよね」
踏み出すその一歩と同時に聖堂の床が割れる。
速度が力であるように力とはまた速度である。
石畳の床を踏み割るほどの踏み込みで、敵に突っ込んでいったミカを見切れるものはこの場にはおらず、振り抜いた拳によって敵の半数が消し飛んだ。
近づく亡霊の頭を握り潰し、遠距離から光弾を撃って来る機械に対しては片腕で構えたサブマシンガン『Quis ut Deus』から放たれる弾丸の嵐によって壊滅を迎える。
「寄ってたかって、一人を虐めようとした癖に……君たちは一人も逃がさないから」
ミカの声に呼応するように、亡霊たちが集まっていく。
聖女の身体が集まり、潰れ、神秘が一つにまとまっていく。
『アンブロジウス』、調印式の戦いで用いられた対軍兵器。
ユスティナ聖徒数体分の体格と鋭い爪、膂力に神秘を光弾として放つ力を持つ。
並の生徒では太刀打ちできない存在、そんな存在から放たれる爪による斬撃がミカへと向かい、虚空で止められる。
丸で頑丈な壁にぶつかったように硬く受け止められ、急停止した膂力によって凄まじい風が吹く。
そのことから決してアンブロジウスが手を抜いていたわけではないことが分かるだろう。
「こんなものぶつけるつもりだったの? コハルちゃんにさ」
第二撃がミカの頭上へと振り下ろされる。
ミカは一瞥すると、手を差し出しそれを軽々と受け止める。
振り下ろされる手を掴んだミカはそれを引き抜くように、後ろへと引っ張ると同時にアンブロジウスの巨体が倒れ、近づいてくるアンブロジウスの頭をミカの後ろ回し蹴りが撃ち抜く。
激しい衝突音と小気味の良い破裂音と共に、巨体の頭が宙を舞う。
僅か数撃にて殲滅を行ったミカは消えていくアンブロジウスの腕を捨てて、息をつく。
「ふーっ……お待たせ、大丈夫だった?コハルちゃん」
「は、はい……あっ、ミカ様」
「ん?どうしたの?」
コハルにずいっと顔を差し出して、その顔を覗き込むとコハルの小さな手がミカの髪に着いたホコリをつまみ取る。
「わーぉ……ふふっ、ほんとかっこいいんだから。ほかの正義実現委員も来るはずだから、コハルちゃんも早く行っちゃって」
「ミカ様は一体どこに……? ミカ様も危ないから私と一緒に」
「んーん、それは出来ないかな。ありがとうね、コハルちゃん。じゃあ私行かなくちゃっ」
手早く別れの挨拶を済ませてしまったミカは、自分が空けた穴に足をかけて、コハルの姿を一目見た後に何処かへと飛んでいってしまう。
「ミカ様……いや、ミカ様だって忙しいはず、私も早く戻って救助の続きしなくちゃ!」
ミカが立ち去った後も少し心配そうな顔つきで、外を眺めていたが頬を叩くと、自分にもまだできることがあるはずと出ていく。
その中でふと思考をよぎったのはミカの行先だった。
飛んで行った方向はトリニティの方面ではなく、アリウスの領土。
なんでそんな方向に、と考える自分を置いてコハルは先に出ていった救助者の後を追いかけていった。
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埃と僅かな硝煙の香りが残る廃道。
崩れた柱に壁に撃ち込まれた無数の弾丸が、この地に起きた争いの後を物語る。
『第4サンクトゥム作戦担当の浦和ハナコです。皆さん聞こえていますか?』
「はい、聞こえています」
「ここがバシリカ……一本道ですね」
ホログラムと共に表示されるのは、次元大介よりルパン並みの知力と洞察力と認められたトリニティの若き天才、浦和ハナコ……そして、彼女の指揮に入り、戦場に出ているのはトリニティのシスターフッドと救護騎士団の精鋭たちである。
正義実現委員会は、大部分が防衛線と住民たちの避難、リーダーと一部メンバーはミレニアムの方に向かっているため、この采配になった。
『妄執のサンクトゥム……その第四塔はこのバシリカの最深部に有ります。しかしそこに繋がる道はこの一本のみ、火力の集中を行うのが容易ではないことと帰路の確保を考えても……ここを通る以外の方法がありません』
「ハナコさんの指揮を信じております。必要とあれば、全てを賭けて救護を行いましょう」
「そんな事にはならないようにしたいと思っています……が、ハナコさんの指揮には全て従う。その覚悟で挑みますので、遠慮なく私達にご命令を」
ハナコの不安そうな声を心配してか、ミネ団長とシスターマリーが声をかける。
しかし、先ほどまでの不安そうな声は演技だったのか、マリーの言葉を聞いたハナコが笑みを浮かべた。
『ふふっ♡ マリーさんは何の気に無しにそんな言葉を使うから、「ふらちないおち」なんですよ』
「『ふらちないおち』ってなんですか!?」
『ふふふふっ♡……しかし、お二人のお心遣いは嬉しいのですが、アリウス分校との関係上大人数では来れず、結果的に少数精鋭になってしまいました。 リスクを飲んでも、博打に出る他──「なら、私達にもその攻略戦の力添えをさせてもらえないだろうか」』
来た道の方から声が聞こえる。
そして、隊列の間を進んできたその人物の顔を見て、ハナコが驚いた表情をとった。
『アリウススクワッドの皆さん……メールに応えてくれたんですね』
「別にそういう訳じゃないけど──「あぁそうだ、先生と桐藤ナギサの要請を受けてここに来た」リーダー!」
ミサキの言葉を遮りながら、先頭に立ったサオリがハナコに言い放つ。
サオリはあくまでも協力するためにここに来た。
そのことを示す為に可能な限り素直で率直な物言いを心がけ、ハナコに応対している。
「信じられないかもしれない。私たちの間にある確執はこの程度では埋められない。それは百も承知だ、だが──『いえ、信じますよ』」
『貴女達は私の大切な友達の家族ですから……それはそれとして遠慮なく働いてもらいますので、ご覚悟を♡』
「か、覚悟の準備を……!? うわぁぁん!肉盾にするんですね!?戦闘には役立たないから、お前にはこれがお似合いだという事なんですね!? で、でも皆さんの役に立てるならそれでも……頑張ります!!」
『肉盾なんて……そ、そんなことはさせませんから……』
ヒヨリの卑屈さにハナコが押されているという珍しい光景を見ながら、シスターフッドや救護騎士団が準備を進める最中、部隊の後方から再び騒ぎ声が上がる。
それは、スクワッドの時のような来るとは思っていなかった人物が現れた時の驚声ではなく、まるで普段真面目な人物に限ってそんな行いをするとは思わなかったときのような、そんな声だ。
足音が鳴る度に、集団が左右に分かれ、出来上がった道を歩く人物が先頭までたどり着く。
黒を基調としたベールはシスターとしての基本的な被りものだが……目を引くのは首よりも下。
黒く光を反射する生地で作られたその服装は上半身を指の先まで包み込んでいるにも関わらず、下半身は鋭角ギリギリな角度でつけられたハイレグなレオタードに類似している。
そして何よりも、それを着ている本人が……シスターフッドの長である歌住サクラコが、至極真面目な顔つきでその服を着こんでいるのだ。
「サ、サクラコ様……? そ、その恰好は……一体……?」
「うわ、何あれ……」
『さ……サクラコさん!?』
マリーを始めとして、ミサキや周囲の人物が騒ぎ始める中、静かに瞳を開いたサクラコが服装とは相反するほどに、真面目な声色で話始める。
「これは先日アリウス自治区で発見したユスティナ聖徒会、最後の聖徒会長が残した礼装……今日の戦地がアリウス自治区のバシリカであることを聞いてから、この服装で挑むことを決めていました。
これが……私の覚悟です。 アリウスとトリニティ、その長く続く怨恨の連鎖を断ち切り、そして新たな未──『申し訳ありません、サクラコさん』はい?」
真面目な語りをし始めるサクラコだったが、それどころではないハナコが割り込みサクラコに対して口を開く。
『それが……「覚悟」なのですか!? その、破廉恥な衣装が!?』
「は、破廉恥!?」
『そのハイレグレオタードがシスターフッドが引き継いだ、聖徒会の意志だというのですか!? つまり、今後シスターフッドの皆さんにも、次のシスターフッドの長にもその衣装を着用させるということなのでしょうか!?』
「わ、私はその……そういった衣装は……あう」
「ねぇ、姫。あれってホントにそんなに高尚なものなの?」
「…………」
ハナコがサクラコに対して、捲し立てている中、ミサキがアツコに対して問いかけると彼女は、手話を用いて話し始める。
『信じられないかもしれないけど、本当だよ。あれは正真正銘、最後の聖女が身に着けていた聖遺物……残ってたのは驚いたけど』
「つまり、おさがりってこと? よく着られるね」
『なるほど、「覚悟」とはそのギリギリラインのハイレグレオタードを着るための覚悟ということなのですね!? 前は当然ながら、背面が気になって仕方ないであろう、とても戦闘用衣服とは思えないデザインの服装を……!!
それが、本当に……サクラコさんの覚悟だとおっしゃるのですか!?』
ホログラム上でしかないにも関わらず、ハナコはサクラコに問い詰めながら、口を止めることなく話し続ける。
それも決してふざけているわけでもなく、真面目に真剣に話し続けているのがこの奇妙な空気感の中で唯一ハッキリしているものだ。
『はっ!?まさかその服装……下に下着を着れない……つまりサクラコさんはいまその薄い布一枚でこの場に!?』
「あのさっきからいったい何を仰っているのでしょうか!?」
『すみません、サクラコさんの覚悟、確かに受け取りました。そして私は私自身の至らなさを痛感しています。では私も同じように覚悟を決めなければなりません……!』
サクラコの怒声を意にもせずに、ハナコは自分の制服を掴んだかと思うとそれを勢いよく脱ぎ捨てる。
その下から現れたのはスクール水着の姿、もはや何故着ていたのかと突っ込むことすら野暮だろう。
「「「「「「……」」」」」」
「まさか……この空気感のまま戦いに行くの?」
『はい、これで全ての準備が整いました……。後方支援をシスターフッドと救護騎士団の皆さんに、うち幹部組とスクワッドの皆さんはこのままサンクトゥムの攻略を行います。皆さん、「覚悟」は良いですね。』
「今出来てるのはアンタだけだよ」
『攻略開始です!!』
ミサキのツッコミが暗いバシリカに消えていった。
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「なんだか懐かしいですね」
「あぁ、そうだな」
先頭を進む私の隣にやってきたヒヨリがそう口にした。
ここに来るまでに何度も頭の中で思い出す光景、理解していたつもりだったが……肌で感じて理解するものもある。
壁に残るこの弾痕……これは間違いなくミカと私が殺し合った時のものだ。
あの夜、私達の運命は大きく変わった。
それは自分たちだけではなく、この先のアリウスそのものもだ。
だから、先生に拾われた命を、こうして今はここに居ない彼の為に使うことが出来る。
尤も、彼はそれを許さないだろうがな。
「ヒヨリは怖いのか?」
「……怖くないと言えば嘘になりますけど……でも、久しぶりにリーダーと一緒なので。だからそれ以上に勇気が湧いてきます」
「そうか、私もだ」
あのシスターフッドの長と浦和ハナコが持ち込んだ空気感の緩やかさも、いつの間にか消え、いつ襲われても問題なく対応しようとする緊迫した空気が流れ出す。
事実、殺気の密度が奥に進めば進むほどに濃くなっていっているのを感じる。
『前方敵対反応です、同時に入り口付近後方にも敵対反応……ここからは速度を上げて行きましょう』
「了解した、斥候は私が行おう。背中は預ける」
ハナコの通信と同時に足に神秘を込め……一気に肉薄する。
ユスティナ聖徒のミメシスか。
ゲマトリアの技術を盗んだと聞いていたが、またこの亡霊と戦うことになるとはな。
ナイフとアリウス製オートマチックピストルを取り出し、死線を見る。
目標は三体、それぞれ首と鎖骨部、内腿か。
先頭にいるミメシスが私に反応する。
銃を構えるよりも前に、胴体に蹴りをいれ、首から伸びる死線を揺らし、麻痺を起こさせる。
音に気が付いた二体目のミメシスの鎖骨部をナイフで切り裂くように死線を断ち、絶命。
三体目が構えるアサルトライフルの銃口をあげさせて、零距離に持ち込む。
先生に一度やられたが、アサルトライフルでこの間合いは辛いだろう。
引こうと後ろに下がるその足を拳銃で撃ち抜き、絶命させ、麻痺から回復した一体目のミメシスの首を落とす。
一息つくと、遅れてやってきた救護騎士団の団長が私の戦闘を見て声を漏らした。
「噂には聞いていましたが……凄まじい戦闘能力ですね」
「戦い続けることでしか生きられなかったからな」
「……」
「責めるつもりはなかった、その技術のお陰で今お前たちの前に立てているのだからな」
私の発言で気を落としてしまったらしい蒼森ミネに、少しでも慰めになるだろう言葉をかけて、再び前に進む。
外に出て、世界を少しずつ知る中でアリウスで生きてきた私達の在り方の歪さは知ってきたつもりだったが、それでもこうして態度に出される時、心のどこかで煙が上がるようにモヤッとした自分が現れる。
戦いの中で無駄な感情を抱くようになってしまった私を過去の私は笑うだろうな。
再びユスティナ聖徒の集団が見える。
数は……12人か。
先程と同じようには行かないだろう。
が、それが足を止める理由にはならない。
足に再び神秘を込め、飛び出そうとした瞬間私の横を抜ける2つの影。
片方の影が手に持ったライオットシールドとショットガンを振り回し、12人のミメシスを吹き飛ばし、飛んでいるミメシスを次々ともう片方の影が撃ち抜き、ミメシスが地面に着くよりも前に塵へと返してしまった。
「先程の無礼、の詫びになるかは分かりません……しかし、今は我々の仲間な以上」
「共に戦い、共に進みましょう。それが仲間です」
塵に帰ったミメシスを見つめていた2人。
蒼森ミネと歌住サクラコが振り返り、私のことを見つめる。
「無礼とは、何の事だ。むしろ責めたのは私の方では……」
「いえ、その発言を引き出したのは私です。そして私は私の物差しで貴女のことを測り、不幸だと認めたような態度を見せた。
淑女として、有るまじき行い……申し訳ございません」
「…………こちらこそ、ただ気にしないでくれ」
胸がザワつく。
この感情を表す言葉を私はまだ持っていない。
この感情に整理をつけられるようになるまでは、私はまだ帰れないな。
いつの間にか私の隣にいた姫が私の横腹に肘を入れてくる。
それも何度もグリグリと。
「ひ、姫……?」
何も言わずにそのまま行ってしまった彼女を私は追いかけた。
何かしてしまったか……?
分からないまま進む中でさっきの二人に並んで、アツコが前を張って戦いをし始める。
あそこまで好戦的……いや、焦りのある彼女を初めて見た。
彼女に声をかけようとした瞬間、その奥に見えた敵の姿を見て、冷や汗が首筋を流れる。
『正面……何ですか、この反応!? 今までとは違うタイプ……強力な神秘を検知しました。皆さん気を付けてください!』
「浦和ハナコ、観測した。あれは……」
何故……いや、ユスティナ聖徒のミメシスとゲマトリアの技術の時点で察するべきだった。
全身を包んだ黒いスーツに、そのどれもが片腕で扱えるような代物ではない……対兵器用の重火器。
「バルバラ……」
「バルバラ……!? ユスティナ聖徒会の最も偉大な聖女、『聖バルバラ』のことですか!?」
「あぁ……以前、戦ったことがある。先生ですら押されるほどの火力と圧倒的な強固さ」
よりによって、守護者の他にこいつが立ち塞がってくるとは……。
あの夜の事を再び思い出す……自分の命の捨て場を決めた顔つきをしたあの優しい少女。
あの時……彼女は自分の身を挺して、私達を先に進めさせてくれた。
今優先すべきことは……私達の未来を掴む為に必要なことは……。
「スクワッド、リーダー命令だ」
「り、リーダー?」
「リーダー命令って……らしくないことを急に」
らしくない……か。
確かに態々こうして立場を使った命令はしたことがなかったな。
「ここは私が引き受ける」
「は?あの化け物を一人で受け持つの? いくらリーダー命令でもそれは」
「サッちゃん……勝算はあるの」
「無い訳ではない、無策で名乗り出た訳じゃない」
姫が仮面越しに私の事を見つめる。
ミサキの言葉は尤もだ。
あの化け物は聖園ミカと同レベル……もしくはそれ以上の強敵。
一度彼女に負けたことのある私では力不足も良いところだろう。
でも、あの敗北があるからこそ、これは私がやるべきことだ。
「何、化け物と戦うのはこれが初めてじゃない。それにだ……アツコ、ミサキ、ヒヨリ。 何もこれが最後の会話と言う訳じゃないだろう。 トリニティのサポートは託したぞ」
「はぁ……カッコつけて……分かった、行くよ」
「リーダー……いや、サオリ姉さん、終わったらまた!」
「サッちゃん……一人で抱え込まないで」
一人で抱え込まないで……か。
まさか、あの感情を姫は理解していたのか。
アツコには、敵わない。
みんながトリニティのメンバーを連れて、先に行こうとすると、バルバラがリボルバーカノンを向ける。
その横顔に数発弾丸を喰らわせ、私がいた位置へと首を振り向いた顎を蹴り抜く。
「お前の相手は私だ。聖女」
バックステップを挟み、常に動きながら銃弾を浴びせる。
バルバラが一息で詰めるよりも速く、次の動きを予測し、回避していく。
あちらの攻撃を喰らえば、私のヘイローは簡単に壊れてしまうだろう。
その上、こちらの攻撃は毛ほども効いてはいない。
理不尽極まりない戦闘だが……そういうのには慣れている。
勝算も勿論あるが……今私がやるべきことは、バルバラを決戦の地へ向かわせないことだ。
ならやるべきことは一つ。
「バルバラ、悪いが……徹底的に私に付き合ってもらうぞ」
時間を稼ぐ。
両目に神秘を宿し、死線を見る。
濃く太い赤と水色の線が絡み合ったものが見える。
あれがバルバラの死線。
死線の太さはその対象の耐久力と生命力に依存しているが……あれだけ太いのはバルバラくらいなものだ。
目に神秘を宿している分、普段よりも動体視力の上がっているメリットを押し付ける。
放たれる即死の弾丸を避け、その隙間を縫うようにアサルトライフルの弾丸をバルバラへと当て続ける。
聖園ミカとの戦闘も同じことだった。
初めて行うことはどんなことでも怖いが……一度したことがあるのならば、もう迷いはない。
『錠前サオリさん、本隊が守護者に到着。これから攻略戦を開始します』
「助かる、浦和ハナコ」
浦和ハナコはそれだけ言うと無線を切る。
最小限だが……充分な情報だ。
当たれば死、止まれば死、判断を間違えれば死。
ミス一つで、死に直結するこの状況。
指先や、膝が僅かに武者震いをする。
私にも生への執着が出来た。
やりたいことと言うのは、夢というのはまだ見つからない。
それでも生きていていいと思えるのは……あの人のお陰だ。
「バルバラ、先には行かせない。向こうで行われているのは、未来を歩む者たちが繰り広げる決戦。私達のような戦うことでしか生きる意味を見出せなかった獣が行く場所ではない」
それでも、今この一時は私は再び猟犬へと戻ろう。
みんなが先に進むための柱になるために。
バルバラの両腕が向けられ、その二つの銃口が私を捉える。
リボルバーカノンの砲弾のような弾の隙間をガトリング砲の弾幕が埋め尽くす。
これは……さっきの避け方では死ぬな。
全力で足に力を込め、大きく横に跳びながら、煙幕を展開する。
ほんの僅かに足にガトリング砲の弾丸が掠め、太ももの肉が削り取られるが……命に別条はない……。
瓦礫の裏に飛び込み、一度息を整える。
「はぁ……はぁ……」
あれが続けば、命を盗られるな。
痛みに反応して脂汗が流れ、それを拭き取る。
懐から取り出した応急処置用の包帯を傷を負った太ももに巻きつけ、簡単な止血を行う。
痛いが……動ける。
どれだけ心を固めても、覚悟をしても、戦いで負った傷はいつも痛い。
軽く足で地面を踏み、痛みに身体を慣らす。
死ぬよりかはマシの傷だ。
瓦礫から顔を覗かせると、バルバラが背を向けて本隊の方へ向かおうとしている。
それは望んでいない。
バルバラの背中に向けて手榴弾を投げつけ、気付くよりも前に撃ち抜き、誘爆。
直撃させたかったが……そうもいかない。
爆炎に包まれたバルバラを追撃するように引き金を引き、銃弾を浴びせていく。
バルバラが煙と炎を振り払い、弾丸を喰らいながらもゆっくりとこちらに再び銃口を向けた。
またあれが来るのだろう。
さっきよりも早く動かなければ……っ。
そう思った瞬間、力が抜ける。
太ももの傷から何かが蝕むように私の足の中に入り込んでくる感覚がした。
毒……それも神経系の麻痺毒か。
視界を前に向けると、弾丸が迫り来る光景が見える。
銃で体を支えながら、震える体を立ち上がらせ、バルバラを強く睨みつける。
死を覚悟した。
なら終わりが来る瞬間まで、やれることを全てやるだけだ。
銃を構え、引き金を引こうとしたその時、目の前でバルバラの弾丸が弾ける。
「これは……」
「やっほ、久しぶり」
声が聞こえたかと思うと、体が強い力で持ち上げられ、浮かび上がる感覚がする。
反射で閉じてしまっていた目を開くと、桃色の髪が頬を撫で、優しい瞳が私のことを見つめていた。
「美園……ミカ……」
「私の防壁でも初弾くらいは防げたけど……まぁあの大口径のリボルバーの方で簡単に壊されちゃうね……。そんな事より、久しぶり、錠前サオリ」
瓦礫の裏に再び身を潜めた私と美園ミカが、改まって互いの顔を見る。
「随分と手酷くやられたね?」
「かすり傷だが……あのガトリング砲の弾薬に含まれてる麻痺毒で足が、な」
「麻痺毒……身体は治せそう?」
「あぁ、もちろんだ」
「ふふっ、流石」
バルバラも乱入してきたミカの存在に警戒心を上げているお陰で、向こうに行く気配は無い。
それなら時間を治療に当てられる。
あの時ミカに流し込まれた神秘による傷の治療。
あの感覚を思い出せ。
傷を塞ぐ前に、毒を体外に流しだし、その後筋繊維と神経を繋げ、肌で覆うイメージ。
軽くだが……痺れや脱力感が消え、口に湧き出る苦い液体を吐き捨てる。
「聖園ミカ、あの時お前が私たちを先に行かせる為に、あの怪物を引き受けてくれた……あの後どうやって勝ったんだ」
「私も勝ってはいないよ。 先生の友達と先生のお陰で生き残れたの」
「そうか……なら、互いに一対一では負けてるのか」
あの聖園ミカですら勝てなかった相手だったか。
バルバラの強さを改めて思い知っていると、立ち上がったミカが私に手を差し出す。
「なら互いにリベンジマッチだね」
「ふっ、そうだな。まさかお前と肩を並べる日が来るとは……」
「ほんと、人生何があるか分かったもんじゃないね? ね、『魔女』と一曲踊ってくれる?」
「聖園ミカ、お前は魔女じゃないと──「ノリ悪いよ〜?」わ、分かった。『猟犬』で良ければ、リードしよう」
差し出された手を掴んで、体を持ち上げる。
心臓が高鳴る。
痛みによって脳から吐き出されたドーパミンによるものだろう。
それとも、殺し合い許し合った彼女と肩を並べて戦うこの現実に高揚しているだけだろう。
「さて、行くとしよう」
「分かった、じゃあ踊るよ」
瓦礫から歩き出すと同時に、ミカが歌を口ずさみ始める。
それは、あの夜にも聴いた無力を憂い、救いを祈る歌……。
「KyrieEleison」
バルバラがその歌に反応するように輪郭がぶれ、動きが僅かに鈍る。
伝説の聖女をベースにしてると言えど、その本質にはマダム……いや、ベアトリーチェの残滓が籠っている。
彼女の残滓が、バルバラの足を引っ張っているのだろう。
リボルバーカノンの銃口がミカに向けられる。
先程ミカの防壁は、あれの一撃で砕けていた。
先生のマグナムすら防ぐ代物がたった一撃で……当然バルバラの火力の高さもあるが、ミカの使い方1つでまだマシになるはずだ。
「ミカ、防壁を鋭角に展開しろ!」
その言葉を発したと同時に、引き金が引かれ、砲弾が放たれる。
放たれた殺意の塊はミカへと向かい、そして天井へと跳ね返って、天井にめり込む。
「わぉ、ほんとに防げた」
「リコシェ、習っていないのか」
「んー、聞いたことあるような?」
こんな技術すら本来のミカなら、必要がないだろうからな。
少しだけ羨ましく思う自分がいるが、それを頭を振り払って掻き消す。
バルバラの死線は未だに濃く太い。
それなりに弾丸を当てたはずだが、まるで山に向かって弾を撃ち、穴を掘ろうとしている感覚だ。
ミカが、一気にバルバラへと肉薄すると、防御の上から拳を叩き込む。
その瞬間、死線が大きく揺れる。
ベアトリーチェの残滓がミカの歌に反応していた。
彼女の神秘そのものが、今あのバルバラには特攻になっているのか?
「殺すつもりでやったんだけどな」
「ミカ、私から案がある」
「何?」
「銃撃から打撃に切り替えてくれ」
そういうと、ミカの表情が言ってしまうのなら
嫌そうな顔付きになる。
そこまでなのか?
「え〜……あんまり野蛮な戦い方は好きじゃないんだけど……勝てるんだよね」
「確実に」
「なら乗った」
ケープを外したミカが、銃を地面に突き刺し、拳を握りながら骨を鳴らすとバルバラへと突貫する。
その空気の変わりようを察したバルバラが後ろへ飛び退くが……それが狙いだ。
完全に意識がミカ一点に集中する。
だから、私は後ろから奇襲を仕掛けれる。
胴体部よりも薄く、そして脊髄の近い背中に太く走る死線を揺らすように蹴りを入れながら、ミカの方へと飛ばす。
飛ばした先でミカの固く握りしめた拳がバルバラの腹へと突き刺さった。
死線による強制的な弱点攻撃に、ミカの存在を揺らす一撃。
命を脅かすには充分だろう。
「サオリ!」
「あぁ!」
力を込めたミカが拳に突き刺さったバルバラを振り抜き、こちらへ飛ばしてくる。
銃を使ってもいいが……これが舞踏だというのなら、それに応えよう。
ミカが飛ばしたバルバラの首に自身の腕をぶつけながらこちらに迫って来る。
お前の腕力に合わせるなら……私はこちらで行こう。
横回転しながら、脹脛を当てるように放った蹴りで挟み込む。
死線が大きく揺れ、そして……首が刎ね飛ぶ。
回転していく首と胴体が空に散っていく中で、私の横に着地したミカが拳を差し出してくる。
「ん」
「ん?」
「え、なに知らないの」
「知らないとは……?」
「はぁ……見て分かんない? ほら拳」
同じように拳を差し出すと、ミカがそこに優しくコツンと当てる。
これは……先生とルパン三世がやっていた行動……。
そうか、こういう感情なのか。
打ち合わせた自分の拳を見ていると、ミカが優しそうな声で笑いだす。
「ふふっ、もしかして初めて?」
「あぁ」
「そっか、なら慣れなくちゃね、もう貴女は一人じゃないんだから」
「……お前もだぞ」
この言葉を言った時の私がどんな表情をしていたのか。
それは分からない。
それでも無線で伝わるサンクトゥム破壊の知らせと、体に残る脱力感、そして同じように笑う彼女の声を聴いて。
私は初めて心の何処かで満たされた気持ちになった。
次元大介だ。
虚妄のサンクトゥム、うち一本の守護者はまだ見えねぇ
それでも残すところあと二本、後半戦ってのはいつも気が抜けちまうもんだが……
お前さんに限っちゃその心配はねぇな。
次回 第五サンクトゥム『バイバイ・エリドゥ・危機一発!』
今のお前は適材適所を分かってるだろう?ラッキーガール
祝過去最遅更新!
土下座ですかね?土下座案件か?
毎度のことながら申し訳ないことこの上なく……。
前回投稿した『#EXEX6』皆さんに喜んでいただけて嬉しいのですな
そこで気になった感想を頂いたのでこちらでもご報告をば……。
えー、本作品「新任教師『次元大介』」
デカグラマトン編までやります。
ロア編は、そこに辿り着いた時の原作の様子次第ですかね……。
作者としては、前回雷帝編をやったら、原作様もやり始めて……あれ?冷や汗が……?
さてさて、皆様から頂く感想、評価、ここすきが一番の活力となりますので、是非ともよろしくお願いいたします!