吐き出された煙草の煙は、空中を漂い、そして風の中に消えていく。
煙草を吸いながら、アビドスへ向かう中で俺は思案を続ける。
今俺たちの手の内にある手札は、あまりにも少なすぎる。
何よりも重要なのは、アビドス生徒会のことだ。
土地の売買が出来るのは連邦生徒会から正式に認められた委員会のみだ。
シャーレにかえって調べ直して正解だった。
あの『アビドス廃校対策委員会』は正式に認められた委員会じゃない。
リンに聞いてみたが、正式な委員会として承認するには所属するメンバーの署名がいる。
今日俺がアビドスでやらなきゃいけねぇことは、その為のサインを手に入れること。
問題は、それが承認されるまでカイザーが動かないようにしなきゃいけねぇってのが賭けではあるんだがな。
そんなこんなで、アビドスの校門前に辿り着くと、そこにはセリカと、アヤネがいた。
どうやら調べ物が終わったらしい。
「お疲れさん、見つかったのか?」
「はい、アビドス自治区の土地関係で過去数年分の書類を……詳細は後でお話しますね」
「先生も、柴大将のお見舞いは済んだの?なんかデカいバッグ持ってたけど」
「まぁ、な。あれは大将への預かりもんだから、まぁ気にすんな」
あの時の一億とは口が裂けても言えねぇな、これは墓場まで持っていくとしよう。
三人揃ったところで、俺たちは教室に向かい、扉を開けたのだが……
「うへ…………」
「…………」
「…………」
「......な、何?この雰囲気」
「何かあったんですか?」
こういうのには覚えがある。
恐らくだが、ホシノとシロコが喧嘩したってとこだろう。
問題は内容なんだが、それまでは分からなかった。
この気まずい空気の悪さ、今までにないくらいの淀みだ。
とは言えだ、このままいても話は始まらない、そして時間はそれほど残されちゃいない。
いつ、あのカイザーが動いてくるかわからないからな。
「……現状を整理するぞ、話をしてる間悪いがお前らこいつにサインをしていってほしい」
俺は、紙を取りだし、それをホシノから回していく。
あの紙が何なのかは後で説明することにしよう。
それと、絶賛喧嘩中のシロコとホシノについて話も聞かねぇとな。
「前々から分かっていたことだが、俺たちの相手はカイザーコーポレーションだ。ただ、柴大将からの情報により、俺たちの想像以上にその手が伸びている範囲が広いことが分かった」
「これは、アビドス自治区の土地の台帳……『地籍図』と呼ばれるものです」
それを見ながら、以前アヤネがマーカーを引いた地図の上から赤いマーカーで更に塗り潰していく。
そうして、残ったのは現在本校として使っているこの校舎と、周辺の一部地域のみになる。
「この赤で塗り潰されたところが、今カイザーコンストラクションが所有している土地だ……学校の資産をどうするか決めるのは、生徒会。前にいた、アビドス生徒会の人達がこの取引を行った。そうだな?」
「はい……ですので、生徒会がなくなってからは取引は行われていません」
その言葉を聞いたホシノの目が沈む。
二年前、最後の生徒会が消えるまで。
「何をやってんのよ、その生徒会のやつらは!! 学校の土地を売る? それもカイザーコーポレーションなんかに!? 学校の主体は生徒でしょ!? どうしてそんなこと……っ!」
セリカが激昂する。
それも仕方がないとは思う。なんせ、守るべきものを切り捨てたのだから。
「こんな大ごとに、ずっと私たちは気付かないまま……」
「……それぞれの学校の自治区は、学校のもの。あまりにも当たり前の常識です。当たり前すぎて、借金の方にばかり気を取られて、気付くことが出来ませんでした……」
アヤネの目が少し潤み出す。責任感の強いアヤネのことだからな……
「私が、もう少し早く気付いていたら……」
「それは違う、これはお前らが選んだ道でもない。必要のないもんを背負うことは何一つとしてない」
一年生であるアヤネが気付いたところで、どうなるわけでもない。
相棒の言葉を借りるなら、過ぎ去ったことは全て笑いごと。
大事なのはこれからどうしていくかだ。
「……先生の言う通り、それはアヤネちゃんが気にすることじゃないよ。これはアヤネちゃんが入学するよりも前の……いや、対策委員会ができるよりも前のことなんだから」
「……ホシノ先輩、何か知ってるの?」
「あ、そうです! ホシノ先輩も、アビドスの生徒会でしたよね?」
「え? そ、そうだったの!?」
「それに……最後の生徒会の、副会長だったと聞きました」
「……うへ〜、まあそんなこともあったねえ。2年も前のことだし、そもそも私もその辺の生徒会の先輩たちとは、実際に関わりは無くってさー。私が生徒会に入った時には、もう生徒会の人たちはほとんど辞めちゃってたから」
全員からの質問に、ホシノはつっかえることなく答え続ける。
自分が副会長だったことを隠してたのか、その事実に少し俺はため息をつく。
しかし、さっきの反応からして、こいつは土地の取引に関して知らなかったのだろう。
そして知ることができないまま、この負の遺産を引き継いだ。
「その時はもう在校生も二桁になってたし、教職員もいない。授業なんてものは、もうとっくの昔に途絶えてた」
そうして、語りだすのは過去のアビドス。
最後の生徒会での思い出。
「生徒会室も、そうと言われなければただの倉庫にしか見えないところだったし、引継書類なんて立派なものは一枚も無かった。ちょうど砂漠化を避けようとして、学校の建物を何度も移してた時期だったってこともあってね」
重要書類などはこの際に消えて、文字通り砂の中に消えたのだろう。
この広い校舎でさえ別館だったことを考えると、かつてのアビドスは相当な規模だったのだろう。
「そもそも最後の生徒会って言ったって、新任の生徒会長と私の二人だけだったし。……その生徒会長は無鉄砲で、会長なのに校内でも随一のバカで……私の方だって、嫌な性格の新入生でさ。いや~……ほんと何もかもめちゃくちゃだったよ」
そう語る、ホシノの顔はどこか楽しそうで……そして悲しそうだった。
「校内随一のバカが生徒会長……? 何それ、どんな生徒会よ……」
「成績と役回りは別だよ、セリカ」
「そもそも、セリカちゃんも成績はそんなに……」
「わ、分かってるってば! どうして急に私の成績の話になるわけ!? 一応ツッコんでおいただけじゃん!?」
「うへ~、いやいや、正にその通りだよ。生徒会なんて肩書だけで、おバカさん二人が集まっただけだったからね。何の間違いだか、生徒会なんかに入っちゃって……いや~、あの時はあちこちに行ったり来たりだったねぇ」
その顔は、昨晩の時のように、仮面を外し、昔を懐かしみながら……まるで何かを後悔しているかのような顔だった。
「ほんっとバカみたいに、なんにも知らないままでさ……」
そのバカの言い方に俺は、どことなく親近感を覚える。
バカにしたいわけではない、嫌な意味だけでもなく、友情に近い、言葉では尽くせない程の思いが詰め込まれているのだろう。
「……ホシノ先輩が責任を感じることじゃない。昔の事情は知らないけど、実際に生徒会が解散になった後……アビドスに対策委員会ができたのは、間違いなくホシノ先輩のおかげ」
「う、うん……?」
唐突なシロコからの賞賛に、ホシノは困惑している。
あのホシノが、鳩が豆鉄砲を食ったような顔で目を瞬きさせているのは中々新鮮だな。
「……ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだけど、大事な瞬間には絶対に誰よりも前に立ってる」
「そうです。セリカちゃんが襲われてヘルメット団と戦った時、真っ先に先頭に立ったのもホシノ先輩でしたし……」
「……うへ~、そうだっけ?」
続くシロコとアヤネの褒め言葉に、ホシノはどうにかいつも通りの表情に戻して平静を装ってから、にへら、と笑って、それでも誤魔化そうと言葉を繋ごうとした。
けれどそれは、受け流しちゃいけないものだ。
今の彼女にとってそれは、大事なものになるはずだから。
だからこそ俺は、そんなホシノに対して遮るように言う。
お前は、誰よりも頑張っているのだから。
「よく覚えてな──」
「お前が、盾を持つのは、自分が前に出て、誰かを護るためだろう。自分以外が傷つかないために違うか?」
「────…………」
そう言われたホシノは顔を赤くし、俯く。
この銃社会で、なんでわざわざ盾を持ち、近間で最も効力を出すショットガンを使っているのか俺は疑問だった。あいつならそれ以外の銃でも敵を素早く殲滅させられるだろうからな。
その答えが、これだ。誰よりも前に、誰よりも傷ついたとしても、後輩たちを守りたいから。そうなんだろ?ホシノ。
「うん。ホシノ先輩は色々とダメなところもあるけど、尊敬はしてる」
「ど、どうしたのシロコちゃん!? 急にそんな青春っぽい台詞を……! おじさんこういう雰囲気、ちょっと苦手なんだけど!?」
「……や、なんとなく、言っておこうかなって思って」
更に畳みかけるシロコに激しく狼狽するホシノ。
そのシロコの顔には照れも恥ずかしがる様子もない。
アイツは、バカで単純なとこがある。
でもそれは裏を返せば、ひたすらに真っ直ぐに、言葉を届けようとするからなのだろう。
先輩なら、それを受け止めるしかないよな?
「え、えぇ……?」
さっきのシロコの何となくには含みがあった。
きっと、喧嘩してたからなのだろうな。
そこで照れながらも全員からの褒め言葉を受け取っているホシノの様子もあるのか、最初の険悪な雰囲気はすでに消えている。
アビドス生徒会、そこで何が起きたのかはすでに知る由もない。
ただ、この対策委員会がホシノにとっての居場所であり、ホシノを繋ぎ止めるための錨なのだと思う。
「さて、話を再開しようか。恐らくだが、この悪循環の借金地獄をカイザーが作り出したのは、この土地にある何かを手に入れたいからなのだと俺は思う」
「というと……」
「でなきゃ、返しきれない借金を吹っ掛け、そのうえで力をそぎ続けるようなことをする意味がないからな。お金が必要ならこんな回りくどいことなんかしねぇだろ?大企業が」
シロコの相槌に続いて俺は話を続ける。
「これは、前に会ったゲヘナの風紀委員長、ヒナから聞いたことだが、郊外の砂漠で、カイザーコーポレーションが何か企んでいるって聞いたんだが何か心当たりはあるか?」
そういって見渡すが全員思い当たる節はないらしい。
現地の人なら何かあるかと思ったがそう上手くはいかないらしい。
とは言え、これしか今は頼りになる情報もないのは事実。
そんな時だった。
「あぁもう、それならアビドスの砂漠はうちの自治区なんだから、実際に行ってみればいいじゃん! 何が何だか分からないけど、この目で直接見た方が絶対にいいって!」
こういう時のセリカの発破は助けになる。
実際、そうするしか手はなかったが、俺がやってもこう上手くはいかなかっただろうな。
「……ん、そうだね」
「......いや〜、セリカちゃん良いこと言うねえ。こんなにたくましく育ってママは嬉しいよ。泣いちゃいそう。ティッシュちょうだい」
「な、何よこの雰囲気!? 私がまともなこと言ったらおかしいわけ!?」
「あ、あはは……そんなことは……ですが、セリカちゃんの言う通りです」
きっと俺がいない間もこうして五人でやってきたのだろう。
色んな苦難の波を超えて、なら俺はその支えにならなきゃな。
「よし、やることは決まったな。お前ら紙は書けたな?」
「うん、書けたけど、これは何の紙なの?」
「後で役に立つ。今は何も話せないが……ここを守るために必要なんだ」
書かれた紙は二重になっていて、その裏にはシャーレのマークが書かれている。
「この情報はあくまでもゲヘナ風紀委員長からシャーレへと届けられたものだ、だから、こいつの調査は俺からお前らへの正式な依頼としてやらせてもらうぜ」
全員が頷き、教室を出ていく中で俺はシロコに呼び止められ、別の教室の中に入った。
「で、話ってのは何だ?」
「……これ」
そうして、手渡されたのは、ホシノの名前が記された退部届だった。
「ホシノ先輩のバッグの中から見つけたの」
俺の言葉のせいなのだろうな。
昨晩、俺が背中を押したそれの答えがこれか……
「先生以外の誰にも見せてないし、言ってないけども……そもそもバッグを漁ったこと自体はバレてると思う」
「恐らく、昨日の昼間来なかった原因がこれか」
「うん……ごめん、悪いことなのは分かってる。ホシノ先輩からはもちろん、生徒として、先生に怒られても仕方ない」
「……いや、俺もこの片棒を担いでんだ。これは一旦。俺たちの秘密にしておこう」
何もかも後手後手な状態で気が参るぜ。
それでも、やらなきゃいけないのが大人ってもんだ。
「分かった……先生も分かっていると思うけど……ホシノ先輩何か隠し事してる」
「あぁ、そうだな。だから、俺たちは叱ってやらなきゃな」
「俺たち……?」
「お前らはホシノの仲間、友達なんだろ?なら、友達が何かやらかしたのなら一緒に叱って一緒に止めてやらなきゃな」
「……ん!」
シロコの頭を撫でながら俺たちは合流する。
ホシノは随分と隠し事が好きなようだ。
仕方ない、俺も今は、それに付き合ってやる。
ただ、お前も生徒だってこと忘れんじゃねぇぞ。
砂漠の奥に現れた謎の施設。
厄介な敵、なにやら訳ありのようだが?
次回 カイザーPMC理事
ここいらで一旦休憩をいただこうかなと思います……
駆け足で書き進め続けた……
ので、今やっているアンケートの三つのうちどれかを書こうかなと思います。
番外編になるので詳しい時系列は不明になりますが……少なくともアル(便利屋)とみる次元大介の墓標はIFルートにするつもりなんですが、例の黒服……あれのDVD持ってるのかな……持ってそうだな……どうしようか……IFじゃなくなりそう……
最後に、感想、評価、ここすきよろしくお願いいたします!
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持