敗戦からの帰投後、俺は今アビドスの校舎のベランダで、煙草の煙を燻らせながら、一人黄昏ている。
肺に熱い煙が入り、砂漠の夜の寒さで凍える体に熱が籠っていく。
今回の作戦は、大失敗もいいとこだった。
借金を倍に増やしただけでなく、あいつらの心も必要以上に曇らせてしまった。
これも全ての責任は最終的に俺一人でどうにかなると高を括っていた、その甘えのせいで起きた。
カイザーの要求は確かに不当そのもの。しかし過去のアビドスはそれを払ってきている。
今更どうこう言ったところで、如何にかなるものでもない。
仮にあの場で要求を跳ねのけたとしても、また別の理由を適当に吹っ掛けて同じ結果になるだけだ。
将棋で言うところの詰みだったわけだ。
あの場の交渉においては。
「……クソ」
冷たい手摺を拳で叩いても返ってくるのは、鋭い冷気による痛みと甲高い音だけ。
──今回の件は、貴様には何も関係ない。……何も関わることができないのだよ。
俺はシャーレの力を過信しすぎていた。
あの力はあくまでも俺が出来るだけであって、生徒をその力で守れる訳ではない。
あのシャーレは、生徒を守る組織ではなく、生徒を雇って使い潰すための組織なのかもしれねぇ……
そんなのは少年兵や少女兵を使う半端な傭兵集団と何も変わりはしない。
俺の趣味じゃねぇ……
煙草を吸い、煙を吐き出す。
この世界に来て、ガキとばかり喋るうちに随分と俺も怠けちまったもんだ。
俺も変わっちまったのかもしれねぇな。
「……まさか俺がホームシックとはな」
煙草の火を消しながら、思考を戻していく。
今日の出来事は、想定していたうち、最悪のパターンだった。
その中でも、収穫があったのは幸いだった。
その1、カイザー達の目的。詳細は不明だが、カイザーの企業の中でPMCを使わなくちゃならねぇほどのお宝とやらを探すため。そのために土地を買収し、基地を建てた。
アビドスを潰したいのは自治区ってものを消したいからか。
その2、あのカイザーPMC理事と名乗った機械の性格。あいつは典型的な負けず嫌いだ。
金の亡者らしいと言えばその通りだが、自分が勝てると思ったときにしか顔を出さねぇ。
裏を返せば、勝てると踏み込んでれば、確実に顔を出してくる。
負けた奴の顔を拝みたいからだろうな。
それならまだ、勝算はある。
ただ、終わった後、アビドスの奴らがどういう風に思うか。
それは度外視するがな……
「……」
俺は電話をかけた。
『はい、連邦生徒会 生徒会長代行 七神リンです』
「俺だ、例の紙そっちに届いたか?」
『先生、はい……今手元に』
「リン、それを日付が変わる前にやってくれねぇか?後でどんな処罰でも受けてやる。お前さんだけが頼りなんだ」
『はぁ……分かりました……では』
そういって電話を切られる。
リン、あいつはかなり忍耐力のある子だと思う。
アコだったら即キレて切られるような内容だったからな。
時刻は22時を過ぎようとしていた。
あの敗戦から溜まったストレスによって、対策委員会は崩壊しかかっていた。
徹底的なPMC理事の口撃に、3億もの大金の用意。
ただでさえ、神経をすり減らしていた彼女らに取ってトドメにも等しかった。
それでもあいつらがバラバラにならなかったのは、ホシノがいたからだと思う。
この三年生、アビドスを守り続けてきたあいつの存在が大きかった。
──ほらほら、みんな落ち着いて〜。
──一回頭を冷やして、また明日集まることにしようよ。これは委員会命令ってことで。
俺のような途中から来た人間ではなく、長く後輩たちを守ってきたあいつの声だからこそ、止めれたのだろうな。
扉が開かれる音が聞こえた。
「個人面談ってやつだ。ホシノ」
「うへ~……私ばっか悪いね?先生」
そう申し訳なさそうにするホシノはまた、青の瞳を隠して、俺を見つめていた。
「こんな夜更けに呼び出して、先生ったらおじさんと何を話したいのかな?」
「ホシノ、恐らく。お前さんはもう気づいていると思うが……」
そういって、俺は懐から、ホシノの直筆の退部届をホシノへと差し出す。
それを見たホシノは、一瞬目を少し開き……そしてまた、あからさまに驚いたような張り付けたようなリアクションを取る。
「うへ〜、いつの間に。これ、盗ったのシロコちゃんだよね?きっと。全くシロコちゃんったら、いくら何でも先輩の鞄を漁るのはダメでしょ~。先生?キチンとシロコちゃんを叱っといてよ~?あのままじゃとんでもない大悪党になってもおかしくないって~」
ころころと仮面を変えながら、流れるように言葉を並べ、ホシノは、捲し立てるように笑う。
そのどれも本当の感情ではないのは容易に分かる。
「今は、俺以外誰もいないぞ、ホシノ」
「……やっぱ、先生には隠し事は出来ないね」
肩をすくめ、ホシノはそう答える。
「……悪いが答えてもらう」
「うーん……逃がしては……くれないよね~?」
俺は黙って、ホシノの目を見つめる。
お前は鋭い人間だ。必要以上に感情を読み取ってしまう。
だから、俺が言わなくとも、分かるんだろ?
「……はぁ、しょうがないなぁ……ね、先生。前みたいにさ。少し歩かない?」
廊下を指さしながら、そう提案してきた。
断るような理由もないしな。俺はそのままホシノと歩き出した。
「けほっ、けほっ……うわぁ、ここも砂だらけじゃ~ん……」
廊下を踏みしめる度に、足裏に砂のこすれる音と感触が広がる。
校舎の中にまで、砂が入りこんでいるようで、掃除の手が回っていないようだった。
五人しかいないうえに借金のことを考えると妥当ではある。
「ま、仕方ないんだけどね。掃除をしようにも、そもそも人数に対して建物が大きすぎて……」
「それどころじゃないだろうしな」
「うん……ホント、砂嵐が減ってくれればいいんだけどね~」
これでも幾らかマシになったんだよ?とホシノは言う。
「うへ~、折角の高校生活が全部砂色だなんて、ちょっとやるせないと思わない?」
「でも、好きなんだろ?ここが。アビドスって場所が」
「……今の話の流れで本当にそう思う?」
「お前の背負うその盾と、体に刻まれたその傷が何よりの証だ」
「……うへへ……」
恥ずかしそうにホシノは顔を俯かせながら、頭を掻く。
「……やっぱり、先生には敵わないや」
「お前の意思の硬さには負けるな」
これは俺の本音だ。
この歳で、毎晩一人でパトロールを続け、守り続けた。
俺は素直に称賛すべきことだと思っている。
それを知ってか知らずかは分からないが、ホシノは歩き進めながら言葉を続ける。
「先生には、まだ言ってなかったけど……砂漠化が進む前、アビドスはかなり大きくて力のある学校だったんだってさ……でもそんな記憶も実感も、おじさんには全く無いんだよね。最初から全部めちゃくちゃで、ちゃんとしたものなんて何一つない学校だった」
ただ、そう語り続ける。
会話、というよりかは、独白に近いそれを。
「おじさんが入学した時のアビドス本館は、今はもう砂漠の中に埋もれて、当時の先輩たちだって、もうみんないなくなってた。……あの先輩以外は……今いるここは、砂漠化を避けて何度も何度も引っ越した果てに辿り着いた、ただの別館」
ホシノは、まるで愛でるように壁を撫で、その指先に着いた砂を見ている。
まるで遠く昔の記憶を掘り返すように、じっと砂を見つめている。
「……ま、でもここに来てシロコちゃんやノノミちゃん、アヤネちゃんにセリカちゃんと会えたから……うへ、やっぱり好きなのかもしれないなぁ……」
「……だろうな」
そう語るホシノは、微笑む。
ガラスのように脆く、繊細で、今にも崩れ去りそうな……そんなただの弱々しい少女の笑みだった。
「……先生、正直に話すよ」
廊下に運び出され、もう使われなくなった机の上に彼女は腰かけた。
足をぶらぶらと揺らし、天井を眺めている。
ここが、俺たちの散歩の終着点なのだと悟った。
「私は2年前から、変な奴らから提案を受けていた」
なんでも、カイザーコーポレーションから、提案紛いのスカウトを、アビドスに入学した時から受けていたらしい。
それも数えるのも馬鹿らしくなるほどに。
ホシノは、確かに俺が見てきた奴の中でもトップクラスには強い。
だが、大企業が彼女個人にそこまで執着する理由が見えてこない。
そして、あの風紀委員会が柴関ラーメンを破壊した日。
ホシノが遅れてやってきたあの日は、その提案とやらを受けたからだそうだ。
──あなたに、決して拒めないであろう提案をひとつ。
──アビドス高校を退学し、私共の企業に所属する。その条件を呑んでいただければ、今アビドスが背負っている借金の半分近くをこちらで負担しましょう。
──ククッ、ククククッ……さあ、答えを聞きましょう。もしイエスならば、こちらにサインを。
「ま、断ったんだけどね。誰から見ても破格の条件。でもその時は私がいなくなったらアビドス高校は崩壊するって思っていたからこそ、ずっと断ってたんだけど……」
そういって、彼女は口を閉じた。
この先は言わないほうがいいと判断したんだろう……そこまで言えばどう続くのか分かったようなものではあるが。
「……あいつら、PMCで使える人材を集めているみたい」
話題を無理やり切り替えるようにそう話す。
カイザーの狙いがこれで分かった。
あとは釣り餌にどう引っ掛けるかだ。
「さっき、お前さんに提案したのは誰なんだ?」
「私も、あいつの正体は知らない……ただ、私は黒服って呼んでる」
「黒服……」
「何となくぞっとするやつで……キヴォトス広しといえども、あぁいうタイプのやつは見たこと無かった。ただ、怪しいやつだけど、別に特段問題を起こしたりもしなかった」
話を聞く限りは、あくまでも第三者として介入し、特段自分から手を出そうとするようなタイプではないらしい。
口ぶりから察するに柴大将のような動物でも、カイザーの従業員のような機械でもない。
生徒や俺のような人類でもないと来た。それは生き物なのか?
黒服って名前もあくまでもホシノがそう呼ぶだけであって、本名すら不明。
「何なんだろうね。あのカイザーの理事ですら、黒服のことは恐れているように見えたけど……」
「あいつですら恐れる存在か……なるほどな。つまりこの退部届は……」
「……うへへ……」
気まずそうにホシノは目を逸らす。
恥ずかしがっているのか?
「まあ、一ミリも悩んでなかったって言ったら嘘だし。ちょっとした気の迷いっていうか。……うん、もう捨てちゃおっか」
「いや、待て。捨てる必要はない」
「え、と、止めないの……?」
手に持った退部届を破り捨てようとしたその手に俺は待ったをかけた。
「お前さんの目を見れば、この後どうするか何となくだが、分かる。俺が止めたところで行くんだろ?」
「……っ、ほんと、先生にはお見通しなんだね……」
「伊達に歳喰ってきた訳じゃねぇ。だから、それを逆手に取る。お前さん今日のカイザーの発言を聞いて何か気づいたことはないか?」
「え?………………あ」
どうやら気が付いた様だな。
カイザーは今日、こういっていた。
──そもそも、三百年のローンに正当性があると思っているのか、君たちは。
つまり、あいつ自身もこの借金を返せるとは到底思ってない。
「つまり、その借金の重圧を使って、お前さんの判断を鈍らせて、カイザーに引き抜き、連邦生徒会に認められた最後の生徒会委員であるお前をアビドスから退学させて、ここを潰すのが向こうの目的だ」
「じゃ、じゃあ……あの契約は」
「あぁ、真っ赤な嘘だ。だから最初のお前さんの判断は合ってる」
それを聞いたホシノの顔に影が入る。
自分の体と命、たった一つで後輩たちを救えると思って行動しようとしたのだから。
どうすればいいか分からなくなるものだ。
「だから、それを逆手に取る。ホシノ、俺は今から先生として失格なことを言う」
「何を言うの……?」
「カイザーのところに行ってくれねぇか」
そういわれたホシノの顔が今度は本気で驚いたような顔になる。
「今朝書いたあの紙覚えているか?あれは、連邦生徒会にアビドス対策委員会を正式に認めさせるための書類だ。全員のサインが必要だったからな」
「……!まさか先生……」
「あぁ、お前さんには悪いが囮になってほしいんだ」
あの紙は二重になっていて、下には連邦生徒会に向けて提出する紙が敷かれている。
説明してもよかったんだが、時間がなかったのと最悪を想定して……あいつらはその演技が出来ないと踏んだから、そこを省いた。
「先生……本当に悪い人だね」
「俺は正義の味方でもねぇ、ただ、お前さんに怖い思いをさせちまうのは……悪いと思っている」
「はぁ……しょうがない人だよ先生は……助けに来てくれるんだよね?」
「当たり前だ」
俺が手を差し出すと、ホシノはやれやれと首をふりながらその手を握り返す。
ホシノには辛い役職を押し付けてしまうことになる。
なんせ、俺らで後輩たちを含めて全員を騙すことになるのだからな。
「先生?終わったら、シロコちゃん達にも言うからね?」
「……お手柔らかに頼む」
そういうホシノの顔はさっきよりも強い笑みに変わっていた。
これで、あの機械頭を場面に引きずり出す算段はついた。
「じゃあ、先生。いってきます」
そういって、ホシノは駆け出していった。
その後ろ姿を見ながら俺は、電話を再びかけた。
『ふわぁぁ……はい、こちら便利屋68です……』
「俺だ、悪いが仕事を頼みたい」
ガキを使った賭けでしか倒せないとはな。
本当に胸糞悪いが……やるしかない。
賽は既に投げられたのだから。
そして翌日、教室の机の上には少し破れたホシノの退部・退会届と全員に宛てた手紙が置いてあった。
手筈通りに。
俺たちの作戦通りに。
暗い表情の対策委員会。進撃するカイザーPMC
慟哭の中、爆風が吹き荒ぶ
次回 逆転劇
今回の次元のムーブはだいぶ解釈分かれそうだなと危惧しています作者です。
自分の言い分としては、次元はあくまでも悪人であって、極力子供を作戦には組み込まなないものの、必要であるならそれを行うって感じです。まぁ、このルートだと大分茶番にはなるのですが……ただこうすれば対策委員のヘイトが最終的に自分に向かうから打ち明けたのも一つだったり。
ついにUAが10万を超え冷や汗をかいております……気軽に始めたつもりがまさかここまで伸びるとは……
色々と至らぬ作者ではございますが、最後までお付き合いいただけたらなと存じます!
最後に、評価、感想、ここすき、もし良ければよろしくお願いいたします!
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持