翌日の朝、俺はゲヘナ学園へと出向いていた。
一応連絡はしたんだが……
「げ、来たぞ、アコちゃん……」
「よく顔を合わせようと思いましたね?柴大将の前で恥を掻かせてくれた次元先生?」
「案内に名乗り出たのはテメェの方だろうが」
最も危険な自治区として有名なゲヘナ学園に何の気なしに足を運ぶほど俺はバカじゃない。
だから、風紀委員会に連絡を入れたのだが……まさか案内を自ら名乗り出た二人にこうも言われるとは流石の俺も予想していなかった。
校門前にいたのは、風紀委員会の隊長格の銀鏡イオリと、行政官の天雨アコだ。
「当然です!貴方のような不審者をいきなりヒナ委員長に会わせるわけには行きません!」
「そうか、謝罪の場であんな服を着るような痴女には言われたかねぇな」
そう言い返すと顔を真っ赤にして手を振り上げるアコをイオリが羽交い締めして抑えている。
こいつ、面白いな。自分から喧嘩売って、自分で買ってるぞ。
しかし、そんだけ怒るってんなら、そもそもあんな服着ることないんじゃないか?
最近の若者の流行って奴なのかは知らねぇが、このキヴォトスの生徒らは随分と肌の露出が多い気がする。
体がそもそも頑丈だからこそ、擦り傷も滅多に付かないからこそ、あぁいうファッションができるのかもしれないが……センスが悪いなとは素直に思う。
口には出さねぇがな。
「ちょ、っとアコちゃん落ち着いて!先生も煽んな!」
「悪い悪い、つい面白くてな」
この前まで話していたカイザーPMC理事のような奴に比べれば何倍も可愛げのある奴だと思う。
この短気さが逆に落ち着くものだ。
「ふぅ……まぁここで話すのもなんですし、会議室まで案内いたします」
怒りが収まったアコが冷静に案内をし始める。
初めて入ったが、アビドスは比較的俺にとっちゃ馴染のある日本の校舎やそれに近い建物の様式だったが、ここゲヘナの建築様式は、ドイツとかあの辺りのレンガ造りがメインのようだな。
こう見ると益々、学園ってのは国なんだなと、このキヴォトスにおける常識を目の当たりにするものだ。
「ゲヘナの建物、そんなに珍しいのか?」
殿を務めているイオリが、俺に話しかけてくる。
「俺がここに来る前の場所でも何度も目にしてたが、シャーレやアビドスとは全然違うな、と思ってな」
「ふーん……ゲヘナに似てるって場所はどんな感じなの?」
「寒冷、乾燥。酒は悪くない、生ぬるい状態で出すのは好きじゃないがな」
「寒いんだ、ゲヘナは火山があるから比較的あったかいからなぁ。レッドウィンターみたいな感じなのかな……」
レッドウィンター……確か北の方の雪国にある学園だったか。
あまり縁のない学園だがいずれは顔を出さねぇとな。
「お二人とも、無駄口はそこまでにしてください。そろそろつきますので」
先頭を歩いていたアコから怒られて、そのまますぐに会議室へと案内される。
中はシンプルな赤を基調とした少し高級感のある内装の部屋だった。
そこで、俺と風紀委員会の二人はテーブルを挟んで、ソファにそれぞれ座る。
「さて、ここなら問題ないでしょうし、先生のお話を伺いましょう」
「あぁ、俺からヒナを含めた風紀委員会に依頼をしたい、出来れば今日中が望ましい」
「そりゃ、随分と急だな……アビドスのことか?」
イオリは随分と勘が鋭いらしい。
戦闘面でもそれが生かせれば強いんだがな。
「……今失礼なこと考えたでしょ」
「気にしすぎだ」
俺は今回、依頼という形で風紀委員会に協力を持ち掛けることにした。
アコって女を俺は疑ってるわけじゃねぇが、俺の誘拐にしたってこいつの行動原理はヒナのためだ。
だから、文字通り死ぬほど忙しいヒナを気遣って、仕事をさせないように立ち回る可能性がある。
良くも悪くも、ヒナのためだからだ。
だからこそ、全体を巻き込むことにした。
「……ヒナ委員長は多忙を極めています。いくら先生、シャーレからの依頼とは言えど、今日中に急に時間を作るのは難しいでしょう」
「あぁ、私たちがこうして話せるのも珍しいことだしな」
「無理を承知で言っているのは理解している。ただ、ホシノを救い、連れ戻すためにはどうしてもお前ら風紀委員会の力が必要なんだ」
それを聞いた二人は顔を見合わせて考え込む。アコは今の俺の発言から粗方察したようで、言葉を発した。
「……それは、アビドスへの貸しになりますよ」
「これは、シャーレ……いや、俺からの個人的な依頼だ。だから、その責任と報酬は俺が出す。お前らの腕を疑ってるわけじゃないが、仮に失敗したとしても、必ず払う。タダ働きはさせねぇよ」
「……どうする、アコちゃん」
イオリが隣に座るアコを見ながら話しかける。
当の本人は悩み続けている。
今回の依頼は、完全に俺たちの立場は対等なものとして俺は考えている。
既に、柴大将への謝罪も済んでるし、俺の心情的なものとしてもこいつらも一人の学生だと思って接してる。
二人は少し後ろを向きながら何かひそひそと話している。
話がまとまったようだ。
「んっん……先生その報酬は金銭以外でもいいんですか?」
「それが望みなら構わねぇよ」
「ならさ、先生。先払いは?」
「……時間は限られてるからな。無茶は言うなよ」
アコとイオリが交互に質問してくるが、内容はまだ、俺が否定する様なものでもない。
それを聞いた二人の顔が笑顔になる。
いや、もっと正確に言おう。
性格の悪そうな笑顔に変わる。
嫌な予感しかしねぇ。
「それは、先生の自由とかもでしょうか?」
「仕事の邪魔にならねぇならな」
「……例えばさ、土下座して足を舐めろって言ったらするの?」
イオリからのその質問に俺は固まる。
千歩譲って、土下座はいいとしよう。
だが、足を舐めろか……
ホシノの命に比べれば……安いが。
くそ、こいつらやり手だな……
「……やってやるよ」
「先生にプライドとかないんですか?」
「ホシノの命に比べれば……まぁな」
自分の命が懸けられてるんだったらまだしも、ガキの命のためなら仕方ねぇだろう。
それを聞いた二人は、長い沈黙の後、ふぅんと声を意味ありげに漏らす。
まだ、嫌な予感は続く。
「では、仮に風紀委員会の仕事を優先しろと言ったらどうしますか?」
「ある程度は優先する。人命が最優先なのは変わらねぇな」
「私の呼びつけにいつでも応じなさいと言ったら?」
「げっ……まぁ遊び相手くらいならしてやるよ」
「つまり、私のストレス発散相手になってくれると」
「…………まぁ要するにそうなるの……か?」
「で、では……」
イオリは何か考えているようだが、その間にアコは矢継ぎ早に俺に質問を続ける。
なんだか、方向性が違う気がするんだが……
目の前のバカは、俺が下手に出たことに大層気分がいいようで、その要求がどんどんエスカレートしていく。
まぁ要するに調子に乗ってるってわけだ。
そして、それが有頂天に達した彼女は最後にこう続ける。
「でしたら?まぁ?先生がど~してもと言うのなら?今後先生が私に対して従順になるというのであれ──あぎゃっ!!??」
俺は目の前のバカの脳天に拳を振り下ろした。
「な、なにするんですか!!!???」
「それはこっちのセリフだ!!!俺がてめぇに負けたらまだ一万歩譲って理解するが、それは限度超えてるわ!!こっちは真剣な話だってのに」
「はぁ??私も真面目なんですけど?」
「急ぎだって言ったろうが!」
「だからって普通、女性の頭殴りますか!?常識ないんですか!貴方は!!」
「それは互いにだろうが!」
お互いにヒートアップした体を落ち着けて、俺は息を整える。
「とにかくだ。報酬は何でも構わねぇが、交渉したいならあとにしろ。あとシャーレと他の生徒に迷惑かける奴はやめろ。分かったな?」
「分かったよ、それならさ先生」
ようやく考えがまとまったらしい、イオリが俺に足を差し出す。
「土下座して足舐めてくれるなら。協力するよ」
「イオリ!?」
「じょ、冗談だよ……先生?」
隣の後輩がとんでもないことを口走った様子に驚いているアコがイオリを見ながら声を出す。
その言葉を言ったイオリは冗談だと言って茶化そうとしている。
一旦、痛い目を見たほうがいいらしいな。
「二言はねぇな?」
「え、ま、先生!?放し!っちょ力強っ、流石にアコちゃんみたいな趣味私してないから!!ヘンタイ!!!」
「それどういうことですか!!」
俺は、席を立ち、土下座をする前に、差し出されたイオリの足を掴んで、跪き、口を足に近づける。
「……ねぇ、外からも聞こえるくらいぎゃあぎゃあ騒いで……何をやって……」
その時、ドアが開き、風紀委員長である空崎ヒナが入ってくる。
その音と声を聴いた俺とヒナの目が合う。
「……アコ、イオリ……何をしているの」
アコとイオリ、そして何故か俺もヒナに軽い説教を食らった。
「……なるほどね……自分の望みの為に膝をつく大人は、これまで何人も見てきた。でも、生徒のために跪く先生は初めて。……まぁそれより……」
少し顔を赤らめながら、ことの経緯を聞いたヒナはそう話す。
「なら、風紀委員会を代表して、対価は一個でいいわ」
「え」
「アコは黙って。今度、風紀委員会と演習をしてくれないかしら」
ヒナに睨まれたアコは静かに項垂れている、そんな姿を余所目にヒナから提示された対価について俺は考える。
「最近、マコトがうるさくて……ただ、私も問題視してることがあって。貴方の意見を聞きたいの」
「……分かった、引き受ける。言っとくが大した期待はするなよ。俺は銃を撃つくらいしか能がねぇからな」
「えぇ、でもきっと大丈夫よ」
つくづくこいつは、周りのことを考えているなと思わされる。
しかし、俺がここで、シャーレの仕事としてやるから個人のことでもいいんだぞとでも言えば、後ろの青い駄犬が何言うか分かったもんじゃない。
だからこそ、俺はそれを受けるしかない。
「んでだ、ヒナ。頼めるか?」
「えぇ、先生。私に何をしてほしい?」
誰よりも強い意志を込めた声で、ヒナはその首を縦に振った。
ゲヘナからの帰り道、アロナから話しかけられる。
『先生、カイザーPMC理事の死体の検査が終わりました』
便利屋たちに頼んで持ち帰ってもらっていた理事の体。
機械で出来ている以上アロナならそこに残ったデータを調べられると俺は踏んでいたのだ。
どのような情報であれ、強い武器になることは間違いないからな。
ただ一つ不安なのは、俺が撃ち抜いたのが奴の顔面だってことだ。
もし、奴の構成が人間と同じであれば、頭にメモリとかが詰め込まれているはずだ。
だから、それが壊れちまってる可能性が高かった。
まぁそうでなくとも、使い道はあると思ってるがな。
ヘイローを持つホシノ達のような生徒ほどではないが、PMC兵士も銃弾では壊れないほどの耐久力を持っている。
それは、あいつらが身にまとっている金属が余程特別だからだと俺は思っている。
だから、そいつはそれなりに利用価値があると俺は踏んでいる。
「それで、結果はどうだった」
『はい!それが、メモリは見つけたのですが、中のデータが空っぽでして……調べてみるとどこかに転送されたログが残っていました』
「……」
やはりか、あの時のPMC兵士の言葉。
──理事のボディ大破!!総員退却!!!兵力の再配備に移行せよ!!
自分のリーダーが殺されたわりには余りにも動揺が少なかった。
そのうえで、まるで予定されていたかのように、すぐさま再戦の準備に移った。
つまり、理事はネット経由で自分の命を移動させることができるらしい。
要するに、別の体さえあれば、不死身ってわけだ。
「……アロナ、一個頼みたいことができた。────って訳なんだが出来るか?」
『ふむ…………それは出来ますが、そうなると企業のトップを消してしまうことになりますが、大丈夫でしょうか……』
対応策は思いついた。それができるなら、今度こそ殺せるはずだ。
「あぁ、それなら心配ねぇよ、向こうさんのトップは多分だが理事すら使い捨てにするはずだ」
『その心は?』
「SNSであいつの醜態はもう晒してるからな。どう転んだとしても理事の存在は企業にとっちゃ邪魔になる。だから、俺が殺したとしても、それは向こうのトップからすれば好都合もいいところだ」
『む、それではなんも良くないですよ!先生が頼まれれば殺しの仕事を受ける人だと思われます!』
「まぁな。俺は殺し屋ではねぇからな。けどな、確かに俺は先生だが、正義の味方になる気は更々ねぇよ。こっちは命張ってんだからな」
膨れっ面のままのアロナを宥めながら、俺はアビドスへ向かう。
アビドスには今、あいつを留めてある。
まさか、ブラックマーケットで売ってるとは思いもよらなかったがな。
俺の趣味じゃねぇが……相棒と散々乗り回した俺たちの優秀な足だ。
耐砂仕様に、色々改造したが……まぁ如何にかなるだろうさ。
さて……面白くなってきたところだ。
待ってろよ、ホシノ。
今、迎えに行くからな。
ついに最終決戦。
乗り込むは、砂漠のど真ん中、カイザーPMC基地。
次回 暁のホルスは誰の手に
作者は、色々な作品をたしなんでますが、MCUが結構好きです。
毎度のことながらいつも沢山の感想に、評価等々していただき誠にありがとうございます。
最近は、考察される方も増え、設定を練るのが楽しくて仕方ないですね。
最後に……ここすき、評価、感想、よろしければお願いします!
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
-
例:殺し屋の矜持
-
例:1-10
-
例:1-10 殺し屋の矜持