このゲヘナ学園における風紀委員長。
カヨコ曰く、その肩書は、勝利のシンボルとしての意味を持つ。
その腕に巻かれた風紀の二文字に意味を与えるために。
風紀委員と戦うということは、あの風紀委員長と相対するという意味になる。
恐怖政治における粛清と弾圧。それと同じ役割を背負わされることになる。
そう考えるとカヨコの恐怖は正しくそれにふさわしいものだと言えるだろうな。
尤もアイツは目の前のヒナのような圧倒的な実力と暴力によるものではないのだが……
それが、ヒナとカヨコの違いだ。
なまじヒナは強い。強すぎてしまった。
それが悪いことではないのだが……仲間であるはずの風紀委員からもそう見られてしまっているのは駄目だろう。
この世には絶対なんてものはねぇ。
戦地に出た新兵器。
勝率は上がるかもしれないが、もし壊されてしまったら?鹵獲されてしまったら?
そこまで考慮できてようやく一人前ってもんだろう。
戦場は無数のもしもを考えて、それを予測して、対策を重ねて、それでようやく実力を使えるんだ。
それがこいつらには出来ちゃいねぇ。
俺のパートナー曰く、ヒナの居ない風紀委員なんて怖くないと。
俺が最初に出会った風紀委員曰く、ヒナ委員長から逃げ切れる人はいないと。
目の前の小さな少女に一体どれほどの責任を乗せれば気が済むのか。
あの万魔殿の議長はそこまで予見してたのか?
だから、俺はここでまた先生の皮を捨てて、こいつらの目を覚まさねぇといけない。
それが仕事だからだ。
「先生、その……全力で大丈夫なのかしら」
「……そうでもしなきゃ夢から覚めないだろ?」
「そうね……その胸お借りするわ」
と、カッコつけたは良いんだが。
勝率はハッキリ言って少ない。
勝率が0とは言わねぇが……残りの煙幕の数は二つ。イオリから借りた銃じゃ駄目だな、距離が近すぎる。マグナムは残り三発。
ヒナと俺との間に空いた距離は100mほどか。遮蔽物は俺の背後に一つ。
そこから先は倒れてる風紀委員がいて無理か。
なんならアイツなら翼を一回羽ばたかせれば瞬時に届くだろうな。
となると……道は……
「……行くよ、先生」
そうぽつりと呟いたヒナは翼を広げて突進をしてきた。
予想通りの素早さ。
一瞬にして詰められる間。
鋭く固く伸びた羽を刃のように振り下ろしてくるが、当たる前にそれは止められる。
視界が白に包まれたからだ。
すぐに察知したヒナは、翼に力を込めて羽ばたかせて煙幕を吹き飛ばす。
その視界の先には誰もいない。
「気づくのが早いな……」
俺がとった行動は、逃げではなく、攻めの姿勢だ。
少しでも距離を取ってしまえば、あのマシンガンによる弾幕の嵐で俺は瞬時に殺られちまう。
遠距離なら俺の方に分があるが、そんなに逃がしてくれる程甘い相手じゃない。
だから、ゼロ距離。
この近間ならマグナムも使える上に向こうの銃は使えねぇ。
動きもギリギリだが見れる。
弾丸と同じくらいの速度なのは勘弁してほしいと素直に思う。
ヒナの後頭部にマグナムを押し当てる。
これじゃこいつは止まらない。
そんな予感がする。
「まだやるか?」
「……当たり前」
背中に生えている翼が鋭い剣の突きのようにまっすぐ背後へと放たれる。
後ろに避けたら距離を離されて銃撃で終わり。
だから……
「近づいてくる。そうでしょう?」
横に避けて踏み出した俺の眼前に銃口が突き付けられて、即座に発砲される。
「当たったと思ったのに」
「おっさんなめんじゃねーぞ」
その場に背中から倒れるようにして回避したが、すぐに銃を突きつけられる。
あいつ、あのデカさの銃をそんなに早く振り回せるのかよ。
蹴りを銃にいれて、向きを変え、そのまま立ち上がり、距離を詰める。
振り回される巨大な銃と翼、気を付けるべきはこの二つか。
「周りのやつらに気を使ってるつもりか?舐められたもんだな」
回避して俺に当たることのなかったペイント弾はそのまま飛び、周りにいる風紀委員に当たり吹き飛ばされた。
ペイント弾であの威力……怖ぇな。
まぁ、それでかこいつはさっきの蹴りで回避した射撃以来、銃を撃っては来ない。
それでは駄目なんだ。
周りから見てもこいつが本気だと思ってもらわないと。
「っ……みんな、もっと離れて」
俺の言葉の意図を汲んだのか、ヒナは少しだけ苦しそうな声色で指示を飛ばす。
いい子ばっかの風紀委員はそれを聞いて、少しずつ離れていくが、イオリとチナツは、離れようとしない。
それを見ているであろうアコも、その二人を注意するつもりはないらしい。
「イオリ、チナツ」
ヒナに冷たく睨まれても、二人は下がろうとすらしない。
その二人を見て、俺たちは少しだけ口角を上げる。
「合格だな、あいつらは」
「ありがとう、先生」
少しだけ自慢げに話すヒナに向けて俺は即座にマグナムの照準を合わせて引き金を引く。
ヒナは首を振って避ける。
こいつ……いくらマグナム弾ではないとはいえ、至近距離の弾丸をなんで見てから避けれる。
五右衛門並みの瞬発力ってところか……?
銃弾のお返しとばかりに放たれた前蹴りをマグナムを使って受け流し、掴もうと伸ばした俺の左手を翼で叩き防がれる。
「みんな、危ないから……もっと離れて」
こいつ自身もそのセリフをいうのは少し心に来るだろうな。
仲間に向けて、お前らじゃ力不足だから逃げろっていうのはな。
とは言えだ、今後のこいつらの為にも……今は鬼になるべきだ。
実際、それを言われたチナツとイオリの顔には悔しさの感情が見える。
風紀委員の中の何名かにも同じ感情を持ってる奴がいる。
それでいい、その感情が見えなきゃこいつを負かしてやる意味がない。
「先生、私相手に余所見するなんて、舐めてるの?」
さっきの俺のお返しかのように突き出すように銃を振り抜いてくる。
体を反らして避けたそれの先からは無数の弾丸が放たれ、もし当たっていたらと冷や汗を掻く。
こいつの得意レンジは中距離だと思ってたが、前言撤回だ。
中距離よりかは勝ち目があるだけで、最強の二文字は決して揺らがない。
そのせいか、こいつさっきから笑ってやがる。
こちとら必死に避けて逸らしてを繰り返してるってのによ。
「楽しいのか?ヒナ」
「っ……顔に出てたかしら……」
「太陽と同じくらいな」
「なら、その汗はそういうことかしら?」
いつの間にか、ヒナのコートは脱ぎ捨てられ、汗を振りまきながら、楽しそうに俺に向かって、蹴りや射撃を繰り返しつづける。
弾丸は残り二発、トドメ用に一発として……自由に使えるのは一発。
マコトの野郎……あいつこの仕事が終われば少し文句を言ってやらねぇとな。
「っ……!」
何とか避け続け、ようやく俺が待ち望んでいたタイミングがきた。
向こうの銃が弾切れを起こしたのだ。
例え大容量の銃だとしても、弾切れを起こさない銃なんてものはない。
俺がこんだけ、必死に近間を保ってたのは、あの銃が弾切れを起こして、リロードをしないといけない瞬間を狙ってたからだ。
ヒナの視線が一瞬だけ、マガジンへと移る。
その瞬間しかこいつには当てられない。
タックルと同時にその胸にマグナムを押し当てて、銃弾を放つ。
胸一杯にペイントの紫色が広がる。
「がっ、あ……」
いくらヘイロー持ちとは言えど、その衝撃で隙が生まれる。
地面へと押し倒し、大の字に広げられた両腕を足で抑え込み、銃を構える。
「今回は俺の勝ちだ」
顎に向かって放たれたペイント弾は、顎を掠めてヒナに脳震盪を与えて意識を奪い、その喉元を汚す。
さて……これでようやく第一段階だ。
ったく、嵌めやがって、先生としてではなく今の俺は悪党の次元大介だからな……
リロードをわざとゆっくりと行い、気を失い、胸と喉が血のように汚れたヒナの頭を掴み、持ち上げて、俺は観戦者気取りの風紀委員達へ見せる。
「こんなおっさん一人もやれねぇとはな。風紀委員ってのは所詮こんなものか」
ここ最近、何かと煽ることが多い気がするが……普段はルパンに任せてるツケって奴か?
これも仕事だと割り切るしかねぇな。
さてと、まだ動かねぇのか?
風紀委員。俺は煽るのが苦手なんだってのによ……
「まだ、息の根があるみたいだからな……」
そういって、俺は銃口をヒナの口へと入れる。
「先生……いや、次元大介。そこまでだ」
「ヒナ委員長を放してください」
そうだ、それでいいんだ。二人とも。
イオリとチナツが、銃を構えて、俺の方を向いている。
その目にしっかりと闘志を宿して。
演習だからな、だから今の俺は先生じゃない。
敵として見ろ。
だから、その対応は満点だ。
「イオリ先輩……無理だよ」
「ヒナ委員長が勝てなかったのに……」
「無謀だよ……チナツ」
誰かが声を漏らす。
その恐怖に塗れたそれは、情けないことには違いないが正しいものだ。
ヒナがこの二年間で見せ続けた幻想を砕かれたのだから。
ただ、それは立ち上がっている二人が誰よりも理解してるだろう。
俺は、ヒナの口に入れた銃口を放し、イオリへと向ける。
「イオリ、お前は何で立った。勝てねぇのは分かってるだろう」
そのまま、チナツへと向ける。
「チナツ、お前は何を思ってそこに立った。無謀だと無理だと言われてなんでまだ銃を構える」
二人は、まだ何を言おうかと考えあぐねているらしい。
とことん背中を押してやらねぇといけないようだ。
そのケツを叩いて、背中を押す役割……お前に任せるぞ。
お前らの背負うその二文字は何のためにある。
『私たちが風紀委員会だからです!』
放送用のスピーカーから聞こえてくるその大声、最初は正直なんだこいつと思ったものだが。
今は最高にかっこいいぜ、アコ。
その言葉を聞いた二人が、顔を見合わせ俺へと相対する。
「アコちゃんの言う通り!例えヒナ委員長が敵わなかったとしても!」
イオリが吠える。
「それが撤退する理由にはなりません!」
チナツが吠える。
「「『私たちは風紀委員!ヒナ委員長がそうであったように!強者から弱者を守るために!!私たちは立ち向かう!!』」」
三人の声が、こだまする。
余りにも強い個は、認識を忘れさせる。
お前らが忘れて、おざなりにしたのはそれだ。
「もうこれからは誰であっても一人で戦わせはしない!」
「我々風紀委員会は、集団組織です!市民が恐怖に怯えないように!乱された風紀を正すため!傷ついた者に手を差し伸べ!仲間のために戦う!」
『命令はないです!貴女達の腕に着けた二文字は飾りなんですか!!貴女達の心に聞いてそして決めなさい!』
その声を、偉大な委員長に比べれば圧倒的な弱者の咆哮が。
今は何よりも必要なものだった。
いい加減、気が付いただろ。
自分たちが今まで何をしていたのか。
自分たちが彼女に何を背負わせていたのか。
「もう一度聞くぞ、お前ら。何のために立ち上がり、俺に立ち向かう」
俺が声をかける頃には、全員が立ち上がり、銃を構えていた。
「私たちが私たちであるために!!」
全員の声が重なり、一つに聞こえる。
「全員……満点だ」
その日の夜、俺は、演習場の建物の中にあるラウンジで風紀委員会の幹部メンバーと食卓を囲んでいた。
「……全く、先生も随分とスパルタですね……あむっ、美味しい……」
溜息をつきながら、アコがカレーを一口食べる
「仕方ねぇだろうが、あれが最適解だったしな」
「マコトからの入れ知恵かしら……ほんとだ美味しい……」
隣に座るヒナが俺へと問いかける。
今日は、演習で俺が随分と虐めたこともあり、調理担当にさせられていた。
65人分の調理は初めてだったからな、簡単なカレーにした。
「あぁ……空崎ヒナを完膚なきまで負かしてやれってよ。無理難題もいいところだ」
「でも……私先生に……」
「お前さんなら、即座に距離を離せられただろ。それしてない時点で、俺の作戦に乗ってくれたのかと」
「あ…………」
あの最強も抜けてるとこがあるんだな。それとも、自分の全力を試したかったのか……
まぁそこが隙になったのは事実だが……言うのは野暮だな
「ま、まぁまぁ。あの狸にまんまと乗せられたのは悔しいけどさ、でも今日のことで色々目が覚めたよ先生」
顔を真っ赤にしているヒナを宥めながらイオリは俺へと頭を下げる。
「これも仕事だ、チナツもイオリもアコも。かっこいいぜ」
「ほんと、凄くカッコよかったよ」
ヒナが俺の発言を肯定するように褒める。
「ヒナ委員長……確かあの時気絶してませんでしたか……?」
チナツが疑問を零す。
確かに、あの時、俺も本気で気絶させにいった。
だから、聞こえてねぇはずなんだが……
そういや、ヘイローが消えて、口に入れた辺りで付いてたが……あれって意識の有無に関係あるのか?
「目は閉じてたけど、先生が銃を口に入れてきた辺りからは……」
もし今後こいつと勝負しろなんて依頼がきても断ろう。
恥ずかしそうにカレーを掻きこむ三人を余所に俺は固くそう誓うのであった。
地上最小の戦略兵器五右衛門と相打ちできるくらいの身体能力のある次元なら、死ぬ気で頑張ればできると思うんですよ……解釈違い起きてたらごめんなさい……
中編ってもう一回しても大丈夫ですかね?
なんか初期の想定よりも長くなりそう……
設定おこぼれゲロ:幣キヴォトスにおけるヒナ委員長の神秘、己の威圧を意図的に増幅、及び頑強にする。それのおかげで、ヒナ委員長はツヤツヤシロモップであればあるほど固くなります。また、意識的でなくとも神秘は操れます。良い意味でも悪い意味でも。
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持