1-1 ルイーダの酒場
『先生、新しい依頼が来てますよ!』
朝の一服をしていると元気な声が聞こえてくる。
その声の主であるアロナに言われて、メールを確認し、俺はいそいそと支度をし始める。
「先生!おはよ……あら?朝からお出かけ?」
扉から出ようとしたタイミングでアルと鉢合わせる。今日の当番を任せてたのを忘れてた。
「仕事の依頼が来てな……ちょっくらミレニアムまで行ってくる。悪いがまた留守を頼むぞ」
「任せて頂戴!」
仕事の依頼人は、ミレニアムサイエンススクールの生徒会『セミナー』の会長。
名前は……調月リオだったか。前に少しユウカから聞いた話じゃ随分な鉄仮面を被った人物だそうだ。
依頼内容はシンプルなもんだった。
危害を加えることは決してしないから、会ってお話したいことがあると。
誰にも見られず聞かれたくないそんな話題なのか?
ミレニアムに車を走らせながら俺は考え込んでいた。
ミレニアムサイエンススクール。
ゲヘナ学園、トリニティ総合学園に並んで生徒数の多い三大学園。
今のところセミナーの会計早瀬ユウカくらいしか関りはなかったが、このキヴォトスの超常的な科学技術はこのミレニアムで生まれたものが大半なのだとか。
俺はそういうモダンでハイテクなものはハッキリ言ってしまえば嫌いだからな。
ハイテクの象徴たるアロナやセミナーのユウカのお陰で随分と考え方は変わっているが、まだ好きだとは言い切れない。
そんなことを考えていれば、件のミレニアムに着いた。
そこからメールに添付していた地図を頼りに歩いていくと、とある一室に辿り着く。
「依頼を受けた、シャーレの次元大介だ。調月リオはいるか」
部屋の中は大量のモニターとコンピュータで埋め尽くされており、全体的に薄暗く目が悪くなりそうな雰囲気だ。
「待ってたわ、シャーレの先生。私がセミナーの会長、調月リオよ」
そこにいたのは、とてもホシノやヒナと同年齢とは思えないほどに長身の黒色の長髪を生やした女性がいた。
彼女が、依頼人であることは間違いないようだ。
「お嬢さんが、件の依頼主か。何の用だ?わざわざこんなところに呼び出して」
「リオで結構よ。そうね、先生は廃墟という場所をご存じかしら」
廃墟といったら、文字通りの廃れて人の居ない建物を指す言葉だが、リオの様子を見るにただの廃墟ってわけでもなさそうだ。
その顔に不満げな色を隠そうともしていない。
「ただの廃墟ってことでもないんだろ?顔に出てるぞ」
「……えぇ、ミレニアム自治区内にある特定のエリアを指す言葉よ。そこはかつて連邦生徒会によって出入りの制限が行われた地域であり、ミレニアム自治区内にも関わらず、連邦生徒会が管理を行っていた場所よ」
不機嫌なのはそこが理由か。
自分の国の領土を他のやつに勝手に管理されてたってなると確かに怒るもんだな。
そんなリオの説明を聞いてそれに追記するかのようにもう一人の女性が声を上げる。
「言うなれば、キヴォトスから忘れ去られたものが流れ着く……廃棄場、いえ下水道と言ったところでしょうか」
「なるほどな、技術的な意味でも物理的な意味でもか……んで、お前さんは?」
「ご挨拶遅れました。私は、ミレニアムサイエンススクールの歴史上三人しかいない全知の学位を持つ澄み切った純正のミネラルウォーター、立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花の超天才清楚系病弱クールビューティー美少女ハッカー。『特異現象捜査部』部長、明星ヒマリと申します」
車いすに乗った白髪の少女ヒマリは、長々しい口上で自己紹介を行った。
俺は途中から聞くことをやめていたぞ、長ぇよ。
何とか聞き取れたところから察するに、車椅子な辺り、病弱なのは嘘でもなく、その発言と精神性からして虚弱さも感じない。
余程の腕利きだからこその自信家ときたか。
「しかし、その廃墟を管理していた連邦生徒会は、その生徒会長が失踪したことで、兵力を撤収。概ね彼女の捜索に力を入れるためでしょう」
全知だのやたらと大きな顔をするだけあって、その推測は正解と言えるだろう。
代行である行政官のリンが、多忙を極めているのもそれが原因だろう。
この前、詫びに飯に誘ったら隈が酷すぎてそれどころではなさそうだったからな。
「だから、この絶好のチャンスを逃したくないお前さんらは俺に力を借りに来たと……態々この三人以外には知られないように連絡方法を限定してきたくらいだ。余程の理由があるんだろ?よそ者嫌いのお前さんが頼むぐらいだ」
「……話が早くて助かるわ」
リオの連邦生徒会への態度と、この部屋から漏れ出す殺気に近い何かからの予想だったが概ね正解だったようだ。
「はい、先生には、何も知らせずに……例えばゲーム開発部からの依頼を利用して、廃墟に行かせようなども考えたのですが……先生は勘が鋭いですから、それで私達に敵意を向けられてしまう可能性もなくはありません」
「……生徒自身に手を上げることは極力しないが……まぁそうだな」
ゲーム開発部からの依頼とやらは恐らくいつもの書類とメールの山の中に埋もれていてまだ見れてないが……基本的に俺は先に雇われたほうに基本は着くようにしてる。
そのヒマリの推察は大体あってると俺は思う。
「先生は、どんな人物であれ、助けを求めているのなら手を伸ばす人だと聞いているわ。そんな貴方の力を借りるには、全てを話す必要があると判断したの」
「それは誰が言ってたんだ?俺は正義の味方じゃねぇぞ」
リオから聞いたその言葉に俺は耳を疑う。
そんな良い子ちゃんな次元大介は俺は知らねぇな。
俺はいつだって、俺の気が向いた方の味方だからな。
「それでも別に構わないわ。私たちには貴方の力が必要なの」
無駄な議論を嫌い、俺の発言を聞いて考え込むヒマリとは対照的な結果主義……いや、合理的な考え方をする人間の様だな。
なるほどな、こいつら……真逆の思考の持ち主か。
色々荒波が立ちそうなそんな予感がする。
「私は、連邦生徒会が退いた後に、廃墟の調査を行ったわ。そしてとある工場の内部に眠る、俗に言うオーパーツとも呼べる何かを見つけた」
「オーパーツ?何かだ?」
「えぇ、実物を見たわけではなくて、あくまでもデータとその何かを封じている機構を見ただけよ。私たちはそこに入る『資格』がなかった」
「恐らくですが、その『資格』を持つ人間は、管理者であった行方不明の連邦生徒会長そして……同じく私たちでも解析できなかったオーパーツ『シッテムの箱』の主である貴方です。次元大介先生」
「なるほどな、それが俺を呼んだわけってことか」
確かに、アロナの情報網とハッキング能力、そしてあのバリアはオーパーツと言っても差し支えないものだろう。
そしてこのシッテムの箱は連邦生徒会長が遺したもの。
であるのならば、俺が持っている確率はある。
実に合理的な判断だな。
「次元先生、その眠っているもの次第では、このミレニアムだけでなくキヴォトス全土の脅威となり得るかもしれない。だからこそ、私たちが管理する必要がある」
リオのそのまっすぐな目は、覚悟を持って、自分の使命を全うしようとしている人間の目だ。
そういう目に俺は弱い。
「ミレニアムサイエンススクールの会長として、未来のミレニアムを守るために、未来のキヴォトスを守るために……貴方に依頼します」
「あんた、将来ロクな目に合わないぜ」
「それで、守れるのなら」
眉一つ動かすことなくそう言い切った彼女に俺は首を縦に振ることしかできなかった。
こういう女は苦手だ。
セミナー……キヴォトス最高峰の知と技術が集まるミレニアムサイエンススクールにおいて、『千年難題』なる七つの難題を解くために、ミレニアムの運営を行っている委員会だ。
ミレニアムはゲヘナやトリニティのような歴史ある学園とは違い、その歴史は浅く新興といっても差し支えないほどのものだが、それらに引けを取らない影響力を持っている。
「先生!!一週間お酒を買うのは禁止だと言いましたよね!!」
つまり目の前で母親のように怒るユウカは、かなりのお偉いさんなのだろうが……
「てめぇは俺の母ちゃんか!!自分の金なんだからいいだろうが」
忙しいだろうにこいつはよくシャーレの当番になっている。
最低でも月に必ず三回は、つまり週に一回以上俺のところに来て、財政確認だったり、俺の体調管理を行っている。
「アルさん!貴女も先生に何か言ってください!貴女もシャーレの一員なんですから少しは──」
そして、こうやって偶々アルと被った際は、アルの杜撰な財政管理に口を出したり、時折下の階で仕事の手伝いをしていたりと……何というか、こいつは世話焼きなのだろうな?
あと、ユウカそれくらいにしてやれ、アルがシナシナのシワシワになってるから。
「ユウカ、それくらいにしてやれ」
「む……ごめんなさいアルさん、少し言い過ぎました」
「い、いえ大丈夫よ……それだけ親身になってくれているってことじゃない。それに勉強になったわ」
この二人は意外と気が合うようで、アルの世話を焼きたくなる人望と、ユウカの世話焼きなところ、お互いに財政とかに気を配る役職なのもあるのだろうな。
そんな二人の様子を見ていると、シャーレへの要望が書かれた手紙の中に、リオの提案した合図代わりとなる依頼が紛れ込んでいることに気が付く。
蛍光色のケミカルでカラフルな封筒に、文字からも伝わるほどの元気が良さげな文字で、シャーレの先生へと書かれたそれは、あの二人との話し合いでも出てきた部活からのものだった。
リオ曰く、仕事の開始はその部活からの依頼が入ったらにしましょうとの事らしく、大義のために他の人間の依頼を使う辺り、彼女の合理性を考えさせられる。
差出人は、ミレニアムサイエンススクール、ゲーム開発部、才羽モモイ。
「先生、何を見てるんですか?」
アルと仲良くコーヒーを飲んでいたユウカが、俺の方に近づいてくる。
手紙の内容を見せるわけにもいかないだろうから、ユウカに空の封筒だけ渡す。
「お前さんの学校からの依頼だよ」
「へぇ、誰からでしょう……か……」
文字に目を通したユウカは、額に手を当てて固まる。
呆れたとでも言いたげなその様子はとても見覚えのあるものだ。
どちらかと言えば、身に覚えがある……だがな。
「……あの子達、何を送ってるのよ」
「後輩か?」
「んん……まぁ。はい、悪い子達ではないのですが……ううん」
あのユウカがここまで言葉を悩ませているのは見ていて中々面白い。
まぁ、ゲーム開発部の状況やどんなことをしているのかは、ヒマリ達から聞いてるんだがな。
とは言え、その様子を見るに思ったよりも問題児ではないのかもしれな……
俺は、送られてきた文を読んで思考停止に陥った。
「先生、大丈夫ですか?」
「あー、一応お前も見とくべきだろうな」
そのまま、俺はユウカに封筒に入っていた紙のうちの一枚を渡す。
ユウカの反応は言うまでもないだろう。
部屋の中で大きなため息が二つ吐かれた。
『ゲーム開発部は今、存続の危機に陥ってます。生徒会からの廃部命令により破滅が目前に迫っている今、助けを求められる相手はあなただけです。勇者よ、どうか私たちを助けてください!』
「切羽詰まってるのは分かるんだが、こう……真面目にやれと言いたくなるというかだな」
「すみません……うちのバカ達が……」
「いや良いんだがな?いいんだが……」
まぁ受けるしかないだろうし、どちらにせよ、子供の居場所がなくなるってのは胸糞悪いものだ。
実際は金銭のあれこれで廃部にせざるを得ないものだってあるのだろうがな。
「え、先生受ける気なんですか?」
「俺は、一応先生だからな。自分らではどうしようもないってのならやれる限りはやるだけだ」
「うーん……まぁ、先生がそう言うのであれば、止めはしませんけども……」
うんうんと頭を悩ませるユウカを見るに、ゲーム開発部の悪評やそれで増えるユウカの心労は事実なのだろうが……
この様子を見るに、何故か封筒に入っている没と書かれた手紙を見せないでよかったと思う。
ボツなら捨てろよと思うが……こういう馬鹿は意外と俺は嫌いじゃない。
『──勇者よ、あなたを待っていました。
私は、女神「モモリア」。
私たちの世界「ミレニアムランド」は今、過去に類を見ない危機に瀕しています。
この危機を乗り越え、生徒会の廃部命令からゲーム開発部を……いえ、ミレニアムランドを救えるのは、あなただけです。
過酷な道のりになるかもしれません……それでも、どうかお願いいたします。
これから始まる、あなたの冒険のその先に……どんな試練や逆境が待ち受けているのか、今はまだ分かりません。
ですが……どうか最後まで、勇気だけは失わないでください。
勇者様のそばには、旅路を共にする少女たちもいるはずですから。
新しい世界で、あなたはその少女たちから「勇者」ではなく……もっと特別な、ふさわしい名で呼ばれることになるでしょう。
──「先生」という名で。』
いいぜ、そのバカ共に付き合ってやろうじゃないか。
旅の始まり、姉妹との出会い
大冒険の幕が今上がる
次回 ゲーム開発部 死す
そういや、ビナー戦をやってないことに気が付いた作者……
これやった方が後々の為になるのでは?と思い悩む今日この頃です。
どうしようか……
今の話のタイトルが分かりにくいとの意見を得て変更するか否か
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例:殺し屋の矜持
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例:1-10
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例:1-10 殺し屋の矜持